第3話 海賊少女は夢を見る(1)
「…………波が泣いている」
夜の海原に漂う船に乗りながら、少女は独りそう呟く。空を見上げればそこには無数の星々が煌めきを放っており、少女の持つ寂しさを紛らしてくれる気がした。
「我の心の空虚を埋めてくれる運命の人も、この夜空を見上げているのだろうか」
少女はそう呟き昔の事を思い出す。少女がまだ幼い頃、とある町で出会った占い師からとある予言を受けた。曰く、いつの日か少女の呪われた力を求めるこの世界の救世主が現れる。その人物は少女の良き理解者となり、かけがえのない仲間になってくれるだろうと。
それから十数年、少女はその予言を信じ生きてきた。家族も無く、親しい友人も無く、ただひたすらにその日が来ることを信じて…………。
▽▽▽
「ふぅ……、今日も一日頑張ったなぁ〜」
カフェ・トゥインクルの壁に寄りかかり、手には掃除用の箒を持ったルナは夜空に浮かぶ星々を見る。一日の仕事が終わり、お店も上手いこと軌道に乗った為かなりの多忙であったが、終わってみれば充実感に満ち溢れている。実際の所ルナは週一のカフェの運営だけでなく、それ以外にも魔王ヒナギの要請で国外の魔獣の討伐や幹部としての事務作業、そして多くの魔王国民との触れ合いなどで休みという休みはここ暫く取れていない。その為疲れこそ溜まってはいるものの、それ以上に日々の暮らしを楽しんでいた。
「おーい掃除の方はどうだ?」
「ん?今は少し休憩中」
掃除から戻って来ないルナの様子を見に来たロゼは、「んじゃ俺も休憩っと」と言ってルナの真似をして隣に立ち同じように壁に寄りかかる。二人して夜空無言で眺め、
「不思議なもんだよなぁ……。ついこの前までバタバタして、死線を何度も乗り越えてきたっていうのに、今じゃ平和に暮らしてるんだもんな」
「そうだね……。聖王国にエルフの集落、それにアスカと厳しい闘いの連続だったからね」
「人生何があるか分かったもんじゃないしな……。もしあのまま領主の息子として生活してたら、俺は一生勘違いしたまま呑気に暮らしてたのかもしれねぇし」
「……あぁ、この前ヒナギから聞いた亜人狩りの話?」
「………………」
ルナの問いかけにロゼはただ黙って頷いた。
▽▽▽
カフェ・トゥインクル開店初日、無事に営業を終えてヒナギ達が帰ろうとした時の事であった。
「ちょっと待ってください魔王様!」
「ん?なんだい??」
突然ロゼに呼び止められたヒナギは不思議そうな顔を浮かべる。一方ロゼは引き止めたは言いものの、なんて口にしたら良いか分からず戸惑っていたが、やがて意を決し、
「聖王国の近隣にあるハミネ町、その近くにある小さな村で起きた魔族と聖王国の争いについて話が聞きたいんだ」
そう話すロゼの身体は震えていた。もしかしたら恐ろしい答えが返ってくるのではないかと考えているのだろう。
「それって初めて会った時に話してくれたロゼの幼なじみのこと?」
ルナの質問にロゼは静かに頷く。ロゼは小さい頃、魔族と聖王国の戦いに巻き込まれた過去がある。その時にロゼの幼なじみである亜人の少女が魔族に拉致されたと聞き、それがきっかけでロゼは聖騎士を目指すようになったのだ。
「えっ、でも……」
ルナはここで不思議に思う。今やルナもロゼもその魔王軍の一員の訳だが魔王ヒナギが同族である魔族を襲うとは思えない。それはきっとロゼも同じ考えなのだろう。ロゼのヒナギを見つめる目は敵を見るような視線ではなく、ただ真実を知りたいというそれだけの思いのようだ。
「魔王様よ、恐らく亜人狩りの件じゃなかろうか?」
「あぁ、そうだろうな」
ロゼの質問に答えたのは一緒にその場にいたオニヒメであり、オニヒメの言葉にヒナギは首肯する。
「…………亜人狩り?」
「あぁ、昔から聖王国は奴隷の確保及び魔道具や魔道武器のエネルギーとなる魔力の確保の為に度々魔族を襲撃するんだ。中でも亜人は奴らからよく狙われていてな、俺ら魔王軍もそれを防ぐ為によく争いをしていた。助けられた亜人もいれば助けられなかった亜人もいる。ロゼ、君の父親は聖王国においては高いポストにいるのだろ?それなら息子の君に聖王国へのヘイトが堪らないよう嘘を吹き込まれたのだろう」
ヒナギの言葉にロゼは「そうか……」と静かに俯く。そんなロゼに対し後魔王ヒナギは、
「すまない、俺達にもっと力があればロゼ、君の幼なじみも助けられたのかもしれない。許してくれ」
そう言って深々と頭を下げた。
「ちょっ!やめてください魔王様!!」
いきなり国のトップに頭を下げられロゼは慌てふためくがそれでもヒナギは頭を上げることはなく、ただただ申し訳なさそうに謝罪をする。
「た……確かその戦いにはルキアートがいたんだよね?ならルキアートはその幼なじみの事を何か知ってるんじゃないかな?」
気まずい雰囲気が流れた為、ルナは空気を変えるべく話を聞いてるうちに気になった事を口にする。そしてルナの言葉を聞きヒナギはようやく頭を上げ、
「いや、その可能性は低いだろう。炎帝ルキアートは聖王国の聖騎士の中では珍しく亜人狩りには否定的なんだ。彼がロゼの幼なじみの拉致に関与したとは考えにくい」
「ええ……。ルキアート様が来たのは確か戦いが終わる間際だった筈です」
ヒナギの意見はロゼも同意見のようだ。
「なら結局手がかりはないんだ……」
「あは♪そんな事はないですよ♪」
残念に思うルナに対しミサはいつもの調子でそう口にする。
「亜人狩りと言えばあのクソ野郎ですからね♪」
「……だな」
「うむ。……十中八九奴が関与してるじゃろ」
ミサと同意見なのだろう、ヒナギとオニヒメも頷く。
「聖騎士随一のクソ野郎……」
▽▽▽
「風帝エレクトール」
「あぁ、ミリーの手がかりとなる俺の敵だ」
小さくそう口にするロゼ。しかしその言葉、震えているロゼの腕からは今までロゼから感じたことの無い怒りが伝わってくる。
「…………違うでしょ?」
そんな震えるロゼの腕をルナは優しく触り、
「私達の敵…………だよ」
ルナもルナで強い意志を込めそう伝える。そんなルナの言葉を受け、
「そう……だな。一緒に風帝を探そう」
「えぇ、そして私達でぶっ飛ばしてやろう!」
そう言い合い、二人は笑いながら拳を重ね合わせる。夜空に煌めく星々と淡く輝く満月がそんな二人を見守る様に二人を照らしていた。