第4話 月下動乱(6)
「はぁ……はぁ……」
月の光が降り注ぐ森の中をアスカ特殊護衛隊隊長のスミレは、息を切らしながらひたすら走っていた。
「…………ぐっ!」
スミレは自身の肩にある傷とそこから流れる血を見て舌打ちをする。走り回っていたせいか、傷口から溢れ出す血の量は増えており、痛みも酷くなっていた。
スミレは一度走る足を止めて周囲を確認し、追手が来てない事を確認すると近くの茂みに座り込む。そして懐から一本の瓶を取り出し、その中に入っている液体を自身の傷口にかけた。
「グッ………………」
液体は傷口に染み込んでいき、なんとも言えない痛みがスミレを襲ったが、やがて次第に出血は止まり、傷口も少しづつ塞がっていく。
「はァ……はァ……、少し休みましょう」
傷は塞がっても痛みはまだ少し残っているので、スミレは近くの木に寄りかかり、少しの間休息を取る事に決めた。
スミレは懐に手をやり、自分が今持っている秘薬の残りを確認する。
「…………残り二本ですか。少し気を付けなければなりませんね」
そうして懐に秘薬を戻す頃には痛みも引いていた。
スミレは自身の身体を観察して、改めてこの秘薬の凄さを実感する。致死レベルの怪我で無ければあっという間に傷を癒し、風邪などの軽い病気なら飲んだ瞬間にたちまち治るこの秘薬は、スイセンがツバキを用いて行った研究により開発された、この国だけの回復薬である。
貴重な薬の為本来この回復薬は研究所が管理し、選ばれた研究者や医者など一部の人間しか使用が許されていないのだが、特殊護衛隊としてツバキの警護を任されているスミレはこの薬をいつも懐に保有していた。
「…………よし、もう大丈夫ですね」
スミレは自身の身体の具合を確かめて問題なく動けるのを確認し、再度周囲の状況を伺って茂みから立ち上がった。
スミレは空を見上げ、ルナ達にツバキを預けてかなりの時間が経ってしまった事を確認し、急いで彼女らの元へと向かう事にする。
そしてすっかり傷は癒え、痛みも引いた右肩を抑えながら、
「…………クソ、リンドウめ!」
スミレにその傷を負わせた人物の名を憎たらしく口にし、月光花の洞窟に向けてスミレは走り出す。
▽▽▽
スミレがルナ達の元へ向かっている同時刻、ザクロ皇子は月光花の洞窟から5キロ程離れた海岸で囚われの身となっていた。
両手を後ろで縛られて海を背に砂浜に座らされ、その周りを聖王国の兵士が囲んでいた。
そしてその囲いの中心には、ザクロ皇子と向き合う形でイーサンが立っている。
「なぁ、そろそろ白状したらどうなんだ?」
一国の皇子相手とは思えないほど威圧的な態度で、イーサンはザクロ皇子に問い詰める。
しかし囚われている状態でもザクロ皇子は毅然とした態度でイーサンを正面から見据え、
「何度も言うがそれは聖王国側の誤解だ。我々に魔王国との繋がりは無い」
とザクロ皇子はイーサンにハッキリとそう伝える。
「…………そうかよ」
そう言うとイーサンは手に持っていた銃をザクロ皇子に向けて構え、そのまま躊躇いもなく引き金を引いた。銃弾はザクロ皇子の顔の真横をすり抜け、そのまま海に落ちていく。
「…………聖王国とやらはこんなにも野蛮なのか?代理とはいえ、一国家のトップにこの振る舞いは国際問題になるぞ?」
掠めた銃弾によってザクロ皇子の頬に血が流れるが、それでもザクロ皇子は態度を崩さない。
しかしそんなザクロ皇子の言葉など気にもとめないといった様子のイーサンはニヤリと笑い、
「別に聖王国からしたら、この国がどうなろうが関係ねぇんだわ。なんたって国交を結んでる訳でもないからな。そして魔王国と敵対する俺らにとって、魔王国と繋がっている疑惑がある…………、それだけで戦争を起こす理由にはなるんだぜ?」
と言い放った。
しかしこれはイーサンのブラフである。聖騎士レベルの地位と力があれば疑わしい国を調査、場合によっては攻撃を仕掛けるのは正義として扱われるが、一研究員であるイーサンが同様の事をすれば、それは大問題となり、各国から聖王国は非難を浴びる事になるであろう。
当然そうなればイーサンの未来は破滅である。それでも度重なる失敗により後のないイーサンは、何としてでもアスカと魔王国との繋がりを証明しなければならない。
となれば、イーサンにとって最も手っ取り早い手段は、アスカのトップに当たる人物に魔王国との繋がりを自白してもらうことだ。
「…………そんなに疑わしいなら、さっさと私を殺したらどうだ?」
ザクロ皇子もイーサンの言うことはハッタリだと感じており、イーサンの持つ銃に視線を向けてそう告げる。
「………………………………………………」
イーサンは銃口をザクロ皇子に向けるが、流石に簡単に殺すとは出来ない。
ザクロ皇子を撃ち殺した瞬間、アスカとの戦争は免れないうえに、当然本国からの応援が来る事はない。
今いる手勢でアスカと全面戦争は流石に分が悪いうえ、仮に勝てたとしても今度は聖王国からの制裁が来る。
(これは自白は望めないか…………、チッ、どうすりゃいい)
イーサンが次なる手を考えていると、
ピコーンピコーン
「……………………ははッ」
イーサンは反応するレーダーを見て不敵に笑う。
「おいおい、まだこの国に魔族がいるじゃねえか!これはどういうことなんだ!オイ!!」
「…………………………………………」
イーサンはそうザクロ皇子に怒鳴りつけ、それに対しザクロ皇子は無言を貫いた。
「…………まぁいい。これで魔族共が皇子を救出に来たら、それで証明完了だ……。バームス!ルーミス!次は頼んだぞ」
「「お任せを」」
イーサンの言葉にバームスとルーミスはそれぞれ魔道武器を構え、こちらに来る魔族を迎え撃つ準備を行った。