第5話 吸血鬼覚醒(1)
「そんな睨みつけないで下さい。可愛いお顔が台無しですよ?」
人数差では圧倒的に不利の筈のスミレだが、そんなものは気にしないといった様子で、殺気を剥き出しにしているルナ達に臆すること無くこちらに歩いて来る。
「そのお面…………」
スイセンはスミレが左手に持つ仮面に注視する。それは彼にとってある種親しみ深い物であり、遠目からでも見間違える事は無い。
「あなたが副所長だったのですね……。特殊防衛隊の隊長殿」
「あぁ……、もう正体はバレてしまってますし、コレは不要ですね」
スミレはそう言うと手に持つ仮面を真上へと放り投げ、それを空中でもう片方の手に持つ妖刀アキギリで真っ二つに叩き斬る。
「さぁツバキ様!一緒にザクロ皇子の元へ行きましょう!!」
スミレの口から出たザクロ皇子の名に、ルナの胸の中でツバキはピクッと反応する。
「耳を傾けないで」
ルナは抱きしめる力を少し強め、ツバキの耳元でそう伝える。そしてツバキが返事をする前にミサがルナ達とスミレの間に立ち、
「あは♪もうあなたが吸血鬼ちゃんに酷いことしてきたのは分かってるんですよ?それで私達があなたの所に吸血鬼ちゃんを行かせると思います?」
ミサはいつの間にか二本の黒い角と細い尻尾を生やし、悪魔の姿に変身しながら紅く光らせる目でスミレに悪魔らしく微笑みかける。
「まぁ、それもそうですね」
「だからって逃がす気もないですよ♪」
「!?」
ミサは空間移動を使い、一瞬でスミレの背後に回る。しかしスミレはそんなミサの動きに驚きつつも反応し、妖刀アキギリで背後に立つミサに斬りかかった。
「研究所であなたの力を前もって見ていて助かりましたよ」
「あは♪これくらいの動きについてこられただけで随分と調子にのってますね♪」
ミサとスミレは互いに睨み合う。そしてその時、
「ツバキ様!!」
森の方からツバキを呼ぶ声と共に、ネリィに乗ったリンドウが月光花の洞窟に到着し、
「みんな無事か!」
空からルリィに乗ったロゼ達が現れ、ルナ達の近くに着地する。
「どうやら間に合ったようですね」
ネリィから降りたリンドウはルナとツバキの隣に立ち、ザクロ皇子の愛刀を構えてスミレに向き合う。
「聞いたぜスミレさん。……最初っから俺達を騙していたんだってな」
ロゼもルリィから降りると鋭い目付きでスミレを睨みつけ、魔人の姿へと変身する。
そしてロゼと一緒に居るはずのフォーリアは、
「…………すいません。我々の到着が遅れたばかりに」
そう言いながら背中に背負っているザクロ皇子を降ろしてその場に寝かせる。
「…………お兄ちゃん!!」
意識を失っているザクロ皇子の姿を目にしたツバキはルナの元から離れ、横に寝かされているザクロ皇子の元へと駆け寄った。
「………お前がここにいる理由は何となく察したが丁度いい。スイセン!ザクロの容態をみてくれ!恐らく陛下と同じ症状だ!!」
「陛下と!?」
リンドウの言葉や意識の無いザクロ皇子にスイセンは慌てふためくが、直ぐにツバキ同様ザクロ皇子の側へと駆け寄り、じっくりとザクロ皇子の容態を確認し、
「確かにヒナゲシ陛下と同じ症状ですね……。しかし一体どうして?」
「あの妖刀アキギリだ」
リンドウはスミレの持つ妖刀アキギリをみてそう答えた。
「妖刀アキギリ!?それは伝説上の妖刀では!?」
「俺もそう思ってたがどうやら本物みたいだ。あの妖刀に斬られてからザクロの様子がおかしくなった」
「…………て事はこの回復薬を使っても効果は望めませんね」
「あぁ……、さっき何故かスミレがザクロに使ったが斬られた傷と出血を治すだけだった」
「…………よく分からないけど」
リンドウとスイセンの会話を聞いても、ルナにはなんの事なのか全く分からない。妖刀だったり、回復薬だったり、この国の陛下が今のザクロ皇子の様に意識の無い容態であるということも初めて聞いた。
それでもこれだけは分かる。
「魔法変身」
ルナは魔法少女へと変身し、手に持つステッキの先をスミレへと向ける。
「結局のところスミレが悪いって事だよね!」
そう言うと同時にルナは魔力弾をスミレ目掛けて撃ち放つ。スミレは妖刀アキギリでその魔力弾を難なく弾き、
「容赦ないですね……」
と言いながらも涼し気な表情である。
「フォーリア!ロゼ!ツバキちゃんとザクロ皇子の守りはお願い!」
「お任せを!」
「任せとけ!」
ルナの言葉に魔人化したフォーリアとロゼは強く返事をしツバキ達の前に立つ。
「オニキシ!お前も守りに加わるのじゃ!!」
「はい!」
オニヒメもオニキシにその様に指示をし、ツバキとザクロ皇子、そしてザクロ皇子の容態を診るスイセンをフォーリア、ロゼ、オニキシの三人で守る体制になり、
「大人しく投降した方が良いのでは♪まぁ、仮に投降しても許すつもりは全くありませんが♪」
といつの間にかルナの隣に空間移動していたミサを含め、ルナ、オニヒメ、リンドウの四人がそれぞれいつでも攻撃を仕掛けられる体制をとり、スミレと向き合った。
そんな状況下でも、
「…………ふむ。やはりまだこれでは足りませんか」
焦った様子を浮かべること無く、そのようなよく分からない事を呟き、
「とりあえず二つほど訂正するとしますか」
ツバキはそう言うと周囲の者全員に見えるように指を一本立て、
「一つ。ロゼ殿は私が皆さんを騙していたとおっしゃてましたが、それは違います。私は本心からツバキ様をお救いしたいと思ってます」
「どの口が!」
スミレの言葉にリンドウは怒りの籠った声をぶつけるが、スミレはそれに対して何も答えず、口元に笑みを浮かべて立てる指を二本に増やし、
「二つ目。リンドウ、先程こちらに着いた際、間に合ったと言ってましたが、それは間違いです……」
そう言ってスミレは妖刀アキギリをルナ達…………、いやその後ろにいるツバキ達へ向け、
「これから始まるんです!吸血鬼の覚醒が!」
「………………え?」
それは突然だった。背後から聞こえてきツバキの声にルナ達は振り向く。
そこにはいつの間にか意識を戻して虚ろな目で立っているザクロ皇子が、隠し持っていたであろう小刀でツバキの事を刺していた。