第6話 月下激闘(25)
ふらふらになりながら一人、月光が降り注ぐ森の中をスミレは歩く。先の戦いで魔王軍No.3に敗れ、肉体的にも精神的にもズタボロにされたスミレは自分が今どこにいるのかさえ正確に判断出来ていなかった。しかし目指す場所、主である吸血鬼のツバキがいる場所は分かる。スミレの持つ妖刀、眷属の象徴たるこの妖刀がツバキのいる場所をスミレに伝えてくれるのだ。
それと同時に妖刀アキギリからツバキが今、危機的状況にある事もスミレに伝わる。
「今…………向かいます。……ツバキ様!!」
重い足を何とか動かしながらスミレは歩き続けた。
▽▽▽
「何が…………起きているのですか?」
森の中を歩き続け、ようやくツバキ達の近くに辿り着いたスミレは状況を理解出来ずにいた。
周囲には月光花の洞窟にいたメンバーが勢揃いしており、苦しげな様子のツバキの事をザクロ皇子が抱きしめ、周りの者がざわついている。
「吸血鬼ちゃんの暴走した魔力が本来の魔力ではなく、吸血鬼ちゃんの生命エネルギー自体を蝕み始めました!」
スミレの事を倒した悪魔であるミサがそんな事を叫んでいる。
(ツバキ様の生命エネルギー?)
単語だけ聞いてもスミレにはなんの事かサッパリだ。しかし話を聞いているうちにようやくスミレも状況が理解出来た。ツバキは今命の危機に陥ている。そしてそれを救うにはここにいる誰かの命を捧げなければならないようだ。ザクロ皇子とリンドウが率先して自ら名乗りをあげるが、ツバキがそれを良しとせず、やがてツバキは意識を失った。
「…………どうやら眷属として最期の役割を果たす時のようですね」
不思議とスミレに迷いは無かった。自分の成すべき事が明確に分かったからだ。
そして淡く光る妖刀アキギリを手に持ち、スミレはツバキ達の元へ歩み寄る。
▽▽▽
「…………ゴフッ」
スミレの口から大量の血が噴き出る。妖刀アキギリはスミレの胸を貫いており、最早助かる見込みが無いのは誰の目から見ても明白であった。
「…………ぐっ、妖刀アキギリ!私の生命エネルギーを一滴残さず吸い付くせ!!」
血を吐きながらそう叫ぶスミレ。そしてそれ言葉に呼応するかのように妖刀アキギリは淡く光り放つ。
「ス…………スミレ……」
「…………ザクロ皇子、謝って済まないのは承知ですが最期のわがままです。…………私にツバキ様の眷属としての役目を全うさせて下さい」
突然の事に驚くザクロ皇子にスミレは笑みを浮かべてそう告げる。そしてそのままミサの方を向き、
「おい悪魔…………、私の生命エネルギーをちゃんとツバキ様に渡せよ」
「…………貴女の事を馬鹿にした事、撤回しますよ」
「…………それはどうも」
スミレとミサは互いに笑い合う。戦った者同士、何か通ずるものがあったのだろう。
「魂吸収!」
ミサがそう唱えると妖刀アキギリを通し、スミレの生命エネルギーがミサの元に集まる。
「はぁぁぁぁぁ!」
そしてその集まった生命エネルギーを全てツバキ目掛けて撃ち放つ。
「…………後は任せます。…………魔法少女」
「ルナちゃん!今です!!」
「っ!魔力付与!!」
二人の想いを受けルナは特異魔法、魔力付与を放つ。それを見届け、スミレは満足したかのように目を閉じた。
▽▽▽
(……………………バキ様。)
どこからか声が聞こえた気がした。
(…………ツバキ様)
目を開かなくても分かる。自分の好きな人の声だ。
「………………スミレ?」
(はい。私はいつもツバキ様のお傍で見守ってます)
そんな声と共にツバキは何とも言い表せない優しい温もりに包まれていく。
▽▽▽
「…………………………ん」
次にツバキが目を覚ました時、ツバキはザクロ皇子にお姫様抱っこされ、その周囲にはルナやリンドウ達が集まっていた。
「………………あれ、…………私…………」
「もう大丈夫だよ、全部…………終わったから」
ツバキの頭を撫でながらルナはツバキにそう語りかける。
「…………私、生きてるんだ…………」
自分は死ぬと思っていたツバキは嬉しさよりも戸惑いの方が勝る。
「あぁ。お前は生きてる。生きてるんだ」
そう口にするザクロ皇子の目は涙を潤んでいる。
「…………ふふ、今日のお兄ちゃん、泣いてばかり」
普段皇子としてなりより兄として振舞っていたザクロ皇子が泣いているのを可笑しく思ったのか、ツバキも涙を浮かべつつも笑う。
「…………あれ?スミレは?」
そんな中ふとツバキが言った一言に周囲の人々は静まり返る。
「…………スミレが私の事を助けてくれたんでしょ?夢の中で会ったの」
お礼を言う為かツバキはいるはずのスミレを探す。
「………………ツバキ、スミレは…………」
言い淀むザクロ皇子を不思議に思ったその時、ツバキは気付いた。ザクロ皇子の少し後ろ、横たわるスミレの姿を。
「………………スミレ?」
ツバキはザクロ皇子から降り、覚束無い足取りでスミレの元へ歩いて行く。その様子をルナ達はただ黙って見守った。
「…………スミレ?どうして返事してくれないの…………。なんで目を覚まさないの?」
ルナの魔法により傷こそは綺麗に癒えたものの、そこにあるのは安らかに眠るスミレの亡骸だ。
「…………スミレ…………スミレェェェ!!!」
事態を把握したツバキは泣き叫ぶ。
こうして長い戦いの夜が終わると同時に、吸血鬼の血に翻弄されたお姫様、吸血姫ツバキと眷属に憧れ夢を見た少女スミレの物語も幕を閉じた。