第6話 月下激闘(11)
「なんだ…………それ…………?」
イーサンは先程までの余裕が一気に吹き飛び、思わず後ずさってしまう。それ程今のオニキシから感じる魔力は異質であった。
「なんだって聞いてんだよ!!」
怒鳴るイーサンの声にオニキシは何も返さない。代わりに右手を前に掲げ、
「…………フレイヤ」
手の平に黒炎が集まるとオニキシはそれを放つ。黒炎は物凄い勢いで飛んでいき、イーサンの顔の真横を通り抜けていった。
「そういえばさっき、何故私がお前に謝ったのかと理由を聞いていたな」
黒炎を撃ち終えたオニキシはそう言いながらゆっくりとイーサンの方へ歩いて行く。オニキシの周辺にはイーサンの魔導解放によって生み出された重力負荷が未だに掛かっているはずなのだが、今のオニキシはそんなもの効いていないかのように平然とした様子で歩いている。
「この力は私の力不足でまだ上手くコントロール出来ない。………だから加減は出来ないってことさ」
そう言って今度は二発の黒炎を撃ち放つ。黒炎は今度は外れることは無く、イーサンの着ている魔導防具へと命中した。
「グッ!クソが!!」
イーサンは急いで着ていた魔導防具を脱ぎ捨てる。イーサンの着ている魔導防具・反射白衣が跳ね返せるのはあくまで衝撃のみ、オニキシの黒炎は防ぎようが無く、反射白衣はそのまま燃えて灰となった。
「く……来るな!!」
焦るイーサンは脇目も振らず発砲する。しかし何発撃とうとも銃弾はオニキシの身体に届くことは無く、全てオニキシの纏う黒炎の前に消されていく。
「ま……待て!分かった。俺達は直ぐにこの国から出ていく!もうテメェらとも関わらねぇ!!」
優勢から一転、為す術が無くなったイーサンは尻もちをつきながらそうオニキシに言う。
しかしそれでもオニキシは歩む足を止めない。そうしてイーサンの目の前まで来ると、
「オニヒメ様は優しいからな…………。きっとお前みたいな奴でも命乞いしたら見逃すだろう」
とオニキシは静かにそう言う。
「!?…………なら、」
「だからこそ」
見逃して貰えると思っているイーサンの言葉をオニキシは遮り、
「オニヒメ様の分まで私は非道になると決めている。お前はこの先も私達の仇となる存在になるだろう。…………だからここで消えろ」
オニキシはそれだけ言うと黒炎を一気に集めイーサンへと撃ち放つ。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして黒炎を生身で受けたイーサンは断末魔をあげ、灰になるまで黒炎に焼かれた。
そしてイーサンの姿が跡形もなく消え去ったところで、
「……………………グッ!」
オニキシは魔力進化を解き、その場に膝を着いて倒れる。
「はぁ……はぁ……、やはりこの技はもって5分ってところか……」
魔力を極端に消費したオニキシは疲弊しきる。
「オニキシさん!」
そんなところに、ちょうど戦いを終わらせたロゼとフォーリアが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?オニキシ殿!」
オニキシの様子を見て不安に思い駆け寄って来るフォーリアをオニキシは片手で制止し、
「大丈夫です。思ってたより相手が手強かっただけですから」
そう言ってふらふらな身体を何とか起こし、
「では私達もオニヒメ様の後を追いましょう」
とロゼとフォーリアにそう言った。
▽▽▽
「ここまで来ればとりあえず大丈夫か…………」
月光花の洞窟内の最奥、伝説の吸血鬼カーミュラとその眷属サクラの墓の前にてリンドウは腰を下ろした。
「お前も立ってないで少し座って休め」
隣で立っているザクロ皇子にリンドウは目をやる。未だに先程の事が脳裏から離れないのか、ザクロ皇子は「ああ……」と呟きながらも依然と立ち続けている。
「まぁ……あれだ」
リンドウは一旦ザクロ皇子から視線を外し、目の前の墓の方を向きながら、
「俺達はスミレの思惑に気づけてなかった。遅かれ早かれこの状況にはなっていたさ。そう考えれば、今この瞬間、魔王国の援軍が仲間として来てくれたタイミングに事が起こっただけ幸運と見るべきだ。後は彼女らに任せよう」
「………………それでいいのか?」
リンドウの言葉にザクロ皇子は震えながら静かに呟く。
「妹の事…………ツバキの事を彼女らに任せっきりで本当に良いのか!良いわけない!!」
ザクロ皇子の悲痛な叫び声にリンドウは驚きもせず静かに耳を傾ける。
「本来はツバキの問題はこの国の皇子…………いや、ツバキの兄として俺が対処しなければいけないんだ!…………それなのに俺はどうしてこんなところで!!」
そう言うとザクロ皇子は来た道を戻ろうとし、
「待て」
それをリンドウが呼び止める。
「今のお前があの戦場に行って何が出来る?お前はこの国の皇子だ。無闇に危険に飛び込むべきでは無い」
「何度も言うが俺は皇子である前にツバキの兄だ!このまま何もせずにいられるか!!」
そう叫んだ時だった。
「…………!?誰かが呼んでいる」
ザクロ皇子は辺りをキョロキョロと見渡す。しかし当然ここにはザクロ皇子とリンドウしかいない。
「賭けに勝ったか…………」
突如リンドウは笑いながらそう口にした。
「何の話だ!リンドウ!!」
「多分あれじゃないか、ザクロ」
リンドウは指を指す。ザクロ皇子はその先に目をやると、
「なんだ…………あの光は…………」
そこには不思議と光出すカーミュラの墓があった。
「僅かな可能性だった。この洞窟の前でのスミレの言動からここには何かあると予想した。詳細は分からんが恐らくスミレの中の何かとここで眠るカーミュラ、サクラの魂が共鳴し、妖刀アキギリが復活したってところか?…………だからツバキ様の吸血鬼の力が覚醒した今、もしやと思ったんだ」
「だからどういうことだ!!」
「忘れたのか?」
状況が全く理解出来ていないザクロ皇子にリンドウは告げる。
「お前はツバキの実兄。って事はお前もカーミュラの血を少なからずその体内に宿しているだろ?」
そうリンドウが言った途端、カーミュラの墓の光は一段と強くなり、ザクロ皇子を包み込んだ。