第4話 月下動乱(7)
「ええーと…………、初めまして。この国で研究者をさせてもらっているスイセンと申します」
スイセンはそう挨拶をしながらルナ達に対して頭を下げた。
そして頭を下げつつ、足を震わせながら現状を確認する。
(ツバキ様の周りにいる者共は誰ですか!?あれは絶対に魔族ですよね!?しかも何名かは私にすごい殺気を向けてますし…………)
スイセンは頭を下げてる状態を保ちつつ視線を少しだけ上げる。
そこにはまるでスイセンからツバキを護るように角を生やしたオニヒメと棍棒を構えるオニキシがツバキの前に立ち並び、その横にはニコニコ笑いながらもこの中で一番ヤバそうなオーラを出しているミサ、そして魔法少女へと変身しステッキをスイセンに向けているルナが立っている。
そしてそんなルナ達の後ろではスイセンと同じく、状況を理解していないのかツバキが不思議そうにその光景を見ていた。
「あ、あのぅ…………」
「何もするな……、少しでも変な真似をしたら命は無いと思え」
スイセンが頭をあげ、恐る恐るルナ達に状況を聞こうとしたところ、低い声で指をポキポキさせながらオニヒメがそうスイセンに告げる。
その言葉を聞いたスイセンは再び頭を下げる。とてもじゃないが、殺気立っているオニヒメ達を前に普通の人間であるスイセンは正面から向き合うことなど出来なかった。
(何故私はこんなに敵視されてるんですか!?私とあの魔族共とは初対面ですよ!?)
「周囲に結界を張りなおしたので、これで中でどんなに暴れても外にはバレませんよ♪」
とミサ嗜虐的な笑みを浮かべ、周りの仲間達にそう伝える。
「ほほぉ、それは都合が良いのぉ」
ミサの言葉を受け、オニヒメも笑いながらそう言った。
(詰んでる…………。詰んでますよ!ていうか話が違うじゃないですか副所長!?)
スイセンは心の中でそう叫びつつ、月光花の洞窟に来た経緯を思い返す。
▽▽▽
「副所長、私達はどちらに向かってるんですか?」
先頭を歩く副所長にスイセンは後を追いながら尋ねる。
「実はこの騒動に乗じて何者かがツバキ様を研究所から拉致したみたいなのです」
「なんですって!?」
「…………声を抑えてください。所長は今、人目に触れる訳にはいかないのですよ」
「…………すいません」
副所長と呼ばれる者はスイセンに歩きながら状況を説明し、それを聞いて声を荒げたスイセンに注意をする。
二人は今、こっそりと城を抜けて研究所の方へと戻って来ていた。
「それでそれを確かめる為にここに来たのですか?」
「それもありますが…………」
そう言って副所長はとある一室の前で立ち止まり、そのまま"保管室"と書かれた部屋へと入っていく。
「この先どうなるか分かりませんからね……、とりあえずコレを取りに来たんですよ」
そう言って副所長は厳重に鍵が掛けられている棚を持っている鍵で解錠し、中に入っている回復薬を数本取り出した。
「所長もこのような状況ですし、何本がお持ちになっては?」
「…………そうだな」
スイセンは副所長に促され棚から回復薬を三本取り出した。
「…………それにしても研究所内がやけに静かですね」
「どうやらツバキ様を拉致した者達に制圧されたみたいです。…………ほらあそこに」
そう言って副所長が部屋の隅を指差す。スイセンはその方を見ると、顔馴染みの研究員が壁に寄りかかり意識を失っていた。
「!?早く薬を使わなければ!」
「大丈夫ですよ、気絶してるだけです。しばらくすれば目を覚ますでしょう」
回復薬を手に持ちその研究員の所に向かおうとするスイセンの手を副所長は抑えてそう告げる。
「所長、何度も言いますが今のお立場をお忘れなく」
「…………あぁ」
気絶している研究員に申し訳ない気持ちを持ちながらも、スイセンは副所長の言葉に従う。
「それでは行きましょうか」
回復薬を取った事で研究所での用事は終わったのか、副所長は部屋を出て研究所の出口へと歩き始めた。
「次はどこへ行くのですか?」
再び副所長の後ろを追いながらスイセンはそう尋ねると、
「ツバキ様のお迎えですよ」
と仮面を着けた顔でスイセンに振り向き、口元に笑みを浮かべてそう答えた。
▽▽▽
そして研究所を出たスイセンと副所長はここ、月光花の洞窟へとやって来た。
しかし月光花の洞窟に辿り着く直前に、
「すいません、私は別件で向かわなくては行けない所があるので後はお願い出来ますか?ツバキ様と一緒にいる方々とは話がついてますので」
と言ってどこかへ行ってしまった。
仕方なくスイセンは一人でルナ達の前に姿を現し、そうして今に至るのである。
(私の事を話していたのではないのですか!?さっきの聖王国の方々より恐ろしいですよ!?)
スイセンは本能で、下手な事をすればあっという間に自分は殺されると感じ、頭をあげれずにいる。
一方ルナ達はルナ達で、この研究者……、ツバキに対して酷い人体実験を行っていたと聞いているスイセンをどうするか悩んでいると、
「…………スイセンは悪い人じゃないよ?」
その空気を壊したのはツバキのそんな一言だった。