第2話 金欠のルナファミリー(10)
「…………お姉ちゃん疲れてる?」
「ちょっとね…………、ここ連日は色々な事があったから……」
ナロを訪れた翌日、ルナはツバキと共に出掛けていた。晴天暖かい青空が広がる中、一人どんよりしているルナを心配そうにするツバキにルナは渇いた笑いを浮かべる。
「…………何かあったら私も頼ってね。私も仲間なんだから」
「うん、ありがとねツバキちゃん」
天使の様なツバキの笑顔と優しさにルナは癒される。しかしその反面、
(言えない……。初日のツバキちゃんの酔っ払い騒動も疲れの原因の一つだなんて絶対に言えないよ!!)
とルナは思わず心の内でそう叫んでしまう。ツバキ自身、あの日カルメアのお店でお酒に呑まれて暴れたことを覚えていないようだ。そんな事もあってもう二度とツバキにお酒は飲ませないとルナは決めたのだが…………、
「…………オニヒメさんのお店ってどんなところなのかな?この国で一番の酒蔵で立派なお店なんでしょ?」
「どうだろうね……」
そう、事もあろうに今ルナはツバキを連れて酒屋に向かおうとしているのだ。以前ルナはオニヒメの副官であるオニキシとその師匠にあたるダーウィンと修行していた際に、彼からオニヒメ一味は酒屋を経営していると聞いた。そして昨日、フラフラの状態で家に帰るとオニヒメが遊びに来ており、その時にオニヒメの酒屋を見学したいと伝えると、
「おう!もちろん大歓迎じゃ!!でも来る時は是非ツバキも連れてきて欲しいのぉ!!」
とツバキの事が大好きなオニヒメからその様な条件を提示されてしまったのだ。あわよくばこっそり疲れを癒すためにお酒をご馳走になろうと企てていたルナだが、ツバキも一緒に行くからには、間違ってもツバキがお酒を口にしないよう気を付けなくてはならない。その為ルナはオニヒメの酒屋に向かう前からその一点に注意を払っていた。
「…………楽しみだなぁ。私お酒はまだ飲めないけど、いつかお姉ちゃん達と一緒に飲んでみたいな」
そんなルナの心配と不安を他所に、ツバキはルンルン気分でルナの横を歩いていた。
▽▽▽
「この辺だと思うんだけど……」
昨日前もって大雑把なお店の場所をオニヒメから聞いていたが、オニヒメの酒屋はこの国のお店が立ち並ぶ商店街にある為、この国に来て間も無いルナ達はお店を見つける事が出来ずに辺りをキョロキョロしていた。
「おっ!いたいた、ルナさーん!!」
そんな中、聞き覚えのある声が聞こえそちらを振り返ると、
「あっ!オニキシ」
「合流出来て良かったです。この国に来て間も無いルナさんはお店の場所が分かりにくいと思って迎えに来ましたよ」
「…………っ!さすがオニキシだよ〜」
オニキシの心遣いに思わず感動して泣きそうになるルナ。連日癖の強い副官に振り回されたルナにとって、誠実で優しくまともな人格者のオニキシはとても眩しく見えた。
「ツバキさんもよく来てくれました。さぁ、オニヒメ様もお待ちになっておりますので行きましょう」
そう言われてルナとツバキはオニキシの案内に従いお店へと向かった。案外お店は近くにあったようで、歩いて数分で着く事ができた。
「ここが私達のお店ですよ」
「うわぁ……、凄く立派なお店だね」
「…………他のお店より大きい」
目の前のお店を見上げ感嘆の声を出すルナとツバキ。看板には大きく"鬼酒屋"と粋な文字で書かれており、角を模しているのか屋根には二本の煙突がついている。
「では早速中へとお入りください」
オニキシに言われてルナ達はお店の中へと入る。
「次のお客様どうぞ!」
「はいよ!これをあのテーブル卓に!」
「注文入りました!鬼酒二丁です!!」
店内は一言で言うと客と従業員で大いに賑わっていた。このお店はお酒を買うだけでなく、店内でお酒を楽しむことが出来るようで、オニヒメの部下たちであろう鬼の従業員が慌ただしそうに店内を走り回っている。
「…………凄く忙しそう」
「まぁ私達の酒屋はありがたい事にこの国一番の人気店ですからね」
驚いているツバキにオニキシは説明する。その間ルナは、
「……………………………………」
静かに、しかし真面目な顔付きで店内を観察していた。たが実際は……、
(ふわぁぁぁ!お店中いい匂い!それに置いてあるお酒はどれも美味しそう!!)
煩悩まみれであった。一度この世界のお酒を味わってしまったルナにとってこのお店は誘惑の塊だ。それでも近くにツバキがいる以上、無闇にお酒を飲む訳にはいかない。飲みたい欲をグッと堪え、ルナは平静を保たせるよう頑張っていた。
「おっ!来たか」
そんなルナの努力は露知らず、お店の奥からオニヒメが現れた。
「…………オニヒメさん。こんにちは」
「今日は誘ってくれてありがとね」
ツバキとルナはそれぞれ挨拶をする。そんな二人を見てオニヒメは上機嫌そうだ。
「どうじゃ?ワシの店は」
「凄い繁盛してるみたいだね」
「…………みんな忙しそう」
「それもそうじゃ。今日はお主らが遊びに来るっていうから、店は大セールを行ってるのじゃ!!」
胸に書かれた"てんちょー"と名札を見せびらかす様に無い胸を張るオニヒメ。しかしその容姿とお酒を飲んでる為か赤くなっている顔により、店長らしい威厳は微塵もなかった。
「そんな理由でセールなんてして良いの?」
「良いのじゃ良いのじゃ!なんていったてワシの店じゃからの!!」
従業員が忙しそうにしている理由が自分達と知り、申し訳なさと心配でそう尋ねるが、オニヒメは笑ってそう返す。
「しかしオニヒメ様、急なセールは止めて頂きたいですよ。シフトの兼ね合いもあるのですから」
そう横槍を入れたのはいつの間にか着替えて働く準備をしていたオニキシであった。オニキシの言葉に「うむ……」と初めてオニヒメは申し訳なさそうな顔をするが、
「そうじゃ!」
すぐに何か良い事でも思いついたのか、オニヒメは満面の笑みを浮かべてルナ達を見て、
「お主ら、折角なら少し働いていかんか?」
と提案をした。