第3話 吸血鬼救出作戦(8)
(ど……、どういうことですか?)
目の前の光景にスイセンは混乱する。
(あの少女は誰なんですか?)
突如現れ、今はスイセン達と聖王国の使者達の間に立っている銀髪赤眼の少女を、スイセンはまじまじと見るが、目の前の少女はツバキではなかった。
(た……、確かに外見はツバキ様と似ておられるが、根本的なところで何かが違う!)
銀髪赤眼の少女はその身から凄まじい魔力を溢れ出しており、それは魔力を持たないスイセンでも、肌で感じるほどであった。
チラッとリンドウの顔を伺うが、依然としてニコニコした表情を崩さず、向こうのリーダーであるイーサンを見つめている。
(話に会わせろ、って事は、この方をツバキ様として扱え……、って事ですよね?)
先程のリンドウの言葉を思い出し、聖科学会から見捨てられ、アスカの国を裏切っていたスイセンには、それに従うしかなかった。
▽▽▽
(銀髪に赤眼の少女…………。話に聞いていた例の吸血鬼と同じ外見だな。…………それにこの反応)
イーサンは再度、自身の手に持つレーダーに目を落とす。
(この反応……、魔力量はかなりの物だな。さっき浜辺で確認したのはコイツの魔力か)
聖科学会の研究で数え切れぬ程の魔族を見た事あるが、そのどれとも比較にならない程、目の前の少女は次元が違う存在だと身に染みる。
(何が悪意のない吸血鬼だ!こんなの存在すら悪じゃねぇか)
イーサンはこの国に来て初めて焦りと緊張を感じていた。
そして変わらずニコニコ顔でコチラを見てくるリンドウを睨みつけ、
「おいおい、今までのそちらの対応とは全く違うじゃねぇか」
と少し強がった態度を取り、リンドウにそう言った。
「今までの聖王国への対応は、保身に走った一部の役人の暴走でしてね。我が国があの伝説の吸血鬼の生まれ変わりを抱えてるとなれば聖王国は許さない、だから機密事項として隠蔽しよう……。そういった思考が広まってしまったようです」
「…………なら、どうして他の連中も吸血鬼の存在を隠していた?」
「我が国アスカが長い事、鎖国をして外界との交易を絶っていたのはご存知でしょう?その習慣といいますか、我が国では内で起こったことは内で解決する、というのが当たり前になってましてね。他所の国に協力してもわずに、独自で解決するつもりだったのですよ。…………まぁ、結局今の今まで何も出来ずにいるのですが」
とイーサンの質問にリンドウは次々と饒舌に答えていく。
(…………チッ、食えない男だ)
リンドウの話は真偽はともかく、少なくとも正当性を持っている。吸血鬼を匿っていた理由も、それを秘密にしていた理由も納得出来るものでもあった。そして、
「ではそちらの要求通り、吸血鬼の身柄はお渡しします。…………これで我が国にはもう用は無いですよね?」
と笑顔を浮かべながらも威圧的にリンドウはイーサンにそう告げる。
(……クソが!)
過程はどうあれ、アスカは聖王国の要求通り吸血鬼の身柄を渡している。その時点で使者という建前は使えなくなり、鎖国国家アスカにおいて、今やイーサンらは不法入国してる立場となってしまっているのだ。
もっと色々と調べておきたい事は山ほどあったが、今の状況では分が悪すぎる。そう考えたイーサンは、
「…………分かった。吸血鬼の身柄は貰ったことだし、俺達は帰らせてもらう。……おい」
そう言ってイーサンが後ろにいる部下に声を掛けると、拘束用の魔道具を持った部下が恐る恐る少女に近づき、両手と首に魔力を封じる拘束用魔道具を取り付けた。
「…………案外大人しいんだな」
「一応、吸血鬼の力が目覚めるまでは普通の人間でしたからね。……それに彼女、アスカの国が大好きなんですよ。アスカの国を守る為ならと、自ら望んでここに立っているんですよ」
「…………そうかい。こっちとしても都合がいいから助かるけどよ」
イーサンはリンドウとそんなやり取りをして、きちんと拘束用魔道具が少女に取り付けられてるのを確認し、
「それじゃあ撤収するぞ」
と背後にいる部下達に指示を出した。
▽▽▽
イーサンがツバキの身代わりを連れて居なくなったのを確認し、リンドウはようやく落ち着く事が出来た。
(とりあえず第一関門はクリアだな)
深く息を吐き、そして依然としてリンドウの隣で膝をつき呆然としているスイセンに、
「確認だが、聖王国と他に繋がってる奴はいないか?」
と睨みつけながら強い口調でそう尋ねる。
スイセンはそれにビクッと身体を震わせながらも、
「は……はい。私だけでございます」
と答えた。
「そうか、ならいいんだが」
リンドウはそれだけ言ってこれからの事を考える。
(ひとまず俺に出来る事は一旦ここまでだ。コイツも今すぐここで殺してやりたいが、コイツにしか出来ないことがある以上、とりあえず城に連れて帰ろう)
チラッと怯えた様子のスイセンを睨みつけ、
(後はあの魔族達の無事とツバキ様救出の成功を祈るとしよう)
リンドウは現在、二手に分かれて行動している魔族達を思い浮かべ、空を見上げた。