第5話 吸血鬼覚醒(5)
気が付いたらそこは何も無い真っ暗な暗闇であった。何も見えないし、何も聞こえない。まるで自分一人が世界から切り離されたようである。
「…………………………」
ツバキは先程の出来事を思い出す。大好きな兄が気を失って倒れていたので心配で駆け寄り、そしたら急に目を覚まして、
「…………なんで」
ツバキは震えながら膝を抱えてしゃがむ。
「……なんで、なんで、なんで」
刺された事による身体に痛みよりも精神的痛みの方が遥かに強い。
「……なんで!なんで!!どうしてなの!?お兄ちゃん!」
ツバキは叫んでいた。自分の絶望を少しでも吐き出すために。それでもツバキの中にある絶望は絶え間なく内側から込み上げてくる。ツバキは自身がその絶望の暗闇に呑まれているのを実感する。しかし分かっていてもどうすることも出来なかった。
「……………………」
そして至った結論は思考の放棄であった。もう何も考えたくないツバキは絶望に身を委ねる事にする。辛いこと、悲しいこと、全てを捨てて楽になりたかったのだ。
そしてそんなツバキに応えているのか、ツバキの内側から溢れ出す絶望は一気に勢いを増し、ツバキの全身を包み込んでいった。
そしてそんなツバキの目の前で、銀髪に紅い瞳の綺麗な女性が悲しげな表情でその様子を見ていたが、ツバキは彼女の事に気付くことは無かった。
▽▽▽
「ツバキ……様?」
リンドウは戸惑いの声をあげる。黒く禍々しい魔力の塊がツバキを包み込み、やがてそこに現れたのはツバキと呼んで良いのか分からない存在であった。
「…………………………」
少女……、と呼ぶには大人びている。銀髪に紅い瞳とツバキの面影はあるのだが、身長は20センチ以上伸びており、見た目は18歳程に見え、どこか大人びた雰囲気を醸し出している。
「…………………………」
意識はしっかりあるようで、目の前で未だに呆然としているスイセン、リンドウ、そしてザクロ皇子に目を向ける。
「ツバキ……なのか?」
「…………ええ」
ザクロ皇子の言葉にツバキは静かに返事をする。姿は大きく変わったがやはりツバキのようだ。
しかし、やはり普段のツバキと印象が異なる。口調までもどこか大人びていた。
そんなツバキに戸惑いの視線を向けるザクロ皇子達を横目に、ツバキは右手を横に突き出した。するとツバキの影から一本の刀が現れ、吸い込まれるようにツバキの右手に向かっていく。そしてその刀をツバキは握り、
「「っ!!!」」
ツバキは勢いよくザクロ皇子に斬りかかり、近くにいたフォーリアとロゼは何とか反応して手持ちの武器で受け止めた。………………だが、
「……………………………………」
「くっ……、なんて凄い力なんですか!」
「二人がかりでも抑えられねぇ……」
フォーリアとロゼは魔人化しているのにも関わらず、二人がかりでもツバキの攻撃を受け止めきれない。
「………………邪魔」
そしてツバキはそう呟くと、魔力を一気に高めてフォーリア達ごと刀をなぎ払い、フォーリアとロゼはそのまま背後の海まで吹き飛ばされてしまった。
「フォーリア!ロゼ!」
その光景を目の当たりにしたルナは咄嗟に叫び、急いで海に落ちたフォーリア達の元へ駆け寄ろうとする。しかしその足はツバキによって止められる。ツバキが自身の影に潜ったと思えば次の瞬間にはルナの影から姿を現し、先程のように手に持つ刀を握り締めルナに襲いかかった。
「……!武装変換・双剣」
ルナはその攻撃を二本の剣で防ぐ。
(っく!本当になんて強さなんだ!)
ルナは何とかツバキの一撃を受け止め切る事に成功する。
「…………へぇ〜」
防がれたことに驚いているのか、ツバキはそんな声を上げて攻撃の手を止め、その場で高くジャンプし、月光花の洞窟に咲き誇る花畑の中央に着地した。
「素晴らしい!素晴らしいですよ!ツバキ様!!これが吸血鬼として覚醒された力なのですね!!」
スミレはツバキの先程の行動を見て満足気な表情を浮かべ、興奮気味に叫んでいる。そしてそんなスミレを見て、
「………………ん?その刀は……」
とツバキはスミレの持つ妖刀アキギリに興味を持ったようだ。
「…………ちょっと来なさい」
ツバキはそう言うとしゃがんで自身の影に手を置く。するとスミレの影から無数の手のような物が現れ、スミレを影の中へと沈めていく。そしてツバキは影の中へ手を突っ込むと、スミレを影の中から引っ張り出した。
スミレもいきなりの事で驚いた様で、
「ツバキ様、言えばすぐそちらに向かいますよ」
「…………あら?何か不満でもあるの?」
とスミレの物言いにクスッと笑いながらそう答えた。
「…………それよりその刀、見せてもらえる?」
「ええ、どうぞ」
スミレから妖刀アキギリを受け取ったツバキはじっくりと眺め、
「…………不思議ね。初めて見るはずなのに、なんだか懐かし気もするわ」
そう言って妖刀アキギリをスミレに返した。
「吸血鬼カーミュラ様の眷属殿の愛刀ですからね。もしかしたら、ツバキ様の中のカーミュラ様の血が反応してるのかもしれませんね」
「…………そういうものなのかしら?…………まぁいいわ。スミレ、付いてきなさい」
「どこまでもお供します」
そう言ってツバキとスミレはどこかへと立ち去ろうとする。
「待って!!」
「…………何かしら?」
そんな姿を見てルナは咄嗟に呼び止め、それにツバキは反応をしてくれた。
「どこに行く気なの?」
「…………そうねぇ」
ルナの問にツバキは少し考え、そして不気味な笑みを浮かべ、
「まず手始めに私を散々と苦しめたこの国を滅ぼしに行こうかしら」
「なっ!?」
そう言うとツバキはルナ達に妖艶な笑みを浮かべ、スミレと共に影の中へと消えていった。