第20話 最終話(エピローグ)
駆け足で申し訳ない。
ひとりの少年が子供向きに書かれた歴史書というか神話というか、とにかくそんな内容が書かれた絵本を読んでいた。
……そして日本の全周囲から津波が、上空からICBMが襲ってきたとき、月と知恵の神様が言いました。その声はすべての日本人と日本に住む日本人以外の人の頭の中に響いたそうです。
『やれやれ、うちの弟神にも困ったものですね。後先考えずに神力を使うからこんなことになる』
『私の権能にも姉神ほどではありませんが 隠れる というものがあります。幸いにも隠れる場所は用意してありますから、今すぐ日本の国土に棲む生き物すべてをそこに移動させましょう』
こうして人々や動物たちは一瞬のうちに地下都市へと転移したのでした。
これは約1000年前に本当に起こった真実です。
私たちがこうして生きていられるのもみな神様達のおかげなのです。
この本を読んでいるみんなも、日々、神様への感謝の気持ちを忘れないでください。
「マジか……。こっちの世界の神様たち、フリーダム過ぎるだろッ!!」
そう叫んだ少年。髪を長く伸ばし、かわいらしい服とスカートに身を包んだ彼は、神様に感謝するのではなく、文句の言葉を言ったのでした。
さて、彼は何者なのか? それを語るには、しばし異世界の話をしなければなりません。
『残念じゃったのう。時間切れじゃ』
突然、何の前触れもなく城山大介の頭の中に声が響いた。気づくと彼はどこかの山間の田舎にいたのだった。まるで起きたまま夢の中に入り込んでしまったかのような感覚に大介は戸惑い、思わず言ってしまった。
「さっきまでは会議中だったのに、今は夢の中。居眠りするにしても素早すぎるだろ、常考……」
ちなみに大介が参加していた会議というのは、社内のゴミ分別をどうやって徹底するかという大事と言えば確かに大事なの内容なのだが、関心のない者にしてみたらどうでも良いような会議であり、そして大介は関心のないほうの側の人間だった。
『夢と言えば言えなくもないが、寝ている間に見る夢とは別物じゃよ。まあ順番に説明してやるから黙って聞きなさい。と、その前に姿を現そうかのう。お前さんも話の相手の姿が見えないと話しにくいじゃろう』
またしても先ほどと同じ声が大介の頭の中に響いたかと思うと、いきなり目の前に小柄な老人が現れた。というか小柄というか小人である。手のひらに乗せようと思えば乗るくらいの小人であった。
衣褌に革靴を履き、腰には反りの無い直剣である太刀を 帯刀している。真っ白な髪の毛は左右で束ねられ美豆良となり、古事記や日本書紀にでも出てきそうな日本の神様そのものといった衣装や髪型だ。
しかしいきなり目の前に神様のコスプレをした小人の老人が現れたこと自体に驚いた大介はどう対応して良いのかわからないまま黙っていると、そんな大介を置いてけぼりにして、老人は説明とやらを始めだした。
『まず大きな状況を説明するとじゃな、ここ数千年にわたり少しずつ高くなってきた地球を含む太陽系全体の波動周期がとうとう一定値を超えて高くなったことにより、次元上昇、いわゆるアセンションを起こしたことにあるんじゃな』
「アセンション! それ、聞いたことあります。じゃあやっぱりあなたは神様で、僕は選ばれて高次元世界へと転移する最中ってことで良いですか!?」
もともとオカルトと呼ばれる精神世界に興味を持っていた大介は、アセンションという言葉を聞いたとたんにテンションがマックスまで上がってしまった。その気になって見てみると、コスプレぽかった小人の神様の衣装もなんとなく神々しく見えてくるから不思議だ。
『いや、違うんじゃ。むしろ選ばれなかったと言ったほうが正しいかのう。まったくもって残念じゃが、時に真実とは無慈悲なものなのじゃよ』
「えっと、どういうことなんでしょう。まずは確認しますけど、あなたは神様っていうことで良いんですよね」
『ふうむ、確かに神じゃよ。もっとも全知全能の創造神であるかと問われれば、それは違うと答えるしかないがの』
「じゃあ、下級神ってことですか」
『誰が下級神じゃ。あえて言うなら中級の中でもそれなりの力を持った神じゃ。結構有名な神なんじゃがのう』
「はあ、そうですか」
『どうも現状にピンときとらんようじゃのう。いいか、お前さんの魂は今は肉体から離れて幽界に来ておるわけじゃ』
「結局のところ僕は死んだということでいいですか」
『そうじゃ』
「あのう、簡単に『そうじゃ』って言ってくれますけど、いったい全体どうして僕が死ななくちゃならないんですか」
自分が死んだという状況を聞き、やや焦り始めた大介は、神様を名乗る老人に詰め寄った。
『だからさっきから言っておるじゃろう。地球を含む太陽系全体の波動周期が高くなって、次元上昇、つまりアセンションを起こしたんじゃよ』
「アセンションが有ったということは分かりましたけど、それで何で僕が死ななくちゃならないんですか。ぜんぜん分かりませんよ!」
少々叫び声になるのを押さえられない大介に対して、神様はあくまでものんびりしていた。
『何事にも例外はあるものじゃよ。お前さんは太陽系と地球の次元上昇についていけなくなって、置いて行かれたということじゃ。現在の太陽系は、地球の次元上昇に同調できた人類を含めたすべての生命体とともに、既に宇宙の高次元領域に転移しておる。逆に次元上昇に取り残された人間は今まで地球が存在していた 何も無い真空の宇宙空間に放り出されて即死。まあ、死因はそういうことじゃな』
ああ、残念じゃ。ああ、ご愁傷様じゃ。などとブツブツと言いながら、鼻毛を抜く神様。ちっとも残念そうでもないし、ご愁傷様と言う雰囲気でもない。
「そんな。うだつのあがらないサラリーマンをしていても、いつかはアセンションが有って、そこからは幸せな人生が始まると思っていたのに……」
がっくりと項垂れる大介だったが、彼を見る神様の目は冷たかった。
『そういう根性じゃから、太陽系と地球の次元上昇に着いて行けなかったということが何故理解できんのじゃ。何事も自分でやろう努力しようという自助努力の精神、自分のことだけを考えるのではなく、周りの人々を幸せにしようとする奉仕の精神。そういうものが足りないんじゃ』
そのままため息を吐くと黙り込んでしまう神様。そして両者無言のまま時が経過する。やがてその状態に耐えられなくなってきた大介が口を開こうとしたその 瞬間、それを制すように神様が提案した。
『ところでお前さん、異世界転生というものをしてみる気は無いかのお』
「え、異世界転生というと地球とは違った世界に転生するというアレですか」
小説の題材として特に目新しい発想でもなく、使い古された設定である異世界転生という概念は大介も知るところであった。いやむしろ大好物と言ってもよ い。現状の生活を軽視し、アセンションによる状況の劇的な改善を夢見る大介にとって、異世界転生とは望むべき未来そのものであったのだ。
『そう、そのアレじゃよ。まあ地球の次元上昇に取り残されたお前さんに対する救済措置というところかのう。このままじゃお前さんの未来は限りなく暗いとしか言えんわけじゃし……』
「脅かさないでくださいよ。神様でしょ。……というか、未来は限りなく暗いって、いったいどういうことなんですか」
『なあに話は簡単じゃ。地球はもちろん、太陽そのものと太陽系内の諸惑星も次元上昇して宇宙の高次元領域に転移して行ったわけじゃから、太陽系があった宇宙領域には生物が住める環境の惑星どころか、彗星や小惑星ですら影も形も無くなってしまったということは理解できるじゃろ』
「ああ、言われてみればそうですね」
『緊張感の無い奴じゃのう。お前さんが普通に転生しようと思っても、この宙域にはもう地球は存在せんわけじゃから、転生したくてもかなわず、お前さんという魂は宇宙の闇の中を地縛霊となってさまよった挙句、徐々にエネルギーを失い周囲の空間に同化吸収されてしまうことになるんじゃが、……理解出来たかのお?』
どこか淡々とした言い方ながらも、その目には哀れみの光が見てとれる。
「理解できたかのおって、そういう状況なら異世界に転生するしか無いじゃないですか。で、どんなチートをもらえるんですか?」
対して大介はワクワクとした表情で神様に質問する。
『チート……って、何じゃ?』
「いや、だからチートはチートですよ。異世界に転生するにあたって何か特別な力を神様がくれるとか、特殊な種族を選んで転生させてくれとか、色々あるじゃ ないですか」
『はて、お前さんが何のことを言っているのかさっぱり分からんのう』
「またまた、しらばっくれちゃって。ほら、だから特別な力ですよ。身体強化とか魔力無限とか、世界一の剣のスキルとか、鍛冶のスキルとか、エルフを統べるハイエルフに転生とか、古のエンシェントドラゴン、もちろん人化能力持ちに転生だとかですよ」
自分の妄想を激しく主張する大介だったが、それを見る神様の目にはやはり哀れみの色しか無かった。神様はわざとらしくため息をつくと大介に言った。
『何でそんな特別な力をお前さんに与えなくちゃいけないんじゃ? さっきから言っていることを聞いていなかったのかのう』
「……だから異世界に転生させてくれるんですよね」
『そうじゃよ』
「だったら! チートな能力のひとつやふたつくらい欲しいじゃないですか。せっかくの異世界転生なんだから」
『ふーむ、まだ理解しておらんかったのか。いいかね、お前さんは選ばれて異世界に転生するのでもなければ、神のミスとかそんなあり得ない話で転生するのでもない。単にお前さんの魂の波動周期の上昇が地球を含んだ太陽系の波動周期の上昇に追いつかなかったことが原因なんじゃ。結論を言うとじゃな、太陽系全体のアセンションによる宇宙の高次原領域への転移に置いてけぼりを喰らって、真空の宇宙空間に投げ出されて肉体が死んでしまったお前さんを哀れんだ神、つまりわしのことなんじゃが、お前さんにもう一度チャンスを与えてやろうという、たんなる救済措置というにすぎんのじゃ』
「え、それじゃあ、チート能力による俺TUEEE状態は無しってことですか」
『うむ、ごく普通の一般人に転生してもらうことになるのお』
「のおおお、せっかくの異世界転生なのに、一般人! 特別な能力が何も無い一般人なんですか!! かわいい女の子たちをこれでもかってはべらすハーレムも無しってことですか!! この世には神も仏もいないのかぁぁぁ!」
血の涙を流す大介。
『少なくとも神はここにいるんじゃがのう。って、聞いておらぬか』
騒ぎ続ける大介をしばらく見ていた神だっったが、ポンっと手を叩き、そういえばと言葉を続けた。
『確かに世界の理を破壊するような特別な能力を授けるというわけにはいかんのじゃが、前世の記憶保持くらいならなんとかならんでも無いのう』
「……それって、今の記憶を完全に持ったまま、転生が出来るってことでいいですよね。というか、異世界転生っていうシチュエーションなら前世の記憶保持って必須ですよ!」
『ふうむ。そうなのか』
「そうですよ。異世界に転生しても記憶が消えていたら意味ないじゃないですか」
その後、大介は神様に対して『そもそも異世界転生とは』ということについて懇々と語るのだった。
『なるほどのう。じゃあこうしよう。今の記憶を完全に保持したまま転生するならば転生出来る対象の異世界が限定されることになるんじゃが、それでもよいか?』
「もちろんOKですッ!」
『それではお前さんが今まで体験したり読んだり聞いたりしたことは意識すれば完全に思い出すことが出来るという能力を授けることにしようか。ま、知っていたことは完全に思い出せるという能力じゃから、知らないことは当然に思い出せないんじゃがな』
「十分です。知識チート、キターーッ!」
『喜んでもらえたようで何よりじゃ。しかし転生先に悪影響のある情報を伝えることが無いように、転生先は完全な異世界というわけではなく、並行世界の地球ということになるのう』
「並行世界の地球……ですか?」
『ああそうじゃ。その並行世界の神様たちが過去に色々とやらかしてのう。その世界の次元上昇の時期が大幅に後にずれることになっておるのじゃよ』
「なるほど。よーし、記憶を保持したままの転生したなら、ハーレムを作ることも夢じゃない。がんばるぞーッ!」
ニコニコと良い笑顔を見せる大介。自分が肉体的には死んでいることなど既に忘却の彼方だ。
『うむ、それではここでお別れじゃ。転生先の世界の神がお前さんの前に姿を現すかどうかは知らぬが、せいぜい頑張って己の魂を磨き、精進するのじゃ ぞ』
「はい。わかりました。頑張ります。……あっ、なんだか身体が引っ張られるような感覚が!」
『始まったようじゃな。お前さんという魂が、異世界に、つまりは並行世界の地球に引き寄せられておるのじゃ。ああ、ちなみに記憶が戻るのは脳が記憶の復活に耐えられるまで成長した7歳頃を予定しておる。達者でな』
「なるほど。いわゆる赤ちゃん時代の気まずさを経験しなくてすむんですね。ありがとうございました。神様」
『何、なんでもない。ただの仕様じゃよ。ああ、そうそう、言い忘れておったが、お前さんが転生する世界の人類じゃが、有袋類から進化した有袋人類ということになっておる。なかなか面白い体験ができるはずじゃ。それでは頑張るんじゃよ』
「えっ!?」
その瞬間、城山大介だった魂は異世界、並行世界の地球へと転生をしたの だっ た。大介の大いなる戸惑いと共に。
こうして今は有袋人類の一員となったかつて城山大介だった少年、今の名前を大地恵夢というは、7歳の誕生日に前世の記憶を取り戻し、自分が有袋人類の少年として転生していたことに気が付いたのだった。
そしてかわいらしい服装、具体的にはフリルのついた服にスカートを着ている自分に気が付き、「もしかして女の子にTS転生した?」と一瞬思った。
しかしすぐに恵夢としての記憶により、有袋人類の男の子はお腹の袋に子供を入れてその中にあるおっぱいと、思春期以降に膨らんでくる胸のおっぱいで子供を育てる存在だということを思い出した。
そして有袋人類の男性は、以前のホモサピエンス系の人類の女性のような容姿であり、逆に有袋人類の女性は以前のホモサピエンス系の人類の男性のような容姿であることも思い出す。
「こんなんでハーレム作るなんて無理ーーッ!」
さて、こうして城山大介は、大地恵夢として有袋人類の男性として転生したのであるが、当然のことながら知識チートなんてことは出来なかった。そもそも転生先の世界は西暦3000年代初めであり、技術も文化も自分がいた世界よりも1000年は進んでいるのだから。
しかし、彼は意外なことで才能を開花させる。
日本人が有袋人類へと変化したことにより、それ以前の文化がだんだんと理解しづらくなってきていたのだ。例えば西暦2000年代初頭までの書物に書かれた男女の関係を理解することが難しくなっていたりとかである。
日本人も1000年近くを有袋人類として過ごしてきたため、過去の古典文学や保存された映画などの動画は、それこそ異世界の文物という理解になってきて、本当の意味で理解することが出来なくなってきていたのだ。
その点、転生者の大地恵夢はそういった過去の古典作品をストレートに理解でき、今の有袋人類と化した日本人に分かりやすく解説することが出来た。
そして彼が成人してしばらくする頃には、ホモサピエンス系人類の文化を極めてよく理解している若き文化人類学者として名声を得ることが出来ていた。
さて、そんな時代のある日、日本を取り巻く海と風のバリアー、結界が解除されることになる。そこで再度、大きな津波が日本と世界を襲うことになるのだが、それはまた別の話である。
津波による災害も復興が終わり、日本全体が落ち着いたところでとある疑問が起きてきた。
『日本以外の世界にはホモサピエンス系の人類が存在するはずなのに、何の連絡も来ない。いったいどういうわけなのか?』
そんな疑問を解消するべく、世界への調査団が結成された。その調査団の一員として、二十代後半、より正確に言えば三十路まであとわずかという大地恵夢もホモサピエンス系人類の文化の専門家として参加が決まっていた。
そして調査団の面々と恵夢は知るのであった。
脳肥大化ウィルスの影響を防ぐために遺伝子工学により改造されまくったホモサピエンス系人類の変異種と、同じく改造された動物たちの子孫が作りなすそれこそ異世界と言っても過言ではない世界を。
そして想像を絶する冒険が始まることになるのであるが、それはまた別な語り部を待つことにしよう。
大地恵夢の物語はこれからだッ! (終)




