第18話 海が割れる日
ちょっと間が空いてしまいましたが、母親の入院とそれに続いて鬼籍に入ってしまったということで事情を察して下さるとありがたいです。昨年末で四十九日も明けたので、久しぶりに投稿しました。
「いやあ、びっくりしちゃったわよ。ボクの家で飼ってる犬が一晩で有袋類のフクロイヌ? になっちゃうんだから」
「庵手部長のところもですか。実は私の家の三匹の猫ちゃんたちもフクロネコ? に変化してしまったので、毛皮の模様も変わって見た目がもう区別つかなくなったので大変でした」
「阿良子のところも大変だったんだ。なるほどねえ。多頭飼いしてると、そういう問題も出てくるんだ」
などと話しているのは文芸部の部長の庵手絹子と、同じく文芸部に所属する二年生の小荒阿良子である。
先日、日本政府からの告知通り新月の晩に日本国内のすべての陸生有胎盤哺乳類が有袋類へと変化したのだが、ペットとして犬や猫を飼っている人たちにしてみたら大事件であった。
既に日本人自身が有袋人類化しているとは言っても、それとこれとは別問題である。
そもそも有袋類と化した犬や猫はどうやって飼育すればよいのか? それどころか畜産農家が飼う牛や豚が変化した牛に似た有袋類や豚に似た有袋類は、今までの設備のままで飼うことが出来るのか? 不安は尽きない。
新月の晩以降、ネット上では真偽も分からない様々な情報が飛び交っていた。
まあ、すぐに日本政府から例によって神様情報という名の真実の情報が公開されたので、混乱は少しずつ落ち着いてきていたのだが、それでもおさまりきらない混乱は存在した。
「人間と違って、袋があるのが雌っていうのが混乱するわよね。ボクの家で飼ってる犬は雌なんだけど、有袋類になったとたんにお腹に袋が出来ちゃったでしょ? 一瞬、『あれ? 雄になっちゃった?』って思っちゃたもん」
「あ、分かります。私の家の猫ちゃんたちはみんな雄なんですけど、『有袋類になったのに何でお腹に袋が付いていないんだろう? もしかして家の子たち実は雌だった?』って勘違いしちゃいましたよ」
ハッハッハ、とお互いに苦笑いを浮かべながら会話する庵手部長と阿良子であったが、そういった勘違いというか誤解を持ったのはふたりだけでは無い。
有袋人類化した日本人たちは男のお腹に袋、つまりは育児嚢があり、女のお腹には袋が付いてない。同じ有袋類仲間でも、他の有袋類の動物たちと有袋人類では育児嚢が付いている性別が違うのである。
最も身近な有袋類が自分たち人間となった現在、他の有袋類の動物の雄のお腹に袋が付いていないのを見て混乱する人々が続出したとしても無理はない。
そして今、文芸部員たちが居る海水浴場の砂浜でも、そういった誤解をする人々が続出していたのであった。
「ワタシハ オンナノコ デース」
怒った口調でそう言っているのは一応は文芸部に所属している形になっている留学生のエレノア・キャバロである。
文芸部の面々はもちろん、留学生のエレノアやジェイコブも全員が水着に着替えていたのだが、エレノアの水着だけがちょっと、いや、かなり目立っていたのだった。
神賀や坂東先輩、そして有恩や尾歩都や御厨も、ワンピースタイプの水着を着ていたのだが、ただ一人、エレノアだけはセパレートタイプの水着を着ていたのだ。より詳しく言うなら青色のビキニである。
ぼっきゅっぼんとした恵まれたスタイルの持ち主であるエレノアがビキニを着ているのだから目立つのは当然と思うなかれ。体形がどうあれ、今の日本においてはそもそもビキニタイプの水着を着ること自体が目立つ理由なのだ。
有袋人類の男性のお腹には育児嚢が付いている。その入り口の位置はちょうどホモサピエンス系の人類のおへその位置にある。そして有袋人類の胸にはおっぱいが付いている。その骨盤は育児嚢の中で育つ赤ちゃんを支えやすくするために広く発達しており、パッと見にはホモサピエンス系人類の女性に見えなくはない。
逆に言えばホモサピエンス系の人類の女性であるエレノアは、有袋人類の男性に見えるということだ。
そんなエレノアがビキニを着ているのだ。周りにいる有袋人類の女性たちが「おおっ」と注目するのも無理はない。
なにせ有袋人類の男性の育児嚢の入り口の視覚情報は、有袋人類の女性にとっては性的興奮を誘引するのだから。
つまり言ってみればビキニを着た今のエレノアの姿というのは、遠目に見たらある意味第二の性器そのものでもある育児嚢をさらけ出している有袋人類の男性に見えてしまうということだ。
わかりやすくホモサピエンス系の人類の女性に置き換えて説明すると、下半身むき出しの半裸状態で砂浜に立っているようなものということであろうか?
というわけでビキニを着ておへその部分をむき出しにしているエレノアを見て、有袋人類のエッチで淫乱で誘っている男子が居ると思った有袋人類の女性たちが情欲に駆られてエレノアの元までやってきて、その股間のすっきりした様子とお腹に育児嚢ではなくおへそが付いているのを見てようやくホモサピエンス系人類の女性であると理解して去っていくという繰り返しが発生していたのだ。
エレノアでなくとも怒りたくはなるだろう。
「エレノアさん。だからビキニを買うのはやめておいたほうが良いですよと忠告したじゃないですか」
一緒に水着を買いに行った神賀がため息とともにそう言った。ちなみに神賀が着ているのは可愛らしい水玉がプリントされたピンク色のワンピースだ。股間に付いている男性器の小さなもっこりを隠す為のフリルでミニなスカートが付いているのが、胸が平たい、いや、ささやかなふくらみがプリティーな神賀に良く似合っている。
「デモ ビキニ ハ トテモ ヤスカッタ デース」
そう、エレノアの言う通り、水着売り場におけるビキニの価値は暴落というにも程遠いほど値下がりしていた。その価格は高くて数百円、安ければなんと驚きの1円である。正直、有袋人類化した日本人は絶対に買わないデザインなので、買うのは外国からの旅行客か日本国籍を持たない居住者ばかりなのだ。
「まあ、いいではないか。我輩は思うんだが、エレノアはお気に入りのデザインのビキニの水着がを安く買えた上に着れて良かったし、周りの女性客は一時的とは言え、半裸の男性が居ると誤解出来てそれなりに嬉しかっただろうし、水着を売っていた店も不良在庫を処分することができて良かったはずだ。つまり全員がwin‐winな関係ってやつじゃないのかね」
そう言って黒いワンピースな水着を着た坂東先輩はエレノアを擁護する。するとそれに乗っかって今度は真っ赤なワンピースな水着を着た有恩も話し出した。
「そうだぜ。考えてもみろよ。俺や坂東先輩はお腹の育児嚢を隠す為に、しょうがなくワンピースタイプの水着を着ているけど、この胸の大きさでワンピースの水着はちょっときついんだかなら。俺と同じくらいの巨乳のエレノアさんも、ワンピースの水着なんか来たら胸が圧迫されて苦しくなるってもんだ」
「ミズギノ ワンピースハ チョット オッパイガ クルシイ デース」
「どうせ僕は胸が小さいですから、その辺の事情は分からないですね」
「神賀先輩、気を落とさないで下さい。佐夢がついてます」
「尾歩都くん……」
神賀と同じく胸がささやかというか、はっきり言えば貧乳仲間な尾歩都佐夢が神賀をなぐさめていた。しかし……。
「あ、でも神賀先輩の胸と違って佐夢の胸は未来がありますからね♪」
そうなのである。神賀の胸はすでに成長しきって完成された貧乳であるのに対し、尾歩都の胸は発育途上の貧乳なのであった。同じ貧乳でも月とスッポンほどの差があったのだ。
「尾歩都くん、君はもう少し先輩に対する忖度というものを学んだほうが良いんじゃないでしょうか?」
神賀は引きつった笑顔を浮かべながら尾歩都を教育したのであった。そして怒れる神賀の矛先は文芸部の女子たちにも向かうのであった。
「それはそうと庵手部長! それに小荒さんに武宇羅さん! みんなもエレノアさんをちらちら盗み見るのは止めて下さい」
「だってしょうがないじゃない。ボクだって理性では分かってるのよ。エレノアさんは男子じゃないって。でもどうしてもエレノアさんのむき出しのお腹に視線が向いちゃうのよ」
「ああ、ごめんなさい。私も視線を向けたくて向けてる訳じゃないんだけど、これが有袋人類の女性の本能なのかしらね」
「御厨くんというものがありながら、なぜあたしはエレノアさんのお腹を見てしまうのかしら。御厨くん、あたしを見捨てないで」
と、庵手部長に小荒阿良子、そして武宇羅美須美といった文芸部の女子たちがそれぞれ言い訳をしているのを見て、男子たちは思ったのであった。
『『『『『(有袋人類化した)女ってバカだなあ……』』』』』
有袋人類化した日本人の男女の立場はこういうところでも逆転しているのであった。
「しかし我輩としては女子たちの気持ちも分からなくもないがな。我輩も以前、まだホモサピエンス系の人間だった頃は、肌色のスパッツを穿いた女性を遠目に見て、『もしや下半身が裸なのでは?』と期待して近くまで寄ってみた経験があるからな」
などとその場の雰囲気を台無しにするような坂東先輩の言葉を聞いて、エレノアは思っていた。
(『なるほど、有袋人類化した日本人の女性は、ホモサピエンス系の人間の男性並みにバカということなのね』)
まあ言葉には出さなかったのだが。
「よーし、じゃあ女子組とジェイコブ君は、沖のあのブイのところまで競争よ。負けた人が買い出し係ね」
有袋人類化した女性たちは筋力が増強され体格も大きくなっているので、ある意味体力を持て余していた。というわけでひとしきり海に入ってキャッキャウフフと男女で遊んでいた面々であるが、昼の食事や飲み物などの買い出しに行くという話になって、なぜか女子組とジェイコブによる水泳競争が始まったのであった。
「ふふふ、私は部長相手だからと言って忖度なんかしませんからね」
「あら、言うわね。阿良子には部長の威厳というものを見せてあげるわ」
庵手部長と阿良子が熱く語っている一方で、武宇羅美須美は御厨修武を後ろからがばっと抱きしめつつ駄々をこねていた。
「御厨君、あたし、御厨くんと離れたくない」
「美須美ちゃん、僕が応援するから頑張って! もしも美須美ちゃんが勝ったら何でもしてあげるから♪」
「何でもッ!? あたし頑張るッ!!」
なお余談だが、ここで美須美と御厨のおバカな会話を聞いて、エレノアはさらに先ほどの認識を深めたのだった。
「ミナサン ボクノコトヲ ワスレテイマセンカ ?」
さて、ここでジェイコブ・オーロックが、その黒光りする見事な体格を誇示するようにポージングしながら不敵に笑うのだった。
「え、もしかしてジェイコブ君って水泳得意なの?」
「アンテブチョウ ボクハ ジモトノ ハイスクール デハ ユイイツ 25メートル オヨグコトガ デキタ オトコ デス。 スイエイハ トクイ デスネ」
ふふんと鼻を鳴らして自慢するジェイコブだったが、彼の言葉を聞いた水泳競争には関係ない男性陣のうちTS研究会のメンバーと、水泳競争には関係ないエレノアは少し離れた場所で円になり、こそこそと小声で会話するのだった。
「ジェイコブ君、25メートル泳げたくらいで自慢してるけど、それって自慢できることなんでしょうか?」
「俺が思うに、確かアメリカの高校では水泳教育に力を入れていないそうだから、いわゆる井の中の蛙ってやつじゃないのか? エレノア君、その点はどうなんだ?」
「ウオンサン ジェイコブノ ハイスクール ノコトハ シラナイデスケド ワタシノ ハイスクール ニハ プール ハ ナカッタ デース」
「我輩が思うに、もしかしてジェイコブの奴は海で泳いだことが無いんじゃないかな」
「まずいですよ。坂東先輩。たかだかプールで25メートル泳げたくらいで、いきなり海で泳いだら、下手すれば事故になってもおかしくないです」
「うむ、神賀の言う通りだ。仕方がない。おい、尾歩都よ。お前が持っている浮き輪をあいつに貸してこい」
「でも、この浮き輪、佐夢がファッション用で使ってるおもちゃですから安全性は低いですよ」
「尾歩都くん、それでも無いよりはマシです。何とか君のかわいらしさでジェイコブ君にその浮き輪を使ってもらって来てください」
「そうですか、神賀先輩も佐夢のことをかわいいと♪ まあそこまで言われたらやらないわけにはいきませんね」
というわけで尾歩都は手にした浮き輪を持って、今まさに水泳の競争をしようとしている女子たちとジェイコブ、そして美須美に抱き着かれている御厨のもとへと向かうのだった。
「ジェイコブさん♪ 脱いだら筋肉がすごいんですね。佐夢、見とれちゃいました♪」
「ハハハ アリガトウ ゴザイマス」
「あの、その筋肉、触ってもいいですか?」
「モチロン イイデスヨ」
「では、触りますね。ああ、とっても固くて力強そうな筋肉ですね」
と、言いつつ尾歩都は演技か本音なのか知らないが、うっとりとした表情をしつつ体をジェイコブに寄せて、そのおっぱいを擦り付けるのだった。
貧乳とはいえ、おっぱいはおっぱい。それなりにふにゅッとして柔らかいその感触がジェイコブの皮膚から神経を伝って脳にピンク色の刺激を与えるのにそれほど時間はかからなかった。
そして有袋人類の男性は、おっぱい以外の部分も柔らかいのは言うまでもない。それを分かっている尾歩都は足や手も絡ませつつ体全体を擦り付けるようにし始めた。
こうなると健康なホモサピエンス系の男子であるジェイコブはもうメロメロである。
(そういえば日本に来てから有袋人類の女性ばかりと接触してきて、男性とは未接触でした。この際、尾歩都くんと身体的な接触をするのも、有袋人類化した日本人の調査ということで任務の内ですね)
と、自己を納得させたジェイコブは、尾歩都からの接触を嫌がることもなく、むしろ自分から手を出して逆に尾歩都の体を触り出したのだった。
「あん♡ ジェイコブさん、そこはダメです♡」
ダメと言いつつ、体を離すわけでもなく、むしろさらに擦り寄せていく尾歩都。周りの見てる側からすると絶対にわざとやってるだろうことがまる分かりなのだが、当事者のジェイコブにしてみたらそれが分からない。悲しき童貞というやつなのかもしれない。
「オオ オポツ クン ハ オトコナノ二 コノ ヤワラカサ ニオイ モ イイ デス」
などと、ジェイコブが新しい扉を開けつつある頃、ようやく尾歩都はジェイコブの体から離れて、いよいよ浮き輪を差し出すことにしたのであった。
「ジェイコブさん、こんなにすごい体を見たのは佐夢、初めてです。ジェイコブさんの筋肉にもう佐夢は惚れてしまいました。ええと、簡単に言えばジェイコブさんの体を好きになりました」
「アリガトウゴザイマス オポツサン モ カワイイ デスヨ」
「あの、ジェイコブさん。これを受け取って下さい」
「コレハ?」
「佐夢が使っている浮き輪です。もしもジェイコブさんが溺れたりしたら、佐夢、泣いちゃいます。だからこの浮き輪を着けて泳いでください」
「ウーン ボク ハ オボレナイデスヨ」
「佐夢もジェイコブさんなら溺れたりしないと思いますけど、もしものことがあったら困ります。それにジェイコブさんのその体なら、むしろ浮き輪というハンデが無いとフェアな競争にならないです」
「ハンデ デスカ ナルホド ソウイワレタラ ツカワナイト イケマセンネ」
それまでの一連のやり取りを見ていて、ジェイコブ以外の者は皆、ホッとしたのであった。
そしてTS研究会のメンバーに向かってグッと親指を立てた右手を突き出す尾歩都。その顔はもちろんドヤ顔である。これは後ほど対価がすごいことになりそうだ。
さて、それではいよいよ昼の食事や飲み物の買い出し係を決める水泳競争が文芸部女子とジェイコブの間で始まろうかとしたその時、その場に、いや日本全土のみならず世界全体に神様の声が響き渡ったのであった。
『あー、日本の民草たちよ。そして全世界の民草たちよ。俺は神である。事情はこれから説明するが、今から海を割り、気流を操り、日本の国土そのものを世界から隔離する』
そして日本の排他的経済水域の境界に沿ってぐるりと日本の国土のすべてを囲むように海が割れたのであった。
唐突ですが、次回が本編最終回、その後にエピローグを1話分予定しています。
いや、予定よ。予定。早く終了して、『服のおさがりを拒否した結果、性癖がゆがんだ件』の続きも書きたいし。




