第13話 留学生がやってきた +最後の神様
早く書いて巻きに入れと言われたような気がする。
「ミナサン コンニチワ。アメーリカ カラ ヤッテキタ エレノア・キャバロ デス。ヨロシク オネガイ シマース」
典型的な金髪碧眼のアメリカ人の女の子が、御有辺井高校の男子の制服を着て挨拶をしている。
そう、男子の制服である。間違いではない。なぜなら日本人のすべてが有袋人類化した今、かつてのスカートとブレザーといった組み合わせの制服は男子が着ているからだ。
というわけでかつての日本人がそうだったように、有袋類ではなく、有胎盤哺乳類としての人間の女子が高校の制服を着ようと思ったら、今の日本人の男子が着ている制服を着るということになる。
「コニチワ アメーリカ カラ リュウガク ノ タメ二 ライニチ シタ ジェイコブ・オーロック ト イイマス。ナカヨク シテクダサイ」
そしてもう一人、短く刈った黒髪と浅黒い肌をしたアフリカ系のがっしりとした体格の男子も挨拶をする。もちろん着ているのはズボンとブレザーという女子の制服だ。
「急な話で皆もびっくりしただろうが、有袋人類化した日本人のことを知りたいという各国の要請を受けて現在様々な分野で人を受け入れているが、日本各地の高校も短期間ではあるが留学生を緊急で受け入れることになった。このクラスではアメリカ人のエレノアさんと、ジェイコブ君のふたりだが、他のクラスにも各国からの留学生がやってきている。みんな仲良くしてやって欲しい」
担任の男性教師がかわいらしい声で説明する。アラフィフのオジサンなのに、見た目はかつての30歳くらいの女性にしか見えない。
「なお、注意点としてだが、トイレや更衣室、そして体育の授業等は、制服に合わせるということになっている。つまりエレノアさんは女子だが、ここでは男子トイレを使ってもらうし、男子と一緒に着替えてもらう。体育も男子と一緒だ。そしてジェイコブ君はその逆で、女子トイレを使うことになるし、女子に交じって着替えをしてもらうし、体育も女子とだ」
ざわッとする教室内。男子と女子が一緒にトイレや着替えっていいんだろうか? そんな疑問が生徒たちの頭の中に浮かび上がったのだ。
「ああ、ちなみにこれはうちに来ている留学生たち全員の意見だ」
「ソウデース ガイケン カラ カンガエテ イマ ノ ニホンジン ナラ オトコノコ ト イッショ 二 トイレ 二 イッタリ イッショ 二 キガエタリ シタ ホウガ イイ デス」
担任教師の言葉を受けて、エレノアは恥ずかしげもなくそう言った。
「ギャクニ イマ ノ ニホンジン ノ オンナノコ ト イッショ 二 トイレ トカ チョット ムリ デース」
教室を見渡して有袋人類化した今の日本人の男女の姿を見ながらそういうエレノアは、なぜか困惑というよりも楽しんでいるような表情を浮かべていた。
「ボク モ エレノア ト オナジ イケン デス。イマ ノ ニホンジン ノ オトコ ト イッショ 二 トイレ トカ キガエ トカ カナリ ハズカシイ デス」
留学生本人たちがそう言うのならそうなんだろうと、教室内にも理解の色が広がっていく。
「というわけだ。みんな。国際理解というか、種族間理解というか、ま、とにかくよろしく面倒を見てやってくれ」
担任教師がそう挨拶をして、朝のホームルームは終わった。
「オー ミナサン ミンナ キレイ デス。ホントウ 二 オトコノコ ナノカ イマデモ シンジラレナイ デース」
ホームルームが終わると、一限目の教師がやってくるまでのわずかな時間、エレノアは男子たちの輪に入って会話を楽しんでいた。
「ありがとう。ちょっと前までの僕だったら、綺麗だ可愛いだと言われることなんかなかったから、何か新鮮な感じですよ」
そう答えるのは神賀留宇太である。神賀は貧乳だが美人さんで、最近はちょぴり分かるか分からないかくらいのメイクもしているので、その美人さにも磨きがかかっているのだ。
「ソレニ ソチラノ ヒト モ オッパイ ガ オオキクテ ウラヤマシイ デース」
今度は有恩に声をかけるエレノア。確かに有恩と比べるとエレノアの胸は明らかに小さい。まあ神賀よりは大きいのは確かだが、アメリカ人基準で考えると、エレノアも本国では貧乳のグループに入るのかもしれない。
「いやいや、俺なんかまだまだだよ。でもそう言うならちょっと触ってみる?」
有恩はブレザーの前をはだけて、ブラウスに包まれたおっぱいをエレノアに差し出している。しばらく前のバイブレーター付のミルク飲み人形の件があってから、有恩の胸はさらに一回り大きくなっていた。そのボリューミーなおっぱいが、ぷるるんとエレノアの目の前に突き出される。
ちなみに神賀の胸も前よりは大きくなっているのだが、巨乳が1割大きくなるのと、貧乳が1割大きくなるのでは、同じ大きくなったと言ってもその結果は全く違ってくる。まあ、そういうことだ。
「オオー イインデスカ!? デハ サワラセテ モライマースッ!!」
嬉々として有恩のおっぱいを触り出すエレノア。
「ワーオ! トッテモ ヤワラカイ デース。 デモ ズルイ デス。オトコノコ 二 コンナ リッパナ オッパイ ガ ツイテイル ナンテッ!!」
なにか思うところがあるのか、エレノアは有恩のオッパイを持ち上げたりムニムニと揉んだり、やりたい放題だ。
「ワタシニモ コノ オッパイ ノ イチブ デ イイカラ ワケテ クダサイ」
じゃれあいというよりも真剣にそう思っているらしいエレノアの手に力が入る。
「うう、ああん」
途端に有恩の口から艶っぽい声が漏れだしてくる。もちろんそんな声を出せば教室中の注目を集めるのは必至だ。男子たちはどこか温かい目でその現場を眺めていた。
一方の女子たちは、性欲を刺激されたのか、どこか緊張した顔をして顔を赤らめている。股間を押さえている女子もいるが、筋肉で出来た出産管が反応して暴れているのだろう。有袋人類の女子、なかなかに難儀である。
「あう、エレノアさん。あんまり強く揉まないでほしいんだけど。強く揉まれたら父乳が出ちゃう、出ちゃうからッ!!」
注文をつける有恩であったが、止めてくれとは言わないところ、どうやら気持ちいいらしい。
「フニュウ? フニュウッテ ナニ デスカ?」
「エレノアさん、父乳っていうのは、以前で言う母乳のことですよ。つまりはオッパイから出てくるミルクのことです」
オッパイを揉まれる気持ちよさでまともに返事ができない有恩に代わって神賀がエレノアの疑問に答えた。
「オー ミルク デスカ!? モシカシテ アナタ アカチャン ウンダ?」
驚きのあまり有恩の胸を揉むエレノアの手が止まる。
「あー、気持ち良かった。ていうか、俺は男だから赤ちゃんは産めないよ」
エレノアの手が止まり、復帰した有恩が当たり前のことを答える。
「ソウデシタ ソウイエバ アナタタチ オトコノコ デシタネ。ジャア ドウシタラ ミルク ガ デテクル ノデス?」
エレノアの新たな疑問に対して、『さあ、どう答えたものか?』と、お互いに目線を交わし合う有恩と神賀であった。
エレノアの疑問に答える為には、有袋人類の生態について解説しなければならないのであるが、バイブレーター機能付きのミルク飲み人形のことまで話すとなると、少々話が長くなる。というか恥ずかしい。
「その件については放課後に僕たちが所属している文芸部内にあるTS研究会に来てくれたら詳しく話してあげるよ。な、有恩」
「ああ、そうだな。神賀の言う通り、TS研究会に来てくれたら詳しく具体的に話してあげられるよ。どう、エレノアさん。ちょっとここでは話しづらいし」
まあ、ミルク飲み人形というか、実質のところ大人のおもちゃ的なバイブレーター機能がついたそれをお腹の袋に入れたら気持ち良すぎて、その刺激で胸の方のオッパイが膨らんで父乳も出るようになった。という事情を教室の中で話すのはちょっと勇気がいる。
「ティーエス ケンキュウカイ? ナンデス。ソレハ?」
まあ、その手の趣味を持たない人、特に女性には意味不明な組織名であろう。疑問に思うのも無理は無い。
「TS研究会というのは、トランス・スピーシーズ研究会の略で、知恵ある人という種族から有袋人類という種族に転換した僕たち自身のことを研究する会のことですよ」
神賀は生徒会などに説明する時と同じいわゆる公式見解というものを説明したのだが、その実態は単純に以前の女性のような姿になった自分たちの新しい体の性的なポイントを探ったりするという活動内容である。
公式見解と実態の乖離も甚だしい。いわゆる詐欺である。
しかしエレノアは神賀の説明を聞いて、ひどく感動していた。
「スゴイ スゴイ デス。ソノ ケンキュウ ニハ トテモ キョウミ ガ アリマス。ゼヒ ハナシ ヲ キカセテ クダサイ」
エレノアは見事に騙されているようだ。
「じゃあ、放課後、案内するから僕たちと一緒に行こう」
「ヨロシク オネガイ シマース」
神賀とエレノアが意気投合したところで、有恩がまたエレノアに話しかけた。
「ところでエレノアさん。俺はおっぱいを触らせてあげたんだから、エレノアさんも俺におっぱいを触らせてくれないかな? ほら、種族が違うとおっぱいの感触も違うのかどうかという研究の為にも触らせてもらえないか?」
ただ単に普通の以前通りの人間の女の子のおっぱいを触りたいだけなのに、有恩はさもこれは高尚な研究であるというふうに言い換えている。まったくもって詐欺である。
「エ、ドウシヨウカナ? ウーン アナタタチ ガ オナカノ フクロ ヲ ミセテ クレルナラ イイデスヨ」
「やったー。約束だよ」
喜ぶ有恩。
「僕もお腹の袋を見せてあげるから、エレノアさんの胸を触ってもいいかな?」
「ソウデスネ ヒトリ ヨリモ フタリ カラ ミセテ モラッタ ホウガ イイカモ シレマセン」
「ありがとう。でも有袋人類の女の子たちは、僕たち男のお腹の袋の入り口を見ると性的に興奮して大変なことになっちゃうから、女子が居ないところでしか見せてあげられないけど、それでいいかな?」
「モチロン デース。タノシミ 二 シテイマース」
エレノア、ちょっと軽すぎる感じで有恩と神賀の『おっぱい触らせて』というお願いを承諾するのであった。
しかしなぜエレノアは、自分の胸を男に触らせることをこうも簡単にOKしたのだろうか? まあ確かに外見だけ見れば有恩も神賀も女の子にしか見えないから、同性同士という感覚になっているのだろう。あるいはおっぱいが付いているもの同士の気安さという感覚かもしれない。
しかし本当にそうなのであろうか? 有恩は、そして神賀も、そんな疑問を持つことは無かったのであるが……。
昼休みのことである。エレノアとジェイコブのふたりは英語で話し合っていた。
『ジェイコブ、私、文芸部の中にあるというTS研究会って同好会の連中と接触することにしたわ。なんでもホモサピエンスから有袋人類へと種族転換した現状について研究しているらしいのよ』
『ほう、それは俺たちの任務を達成するうえで有力な情報源になりそうだな』
『でしょ? ところでジェイコブはどうするの?』
『俺は色々な運動部に日替わりで体験入部することにした。有袋人類の身体能力を調べるのも任務のうちだからな』
『なるほどね。ところであなた女子トイレに入ったんでしょ? 何かわかったのかしら。私も男子トイレに入ったんだけど、男子トイレは全部個室だったから、特に面白いことは何もなかったのよ。まあ有袋人類の男の子たちは皆、個室で座ってするということが確認できたくらいかしら』
『面白いというか、気持ち悪いものというか、有袋人類の女たちが立小便をするのを見たんだが、出産管というらしいアレは、穴の開いた触手だな。信じられるか? うねうねと動くんだぜ。そしてその先からだらだらという感じで勢い無く尿が出てくるんだ。俺は思わずジーザスと口にしてしまったね』
ジェイコブは先ほどの女子トイレでの一件を思い出して顔をしかめていた。有袋人類の女子たちは、排尿の際は立ってする。もちろんジェイコブも立ってするのだが、チラリと隣の女の子が立小便をするのを見た際に、逆にその女の子が自分のしている様子を見られてしまったのだ。
彼のソレは大きくて長いので、手でうまく隠すこともできず、しっかりと見られていたのだ。その代わりジェイコブもその女の子の出産管から尿が出ているところを遠慮なくガン見することが出来たのでお互い様ということなのだが。
『やっぱり有袋人類は、私たちホモサピエンスとは全く別種の生き物ってことね』
『ああ、他の星からのエイリアンと同じと考えたほうがいい。両者の間で何らかの関係、特に男女間の関係を持つことはかなり難しいんじゃないかな。というかよっぽどの物好きじゃなければ無理だ』
『外見だけなら私たち人間とほとんど変わらないのにね』
『服を脱いだら全然違うということさ』
『そうそう、私、放課後にそのTS研究会のメンバーから、彼らのお腹の袋を見せてもらう約束をしたのよ。これはすごいでしょ』
『そうだな。有袋類と言えば、育児嚢、お腹の袋だからな。本国に詳しい報告ができるように祈ってるぜ』
などという会話を早口の英語でしていたものだから、まわりの生徒たちは誰もその内容を把握することが出来なかった。
さて、ここは例によって日本国政府の中枢部某所である。今日も今日とて政府のお偉いさんたちは休日返上でがんばっているのであった。
「例のシリンダー状の地下居住空間の各層に住宅と水道や電気などのライフライン、そしてして農場に生産工場、さらには商業施設などを急ピッチで建設中だ」
「しかし今のペースでは日本の全人口を収容できるまで建設の完了を待っていたら、何年かかることか……」
「最も早くて10年。遅ければ25年という試算もある」
「それでは間に合わん。各国から視察団体や留学生達が何のために来日していると思っているッ!」
「有袋人類である日本人を様々な角度から分析し、敵なのか味方なのかを判断する為だろうな」
「日本人自体には世界に対する敵意はこれっぽちも無いんだが……」
「例の脳肥大化ウィルスの発生源と推定されているらしいからな。日本というか有袋人類が」
「ま、事実なんだが」
「その脳肥大化ウィルスだが、従来の家畜やペットにも影響が出ているらしい。もちろん野生動物もだ」
「ということは、下手すると人間だけではなく家畜や野生動物も含めて有胎盤哺乳類は全滅かッ!?」
「地下の居住空間で家畜を飼育する計画自体を根本から見直さなくてはならんな」
「最悪、哺乳類以外の鶏やダチョウなどの鳥類だけで食肉を生産しなければならないのか」
「例えばだが、オーストラリアからカンガルーなどの有袋類を今後の食肉用家畜として輸入できないか?」
「確か大型のカンガルーはワシントン条約の規制対象外だったはずだ。いけるかもしれん」
「その他の有袋類に関しても、規制対象外の種はすべて輸入しておこう」
「ああ、従来の有胎盤哺乳類が全滅した後の生態系を作り上げるのに必要だからな」
「それにしても時間が無い。せめて1年以内に地下居住空間の各種施設の建設を終わらせないと」
「そうだな。核保有国、特に隣の大国からの消毒的核攻撃が現実のものとなりかねん」
「無茶を言うな。神様でもあるまいし、1年以内に各種施設の建設が終わるわけないだろうッ!!」
『ほほほ、では神である妾が手を貸せばどうであろうか?』
神々しくも禍々しい声がどこからともなく聞こえてくると、その場に黒い闇の柱がゆらゆらと立ち上ったのであった。
疑いようもなくまた別の神様のご降臨であった。
プロットなしで書いてるから執筆ペースは不定なのです。




