第15話 さわりさわられ + 一神教の神様の正体
終わり方が見えてこない。いや、デウスエキスマキナ的というか、水戸黄門の印籠的な終わらせ方なら見えているんだけど、そうするしかないかなあ。
「オナカ ノ フクロ ノ イリグチ ガ カタイ デース!」
男子トイレの個室の中、とは言っても扉は閉まっていない。有恩が便座に座り、それに相対する位置にエレノアが立っている。
有恩はブレザーとブラウスのボタンを外して、前をはだけている。お腹の袋が見えているのはもちろん、ブラジャーに包まれた大きなおっぱいもエレノアの目の前にさらしていた。
有恩は男、エレノアは女、しかし両者ともにおっぱいを持つ者同士なので、お互いに恥ずかしかったり興奮したりということは無い。
また有袋人類の女の子が、男の子の腹についている育児嚢の入り口を見たりしたら、それこそ性的な興奮状態になってしまうところだが、幸いにもエレノアは有袋人類ではない、普通のホモサピエンス系の人間の女子であるからして、有恩のお腹の袋を見ても性的な興奮状態になることは無い。
しかし性的な興奮状態になることは無くても、別な意味で興奮していた。生で有袋人類のお腹の袋を初めて見たのだから、まあ当然の反応であろう。
「お腹の袋と言っても、ただお腹に袋が付いてるだけじゃないんだよ。袋の入り口には括約筋という筋肉があって、自由に閉めたり開いたりできるんだ」
「カツヤクキン?」
有恩の説明ではよく分からなかったエレノアはきょとんとした顔をする。するとすぐさま個室のすぐ外に控えていた神賀がスマホを操作して括約筋の英訳を表示させてエレノアに見せるのだった。
「ほら、エレノアさん。括約筋を英語に訳すと『sphincter』だって、これで分かるかな?」
「オー sphincter ナルホド デース」
なるほどとは言っているが、単語が分かってもその意味が分からないエレノアは、さらに自分のスマホを操作して『sphincter』の意味を検索する。
「……ツマリ オシリ ノ アナ ト オナジ ナノ デスネ」
括約筋の意味を理解したエレノアは一瞬、何とも言えない顔つきになる。
「実際にはお尻の穴よりも柔軟性があるけどな。ほら、こんな具合にさ」
有恩は育児嚢の入り口にある括約筋を意識的に緩めてだらんとさせると、そのまま袋の入り口に左右の人差し指と中指の計四本の指を差し入れて、ぐいっと大きく広げた。
「ワオ ソンナニモ アナ ガ ヒロガル モノ ナンデスネ」
「そりゃあ普通の今まで通りの人間の新生児くらいの大きさの赤ちゃんが入ったり出たりすることが出来る大きさまで広がらないと意味ないからな」
「フクロ ノ ナカ サワッテモ イイデス ヨネ?」
エレノアは『いいですよね?』と聞いているが、実際のところは『触るわよ。いいわよね』という意味で言っているというのが口調というか雰囲気で有恩には分ってしまった。まあ、エレノアは自己主張の国、米国で生まれ育ったのだからしょうがない。
「ここは一番敏感なところだから優しく触ってくれよな。間違っても袋の中の乳首とか乱暴にいじらないように」
有恩はそう言ったが、それがフラグになることを恐れていないのだろうか?
「シンパイ シナクテモ イイ デース チクビ ヲ ヤサシク イジル ノハ ジブン ノデ ナレテ イマース!」
TS研究会メンバーによる『おい、エレノア。普段、いったい何をしてるんだ』という周りからの突っ込みは無かった。なぜなら坂東先輩も神賀も有恩も、そして尾歩都もみんな家ではやってることだからだ。
逆に、『まあ有袋人類化した日本人の女の子よりは優しく触ってくれるかも?』なんて思って納得しかけたほどだ。
しかし彼らは日本人のピュアないじり方と米国人のワイルドないじり方の違いを理解していなかった。エレノアが『ヤサシク イジル』という時、それは日本人的には結構ワイルドないじり方であったのだ。(偏見混じりです)
種族の違いさえ小さく思えるほどの、日本と米国の文化的な違いであった。
「ソレデハ イクデース!」
そんな掛け声とともにエレノアの右手がズボッという音を立てるかの如くの勢いで有恩の育児嚢に突っ込まれた。先ほど『ヤサシク イジル』と言った口はどこに行ったのやら。
「うわわわッ!」
まさかそんな勢いで手を突っ込まれると思っていなかった有恩は、襲い来る快感と痛みに思わず声が出てしまった。
「ナルホド デース オナカ ノ フクロ ノ ナカハ スゴク アタタカイ デース」
「それはね、エレノアさん。有袋人類の赤ちゃんはものすごく小さく産まれるから、体温がすぐに奪われちゃうんだよ。だから育児嚢の中の皮膚には血管が多く集中していて、温度が高めになっているんだね」
すかさず神賀が解説を加える。
しかしその余裕があるなら、もっと優しくしなさいと注意すればよいのに。と、思うものは誰もいなかった。皆、『注意しても言うこと聞かないな。この娘は』と察していたので、無駄なことはしなかっただけということだ。
「血管が集中してるだけではなく、中に入れられた未熟児状態の赤ちゃんの動きがすぐに分かるように神経も集中してるからな。我輩も石鹸にまみれたぬるぬるの手で触られると思わず気持ちよくって声が出てしまうほどだ」
「坂東先輩ってお腹の袋の中が弱点ですよね」
「ははは、我輩だけではなくて尾歩都だって弱いじゃないか」
すかさずお互いを指でツンツンしていちゃつきだす坂東先輩と尾歩都。将来このふたりは結婚するのではないかという勢いだ。
「あ、あん、ああん♪ ダメ、ち、乳首、いじっちゃ、ダメぇ~」
「カンド ヨスギ デスネ ジャア コレハ ドウデスカ?」
有恩は育児嚢に突っ込まれたエレノアの右手が動くたびに艶やかな吐息を漏らし、喘ぎ声を上げていた。その袋の中ではいったい何が行われているのであろうか? だいたいみんな知ってるけど、あえて疑問形としておこう。詳しく書くと色々とまずいかもしれないし。
さて、そういうわけでさんざん育児嚢の中とそこにある四つの乳首をいじられまくった有恩は、息も絶え絶えな状況になってしまったのだった。
有袋人類の男性にとって最大の感度を誇る部分は男性器ではない。育児嚢の中であるのだ。有恩がそんな状況になるのも無理はない。
「よ、よーし、じゃあ次はエレノアさんの番だぞ。俺にエレノアさんのおっぱいを触らせてもらおうか」
何とか復活した有恩は前をはだけた衣服をきちんと直すと便座から立ち上がり、エレノアの後ろに回り込んで背後からエレノアのおっぱいを揉みだすのであった。
「アアン ウ ウオン サン サワリカタガ イヤラシイ デス」
ウオンがエレノアのおっぱいを揉みだしてしばらくすると、エレノアからも艶やかな声が漏れ出してきた。どうやらそこそこ感じているらしい。
もしも有恩が昔のままのホモサピエンス系の人類の男性のままであったなら、きっとエレノア本人がどう感じているかなど考えもせず、思いっきりの力いっぱいの強さでエレノアのおっぱいを揉みしだいていたかもしれない。
しかし今となっては男性ではあるものの有袋人類の男性であるからして、有恩もまた自分の胸に立派すぎるおっぱいを持つ身だ。毎晩入浴中や布団に入ってから自分のおっぱいを触っていることだろう。いや、絶対に触っている。
ということでどのような力加減でおっぱいに触るのが良いのか十分に理解している有恩は、それこそ微妙な力加減とソフトなタッチでエレノアのおっぱいを触っていたのであった。
「なるほど、おっぱいの様子は今まで通りの人間も俺たちのような有袋人類も同じ感じか。これが収斂進化の奇跡っていうやつだな」
さて、そんな感想を持った有恩であったが、それはそれとして、じっくりとエレノアのおっぱいを堪能したのだった。その後はその他のメンバーも交代でそれぞれの育児嚢をエレノアに触らせて、代わりにエレノアのおっぱいを触らせてもらったのだが、各人の感想は以下のようであったとさ。
【坂東空徒の場合】
「おっぱいは我輩のほうがはるかに大きかったな。柔らかさは同じくらいだったが、エレノアのおっぱいは金髪美人の割には小さすぎる。それから育児嚢の中の触り方だが、確かにエレノアの触り方も気持ち良かったが、尾歩都のほうの触り方のほうが断然気持ち良いぞ。というわけでまだまだだな」
坂東空徒、余裕の上から目線であった。
【神賀留宇太の場合】
「エレノアさんはアメリカ人としては貧乳らしいけど、僕からしたら巨乳だよ。なんだよあのおっぱい。貧乳を名乗らないで欲しいな。まあ、アメリカに帰国すれば貧乳扱いになるわけだから、エレノアさんが貧乳を名乗っても嘘じゃないんだろうけど……。あれ? じゃあ僕がアメリカに行ったらどうなるの? もしかして貧乳以下のいわゆる絶壁!? いやいやお腹の袋が付いてる分、僕のほうが希少価値は有るはず。落ち込むな、僕!」
神賀留宇太。絶壁ならぬ絶望の気持ちであった。
【尾歩都佐夢の場合】
「うーん、確かにエレノアさんのおっぱいはやわらかいですけど、つまりそれって育ち切ってるってことですよね。佐夢のおっぱいはまだ芯が固いですけど、それはまだまだこれから成長するってことだから、おっぱい勝負は佐夢の勝ちですね。でも、育児嚢の中の触り方は坂東先輩よりもエレノアさんのほうが上手だったかも……。もしかして佐夢と同等? それともエレノアさんのほうが上手? なんだか悩ましいですね」
尾歩都佐夢、おっぱいが育ったとしてもエレノアの現状を上回ることが確定しているわけでもないのに、ポジティブ思考であった。
さて、一方、文系運動系それぞれの部活動が終了して生徒たちが皆下校する時間、留学生のエレノア・キャバロとジェイコブ・オーロックのふたりも連れ立って下校していた。向かうはそれぞれのホームステイ先……、ではなく、アメリカ政府が用意したマンションであった。
なんとなく察している方も多いと思うが、なんとふたりはアメリカ政府からの依頼を受けて短期留学生という身分でやってきたいわゆるひとつのエージェントなのであった。
臨時のではあるけど。
『色々と今の日本人の男たちと交流してみたけど、彼らと男女の仲になるのは無理ね。そもそも普通に女の子にしか見えないし』
まずは口火を切ったのはエレノアである。文芸部およびTS研究会のメンバーたちと交流した結果、そういう意見になったらしい。……サンプルに問題があったかもしれないが、それはまあしょうがない。世の中そういう偶然というものはあるものだ。
なお会話は例によって早口の英語で行われているので、まわりの人たちにその内容を気取られることはほぼない。万が一英語を聞き取れる人が居たとしても歩きながらの会話の全貌を把握するのは難しいだろう。
『ああ、俺も運動部の女子たちと交流してみたが、居たのは熱い闘いを挑んでくるような女子たちばかりだった。それにしても彼女たちの筋肉はすごいぞ。一見細身の女子でも見た目以上のパワーがある。筋肉の質が人間とは違うのかもしれん』
『で、有袋人類の女の子たちと男女の仲になれそうだった? ジェイコブ、あなた前にスポーツ好きの女の子が好みって言っていたじゃない』
『いや、無理を言うなよ。俺はゲイじゃないんだぜ。筋肉で暑苦しい女子たちとは仲良くなるには、俺はまだ修行が足りん』
『ということは、本国からの優先調査項目については、少なくとも一般的な性癖の持ち主には【不可能】ってことで良いのかしら』
『そうだな。新しく日本人と国際結婚して両国との懸け橋になれる人材はほぼ居ないんじゃないか?』
『新しくは無理よね。それこそ種族の壁が高すぎるわ。だって、結婚しても子供を作ることは出来ないんだもの』
『しかしまあ、既存の国際結婚カップルで既に日本国籍を取得してるやつは、日本人扱いで有袋人類に種族転換してるんだろ? だったら新しく国際結婚して法律上の日本人になれば、そいつも有袋人類になるんじゃないのか?』
『あ、それは無理みたい。最新のニュースを見てないの? 実際に日本人が有袋人類化してから日本人の男と結婚して日本国籍を取得したアメリカ人女性には何も肉体的な変化はなかったそうだから。もちろんアメリカ人男性と結婚した日本人の女も、有袋人類のままで普通の人間には戻らなかったそうよ。まあ実験としての偽装結婚だったからかもしれないけど』
『神の奇跡は一度だけということか』
『どうやら本国が危惧しているように、日本人たちとはもうお互いに真の意味では理解しあえない完全な別種族として生きていくしかないようね』
『あるいは極論として、どちらかの種族が滅亡するまで戦うか?』
『私、日本の文化そのものは大好きだから、そんなことにならないように祈ってるんだけど……』
『なかなか我らの神は答えてくれないということか』
『残念なことにね。本当に聖書の神様はどこで何をやってるのかしら』
そして日本政府中枢部の某所では、驚きの事実が明らかになっていたのであった。
「女神様、あなた様のお力には感服いたしました」
『なに、良い良い。日本人のすべてを収容しても余りある施設を作ることなどたやすいことじゃ。もういつでも地下世界の住人デビューができるであろう。はよう妾の住まう地下世界へと移住するがよい』
「ははーー。さっそく法整備をすませ一刻も早くそのように出来るようにいたします」
『ほほほ、待っておるぞ。ところでその他の懸念点とかは無いのかえ? せっかく妾がこうやって降臨しておるのじゃ。この機会に頼みたいこととか聞いておきたいこととかもあるじゃろうに』
「それでは恐れながら女神様、現在、脳肥大化ウィルスというものが世界中に蔓延しつつありまして、その脳肥大化ウィルス、有袋人類化した日本人にはプラスに働くウィルスなのですが、日本人以外の従来の人間や有胎盤哺乳類全般には悪影響を与えており、最悪、日本と世界中との争いになる可能性があるのですが、何とかならないでしょうか?」
『ふむ、その件については妾も懸念しておった。最悪の予想では世界中からの核攻撃を受けて日本人は全滅する可能性があったのじゃが、既に地下世界の居住環境が整った今、さほど問題視することでもなかろう』
「確かに我が国の迎撃能力を上回る飽和核攻撃を受けても、神様方が作ってくださった地下シェルターというか地下居住空間に移住していれば日本人は安泰です」
「しかし、このままでは脳肥大化ウィルスにより日本人以外の人間だけではなく有袋類を除いたすべての哺乳類が絶滅してしまいます。さすがにそれは寝覚めが悪いです。なんとか救済することは可能でしょうか?」
『ふむ、日本の国土に棲む獣たちがすべて絶滅するのは可哀そうじゃの。よろしい。今度の新月の晩に日本に棲むすべての獣たちを有袋類に変化させてしまおう。何、新月の夜は黄泉の国へと通じるところがある。妾の権能でなんとでもなる』
「え、すべての哺乳動物をですか」
『そうじゃ。熊に狐に狸に鹿や兎に鼠とか猿とかをすべて有袋類に変化させてしまおうぞ。既に絶滅している有袋類や、この世界ではない並行世界で進化した有袋類とかに変化させることもできるから、まあ何でもありじゃぞ』
「それはありがたいですが、日本人や日本に棲む動物たちだけではなく、世界中の人間や動物も救っていただけないでしょうか?」
『日本以外のことは妾の権能の範囲外じゃ』
「なんてことだ。それでは我々は世界が滅んでいくのを見てることしかできないのか」
「やけになった核保有国が日本を核攻撃するのは確定したな……」
「日本以外すべて全滅か」
『これこれ、何を悲観しておる。外国のことは妾の権能の範囲外じゃが、日本以外を司る神が居るから、そやつに頼むのが良いじゃろう』
「え、ということはキリスト教の神様とか、イスラム教の神様とかということですか?」
「なんと、日本以外でも神様は実在したのか」
『うーむ、何やら勘違いしているようじゃが、まあそやつを召喚してみればすぐに理解できるじゃろう。おーい、見ておるんじゃろう。はよう顕現せい!』
するとすぐさま闇の柱のそのすぐ横に、以前にも顕現した青い光の柱が現れたのだった。
『うぉーーん、は、母上! お会いしとうございました!!』
『これ、良い歳した神が泣くでない』
「あの、もしかしてこの神様は女神様の夫である男神様からお生れになった御姉弟の神様方の末の神様であらせられるお方では」
『そうじゃ、先日、皆の前に顕現した三貴神とも呼ばれている神の一柱じゃ。まあ大海原と風の神ということになっておるが、大海原も風も世界に繋がっておるからな。日本以外の世界担当の神ということになっておるのじゃ』
「え、つまりその、もしかしてキリスト教やイスラム教の神様とは……」
『ぐしゅん、ちーーん。うむ、失礼した。俺が外国では唯一神とされている神であるぞ。まあ、俺も父神様がやらかしてしまったこの世界への脳肥大化ウィルスの持ち込みを憂慮していた。とりあえず世界のことは俺が何とかしよう』
「まさか日本以外の神様すべてが、あなた様ということになるのでしょうか」
『さすがにそれは無いが、世界の宗教や神話の最高神は俺のことだ。聖書の神とかギリシャ神話の神とか、北欧神話にインド神話とか中国神話とか、マヤにアステカ、インカの神もな』
(どこか偉そうな感じだな)
(いや、神様だから偉そうで問題ないだろう)
「では、主神以外の神様はどうなってるんでしょうか?」
『うむ、それだが、俺を信望するキリスト教やイスラム教の信徒たちによって悪魔扱いされ出したので、みんな俺が常駐する日本に逃げ込んできているな。さらに言うなら共産主義の国からは神という概念そのものも否定されて追い出されて日本に逃げてきているぞ』
「え、つまり日本以外には神様は一柱もいらっしゃらないと……」
『まあそういうことになるな。ともかく外国のことは俺に任せてくれ。脳肥大化ウィルスも何とかなる』
というわけで日本政府は特大の爆弾情報を手に入れてしまった。【日本以外の神様全滅】という情報を。
例の末子の神様が実は聖書の神様だったんですね。ま、フィクションということで理解してね。




