第4話 月下動乱(3)
「……ナ……ん、……ナ……ん」
深く眠る意識の底で、誰かが呼び掛けてる声が聞こえた気がした。
「…………きて、…………さん」
声は次第に鮮明に聞こえだしてくる。ルナは目を開け、声の発生源を探す。
「あっ!…っと、……きた!」
どうやら声は背後から聞こえるようだ。どこか懐かしい気持ちになり、ルナはゆっくりと振り返る。
「久しぶりだね!ルナさん!!」
そう言うやいなや、居るはずのないリーシャがルナに抱きついてくる。
「リ、リーシャ!?なんでいるの!?」
驚きのあまりルナは先程までの眠気は一気に吹き飛んだ。
そしてそんなルナなどお構い無しという感じで、
「ルナさんの柔らかいほっぺだ〜」
と言って頬ずりし、
「ルナさんのサラサラな髪の毛だ〜」
と言って頭を撫でつつ髪を触り、
「ルナさんの匂いだ〜」
と言ってルナの匂いを嗅ぎ、
「ルナさんの柔らかい唇だ〜」
と言ってキスしようとし…………、
「まてまてまてまて、何でそんなにアグレッシブなの!?」
今までにないほどの変な行動力を見せつけるリーシャにルナは驚き、少し引いたルナはリーシャを自分の身体から引き剥がした。
「あはは……、ごめんなさい。調子乗りすぎました」
引き剥がされてリーシャも冷静になったようで、顔を赤らめながら咳払いをし、ルナの身体から離れる。
「それでこれは今、どういう状況なの?」
ルナは辺りを見渡しながらリーシャに尋ねる。
ルナの周囲の景色は、寝る前まで居たはずの月光花の洞窟とは異なるものであった。……というより景色などはなく、そこは辺り一面が真っ白な何も無い空間である。
「う〜ん、私もよく分からないんだけど、多分ルナさんの夢の中なんじゃないかな?」
リーシャもルナ同様、辺り一面どこまでも真っ白な空間を見てそう答えた。
「そうか……、そうだよね。…………リーシャが生き返ったわけではないんだよね」
ルナは一瞬そんな希望を持ったが、やはりそう都合よくはなかったようだ。
「私の魔力……というより魂の一部がルナさんの中にあるでしょ?何かと重なってそれで私がルナさんの夢の中にいけたんじゃないかな?」
リーシャは笑みを浮かべてそう言う。
しかしルナはやはり落胆する気持ちの方が強く、
「でも夢って事は、今ここにいるリーシャは私が脳内で作り出した幻ってことでしょ?」
ルナは下を俯きながらそう呟く。
「違うよ」
そんなルナの言葉をリーシャは強く否定した。
「理屈は分からないけど、私は今までルナさんと旅をしてきた私そのものだよ。きちんと記憶もあるし、意識もあるし、自我もあるよ。……その証拠に」
そう言うとリーシャはルナの耳元に顔を寄せ、
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「…………何それ?」
リーシャがルナに耳打ちした言葉の意味がよく分からず、ルナはリーシャに尋ねる。
それにリーシャはニコッと笑い、
「今話したのは私とフォーリアしか知らないフォーリアの秘密。戻ったらフォーリアに確認してみて」
と悪戯っぽくそう言うのであった。
▽▽▽
「でもこうしてルナさんと話ができて私は凄く嬉しいよ。……あの日からずっと独りだったからね」
ルナの背に寄り掛かるようにリーシャは座り、リーシャはあの日……、肉体と魂が分離した日以降の事を話し始めた。
「なんて言えばいいのかな?普段はふわふわした感じでただ揺らめいているみたいな感触なの。今は何故か実体を保ててるんだけど、ルナさんの意識が戻ったら、また意識だけの状態になるんじゃないかな?」
「なんで急に夢の中で会えるようになったのかな?それが分かればこれからも夢の中で会えると思うんだけど……」
ルナの言葉に「う〜ん」とリーシャは相づちをうち、
「一応私も毎日ルナさんの事呼び掛けてるんだけどね……。たまたま今日この瞬間、私の想いが届いたみたい」
あははと笑いながらそうリーシャは答える。
「ごめんね……、リーシャの想いに気付いてあげられなくて」
「仕方ないよ、私本当はもう死んでるはずなんだもん。こうしてルナさんの中に魂だけで生きてられるなんて奇跡なんだから、ルナさんは謝らないで」
「…………ホント優しいね、リーシャは」
「優しいのはルナさんもでしょ」
そう言ってルナとリーシャは互いに笑いあった。夢の中とはいえ、ルナの心が暖かい幸福感で満たされているのは言うまでもない。
「でもそれならこれまで退屈じゃなかった?意識だけはずっとあったんでしょ?」
ルナはふと思った疑問を口にすると、リーシャは首を横に振り、
「そうでも無いよ、理屈は分からないんだけどルナさんの身体を通して、ルナさんが見聞きした事は私も同じようにシェアできるの」
「えっ!何それ」
「だから私知ってるんだよ?……ルナさんが最近色んな女の子と仲良くやってる事とか」
急にリーシャの声が低くなった気がした。
「えーと……、リーシャ?」
あまりの変わり様にルナはリーシャの方に振り返る。するとリーシャも同じタイミングで振り返っていたようで、リーシャと間近で向き合う形になった。
「フォーリアは別に気にしないけど……、あのミサさん?って人と少し仲良すぎじゃない?」
リーシャは満面の笑みを浮かべている。しかし何故だろう、ルナは恐れの感情を抱いていた。
「ミサとは同じ魔王軍の仲間ってだけだよ!?……それはまぁ、最近一緒に行動する事は多いけど……」
まるで恋人に浮気がバレて言い訳してるような構図になっていた。
「…………まぁ?ルナさんが誰と一緒にお風呂に入ったり?海で遊んだり?綺麗なお花畑でお昼寝しても私は気にしないけど?」
「めんどくさい恋人か!?」
ルナは耐えきれずそうツッコミを入れてしまった。
そんなルナのツッコミを聞いて、
「…………ぷっ、ふふふ」
先程までの雰囲気とは一変し、リーシャは思いっきり吹き出した。
「ごめんなさい……、久しぶりに会ったから少しからかいたくなっちゃった。さっきのは半分冗談だから気にしないで」
「は、半分は本気なんだ……」
リーシャの言葉にルナは苦笑いを浮かべて返す。
そしてその時だった。
「…………あれ?なんか身体が透けてきた気が……」
ルナは自身の身体を見てそう呟いた。
徐々にであるが、確実に身体が透明になっていく。まるでこの場から消えるかのように。
「…………お別れの時間みたいだね」
リーシャも察したのだろう、立ち上がりルナの方を見て、
「そうそう、別れる前に言いたい事があったんだ」
と言って少し悲しそうな表情を浮かべる。
「今一緒にいるツバキちゃんって子、あの子の事を助けてあげて。きっと表に出さないだけでかなりの悲しみと辛さを抱えてると思うから」
そうルナの目をジッと見て、リーシャはお願いする。
その言葉を受けてルナは、
(自分はこんな状態なのにそれでも他者をこんなにも想いやれる。…………やっぱりリーシャだな)
目の前にいるのは紛れもないリーシャだと改めて確信し、
「約束するよ……。ツバキちゃんは必ず私たちで救ってみせる」
とリーシャに伝えた。
リーシャはルナの言葉を聞いて満足したように頷き、
「また会おね。私はいつでもルナさんの心の中にいるから」
そう言ってリーシャはルナを抱きしめる。
「うん。必ずまた会おうね」
ルナもそう返し、リーシャの身体を抱き返した。
そしてルナの意識は薄れていった。
▽▽▽
「………………ん、…………ここは?」
目が覚めると辺りは暗くなっていた。どうやら結構な時間、ルナは寝てしまっていたようだ。
「あっ、ルナ様。起きられましたか」
ルナの目覚めにいち早く気付いたフォーリアがルナの元へ駆け寄ってくる。
しかし寝起きの為か、先程の夢の中での出来事のせいか、ルナの意識は若干もうろうとしていた。
…………なのでフォーリアの顔を見た途端、
「…………ぬいぐるみのベティちゃん」
「へ?……………………………………………………………………」
とルナは思わず呟いてしまう。そしてその言葉を聞いたフォーリアは間の抜けた声を出し、少しの間硬直した後、
「なななな、なんで、ルナ様がそれを!?」
フォーリアは顔を真っ赤にしてプチパニックに陥っていた。
そんな状況でも尚、ルナは頭がボーとしていたので、
「…………リーシャに聞いた」
とだけ答えた。
「お嬢様!!二人だけの内緒って言ったのに!!」
やがて騒ぎに気付いたロゼやミサが面白そうに近付いてきて、フォーリアは誤魔化す事に必死になっていた。
ちなみにぬいぐるみのベティちゃんとは、集落にいた頃、フォーリアが密かに部屋で可愛いがっていたぬいぐるみであり、リーシャ曰く、夜寝る時は抱いて寝ていたそうだ。