第6話 月下激闘(13)
「ここまで離れればいいですかね♪」
ルナやツバキ達のいた地点から数キロ程離れた場所まで移動したミサは抱えていたスミレをその辺に放り投げる。
「…………敵とはいえ扱いが雑すぎませんか?」
「あは♪何を言ってるんですか?今生きてるだけでも感謝して欲しいくらいですよ♪」
服に付いた汚れを叩きながらしかめっ面で文句を言うスミレに対し、ミサはサディスティックな笑みを浮かべながらそう答える。
「まぁいいでしょう。さっさと貴方を倒してツバキ様の元へ戻らせてもらいます!!」
妖刀アキギリを前に突き出しながらスミレはミサ目掛けて突っ込む。しかしスミレが妖刀を振りかざした時にはそこにミサの姿は無い。
「遅いですよ♪」
スミレの背後からミサの声が聞こえる。
「…………相変わらず厄介な能力ですねっ!!」
スミレは振り向きもせずそのまま声のする方へ妖刀を振り払う。
「ダメダメです♪そんな攻撃じゃあいつまでたっても私には当たりませんよ♪」
そして気付けばスミレの目の前にミサが立っている。
スミレの攻撃をミサは読める様で、妖刀が当たる前に空間移動で躱す。これでは埒が明かないと考えたスミレは一旦ミサとの距離をとる。
「研究所でも言いましたが、やはり貴方は敵にしたくないですね」
「貴方か馬鹿な事しなければ私を怒らせることは無かったんですよ♪」
「…………馬鹿なこと?」
ミサの一言を受け、スミレは初めて怒りの表情を露わにする。
「私の……!長年の夢を……!」
「そういうのは妄想の世界だけにしとけって言ってるんですよ♪…………小娘が!」
ミサもミサでスミレに対する怒りが溜まっている。互いに相手を睨みつけながらミサとスミレは向かい合う。
「………………殺す。貴様だけはこの手で!」
そして先に仕掛けたのはスミレであった。スミレは懐から煙幕を取り出してそれを自分とミサの間に投げ込む。辺り一面が白い煙で覆われ、ミサは集中してスミレの気配を探る。
「そんな目隠し程度、私には意味がありませんよ♪」
ミサはそう言って身体を右側に逸らす。するとミサのいた位置に妖刀アキギリが振り下ろされ、
「チッ……」
その近くからスミレの舌打ちが聞こえてくる。
ミサは悪魔の力で生命力の感知に秀でている。それは魔力を持つ魔族はもちろん、魔力を持たない人間に対しても同じだ。例え視界が封じられたとしても、相手の生命エネルギーを感じ取って相手の動きを追うことなど、ミサにとって容易な事なのである。なので今回のスミレの煙幕もミサは大した事では無いと思っていた。
「これなら!!」
(次は左から私の首目掛けてですね♪)
ミサは先程のようにスミレの攻撃を躱す…………はずであった。
「!?」
ミサは咄嗟に空間移動でその場から離れる。
(…………どういう事?)
ミサはさっきまで持っていた余裕を捨て、周囲の状況、そしてスミレの動きへの警戒を高める。
(別の殺気が同時に来た?)
ミサは自分の首目掛けてきた攻撃を避けようとしたが、それと同時に背後から心臓を一突きしてくる攻撃の気配を感じたのだ。そしてそれら二つの攻撃の主からは同様のエネルギー、スミレから放たれる殺気が込められていた。
「へぇ〜、これも躱すんですね」
ミサの前方からスミレの声が聞こえてくる。
「でも貴方はコレで袋の鼠ですよ」
と思えば今度は背後からスミレの声が聞こえる。
「ただの人間と甘くみていたようですが」
「私の妖刀にはこんな力もあるんですよ?」
「私とツバキ様の仲を愚弄した貴方は」
「このままここで消えてください」
更にスミレの声が増えていき、ミサの四方八方を囲むように響き渡る。そしてどの声からもきちんとスミレの生命エネルギーが感じ取れた。
「いつの間にかに妖刀アキギリの幻術にかけられたということですね……」
ミサは内心で舌打ちをする。妖刀アキギリの幻術には気を付け、妖刀アキギリからの攻撃は受けず、また幻術を使う素振りを見逃さないようにしていたが、相手の方が一枚上手だったようだ。悔しいがミサの油断が招いたミスである。
「貴方の力は研究所と月光花の洞窟で凡そ見させてもらいました。きっと相手の動きや存在を感知する力が凄いのでしょう。…………なら対処は簡単です。視覚を封じた上でその知覚能力をバグらせればいい」
スミレの指摘は的を得ていた。実際にミサは現状、スミレの動きを察知できず、どれが偽物で本物か見分けがつかない。
「吸血鬼の眷属を舐めるなよ」
スミレのその一言には今までの比にならない程の殺気が込められていた。