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第19話 隔離された日本 +世界の混乱

次回がエピローグ付きの最終話の予定です。

「日本上空の衛星写真が届きました」


「見事なまでに日本列島が隔離されているな……」


 さて日本政府や官僚たちが集まる某所では例によって表には出せないようなことが話し合われていた。


「日本の排他的経済水域の境界線上の海がおよそ300メートルの幅で割れており、その割れ目は海底まで達しています」


「海上船舶はもちろん、潜水艦での往来も無理か」


「それよりもまずは津波警報だろう。膨大な量の海水が押しのけられたんだぞ」


「まあ、神様のしたことだからそのあたりのことは大丈夫だとは思うが……」


「何を言ってる。あの神様は日本の神様だが、聖書の神でもあるんだぞ。大洪水を起こしたあの神だッ!」


「ご安心ください。既に津波警報は発令されています。しかし気流のほうも問題です」


「神様の発言では世界中の海流と気流も操作して脳肥大化ウィルスを隔離すると言っていたが?」


「まだ憶測でしかありませんが、現在、海の割れ目に沿うようにして右回りの気流が発生し始めています。おそらくその気流の早さは徐々に速く、そして高度も高くなるのではないかと」


「脳肥大化ウィルスを隔離する為の風によるバリヤーかッ!!」


「既にその風速は秒速40メートルを超え、なおも増大中です。高度も現在観測できるところでは既に通常の台風の高度を軽く超えてジェット旅客機の巡航高度に届こうとしています。最終的には成層圏の高度2万メートルにまで至るのではないかと推測されます。但しその風のバリヤーの厚みは海の割れ目と同じで約300メートルの厚みしかありません。まさに神の御業ですね。自然現象ではありえないです」


「……少なくとも通常の航空機での往来は出来なくなるでしょうな」


「通常の、ということは通常でない方法なら航空機での往来もできるのか?」


「成層圏のさらに上、つまりは宇宙空間からの再突入ならば可能かと」


「おい、そんな航空機が今の世界のどこにあるんだ。現実的に考えて日本列島は海と空によって完全に隔離されたということだぞ。輸出入が壊滅するじゃないか」


「いや、待て。航空機ではないが、ICBM(大陸間弾道弾)ならどうなんだ?」


「まさか、さすがにそこまで想定するのは……」


「考えられる限り最悪の状況を想定するのが政治家の仕事だ」


「……防衛省にミサイル迎撃司令を発令いたします」







 日本の某所でそんな会話がされている少し前、豪米高校文芸部の面々が海水浴を楽しんでいる浜辺には緊急アラートと放送が流れていた。


『日本全土の海に面した地域に津波警報が発令されました。海岸近くにいる方は急いで高台に避難してください。繰り返します……』 


 精神に来る嫌な警報音とともに流れるアナウンスを聞くと同時に、浜辺にいた人たちは一斉に海から離れて高台を目指しだした。さすがに災害に慣れた国民たちである。


「みんな。貴重品と飲食物以外の荷物は全部捨てていくわよ。ボクについて来てッ!」


 本来ならすべての荷物をあきらめて身一つだけで避難すべきであるが実際に津波が襲ってきた場合、必要となるのは水に食料、そして現金である。文芸部の皆はTS研究会の面々も、庵手部長の指示に素直に従うのだった。


「こうなると女子たちの水泳の競争なんか見てないで、僕たちがすぐに昼ご飯を買いに行けばよかったですね」


「おいおい、神賀よ。たらればの話は無しだ。おやつのお菓子だけでもあるだけマシだぞ」


「オー ツナミ オー オー」


「ほらほら、エレノアさん。さっさと避難しないとダメだろ」


「ア ウ ウオン サン ソ ソウデスネ ヒナン ヒナン シナイト」


 突然の津波警報に(ほう)けていたエレノアは、有恩の声を受けてようやくまともな思考が戻ってきたらしい。


「先輩たち、ちょっと待ってください。高台に向けて避難するといっても遠いし道路も混んでますから、むしろあの建物に避難しましょう」


 尾歩都は浜辺からすぐの住宅街の中に建つ8階建てのマンションを指さした」


「見たところ鉄筋コンクリート製のようですね。あれなら大震災レベルの津波が来ても大丈夫だと思いますよ」


「なるほど、尾歩都くんと阿良子の意見を採用するわ。さあ、行くわよッ!」


 改めて庵手部長は部員たちに号令をかけると、走ることなく慌てず急いで歩き出した。


「御厨君、あたしから離れちゃダメよ」


「美須美ちゃん、どっちかというと美須美ちゃんが僕から離れていないんだけど」


 例によって武宇羅美須美は御厨修武を後ろから抱きかかえながら歩いていたのだった。


「オウ ボクハ ナイリク シュッシンダカラ ツナミハ ハジメテ デス」


 そしてジェイコブはというと、ぞろぞろと避難する皆の後を混乱しつつもおとなしくついていくのであった。







 さて、海岸からさほど遠く無い住宅街に建っている鉄筋コンクリート製のマンションに着いた一同は、マンションの住人達と一緒にマンションの屋上へと避難していた。


 普段はマンションの屋上は施錠されているのだが、津波警報が発令された場合は避難場所確保の為に鍵が開けられることになっていたのだ。


 さあこれで避難場所は確保できたし広さも十分と思ったのもつかの間、高台への避難は距離的に現実的では無いことに気づいた人たちが次々とやってきて、屋上はそれこそ満員電車ほどではないが、かなりの混み具合となっていたのだった。


「なんだか想像以上に混んでるわね」


 文芸部とTS研究会と留学生のふたりも含めて全員の点呼を取り終わった庵手部長は、マンションの屋上の込み具合を見て誰に言うでもなくつぶやいた。


「避難場所に対して人数が多すぎるんですよ。さすがにシーズン中の海水浴場ですから」


「それよりもこれだけ人が多いと誰かにぶつからずに移動は出来ないみたいだな。さっきから俺にぶつかっていく人がめちゃくちゃ多くいるんだけど」


「有恩よ、お前もか。なんだか知らないが我輩もそういう状況なんだが」


 有恩と坂東先輩がそんな感想を言い合っている。見てみると確かに海岸の方向を確認しようとして屋上を移動する人たちがいるのだが、なぜか有恩や坂東先輩の体にほとんどぶつかるかのようにすり寄りつつ移動しているのだ。


「これだけ混みあっているからしょうがないけど、俺のすぐそばを歩いていく女の人たちの体が俺のおっぱいやお尻に当たっていくんだよなあ。まあ、みんな『すみません』とか『ごめんなさい』とか言ってくれてるからいいけどさ」


「我輩にもぶつかってくる人がいたが移動する人が通りやすいように吾輩がちょっと体をねじったりしたからか、『ありがとうございました』とか言ってる人もいたな。ただ何でだろう? ぶつかってくるのは女の人ばかりなんだが……」


「そういえば坂東先輩や有恩ほどじゃないけど、僕にも時々女の人がぶつかってくるかな。この体になってからお尻や胸が出っ張ってるからぶつかられるのもしょうがないのかな」


 有恩や坂東先輩のふたりはどう控えめに見てもおっぱいもお尻も大きいが、神賀はお尻はともかく胸のふくらみはささやかである。ささやかであるのだが、とりあえず昔のホモサピエンス系人類の男だった時よりは胸が出ているのであるのは確かなので、それを指摘する者は居なかった。


 まあ、心の中では大いに指摘しまくっていたのであるが。


「……先輩たち、もしかして気づいていないんですか?」


 TS研究会の男たちの会話を聞いて、ため息とともに発言したのは尾歩都であった。ちなみに尾歩都は庵手部長と小荒阿良子のふたりに挟まれるような位置に立っていた。意図してである。


「気づいてないとはどういうことだ? 我輩、何か見落としているか?」


「おい、尾歩都。じらすなよ。俺たちが何に気が付いていないんだって?」


「尾歩都君、今は緊急事態の真っ最中なんですから、何か気が付いたことがあったのならすぐに言ってください」


「そうよね。文芸部の部長としての責任もあるから、ボクも尾歩都くんが何に気が付いたのか知りたいな」


「うーん、あー、もしかして、アレかな? 私も本音を言えば有恩君の今の体なら触りたいし」


「「「「 !? 」」」」


 阿良子の発言に驚きつつもなんとなく尾歩都が言いたかったことに気が付いた4人であった。


「尾歩都君、もしかして僕たちはチカンにあったのですか?」


「やっと気が付いたんですね。今の日本人の男たちはチカンをする側じゃなくてされる側っていうのを自覚してください」


「もしかして尾歩都くんがボクや阿良子の間に挟まれるような位置に立っていたのって、チカンから身を守るためだったの?」


「当たり前ですよ。佐夢は不特定多数の女の人に勝手に体を触られるのは嫌ですから」


 尾歩都はドヤ顔で小さな胸を反らすのだった。それに伴って神賀会長の成長し切った貧乳ではない、未来のある成長前の尾歩都の貧乳が誇らしげに小さくぷるんと揺れた。


「うわぁ、チカンに触られていたと思うと今さらながらに寒気がしてきた」


 有恩が体の前でクロスした両腕でその豊満な胸を隠すようにして自分の両肩を抱くと、ブルブルと震えるのだった。


「TS研究会に身を置く者としてこの状況を予想できなかったのは一生の不覚ッ! 我輩、今までいったい何を活動してきたのかッ!!」


 対して坂東先輩はその場にしゃがみこんで頭を抱えながら嘆いていた。


「坂東先輩、それは僕も同じですよ。TS研究会会長失格です」


 フィクションとしてのTS(性転換)を読んだり、自分でも色々と考えて執筆したりといったことは常にしているTS研究会の面々であるが、いざ自分がTSトランススピーシーズして男ではあるが、胸におっぱいが付いていてお腹に赤ちゃんを入れる育児嚢がある有袋人類になったことを、本当の意味で理解していなかったのではないかと嘆くのだった。


 まあ、尾歩都は理解していたようであるが。


「神賀君、ほら、私の隣に来なさい。女のボクの隣にいたほうがチカンというか痴女? も、やって来ないだろうし」


「うーん、そうさせてもらおうかな。じゃあ庵手部長、隣、失礼します」


「まわりにアピールできるようにボクと腕でも組んじゃう? あの、神賀君が嫌じゃなければ……」


 神賀に対して恋している庵手部長はこのチャンスを逃してなるものかと神賀にアプローチする。そのほほは赤く染まっているが、日焼けと見分けがつかなかったので神賀は気が付くことが無かった。朴念仁である。


 しかしこれがきっかけで将来的に庵手部長と神賀はつきあうことになり、最終的には結婚までしちゃうのであるのだから男女の仲は分からないものと言える。


「喜んで腕を組ませてください。チカンされるのは嫌ですから」


 庵手部長の恋心に気が付いていないので、神賀は何の戸惑いもなくスッと庵手部長と腕を組んだ。


「じゃあ俺は小荒さんと腕を組ませてもらってもいいかな?」


「私はかまわないわよ。でもチカンからは守ってあげられるけど、私が有恩くんの体を触っちゃうかもなんだけど、それでもいいの?」


 阿良子は自分の気持ちを隠すことなく有恩に本音をぶつけた。津波が来るかもしれないというある種の極限状況において自分を偽る気持ちになれなかったのだ。


「うーん、知らない女の人に勝手に体を触られるよりは、よく知っている小荒さんに触られるほうがマシかな」


「じゃ、合意の上ということで」


 こうしてこのふたりもまたこのことがきっかけでつきあうようになるのであった。


 しかしそうなるとあぶれてしまったのが坂東先輩である。さてどうしようと坂東先輩が悩んでいると、尾歩都が坂東先輩に声をかけてきた。


「坂東先輩は尾歩都と腕を組みましょう」


「え、それ、何か意味があるのか? チカンよけということなら我輩も女の人とペアになったほうが良いような気がするのだが」


「以前でしたら百合カップルの間に男が入ることは出来ませんでしたけど、今なら薔薇カップルの間に入れる女の人なんていませんから大丈夫ですよ」


「うーん、まあそういうものか。じゃあ、尾歩都よ、我輩と腕を組んで薔薇カップルぶりをまわりに見せつけようではないか?」


「いいですよ。なんだったら佐夢とキスでもしてみます?」


 その尾歩都の言葉に少しうろたえる坂東先輩と、思いもかけぬ展開に目を見開き脳内録画機能をフル稼働させる庵手部長と阿良子であった。


 そのふたりの股間の出産管はうねうねと動き始めていたとかいないとか。


「ふ、あたしの御厨くんに対する態度は正しかったということね」


 御厨修武を後ろから抱きしめている武宇羅美須美はふんすと鼻を鳴らす。


「美須美ちゃん、それ結果論だから」


 だが、そう言う御厨の顔はまんざらでもなかった。


 まったく、津波警報が発令されて避難中だというのにのんきな奴らであった。


 しかしそんなのんきな雰囲気とは無縁な者がふたり居た。留学生のエレノアとジェイコブである。ふたりはずっと海岸のほうを見ていたのであるが、やがて水平線の向こうから水の壁が迫ってくるのを見つけてしまったのだった。


「……アレハ モシカシテ ツナミ?」


「オー ジーザス!!」






 さて、その頃というか日本が割れた海と暴風により世界から隔離されたちょうどその時、日本を除く世界中で青い光の柱の姿で顕現した神がいた。


 日本では三貴神の末の弟神として知られる大海原と風を司る神ということで、ひいては海外を担当する神となっている。そして海外の各所では聖書の神やインドや中国にヨーロッパの古き神の主神として知られる神であった。


 その神が日本以外の人々に向かって次のように語りかけたのだった。


『あー、俺だ。お前たちのあらゆる宗教において主神とされている神だ。まあ本来は日本の神で、その中では主神でも何でもないある意味中級神クラスの神なんだが、日本以外では俺よりも位の高い神が居ないので、俺が主神ということになっている』


 と、まずは各宗教を信じる人にしてみたら、爆弾発言もいいところな発言をかます。この段階で何人も気絶する人たちが続出したという。


『俺の父神が日本でやらかしたことを、父神に代わって謝罪したい』


 神が人間に対して謝罪するという異常事態に、さらに気絶する人が続いた。


『日本人の少子高齢化を解決する為とはいえ、日本人のすべてを有袋人類へと変化させるのはさすがに俺でもやりすぎだと思うのだ。しかしまあそれはいい。問題なのは日本人が有袋人類へと変化した時についでに付着してきた脳肥大化ウィルスだ』


 ここにこうして神により脳肥大化ウィルスというものの存在が明らかにされた。


『現在、世界各地で脳が肥大化しすぎて産道を通ることが出来ずに母子ともに亡くなってしまった例が報告されていると思う。このまま脳肥大化ウィルスを放置していては今まで通りのホモサピエンス系の人類は滅亡への道を歩んでしまう。事実、脳肥大化ウィルスが存在していた異世界ではこの地球と同じ有胎盤哺乳類は一部を除いて絶滅している』


『よって俺は世界中の気流と海流を制御して脳肥大化ウィルスを日本の地に封じ込め隔離することにした。しかし俺の力をもってしても永久に日本を隔離状態にすることは出来ない。およそ1000年と見てもらいたい。1000年の間は日本の地に脳肥大化ウィルスを隔離しておこう』


『そしてお前たちには課題を与えよう。1000年後、日本の隔離が解けたときに脳肥大化ウィルスに対抗できるよう、ワクチンを作るなり、遺伝子治療による人体改造をするなり、お前たちに可能な方法で技術を開発して欲しい』


 ここに神により遺伝子工学が公認されたのだが、これは以後1000年の間にとんでもない状況を生み出すのであるが、神はそのことを知らなかったし予測もしなかった。単にこの神が性格的に細かなことを気にしないタイプだったからである。


『なお、日本を隔離する方法だが、日本周辺の海を割り、暴風を起こすことによって隔離するので、太平洋全域で津波に気をつけて欲しい。まあ以前に俺が起こした大洪水に比べたらかわいいものだから大丈夫だ』


 比べる対象が間違っていると大半の人々が思ったのだが、それを指摘しようと思った時には神の気配は完全に消えていた。


 そして自らが信じる神が最高神ではなく、日本の神々の中において中級神であるということにショックを受け、正気を無くした人の中に某超大国の大統領が居たりしたのが不幸の始まりであった。


『汚物は消毒だッ!!』


 その日、発射可能なICBM(大陸間弾道弾)のうち、日本に照準を変更できるものが一切の遠慮なく発射されたのだった。

最近は、読みたい小説も多く、見たいアニメも多いので困りものですね。(本音は嬉しい)

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[一言] まさかの日本神話の中級神が海外の諸神話の主神という設定。読者サービスってやつですね! そして千年後……。
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