第6話 月下激闘(14)
(これは少し面倒ですね……)
煙幕の煙に包まれる中、四方から放たれている殺気に気を配りつつミサは溜め息をつく。スミレ特製の煙幕の効果はかなりのもので、広範囲に煙を広げつつ、煙の持続時間も長い。視覚を封じられた今、ミサがスミレの位置を知るには幻術含める辺り全ての生命エネルギーを把握する他ない。幸いな事にスミレ本人の生命エネルギーを隠す事は出来ないみたいなので、意識外からの攻撃には注意を払わなくても大丈夫そうだ。
しかし幻術により作り出されたスミレの攻撃自体には害は無くとも、その中に紛れているスミレの妖刀アキギリの攻撃を受ける訳にはいかない。直接斬られてなくてもこの効果だ、その妖刀で生身を攻撃されたらどんな効果があるのか分からないのだ。妖刀アキギリに斬られて精神を操られたザクロ皇子の様になるだけでなく、恐らく他にも何かしらの能力を持っていると見た方がいいだろう。結局のところ、ミサは本物と偽物の判別がつけられるまでは全ての攻撃を躱さなければならず、一撃たりとも攻撃を喰う訳にはいかない。
(かといってこちらから無作為に攻めるのもリスキーですね……)
立て続けに仕掛けられてくる攻撃を躱しながらミサは考える。追い込まれてる状況に見えなくもないが、実際のところ攻撃を避けるだけならそこまで大変では無い。しかしミサの方から何か動かなければこの戦況は変わらない。そこまで時間をかけたくないミサはどう動くべきか思案する。
「先程までの威勢はどこに行ったんですか?」
「うるさいですねぇ……。ぎゃあぎゃあ喚くのは二流のする事ですよ♪」
スミレの煽りにミサも煽り返すが、ミサの内心はスミレに対する苛立ちで煮えくり返っている。
(もう面倒ですし、やっちゃいますかね♪)
そう決めたミサは手加減をやめた。
「………………は?」
突然の事にスミレは間の抜けた声を思わずあげてしまう。
それはあまりに突然の事であった。スミレが再び幻術に紛れて攻撃を仕掛けようとしたところ、何か得体の知れない力が辺り一面を覆い、気付いた時にはスミレの作り出した煙幕も幻術も全て消えており、スミレの前には今までに見た事の無いような姿をしたミサが立っている。
「あは♪そんな怯えた顔をして……。可愛いところもあるじゃないですか♪」
ミサの口調は変わらない。しかし先程までとは全く違う存在のようにスミレは思えた。
「…………くっ!」
スミレは妖刀アキギリを握る手に力を入れ、再び幻術を出そうとする。しかし、
「消えろ」
ミサが一言そう言うだけでスミレが作り出した幻術はあっという間に消えてしまう。
「な……」
スミレは混乱する。
「何をしたんですか!?」
スミレの焦りのこもった怒声にミサは一言、
「な〜んにも」
とだけ言った。
「…………っ!そんなわけ……」
「貴女が勝手にやったんですよ♪」
スミレの言葉を遮り、ミサはそう告げる。
「まぁ確かにうざったい煙幕は私がまとめて吹き飛ばしましたが、幻術に関しては私は何もしてませんよ」
ミサはそう言って笑いながらスミレに近づいていく。
「く……来るな!」
スミレは何とかしようと幻術を再び出そうとするが、妖刀アキギリは何も反応しない。それどころかスミレの身体は金縛りにあったが如くピクリとも動かせないでいた。
「あは♪いいですねぇ。その表情が見たかったんですよ♪」
スミレの目の前まで来たミサはスミレの耳元でそう囁き、スミレの頬に触れる。それによりスミレはものすごい悪寒に襲われ、全身が震えで止まらなくなるが、依然として指先一つ動かせないでいる。
「な……何が起きて…………」
震える身体を抑えながら何とかスミレはその一言を発する。
「あは♪」
そんなスミレを面白がるように、ミサは指をスミレの髪にあて、
「貴女の本能に呼び掛けをしたんですよ」
ミサはもう一度スミレの耳元で囁く。そしてスミレから少し離れて背中を向け、
「私は悪魔です。そもそもの話、貴女とは種族として次元が違うんですよ♪だから貴女は本能的に私を恐れた」
「なっ……!恐れてなんか……」
「恐れたんですよ、私の魔力をモロに受けてね♪」
ミサは悪魔に相応しい嗜虐的な笑みを浮かべる。
「貴女は無意識に私に恐怖し、そして本能で悟ったんです。悪魔に逆らってはいけないと……。そうなってしまえば貴女は私の思うがままの操り人形です♪」
ミサはフフンとしたり顔をしてみせる。自分に恐怖させた者を思うがままに操る、それが上位悪魔種魔法悪魔にして、魔王の側近、魔王軍のNo.3であるミサの特異性である恐怖掌握である。
「………………!」
そしてようやくスミレは理解する。ミサは決して相手にしてはいけない類の者だと。
「まぁ確かに貴女は人間にしてはいい力を持ってましたよ♪」
ミサは一点、嗜虐的な笑みからいつものほんわかした笑みへと変える。
しかしすぐ真顔になり、
「でも調子に乗りすぎだ人間。吸血鬼の眷属だがなんだが知らないが、私は魔の王の眷属、あまり私を不快にさせるな」
そう言って再びスミレの眼前まで歩き、
「お前はここで悪夢に取り憑かれて寝てろ」
そう言って人差し指でスミレの額を突く。
「ぐっ…………、ツバキ…………さ……ま……」
そこでスミレの意識は途絶えた。
「……さて♪じゃあルナちゃん達に合流しますか♪」
そしてスミレが倒れたのを確認し、いつもの調子でミサはその場を後にする。