第6話 月下激闘(15)
「追い詰めたぞ!この化け物共め!!」
何も無い荒野の中で、立派な装備を一式に纏った若者がそう叫びました。その若者の周囲には数千ものの兵士がおり、その軍勢はたった二人を相手にしていました。
「…………囲まれちゃったわね」
「だな。流石に今回ばかりは厳しそうだ」
そんな絶望的な状況下の中、軍勢に囲まれている二人、吸血鬼のカーミュラとそのパートナーであるサクラは笑いあっていました。
カーミュラとサクラが島を出て5年の月日が流れました。最初の頃はカーミュラの正体を上手く隠せていたので特に問題なく旅をしてこれましたが、一年を過ぎた頃、世界に少しづつ異変が起き始めたのです。
カーミュラはずっと島の中にいた為、彼女から無意識に溢れ出す魔力はその島の中だけに収まっていたのですが、カーミュラが島から出たことにより、彼女の魔力が少しづつ世界に分散し、やがてその魔力から小さい鬼が生まれてしまったのです。
どうしてそのような事態になってしまったのか彼女も分かりませんでした。しかし世界中に子鬼族や大鬼族が現れ始めると、世界中の様々な国がその原因を調べ初め、やがてその原因が吸血鬼カーミュラによるものだとバレてしまったのです。
当然そうなれば世界がカーミュラに対して敵意を向けました。行く先々で襲われ、憎まれ、カーミュラとサクラは転々としながら逃避行を続けました。
逃避行を始めた頃は、カーミュラはサクラに自分を捨てて逃げるよう何度も訴えかけましたが、その都度サクラは笑ってカーミュラを抱きしめました。そして世界の憎しみから逃げ続けて三年、とうとう二人は追い込まれてしまったのです。
「世界を混乱に陥れた大罪、ここで死をもって償って貰うぞ!吸血鬼!!」
この軍勢の中心であり、今までも幾度となくカーミュラとサクラを追い詰めてきた若者、世間では勇者と呼ばれ崇拝されている青年が、自身の持つ大剣の剣先をカーミュラ達に向け叫びました。
「…………どうする?今ならまだサクラだけでも逃げられるかもよ?」
「馬鹿な事を言うなって。俺がカーミュラを見捨てるなんて世界がひっくり返っても有り得ないよ」
「…………分かってるわ。…………ありがとう」
「お礼を言うのはこの状況を脱してからにしてくれよ」
絶望的な状況下でもカーミュラとサクラは互いに背を預けながら笑い合っていました。それは互いに互いの事を信じ合い、愛し合い、二人一緒ならどんな状況でも幸せでいられたからです。
「…………でも最後にあの月触の泉に映る月をもう一度見たかったわね」
「最後なんて言うんじゃねぇよ。…………まぁ、この窮地を抜け出したらあそこに戻れるさ」
「…………ええ。私と貴方と……」
そう言ってカーミュラは自分のお腹を触りました。
「あぁ、俺と君と俺達の子供で静かにあの場所で暮らそう」
サクラは空いている手でカーミュラの手を握りそう呟きました。
カーミュラはそのお腹にサクラとの子供を宿していたのです。その為今までの様な派手に動き回る事が出来ず、こうして勇者軍団に追い込まれてしまったのでした。
「それじゃあ……」
「…………ええ」
「「私(俺)達の家に帰ろう!!」」
二人はそう叫び、勇者軍団に立ち向かいました。
▽▽▽
「探せぇ!吸血鬼は瀕死だ!まだ遠くへは行ってない筈だ!!」
勇者の怒声が響き渡る中、酷い傷を負ったカーミュラを背負いサクラは静かに移動していました。
「俺の全身全霊の力を込めた幻術だ。これでアイツらも簡単には追って来れないだろう」
「………はぁ……はぁ、そうね…………」
サクラの言葉にカーミュラは今まで見せた事無いような弱りきった声で答えました。
戦闘はやはり多勢に無勢、カーミュラ達は呆気なく勇者軍団に敗れました。それでも何とかこうして逃げられているのは、カーミュラがありったけの魔力を放出して勇者軍団に一撃を与え、その隙にサクラが自身の持つ妖刀アキギリを使って辺り一面に幻術を生み出したからです。しかしそれにほぼ全ての力を使ってしまった二人は、勇者から最後の反撃をカーミュラはモロに喰らってしまいました。
「大丈夫か?」
「…………ええ。まだ死ぬ訳にはいかないもの」
即死でもおかしくない勇者の一撃を受けて尚、こうしてかろうじて息があるのはカーミュラの最強の吸血鬼たる所以でしょう。
二人は会話もそこそこに始まりの場所である、あの月触の泉のある島へと向かって行きます。
そして勇者軍団との戦闘から1週間程で二人は島に辿り着きました。勇者軍団との戦いは島に帰る途中に起きたので、比較的戦闘場所から島までは遠くありませんでした。
「着いたよ、カーミュラ」
目的の場所である月触の泉に着いたサクラは静かに泉のほとりにカーミュラを降ろします。それと同時にサクラもどっと疲れが押し寄せ、その場に腰を下ろしました。
「…………色々な場所を見てきたけど、やっぱりここが一番綺麗だわ」
月触の泉に映る満月を見てカーミュラは静かにそう呟き、指先で泉に映る月に触れました。
「…………サクラ、ありがとね。貴方との日々は私の長い時間の中で何よりもかけがえのない時間だったわ」
「…………それは俺もだよ」
サクラはカーミュラの事を優しく抱きしめそう返します。そんなサクラの目にはうっすら涙が浮かんでいました。
カーミュラもサクラも分かっていました。残された時間は少ないと。
「…………サクラ」
「…………カーミュラ」
「「愛してる」」
二人はそんな悲しみを感じつつ口付けをしました。
▽▽▽
〜島に帰り一ヶ月後〜
月触の泉から離れた海岸の近くにある洞窟の奥にサクラは立っていました。
「…………カーミュラ」
サクラはそこにある墓石に目をやりカーミュラの名前を呟きます。そんなサクラの腕の中には一人の赤ん坊がいました。そうカーミュラとサクラ、二人の子供です。
島に帰ってすぐカーミュラは最期の力を振り絞りこの子を産みました。子供は無事に産まれたものの、それで残りの力を全て使い果たしたカーミュラは我が子を見てにっこりと笑い、そのまま命を落としたのです。
ここはカーミュラのお墓です。とは言ってもここにカーミュラの亡骸は埋まっていません。カーミュラは死後、肉体が灰となってしまい、それをサクラは集めて半分はここに、それともう半分は月触の泉に流しました。いつでも彼女の好きなこの泉に映る月が見えるようにと思ったからです。
「…………それじゃあ暫くお別れだ」
サクラは墓石に手をやりそう呟いてその場を後にしました。サクラにはやらなくてはならない事がたくさんあったのです。
「いつか君が生まれ変わった時の為に、俺は君が楽しく暮らせる様な国をここに創る」
そうそれがサクラがやりたい事です。そうして吸血鬼の眷属にして唯一のパートナーサクラはこの地アスカにて、いつか生まれ変わるカーミュラの為に国を建国したのでした。
〜吸血鬼カーミュラの伝承 下巻〜 より
▽▽▽
「………………ハッ!」
森の中でスミレは目を覚ましました。頭がズキズキするが、先程までの事は鮮明に覚えていた。
「…………怪我はないみたいですね」
自身の身体を見てそう判断し立ち上がろうとしますが、その瞬間何とも言えない倦怠感がスミレを襲う。
「あの悪魔の仕業ですか……」
ミサによる精神攻撃のダメージは今なおスミレの体内に残っている。それほどミサの強さは圧倒的であった。…………それでも、
「…………ツバキ様」
スミレはヨロヨロしながらも歩き始めた。眷属として最愛の吸血鬼ツバキの元へ向かう為に。




