第2話 エルフの集落(8)
族長との話を終えた俺は部屋へと戻り、テラスに出て夜風に当たっていた。魔法少女として異世界に転生して1日、かけがえのない友人が出来、この世界の事をざっくり聞き、自分の成すべき事と敵を知った。
「この世界なら自分の力で父さんのように多くの人を救う事が出来るのかな」
俺は空を見上げそんな事を口にする。世界は違うが、何となく父さんに声が届いた気がした。
「リーシャもフォーリアさんも族長、それにこの集落のエルフの人達も俺が守らないとな」
俺はテラスから集落を見渡し、魔法少女の核となる指輪に触れ、そう決意を固めた。
コンコン
「ルナさん、まだ起きてる?」
ノックの音と同時に、部屋の外からリーシャの声が聞こえた。
「起きてるよ」
「ごめんね、話したい事があるからお邪魔させてもらうね」
俺が返事をすると、少し悩んでいる様な声色と共にリーシャが部屋に入ってくる。リーシャは寝間着らしきネグリジェを身にまとっており、とても今の俺と同い歳とは思えない色気を醸し出している。しかしそれとは裏腹に、どこかリーシャの顔は浮かない表情をしていた。恐らく族長から先程の話を聞いたのだろう。
「隣に行ってもいい?」
俺が頷くとリーシャもテラスへと入り俺の隣に立つ。
「族長から話を聞いたの?」
俺の質問にリーシャは静かに首を縦に振る。
「……何となく察しはしていたの。私のお母さんの話はいつもはぐらかされるし、集落の大人の人達もどこか族長である父より敬意を持ってる違和感があったから……」
とリーシャはどこか寂しそうな声でそう言った。しかしリーシャは「それでもね」と口にし、
「私にとって族長はお父さんだし、フォーリアだってもう家族みたいなもの。実は本当のお父さんとお母さんがいて、それがエルフの国の王と妃と言われてもそれは変わらない。私のお父さんはお父さんよ」
とリーシャも集落を見渡しながらそう言った。
「ルナさんはやっぱりこの集落を出ていくの?」
リーシャは視線を集落から俺へと向き直し、静かにそう尋ねる。その問いに俺が頷くと
「そう……」
とリーシャも頷き返した。そしてリーシャは一呼吸してから自分の手を胸に当て、
「私も一緒に連れて行ってくれませんか?」
と静かに、しかし力強い声でそう言った。
「いいの?」
俺は集落から出て一緒に旅をすること、聖王国に向かう事、そして魔族と戦うこと、危険が少なくともリーシャにも伴う事、それらの意味も込めてただそう一言口にした。
「…………」
リーシャは俺の問に力強い決意を固めた様な視線で俺を見つめ、再びテラスの手すりに手を置き、集落全体を見渡した。
「私はこの集落が大好きだし、ここから離れるのは寂しいし不安もあるわ。でも私が王族の血を引いてるのが原因でこの場所が危険な目に合うのは嫌なの。それにね、生まれ故郷を知りたいって言うのも本音なんだ。何となくルナさんと一緒に旅をすれば、自分の事をもっと知る事が出来る気がするの。それに私の中にあるエルフの王族の力はきっと大事な人達を守る力になると思う。ルナさんの役に立つって私の中の何かがそう言うのよね」
あはは……、とリーシャは笑ってそう言った。そして手を俺の前に出し、
「ルナさん、私も連れて行ってくれませんか?」
と先程と同じお願いを俺にしてきた。
|(リーシャなりに考えてここに来たんだろうな)
俺はリーシャの目を見てそう感じた。……なら、俺の答えは決まってる。
「リーシャ。私の仲間……いや、私の大事な友達として一緒に旅をしてほしいです」
と手を握り返した。
▽▽▽
一緒に旅をすると決めてからの行動は速かった。と言うのも族長と集落の方々が積極的に準備を手伝ってくれたのだ。長距離移動する為の馬車や食料に水、それにこの世界のお金などこれから旅をするのに必要な物をあらかた用意してくれたので、たった二日で出立の準備が終わった。
俺はその間、森で魔法少女に変身しては、どんな魔法が使えるのか、魔力はどの位維持出来るのかを確認した。度々様子を見に来た族長は俺の魔法を見る度に「ルナ殿の魔法は本当に桁違いじゃ、これ程の魔力があれば本当に魔王を倒せるかものう」と言って驚いてた。
一方リーシャも族長から結界術の基礎的な事を教わり、それの訓練をしていた。やはり王族の血を引くエルフの姫様ということとあって元々の素質があったらしく、また魔力もかなりの物を持っていた為、飲み込みがかなり早く、準備が終わる二日の間で簡単な回復魔法や防御魔法、簡易な結界作成術は使いこなせるようになっていた。
そして集落に来て5日後、俺とリーシャは万全な体制を整え出発の日を迎える事になった。
出発の当日は集落中から多くのエルフが集まり、盛大なお見送りとなっていた。
「リーシャよ、これを」
族長が俺たちの前に歩いて来て、手に持っている1本の杖をリーシャに渡した。
「これは?」
リーシャが杖を受け取り族長に尋ねる。
「この杖は昔、私の友でありリーシャの父であるルーシアから預かっていた杖じゃ。この杖にはエルフの魔力を高め、使う者を悪から守ると言われており、エルフ王国に代々引き継がれておる。ルーシアが死ぬ前日にワシが預かっていたのじゃが、この杖はリーシャ、お主が持つべき物であろう。ルーシアの娘として」
「ありがとう、大事に使わせてもらいます」
リーシャは族長から杖を受け取り、一礼をする。そして族長の目を見て、
「私はエルフの国の王の娘なのかもしれない、でもね……私はあなたの娘でもあるの。お父さん、今でも大事に育ててくれて本当にありがとう」
と満面の笑みでリーシャは族長にそう言った。
「リーシャよ……。ワシを父と呼んでくれるのか、ずっとお主を騙していたワシを……」
族長はリーシャの言葉に感極まったのか、涙を流しながらリーシャを抱きしめる。それにリーシャも「当たり前でしょ」と言って抱きしめ返した。
▽▽▽
リーシャと族長の感動的なやり取りを終え、いざ出発といったタイミングで、
「お待ちください。この旅、私もご同行お願いできますでしょうか?」
とフォーリアさんが俺たちの前に名乗り出て来た。フォーリアさんは俺の前で跪き、
「ルナ様とお嬢様が聖王国ラミーリアの方に旅されるとお聞きしまして、族長と話し合い、お2人が宜しければ私もお供したいと決めておりました。」
と言ってきた。俺が族長の方を見ると族長はただ首を縦に振り、リーシャの方を見るとフォーリアさんの申し出が嬉しかったのか目をキラキラさせている。……なら、俺の答えも決まった。
「フォーリアさん、こちらからも是非お願いします!」
そう言って俺はフォーリアさんの手を取った。
「ありがとうございます。でもこれから一緒に旅をするのに、さん付けは堅苦しいと思いますので、気軽に私の事をお呼び捨てください。」
「おっけー、それじゃあ改めて宜しくフォーリア!」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します。ルナ様」
|(あっ、フォーリアは変わらず俺の事様付けなんだ……)
▽▽▽
三人の出発を見届けた後、ワシはルーシアから杖を受け取った時の事を思い出していた。
|(我が友よ、この杖をお主に預けたい)
|(!?ルーシアよ!これは王族にのみ代々受け継がれる神秘の杖だぞ!ワシなんかが持っていていいものではない)
|(……友よ。私は近い内に死ぬことになるだろう。それは覆せない運命だ。しかし、娘のリーシヤだけは守りきるつもりだ。その後はお主にリーシヤの事を託したい。きっとこの子はいつか世界を救う旅に出ることになるだろう。その時にこの杖を渡して欲しいのだ)
(ルーシア……よ)
そんなやり取りを思い出しワシは空を見上げ、
「約束は守ったぞ、……我が友ルーシアよ」
と呟いた。