第4話 月下動乱(2)
「とりあえずしばらくの間、ここにいろ」
リンドウは牢の扉を開けて、スイセンに中に入るよう促す。
聖王国へ吸血鬼・ツバキの身代わりとして魔王軍からの協力者であるオニヒメを引き渡した後、リンドウはスイセンを連れて城へと戻っていた。
「スイセン、お前にはヒナゲシ陛下の治療の件もあるから、今すぐ処刑などはしない。……とりあえず、お前の処遇はザクロ皇子に一任するから、ここで待機していろ」
「……かしこまりました」
リンドウの言葉にスイセンはか細い声で返し、小さく頷いて牢の中へと入る。
スイセンがきちんと牢に入ったのを確認した後、リンドウは牢の外から厳重に鍵を閉め、そのままどこかへと歩き去っていく。
「はぁ……、私はなんて事を……」
スイセンは牢の中にある小さな簡易ベットに腰を掛け、薄暗い牢の天井を見上げ、溜め息をこぼす。
「私はここまでですね……」
スイセンは以前から担当している、原因不明の昏睡状態で今も意識が戻らないアスカの皇帝、ヒナゲシの生命維持と治療及び研究がある為、今はまだ生かされている。
しかしそれも、誰かに引き継いで、問題なく事が進んだら、恐らくスイセンは国の裏切り者として処刑されるだろう。
「引き継ぐとなれば…………、当然副所長ですね。しかしあの人は謎が多い……、上手く引き継ぎ出来るのでしょうか」
スイセンは一人の人物を思い浮かべる。
スイセンが所長として主導になり進めていた研究、そのチームの副所長として動いていた人物を、実の所スイセンはよく知らない。よく知らないと言うのは、趣味や好きな物を知らないというレベルでなく、名前や顔すら知らないという事である。
副所長は常に仮面を被って顔を隠しており、研究が終わるとツバキを休憩室に連れて行き、そして城へ帰るのを見届けている。
本来国家機密レベルの研究にこのような怪しい人物を研究員として迎えるのは変な話であるのだが、研究後はデータをまとめたり、次の研究の準備を進めたいスイセンにとって、研究後のツバキの世話をしてくれる副所長はありがたい存在であり、かつ不思議なことにツバキ自身、副所長に懐いているような素振りを見せるのだ。その為異例として副所長に抜擢し、主にスイセンの補佐として働いてもらっている。
(思い返せば私が聖王国と内通しようと考えたきっかけは副所長の一言でしたね…………)
それはスイセンが研究費の申請を国の役人達に却下された時の事である。思わずその愚痴をこぼすと、副所長が「そういえば国内に聖王国のスパイがいるみたいですよ」と教えてくれ、そこからスイセンは独自に調べて聖王国のスパイを見つけ、そこから聖科学会との繋がりを得たのだ。
「やはり祖国を裏切るものではありませんね………」
実際のところ、スイセンは別に祖国であるアスカが嫌いというわけではない。むしろ愛国者ともいえるだろう。
研究だってアスカの発展とより国民が幸せに暮らせるようにと始めたのだ。
聖王国に行っても、研究によって作られる薬は定期的にアスカへと送ろうと考えていたし、原因不明で意識を失っているヒナゲシ陛下の治療方法も、聖王国に行けば判明するのではと考えていた。
しかしそれも今となってはの話である。
「私は私に出来る事をしよう」
そう決めた時であった。
「…………何者だ!?…………ガハッ」
牢から少し離れた所にいる看守の声が聞こえ、それと同時に倒れ込む音がスイセンの耳に届く。
「何事ですか!?」
突然の異変に驚いたスイセンはベットから立ち上がり、様子を伺う為に格子へと近づく。
そして一人の人物がスイセンのいる牢の前に現れる。
その人物は先程スイセンが思い浮かべていた者であった。
「副所長!?」
「お迎えにあがりました、スイセン所長」
そう言うと仮面をつけた人物、副所長がスイセンのいる牢の鍵を開けた。
▽▽▽
「ここが月光花の洞窟です」
ツバキを研究所から無事に連れ出す事に成功したルナ達はスミレの案内で一時間ほど歩き、リンドウに指定された待ち合わせ場所に辿り着いていた。
「うわぁ……、凄く綺麗……」
ルナは月光花の洞窟に着き、その一面に広がる景色を見て思わず感嘆の声をあげる。
月光花の洞窟は海辺近くにあるのだが、洞窟の入口には多種多様な花が咲き乱れており、それが陽の光を浴びて心地よい空間を作り出している。そしてスミレ曰く、夜になり月の光が降り注ぐと一面の花々が淡く光だし、今よりも幻想的な美しさを生み出すそうだ。故に月光花の洞窟と呼ばれるらしい。
「まだ誰も来てないみたいですね♪」
ミサは辺り周辺を見渡して洞窟の中を覗き込む。
リンドウの作戦では、吸血鬼としてオニヒメを聖王国に引き渡すリンドウ、そのオニヒメを聖王国から奪い返すフォーリア達、ツバキを研究所から連れ出すルナ達、そして皇子ザクロがここ月光花の洞窟に集まり、今後の方針を話し合う事になっている。
周囲の状況から察するにルナ達が一番乗りのようだ。
「みんな無事かな……」
誰もここに来てない事にルナは一抹の不安を持つ。
「私も少し不安になってきました。……すいません、私は一度城の方に戻り、ザクロ皇子を迎えに行こうと思います。ツバキ様の事をお任せしても宜しいですか?」
スミレはルナにそうお願いし、ルナは「大丈夫だよ」と伝えると、スミレは頭を下げて来た道を振り返りそのまま城の方へ走り去っていく。
「とりあえずゆっくり待つとしましょ♪」
そう言うやいなや、ミサは花畑で仰向けに寝転がる。
「………私もお昼寝する」
そんなミサを見て、ツバキもその場に寝転がる。
「そういえば吸血鬼って陽の光浴びても大丈夫なの?」
ルナはふと疑問に思い、ツバキに尋ねてみた。
「……陽が登っている間はすごい眠い……ふぁぁ」
ルナの質問にツバキは欠伸をしながらそう答えた。
(私の知ってる吸血鬼とは違うのかな?)
ルナの知る吸血鬼、それはもちろん前世の知識であり、太陽の光を浴びると灰になるというものだ。
「…………すぅぅぅ、…………すぅぅぅ」
気付いたらツバキは小さな寝息をたて、眠りに落ちていた。
その様子を見てルナは自分な心配など杞憂だったと思う。
「気持ちいいですし、ルナさんも横になってはどうですか?周囲に結界は張ったので安心して寝ても大丈夫です♪」
とミサは横で寝ているツバキに気を使って、小声でルナにそう提案する。
「そうだね……。私も……ふぁぁ〜、眠くなってきた」
気持ち良さそうに寝ているツバキを見て、ルナにも眠気が襲ってきた。
そしてミサな促されるまま横になり、
「あ〜、これはいいやぁ……」
暖かい陽射しと心地よい風がルナの身体を巡り、そのままルナは眠りに落ちた。