第4話 有袋人類の男女における特徴とは。その2 +政府の極秘情報
有袋類と有胎盤類が分かれたのは、一億六千万年前あたりだというのが最近の研究結果です。つまり他の霊長類と人類が分かれたよりもはるか昔に分岐した遠い親戚が有袋類ということなのですが、なんでこんなにも両者は似た姿をしているのでしょう。不思議ですね。
いや、まあ収斂進化ということは知っていますが、それでも不思議に思います。
「次に男女それぞれの性器が、今までとどのように変化したのかを、あくまでも医学的に説明していきたいと思います」
担任教師はそう言うと黒板に向き直り、次のように板書した。
【以前の男性器】 (前) 棒 玉 肛門 (後)
【現在の男性器】 (前) 玉 棒 肛門 (後)
「当然、自分のことですから、とっくの昔に気付いているでしょうが、有胎盤類のオスと有袋類のオスでは、今の私たち有袋人類も含めて、男性器の並び方に違いがあります。具体的には黒板にも書きましたように、前に棒があってその後ろに玉があった以前とは違い、今では玉が前にあり、棒は股間の真ん中、玉と肛門の中間点にあります。再度確認しますが、これは地球上の有袋類全体にも言える特徴です」
「ただ、私たち有袋人類以外の有袋類の男性器の棒はそれなりの長さがあるのですが、有袋人類の棒は、他の有袋類に比べてかなり短くなっています」
ここで教室内の男子生徒たちに緊張が走りだした。何やら極めて重要な話だと判断したらしい。
「以前の私たちであれば、通常時の男性器の長さはおよそ8.5cm程度、固くなった時の長さは13.5cm程度が平均値とされていました。しかし現在の私たち、有袋人類の男性器の通常時の長さはおよそ4.3cm、固くなった時でも6.8cmという短さになっています」
「しかも、以前と違って棒は玉の後ろの位置にありますので、感覚的にはより短くなったように感じられるでしょう」
ここまでの話を聞いて、教室内は私語でざわつきだした。
「良かった。短いのは俺だけじゃなかったんだ」
「そうかあ、それでも俺のは有袋人類の平均値よりも短かったのか……」
「うーん、微妙に平均よりは大きいのかな?」
悲喜こもごもである。
「なあなあ、神賀。どうやら俺は平均値をクリアしてるっぽいぞ。まったく体が変化してアレが短くなっていたからちょっと落ち込んでいたんだけど、むしろ俺のは大きいと言って良いようだな」
「有恩君、これ以上この話題を続けるようなら、僕は泣きますよ」
「……あ、なるほど。うん、すまなかったな」
どうやら神賀は平均値よりも小さかったようだと察した有恩は、さっと話題を引っ込めたのだが、『美人系のかわいい顔になった神賀が泣いたら、それはそれで見てみたいような』などとイケナイことを考えていたりする。
「はいはい、みんな静かにしてください。話を続けますよ。ええと、で、その男性器ですが、女性からの愛撫を受けて棒は充血し固くなり伸びてくるのですが、やや前方に反り返るようにはなっているものの長さが短いですので、有胎盤類であるホモサピエンス系人類の女性と性交しようとしても、ちょっと上手くいかないというか、いわゆる挿入をしても奥まで届かないというか、まあやめておいたほうが無難らしいですよ」
「ここでちょっと面白いのは、男性器が固くそれなりに大きくなってくると、逆にそれに併せてだらんとぶら下がっていた玉がきゅっとするように縮こまり、体の中に収納されていくのです。先生もよく分かりませんが、性交するときに棒よりも前についている玉がじゃまにならないようにする為かもしれませんね。ああ、ついでに言いますと、このような仕組みは有袋類の多くに共通する特徴らしいですね」
「それから男同士で愛し合う場合でも、お互いに愛撫しあったりとかは普通にできますが、肛門への性器の挿入は、不可能では無いそうですが、男性器の位置的にも長さ的にもちょっと現実的ではないかなと思われます」
担任教師はアブナイ話をさらりと流していくが、ここはまあエロい話というよりも自分の新しい性の形を理解するという医学的なお話なので、聞く側の生徒たちも真剣だ。
なお、『男同士で愛し合う? そんなことするわけないだろ』と思うものの教室内の周りの男子生徒を見直してみれば、皆、以前の女性のような顔とスタイルだしおっぱいはあるしで、『イチャイチャ愛撫しあう程度ならアリかな』などと心の中でそっと宗旨替えをしていたりする。
「再度確認しますが、有袋人類の男性における男性器の短さは有袋人類特有の特徴で、他の有袋類のオスはもっと長くて大きな男性器を持っています。それでどうしてこうなっているのかというと、特別な理由が存在するのです」
ここで担任教師は説明をいったん止めて、教室中の生徒たちを見渡した。見られている側の生徒たちも、何を言われるのだろうと緊張し、ゴクリとのどをならす。
しかしそんな中にあって、TS研究会会長の神賀だけは冷静であった。
(たぶん先生が言いたいのは、女性器の形状についての話なんだろうな)
なんて思っていたりしていた。なぜなら既に肉体変化の当日に妹のソレを見てしまったので、まあ知っていたということだからだ。
「なんと有袋人類の女性器は、管のようなパイプ状になっているのです。実は私たち有袋人類は、女性が子供を産み、男性の腹についた育児嚢で育てるということになっているのですが、では、有袋人類の女性はどのように子供を産むのでしょうか?」
「有袋人類の女性の性器は、出産管としても機能するようになっているのです」
「有袋人類の性交の仕方には二段階というか、二種類あるのです。一つは男性から精子を受け取り妊娠に至る為の性交です。そして二つめは男性の腹の育児嚢に赤ちゃんを産み落とす為の性交です」
そして担任教師は再度プロジェクターを操作して有袋人類の女性器の構造を示した断面図を表示させたのだが、そこに描かれた女性器は筋肉で作られた管であった。
「有袋人類の女性器は、興奮によって固くなるのではなく、充血しやや膨らんだ状態になると軟体動物の触手のように女性本人の意思により自由に動かせるようになります」
「この管になった女性器は男性の固くなった棒を吸い付くように飲み込み、その筋肉の動きや女性側が動かす腰の動きなどによって男性器に刺激を与え、精子を受け取り、妊娠へと至ります。なお男性用の避妊具はサイズの問題もありますので、既存のものは使用に耐えませんので、皆さんは間違いを起こさないようにしてください」
間違いを起こすなと言っても今の有袋人類の女性は自分たち男性よりも背は高いし体格もがっちりとしている。おそらく筋力も強いのだろう。そんな女性たちに迫られたら、間違いを起こしたくなくても間違いを起こしてしまうかもしれない。
「そしてもう一つの性交の仕方ですが、女性がその触手のような出産管を男性の育児嚢の中に挿入して、更にその中で出産管をうねうねと動かして刺激して快感を与えて、その快感で男性がぐったりとしたところに受精後一ヶ月まで育った未熟児状態の赤ちゃんを産み付けるということです」
「男性のお腹についた袋、育児嚢の中には四つの乳首があるのですが、胸についている乳首よりもはるかに感覚が敏感になっているそうです。これはあごの力が弱い赤ちゃんが乳首から口を離してしまった時にその状態を素早く感じ取る為に進化した機能らしいです」
「さらには袋の中に赤ちゃんがいて動いていることを感じることが直接的に肉体的な快感となるように、そして女性の出産管を受け入れることが快感につながり、出産を伴う性交を男性が受け入れやすくなるように、有袋人類の男性の育児嚢は他の有袋類とは違って最も鋭敏な感覚を持つ第二の性器へと進化したというわけです」
「つまり挿入するよりもされるほうが気持ち良いということらしいですね」
ここで男子生徒諸君は、『そういえば袋の中に手を入れてみたらかなり気持ち良い感じがしたけど、もしかして女子に触ってもらったり、出産管を挿入されたりするともっと気持ち良いんだろうか?』などと思ったりするのだが、すぐに『でも今の女子の姿ってちょっと前までの男そのものだし、出産管と言い換えてるけど、それって結局はチンポみたいなものじゃねえの? ちょっとキモイような』とも思ったりする。
皆、若いし、ちょっと前まで性欲旺盛な健全な男子たちだったので、新しい体の性的な反応を確かめてみたいけど、触手的なものに挿入されるのはちょっとどうなんだろうということなのであろう。
「さて、ということで有袋人類としての基本的な性教育はこれで終わりますが、男女の性器がそれぞれ変化したことにより、使用するトイレについて不具合が出てきていることに気が付いている人はいますか?」
担任教師がそう聞くと、教室内の男子生徒たちはお互いに顔を見合わせた。けっこう思い当たる男子生徒は多いようである。
「神賀君は既に女子の制服を着ていますよね。なぜなのか他の人に説明してくれますか?」
再度、担任教師は神賀を指名する。
「はい、まあ、なんというか、今はトイレでは座ってするからスカートのほうがしやすいのです」
神賀はなぜか恥ずかしそうというよりも、苦虫を噛みつぶしたようなしかめっ面で答えたのだった。
「ああ、そうか。神賀は有袋人類になって、平均値よりも短くなっているんだったよな。それじゃあ立ってするのは難しいか。平均よりも大きめの俺でも立ってするのは苦労してるし」
うんうんとしたり顔でうなずく有恩。当然のごとく神賀は顔をこれでもかと赤くする。その顔の赤さは恥ずかしさによるものなのか、それとも怒りによるものなのか。きっとその両方であろう。授業が終わった後の有恩の身に幸あれ。神賀に何されても知らないぞ。
「ええ、まあ大半の人が気が付いていると思いますが、棒が短くなって、付いている場所も後方にずれたことにより、いわゆる立小便がしづらくなっています。既に座っておしっこをしている人も多いことでしょう。といういわけで個室トイレが混みあっているから何とかして欲しいという要望が全国のあちこちで出ているそうです」
なるほど、それはそうだ。と男子生徒たちは納得のうなずきをする。
「……いや、データとしてそういう情報があるのなら、別に改めて僕に聞かなくてもいいのに」
と、神賀はぶつぶつ文句を言っているが、誰も相手にしてくれない。というか相手にすると必然的に神賀の股間の棒が平均よりも短いことを話題にしなくてはならなくなるので、単純に面倒くさいということであろう。
「それでですね。実は男女のトイレをそっくりそのまま全国的に入れ替えてしまおうという案が政府のほうから上がっています」
と、ここで驚きの情報を知らせる担任教師。と同時に『えーッ!?』という驚きの声が教室内を満たす。ついでに隣の2組の教室のほうからも野太い声ながらも同じような『えーッ!』という声が聞こえてきたので、隣の女子達も同じような説明を聞いたのだろう。
「実は有袋人類の女性も含めて有袋類のメスは、尿道と産道(膣)が一つにまとまった総排泄孔という作りになっているのです。つまり女性の出産管はそのまま排尿するための器官として使えるということですね。まあ最初のうちは慣れないでしょうけど、例の本の情報からは、有袋人類の女性は普通に立小便が出来るということです」
それを聞いた男子生徒たちはいや~な顔をする。『女たちの出産管っていう女性器って、結局のところチンポそのものじゃねえか。精子の代わりに赤ちゃんを出すってところが違うけどな!』と思い、うげーとしたという。
というわけで、今日はここまで……。というのは嘘で、同時刻、日本政府のとあるところでは深刻な顔をした男達、とは言っても少し前までの女性にようにしか見えない国会議員や官僚たちが頭を抱えつつ結論の出ない議論を交わしていた。
「有袋人類の赤ちゃんはあごの力が弱くて乳首をよく離してしまうから脳の発達阻害要因が解除されたなんて説明では、一般人はともかく専門家の目はごまかせないですよ」
「だが、今はこの説明で突き進むしかなかろう」
「しかし並行世界である異世界では有胎盤類系の人類は有袋類系の人類との生存競争に敗れて絶滅したということだが、その理由は繁殖力で有袋類系人類のほうが圧倒的であったという説明も真実ではないのだろう?」
「ああ、有袋類系の人類が進化した並行世界である異世界では、少なくとも一千万年前から脳を持つあらゆる生物の脳を肥大化させるウィルスが蔓延したというのが、有袋人類が進化誕生した真実だ」
「脳を肥大化させるウィルスによって我々の進化史よりもはるかに早く脳を大きく発達させ始めた動物たち」
「もともと有胎盤類は胎内で限界まで大きく子供を育ててから出産する。なかでも人類は未熟児状態で子供を産むが、それでも胎内で限界まで脳を育ててから出産する。ここに脳を肥大化させるウィルスが感染したら……」
「頭が大きくなりすぎた子供を出産しきれず、母体が死ぬことも、そして子供が死ぬこともあっただろうな」
「クロマニヨン人よりも脳容積が大きかったネアンデルタール人も、難産が原因で絶滅したという説もあったな」
「それはあくまでも絶滅要因の一つでしかないが、まあ、理解の仕方は間違っていない」
「結局、脳肥大化ウィルスによって異世界の有胎盤類系の人類は文明を獲得する前に絶滅してしまった」
「代わりに進化したのが有袋類系の人類というわけだ」
「卵で生まれる卵生の生物は、卵の殻が要因となって脳が肥大化し続けることがないし、卵で産むのでメスが難産になるということがそもそも無い。有袋類も未熟児状態で子供を産むのでやはり難産となることが無い」
「しかも育児嚢の中で乳首を咥え続けていると頭蓋骨の発達が阻害されるので、脳の肥大化も大きくなりすぎることが無い」
「そんなことはいいッ! 問題なのは我々が有袋人類に変化した際に、異世界から脳肥大化ウィルスを持ち込んだ可能性が非常に高いということだッ!」
「確かにその可能性は高いですが、影響が出てくるのは今からずっと先の話だと思われます。我々が今、気にする必要は無いのでは?」
「それに今の人類の医療技術であれば脳が肥大化した胎児を帝王切開で取り出すことも出来ますし、まだ大きくなりすぎる前に陣痛促進剤で早めに出産させることも出来ます。致命的な問題にはならないのではないでしょうか」
「専門家はそう判断するかもしれん。しかし一般人はどうかね。おそらく情報を知ったとたん、ネット上では日本を非難し恐怖する書き込みでいっぱいになり、世界各地で排斥運動が同時多発発生するだろうな」
「そしてそんな一般国民の意見を受けて各国政府の意見も極端に振れて、場合によってはウィルスの蔓延を阻止するという名目で日本を核攻撃くらいする国が出てくるだろうな」
「ああ、西隣の大国ならやりかねませんね」
「汚物は消毒だーッ! ですかな?」
「というか既に各国に滞在する日本人からウィルスが拡散しているのではないのか? 今さら日本を核で日本人ごと消毒したとしても手遅れだろうに」
「それが分からないのが一般人というものですよ」
「とりあえず当面、この情報は第一級の秘匿情報として、極一部の関係者以外には公開を禁止。ということでよろしいですか?」
「うむ、賛成だ」
「問題ない」
というわけで『問題ない』という言葉とは裏腹に、問題ありまくりの情報が秘匿され続けていくのであった。
大丈夫か日本政府? あとでバレても知らないぞ。
説明回というか、初期設定も今回で終了。さて、あとは好き勝手に書こうかな。