第5話 吸血鬼覚醒(3)
「……な……んで、お兄……ちゃん……」
ザクロ皇子の小刀はツバキの心臓を捉えており、ツバキは血を吐きながら膝から崩れ落ちていく。それでも即死に至らないのはやはりツバキの吸血鬼による不死の特異性故であろう。
そしてそのツバキの血を真正面から大量に浴びたザクロ皇子は、
「…………ツバキ?」
意識を取り戻したのだろうか、目には生気が戻っている。しかし目の前の光景に理解ができておらず、血まみれで倒れているツバキと自身の手に持つ血が付着している小刀を見て、ザクロ皇子は立ち尽くしていた。
「なるほど……、妖刀アキギリの幻惑も吸血鬼の血を浴びれば解けてしまうのですね」
この状況でただ一人冷静でいるスミレはそんなザクロ皇子の様子を見てそう呟く。
「ツバキ様!!」
そして次に行動に移ったのは意外にもスイセンであった。スイセンはふところから回復薬の入った瓶を取り出し、蓋を開けて中身の回復薬をツバキの傷口にかけていく。
ツバキの特異性に回復薬の相乗効果も重なって、ツバキの致命傷とも言える傷はあっという間に完治する。しかし、当の本人であるツバキの目は覚めない。
「私は……私はなんて事を……」
状況を把握したのか、ザクロ皇子は意識を失っているツバキの横に膝まづき、そして手に持つ小刀に目をやると、
「!よせッ!ザクロ!!」
リンドウはザクロ皇子の取ろうとした行動にいち早く気付き、直ぐに駆け寄って手に持つ刀でザクロ皇子の小刀を弾き飛ばした。
「馬鹿な真似はやめろ!」
「……私は実の妹を、……ツバキをこの手で刺したのだろう?」
「それはスミレに操られていたからだ!お前は悪くない!!」
「……それでも刺したことに変わりは無い。私は兄としても人としても失格だ。ツバキになんと詫びればいい」
「…………くっ!」
こんなにも弱々しくなってしまったザクロ皇子をリンドウは今まで見たことがない。それほどまでにザクロ皇子の精神はボロボロになっている。
「……随分とえげつない事をやりますね♪」
「これもツバキ様の為ですよ?ツバキ様の覚醒の為に必要な事なのですから」
「…………それが狙いですか」
スミレの考えを理解したミサは恨めしそうに舌打ちをする。
「……ミサ、スミレの狙いはなんなの?」
ルナはステッキをスミレに向けたまま、ミサの傍に近寄る。
「……暴走ですよ」
ミサはスミレを睨みつけながら横に来たルナに教える。
「アイツの狙いは吸血鬼ちゃんの魔力暴走です」
「なっ!?」
魔力の暴走、それはルナにとって他人事ではない。この前のエルフの集落での聖王国との戦いにおいて、リーシャは魔力暴走を起こし、ルナ自身も暴走する寸前まで追い込まれた。その時はリーシャは自力?で立ち直り、ルナの暴走はリーシャが食い止めてくれた。それでもルナはあのドス黒い魔力が内側から身体全体を飲み込もうとする感覚を覚えている。
「ご名答」
スミレはミサに向けて拍手をする。
「色々と大変だったんですよ?どうしたらツバキ様の魔力を暴走状態に出来るか分からなかったので。研究にかこつけて肉体的苦痛を与えてもみましたが、それも意味無かったですしね」
「…………下衆が!」
スミレの言葉にオニヒメは怒りの頂点に達したようで、魔力を高めて一気にスミレに肉薄し、そのまま腰に帯びていた二本の小太刀をスミレに振りかざす。その攻撃をスミレは妖刀アキギリで受け止め、その衝撃で辺り一面を衝撃波が襲う。
「……っ、さすが魔王軍幹部の一角、凄まじく重い一撃です。…………しかし!」
スミレはオニヒメの攻撃を受け止めるに留まらず、そのまま力強く妖刀アキギリを振り払い、オニヒメを押し退けた。
「これでも私はこの国の特殊防衛隊の隊長。剣の腕ならこの国で一番の自信はありますよ!」
スミレはそう叫んだ後、まだ体勢を崩したままのオニヒメの懐まで一気に駆け寄り妖刀アキギリで斬り掛かる。今度はそれをオニヒメが二本の小太刀で受け止めようとするが、
「…………遅いですよ!」
先程までオニヒメの真正面から攻撃を仕掛けていた筈のスミレはいつの間にかオニヒメの背後に回っており、そのままガラ空きの背中を斬りつけようとする。
ズサッ
しかしそんなスミレの攻撃も空振りに終わる。直撃したと思っていたが、オニヒメの姿は消えていた。どこに行ったのかと辺りを見渡してみると、オニヒメはミサに抱きしめられていた。どうやら攻撃の当たる直前に、ミサが空間移動でオニヒメを自分の元へ連れて来たようだ。
「はァ……、助かったのじゃ」
「いえいえ♪……それよりあの刀、気を付けてください。恐らく斬った者を幻術に陥れる効果があるみたいです」
チラッとザクロ皇子を見てミサはそうオニヒメとルナに伝える。
「確かさっきツバキちゃんの血を浴びて幻惑が解けたとか言ってたね」
ルナも先程のスミレの言葉を思い出し、スミレの持つ妖刀アキギリに目をやる。妖刀アキギリは今も尚、月の光に反応してか、不気味な光を纏っている。
「本当にあなたは厄介ですね……」
スミレはミサの事を睨みつける。……が、次の瞬間、スミレは何かに気付いたようでニヤリと笑い、
「本当はこの妖刀でツバキ様に幻術をかけるのが手っ取り早いと思ったのですが、ツバキ様には効きませんでしてね。…………でも、ようやく目的が達成できそうです!」
そうスミレがルナ達に告げた直後、
「「ツバキ様!!」」
背後からリンドウとスイセンの叫び声が聞こえた。その声に反応しルナは振り返る。
「さぁ!吸血鬼のお目覚めです!!」
スミレのそんな声が響く中、ツバキの身体からあの時のリーシャの様にドス黒い魔力が溢れ出し、やがてツバキの身体全体を包み込んだ。