第6話 月下激闘(19)
「…………なんじゃ?」
異変に真っ先に気付いたのはオニヒメであった。ツバキから溢れ出す魔力が止まったのだ。
「魔力が消えたの?」
続いてルナもツバキの異変に気付く。先程まで嫌でも肌に伝わるツバキの魔力が今は感じる事が出来ない。それはまるで嵐の前の静けさの様に感じられた。
「でもなんだろう……。さっきより存在感が強くなってきてる気がする」
ルナは思わず無意識に一歩下がってしまう。それほど今のツバキからは不気味なオーラを感じたのだ。
「…………………………」
ツバキは依然として何も喋らないが…………、
ニヤリ
突然笑みを浮かべる。無表情だった先程までとは一変として浮かべた笑みは不気味さ以外のなにものでもない。そしてそれと同時に、
「…………魔力進化」
ツバキはそう呟く。そしてそれと同時に、
「「なっ!?」」
目の前で起きた出来事にルナとオニヒメは驚愕する。ツバキがその言葉を唱えた途端、今までとは比べ物にならない程の魔力がツバキの体内からまるで爆発するかの如く溢れ出す。
「奴め!魔力進化まで使えるのか!!」
ツバキが今している事を理解したオニヒメは驚きと共に焦りや苛立ちといった感情を剥き出す。
「魔力進化って何!?」
オニヒメの反応からツバキが今からしようとしている事がただならぬ事である事が予想出来る。ルナは焦りながらオニヒメに尋ねるが、
「今は説明している時間もない!予定変更じゃ!一気に二人であやつを止めるぞ!!鬼神の炎華!!」
「…………!分かった!乱風魔力弾!!」
そう言うやいなやオニヒメは魔法、鬼神の炎華をツバキ目掛けて連発して撃ち放つ。それに合わせてルナも大量の魔力弾をツバキに撃ち放った。
二人の攻撃はツバキに直撃し激しい爆発音と共にツバキの周囲に煙が巻き上がる。
オニヒメもルナも先程までは違い、かなりの高出力で魔法を唱えた。それ故に相手に与えたダメージは相当な筈である。
しかし、
「間に合わなかったか!」
オニヒメは悔しげな表情を浮かべ、前方の煙を見る。そしてルナも、
「…………なに?このおぞましい感じ…………」
ツバキの方から伝わる魔力にルナは思わず身体が震えてしまう。
二人の攻撃によって発生した煙は次第に消えていき、そこには…………、
「…………良いわねぇ、この力がより漲ってくる感じ」
先程までとは容姿が変わりそして桁違いの魔力を発するツバキが立っていた。
少女らしさは無くなり地面につきそうな程伸びた銀髪に人間でいう20代前半に見える顔とそれに見合う美しい身体。そして何よりも目を引くのはツバキの額と頭から生えた三本の大きな角である。まるで女神の様な美しさを持つ容姿にとてつもなく禍々しさを感じさせる三本の角は絶妙にツバキの持つ妖艶さを彩っていた。
そんなツバキを見てルナは戦場にいるにも関わらず見蕩れてしまう。しかしツバキは当然そんなルナをただ見ている筈がない。
「…………鮮血の時雨」
ツバキは自身の爪で手首を切り裂くとそこから大量の血が溢れ、やがて鋭い銃弾の様な形に変わるとそれらがルナ目掛けて一斉に襲い掛かる。
「…………ッ!魔法防壁!」
完全に気を抜いていた為魔法防壁を出すものの少し遅く、十発程ルナに直撃してしまった。
「大丈夫か!?」
「うん…………なんとかね」
撃ち放たれ続ける鮮血の時雨を魔法防壁で防ぎながらルナは近くに駆け寄って来たオニヒメに苦笑いを浮かべながら答える。一つ一つは小さいとはいえ、高密度の魔力の籠ったツバキの攻撃はルナにかなりのダメージを与えていた。
「…………そんな前ばかり防いでいていいのかしら?」
「…………え?」
ツバキが妖艶な笑みを浮かべながらそう言ったその時だった。突然ルナとオニヒメの背後を激痛が襲う。
「ぐっ……!」
「ガッ……!」
突然襲った痛みだがルナは何とか踏ん張って魔法防壁を維持し続ける。そして何が起きたのかと後ろを振り返り、
「なっ!?」
ルナはその光景を見て唖然とする。
前方から未だに襲い掛かる鮮血の時雨がいつの間にか背後にも形成されており、その瞬間にも再びルナ達目掛けて飛んできていた。
「ぐっ!」
ルナは魔法防壁を出しているステッキと逆の手を背後に向け、後方にも魔法防壁を張る。今度は魔法防壁を張るのが間に合い、何とか前後からの鮮血の時雨を防ぐ事が出来たが、
「いつの間に後ろにも攻撃の手を回したの!?」
ルナはツバキのこの攻撃の仕組みを考える為にツバキを見る。ツバキは依然として笑みを浮かべながら手を前にかざして魔力を放出している。とりわけ攻撃を分けているようには見えないが、
「!?ルナ!お主の血じゃ!!」
何かに気がついたオニヒメが叫ぶ。オニヒメの声につられてルナは自身の身体を見ると、
「えっ!?」
初撃を防げなかった鮮血の時雨による傷口、そこから垂れる血がまるで操られるかのように背後に集められており、そして鮮血の時雨同様、血の銃弾へと変貌していた。
「…………!慈愛魔法」
ルナは急いで傷口から溢れる出血を止めるべく回復魔法をかけるが、
「…………!出血が止まらない」
回復魔法は発動した。にも関わらず依然としてルナの傷口からは血が少しづつ流れている。魔法の効果が弱くなっていた。
「…………私は吸血鬼よ。操れる血は自分の血だけじゃないの」
「あの攻撃を受けた者の血を操るって事ね…………」
ルナは鮮血の時雨の仕組みを理解したが、既に遅かったようだ。先程の背後からの不意打ちでオニヒメもダメージを受けている。オニヒメの方を見るとやはりオニヒメの傷口からも血は流れていた。
「…………じゃあ終わりにしましょう」
ツバキはそう言うと今度は手を頭上にあげる。そして魔力を高めると、散らばっていた鮮血の時雨がツバキの頭上一箇所に集まりだす。
「…………あれはヤバそうじゃのお」
「…………だね」
そして集まった鮮血の時雨は巨大な風船の様になり、
「…………鮮血の時雨・厄災」
凄まじい爆発音と共に頭上から大量の血の銃弾がルナ達に降り注ぐ。その量はダメージを負ったルナとオニヒメには防ぐことも避ける事も出来ない程だ。
そして無数の鮮血の時雨がルナ達に襲う姿をツバキは自身の影で生み出した傘をさしながら、その光景を笑みを浮かべて眺めていた。