第4話 月下動乱(9)
「………………は?」
目の前で起きた出来事にイーサンは愕然とする。腹を撃ち抜かれたザクロ皇子はリンドウの顔を見た後吐血し、そのまま倒れた。
「…………さて」
そんなザクロ皇子の容態など気にもとめないといった様子で、リンドウは未だに握っているイーサンの銃を今度はイーサンの方に向けようとし、
「くっ!離せ!!」
途中、イーサンの手によって払い除けられた。
「なんなんだお前は!?自分のとこの皇子撃ち抜いて何がしたいんだ!?」
「何って見ての通りですよ?」
イーサンの問いにリンドウは簡潔にただそう答えた。
「あぁ?」
「吸血鬼なんて化物を秘密裏に国で保護し、それでいて他国との交易は行わない。……こんな国に未来なんてある訳がないでしょう?かといって吸血鬼という魔族がこの国にいる以上、聖王国と国交を結ぶ訳にもいかない。……だから私は個人的に魔王国と連絡を取り、吸血鬼をお渡しする条件で魔王軍に加わる事にしたんですよ」
リンドウは横たわっているザクロ皇子に一瞬目をやり、直ぐさまイーサンの方に目を向ける。
「まぁ、まさか私とは別に聖王国と繋がっている内通者がいたのには驚きましたし、こんなにタイミング悪く聖王国と鉢合わせるとは思ってもいませんでしたが…………」
リンドウはイーサン達から離れて周りに誰もいない砂浜に立つ。
「おかげでこの国の諸悪の根源であるザクロ皇子を討つ事が出来ました。後はこの首を魔王様へ献上し、それでこのくだらない争いは終わりです」
リンドウはそう言い終えると指笛を吹いた。するとその音に反応して兵士相手に暴れている黒獣馬のネリィがリンドウの元へ駆け寄ってくる。
「ではザクロ皇子の首をもらい私はこれで失礼致します。…………ロザ殿とフォーリア殿、後はお願いします」
そう言い残すとリンドウは意識を失っているザクロ皇子と一緒にネリィの背に乗り、そのまま勢いよく駆け出して行った。
「ま、待て!!」
イーサンは慌ててリンドウを止めようとするが、既にリンドウの背中は見えない所まで離れていた。
▽▽▽
「大丈夫か!?ザクロ!!」
ネリィを走らせ十数分、完全にイーサンらの包囲を突破したところでリンドウはザクロ皇子と共にネリィから降り、近くにある木にザクロ皇子を寄りかからせる。
「ここまで運んでくれてありがとな」
「…………ブルゥ」
リンドウがネリィにそうお礼を言うととネリィは静かに鳴き、役目を終えた為消えていく。聖王国に魔力を感知するレーダーがある以上、近くにネリィがいれば再び聖王国に見つかる可能性があるので、前もってロゼにリンドウ達を運び終えたらネリィの召喚を解くようお願いしていたのだ。
「…………覚悟はしていたが、実際に腹を撃たれるというのはこんなにも痛いものなのだな」
「あまり喋るな、傷口に障る」
リンドウはスイセンを捕らえた際に彼から押収した回復薬をザクロ皇子の傷口に振りかける。
「………………グッ」
相当染みて痛むのかザクロ皇子は顔をしかめるが、回復薬の効き目で傷口は少しずつ塞がっていく。
「…………悪いな、こんな危険な役目をさせてしまって」
「気にするな……。むしろリンドウ、謝らなくてはならないのは私の方だ。お前には損な役回りをさせてしまった」
「それこそ気にしないでくれ。元々俺から提案した作戦なんだ。最期の締めは俺がやらなくてはならない」
リンドウはザクロ皇子の隣に座り込む。少しの間二人に沈黙が流れるが、ザクロ皇子もリンドウもどこか心地よさを感じている。
「これがお前と過ごす最後の夜になるな」
沈黙を破ったのはザクロ皇子であった。その声にはやはり少しの後悔の念が込められている。
「ザクロ、お前はこの国になくてはならない存在だ。この件が終われば開国し、この国をより良い国に導く使命がある」
ザクロの気持ちはリンドウにも伝わる。しかしだからこそ、リンドウは改めてザクロ皇子に伝える。
「この国とツバキ様の未来の為なら、俺の命一つくらい安いものだ」
聖王国に魔族との繋がりを疑われる。これはツバキを魔王国へ逃がす作戦の上で起こりうる可能性が高い事である。そしてそうなった場合、リンドウとザクロは密かに決めていた。
「アスカの国でなく、俺個人が魔族と繋がっている事にする。そして後は…………」
リンドウはザクロ皇子に微笑みかける。
「お前が俺を反逆者として殺せば終わりだ」
「…………あぁ、分かっている」
ザクロ皇子は懐にある刀を手に持つ。そしてそれをリンドウの胸元に向ける。
「私は今日最愛の妹と最高の親友を失う……」
「別にツバキ様は死ぬわけじゃないさ…………。まぁ、二度と会うことは出来ないだろうけどな」
最後になるであろう言葉を交わし、ザクロ皇子とリンドウは笑い合う。そんな二人の目には涙が流れていた。
「じゃあな親友」
「あぁ、お別れだリンドウ……」
そしてザクロ皇子は刀を振り下ろし、剣先が胸を貫いた。