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クラスの好きな女子とのあっちむいてホイにおける考察について

作者: 黒蜜ずんだ

「あっちむいてホイ」

掛け声と共に僕の左人差し指は向かって左を指す。一瞬遅れて、目の前の彼女の顔が同じ方向を見る。

「あー、負けちゃったー!」

少し悔しそうに、それよりも楽しそうに彼女は笑う。

それを見てにやけそうになるのを隠すように、はっはっはっとわざとらしく笑ってみせた。


時間は午後三時半。僕ら小学生は部活動も無い為、授業が終わると各々家路につく。

普段であればクラスの男友達とゲームや漫画の話をしながら帰っているところだったが、今日は違った。

普段のメンツがことごとく習い事の用事だか何だかで早めに帰ってしまったのである。

まぁたまには一人で帰るのもいいだろう、帰りに本屋でも覗いてみるのもいいなぁ、なんて考えていたところを彼女──、同じクラスのミハルちゃんに「一緒に帰ろう」と誘われたのだ。


ハッキリ言おう。僕は彼女にゾッコンである。

授業中暇な時は目で追ってしまうし、ペアワークで同じ班になった日は一日何が起こっても機嫌が良い。

…我ながら奥手気味で、クラスのモテる奴みたいなアプローチは出来ないでいるが。


男子小学生にとって好きな女子と一緒に帰るなんて言うのは、地球に飛来する小惑星に爆弾を埋め込んで破壊するくらい重要なミッションだ。


その証拠に、さっきから僕の脳内では今後の方針を決めるべく緊急会議が行われている。

……前に父さんが言っていた「会議で決まることなんて何もないよ」というのは本当らしい。

結局、気の利いたトークで場を盛り上げるなんてことは出来ず、彼女の提案した「あっちむいてホイ」で遊んでいるのが現状だ。


今日びの小学生なんてのはスマホを持っている奴は珍しくないし、ゲームのネット対戦でクラスの奴とチームを組むなんてのもよくあることだ。

そんなインターネットフル活用の世代で、下校時にジャンケンの派生ゲームで遊ぶ児童なんて、イリオモテヤマネコより貴重かもしれない。

……もし、「趣味が古臭い」と言われがちな僕に彼女が合わせてくれたとしたら、申し訳無さで死んでしまうだろう。


「あっちむいてホイなんて日頃やらないけど、いざやると熱くなっちゃうねぇ〜」

大仰に腕を組んでうんうんと頷くミハルちゃん。この光景を見れただけで、今年の運は使い切ったんじゃなかろうか。


「にしてもタクマ君、強いよね!もうプロって感じ!」

「何回か勝っただけで大袈裟だよ。…ていうかあっちむいてホイのプロはなんかショボくて嫌だな…」

「いやいや、もしかしたら動画とかで有名になれちゃうかもよ。黄金のサウスポー現る!って感じで。……じゃあ悔しいけど、罰ゲームの時間だ!」

「ば、罰ゲーム?」


突如として導入された罰ゲームに戸惑いを隠せない。

そんな僕を置いて、ミハルちゃんは目を閉じて両手を握って腰に当てる。

昭和ウルトラマンでよく見るポーズだけど、令和の小学生がやるポーズでは無いな…。


「さぁ来い!」

「来いって……」


自分に罰ゲームをしろということだろうか。ミハルちゃんはそのポーズから微動だにしない。


(罰ゲームって……、まぁデコピンとかで良いかな。女の子だし)


そう思って手を伸ばした瞬間、脳内会議室で待ったの声が挙がる。


(……この場合、何をするのがベストなんだ!!!?)


そうだ、今の僕の状況は好きな女子と二人きりの下校時間。

これは千載一遇のチャンスであると共に、絶体絶命のピンチにもなりうる。


もしここで何か不味い行動をした場合、即座にクラス中に知れ渡り、僕の儚い思いは露と消えるだろう。

しかも今僕がしなければならないのは罰ゲームの執行。

過剰、もしくは不純な行動を取った瞬間が僕の最期だ。

不用意にも伸ばした手を引っ込める。慎重に、かつなるべく早く解答を導かなければならない。


まず先程のデコピンから検討してみよう。男子同士なら適切、もしくはややヌルい罰ゲームに属するが、相手が女子ともなると話が違う。

身体的接触、そしてダメージの発生。

これらの要素がネックとなる。

まず身体的接触について、接触するのは自分の人差し指と相手の額である。

額、つまり顔に触れるのは適切なのだろうか?

──否、だろう。

すくなくともこのキュートな顔に僕が触れるなんて恐れ多いことは出来ない。


ではしっぺはどうだ?

──これも否だ。

掴むのは腕、基本的には手首だ。

あの細い腕を掴み、なおかつダメージを与えるなんてことは許される行動ではない。


ランドセル持ち。

──論外だ。好きな女子に重い荷物を持たせるようなクズは滅ぶべきだし、そんなクズを滅ぼせるならば僕は公共の利益のために喜んで死を受け入れる。


腕立て伏せ。

──ナンセンスの塊だ。あの可憐な手を汚らわしいアスファルトに付かせ、跪かせようなんて。そんなサディストの下衆に成り下がるなら腹を切る。


ジュースを買って来させる。

──鬼畜にも劣る所業だ。というか買い物なら僕が一緒に行きたい。


ブルドッグ(頬を摘んで上下左右に引っ張る罰ゲーム)。

──神よ、このような罪深い発想をする僕にこそ罰は相応しいのではないでしょうか。


(……どうする。どうする。どうする!)

前に動画サイトで見た大昔のCMと同じ気分だ。確かあのCMでは迷う俳優の手に選択肢が書かれたカードがあったが、今の僕にはそれすらない。


「ねぇ、まだー?…あっ、もしかして不意打ちしようとしてる!?」


不味い!何か期待させてしまっている!!

最早時間は残されていない。

かくなる上は、ままよ!!


意を決して人差し指を彼女の額めがけて指す。

威力は最小限に、かつ彼女が手加減されたと思わないように。

額に触れるのはこの際考慮しない!爪の先だからノーカウントとする!

細心の注意と覚悟と共に放たれた僕のデコピンは果たして──。


「はいっ!」


掛け声ともに彼女の両掌に挟まれる。

いわゆる真剣白刃取りの形だ。


「甘いねぇ〜タクマ君。その程度の技で私を仕留めようとは」

「あはは…、御見逸れしました…」


間一髪、彼女のユーモアに助けられた。

正直あれだけ引っ張ってデコピンでは、場はこれ以上ない程にシラケただろう。


(ダメだなぁ、僕は……)




「ジャンケン、ポン!」



脳内会議室で反省会が行われようとした瞬間、ミハルちゃんの声で現実に引き戻される。

掛け声に引っ張られ咄嗟に出した僕の手はチョキ、対して彼女はグー。



「あっちむいてホイ!」



続けて掛け声。またもや咄嗟に、左を見てしまう。

人間、こういう時は利き手の方向を選びがちというが本当らしい。

そして彼女が指すのは僕が見たのと同じ方向。


「気を抜いてはいかんねぇ〜。私の勝ちー!」



彼女の電撃的作戦により、どうやら僕は敗北したらしい。

まぁこの場合、咄嗟に反応して何とかゲームを成立させられた自分の反射神経を褒めたいところではあるが。



「では罰ゲームの時間だ!さぁ目をつぶるがいい!」


言われるがままに両目を閉ざす。

良からぬ期待に、顔が緩んでいないかどうか不安なのでここは気を引き締めよう。

さぁ、デコピンでもビンタでもなんでも──。




次の瞬間、右の頬に柔らかい感触。



「えっ」


予想外の感覚に思わず目を開けてしまう。

感覚のあった方を見ると、彼女は顔を赤くしながら後ずさりをしている。



「じゃ、じゃあ!また明日!!学校で!」



そう言うと、ミハルちゃんはダッと駆けていった。

残された僕の頭はようやくクリアになり、次々と思考が整理されていく。



そもそもだ。



──彼女はなぜあっちむいてホイなんて古い遊びを提案したのか?

──彼女はなぜ僕が左利きだと知っていたのか?

──大前提として、普段一緒に帰る友人が全員同じ日に用事で早く帰るなんてありえるのか?




「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」



脳内会議室にいつの間にか現れた男は、パイプタバコを燻らせながらそう言ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少年と少女の青春の様子が垣間見れて良かった。翌日投稿した時に気まずくなってしばらく話さないけど、そのうち再び一緒に帰る機会がやってきて、またあっち向いてホイをした時、少年が"罰ゲーム”と称…
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