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第4話 追憶の葬い

 葬式の日がやって来た。

 昨日は1日、家の近くを回り、思い出に浸った。不思議なことに思い出すのに時間はかからなかった。栄田さん曰く、体そのものが情報でできていて、思い出したい情報は自由に移動できるため思い出すのに時間はかからないらしい。正直、何を言っているのか理解できなかったし、栄田さん自身もあまり分かっていないようであった。また研究機関で聞いてみよう。

 とにかく、僕は21年分の追体験をし、心は満たされた。正直に言えばもう成仏してもいいかもしれない。

 友人だった人の家に勝手に入ると、僕の写真を眺める友人だった人は、まだ僕を友人だと思ってくれていたようだった。もう5年以上連絡を取っていなかったが、僕の写真を見て涙をコボしてくれた。何人かの友人宅を栄田さんと周り、彼は「愛されてるね」と一言くれて、あとは無言でいてくれた。

 あちら側との別れに静かに付き合ってくれる彼は、終始悲しい表情で僕に寄り添ってくれた。言い方が気持ち悪くなったが、彼は紛れもなくイイ人だった。


 葬式が始まりそうである。

 両親は、今はもう泣いていない。遠くから来てくれたおじいちゃんもおばあちゃんも目が腫れている。中学校のお盆以来会っていないのに泣いてくれたのだろうか。叔父さんもいる。親戚だというのに何年も会っていなかった人ばかりだ。みんなはどんな感情なんだろう。哀しいのか、面倒だけど来てくれたのか。死んでるけどもう会えないんだから、せめて死に顔くらいは見ようか、って人もいるだろうか。

 両親や祖父母は笑顔で親戚や僕の友人の対応をしている。友人たちは葬式の作法とか知ってるんだろうか。僕の葬式を機に色々学んでもらえるといいかもしれない。と、思っていると、おばあちゃんが若者を集めて作法を教えていた。昔から世話焼きだったが、これほどとは思っていなかった。

 お坊さんがやって来た。父の部屋で休んでいたようだ。狭いリビングに飾られた僕の遺影に向けて何かをしている。僕たちは祭壇の横に立っていたが、お坊さんが時々こちらを見ているように感じる。

吉「あれ、こっち見えてるんですか?」

栄「いや、見えてないよ。感じる人も中にはいるみたいだけど、どれだけ鋭くてもこっちが触って初めてだよ」

吉「あとはおとといのビールのやつとかですか?」

栄「あれはそこらの幽霊ができることじゃないけど、まぁそうだな」

吉「難しいんですか?」

栄「難しい。んで消費も激しい」

吉「消費?あっち側に伝えるエネルギーですか?」

栄「サトいな。そうだよ。魄はエネルギーに変換できて、頑張れば此岸シガンの物に作用できる」

吉「寿命を削ったんですか?僕のために?」

栄「いいんだよ、少しだけだし」

吉「なんていうか、ありがとうございます」

栄「まあ隊に入ったら寿命なんてゴリゴリ削れるからさ、気にすんな」

吉「わかりました。また返せる機会があれば、この恩は返しますよ」

栄「よし、約束だぜ」

吉「そんな機会があればいいですが」

栄「たぶんすぐだよ、同じ地域を担当するはずだし」

吉「そうなんですか、受からなかったらすみません」

栄「いいよ、そんときゃそんときだ」

吉「そんな寂しいこと言わないでくださいよ」


 お坊さんがお経を読み始めた。何を言っているのか全く分からないし、聞いても成仏できるわけがない。みんなが痺れた足をさすっている。もう出棺してくれてもいいのに、長々と念仏を唱え続けるお坊さんは校長先生のお話を思い出させた。

 長い念仏の途中で、父さんが挨拶をし、焼香が始まった。焼香のときに僕の死体の口元を濡らす「死に水」というのもしていた。友人たちはおばあちゃんに教わった通りにしている。友人の列の中には昨日、家を見に行けなかった2人もいた。

 1人目は元カノだ。意外なことに参列してくれ、その目には涙が浮かんでいた。死に水の際、僕の口元に水をやりながら「まだ、好きだったよ」と小さな声で言った。別れを切り出したのは君なのに何故そんなことを言うんだ。君が僕を嫌いなったのなら仕方ない、と思い潔く別れたが、それは見当違いだったのか。僕はどこで間違えたのだろう。また後悔が増えた。

 2人目は唯一、仲が良かったと呼べる奴だ。死んだアイツと3人で笑いあった頃が懐かしい。目も鼻も赤くなっており、今もぽろぽろと大粒の涙を溢している。鼻水も汚いくらいに出ている。おばあちゃんが差し出したティッシュで鼻をかみ、焼香をする。手順はめちゃくちゃだ。「お前まで死ぬなよ」と死に水を寄越した。

 葬式とはこうも死者に死んだことを後悔させるものか。泣けるなら僕は声を上げてワンワンと泣いていただろう。全員の焼香が終わり、しばらくして念仏も止まった。

 みんなが棺に物を入れ始めた。懐かしいおもちゃ、愛用していたボールペン、大学の食堂でいつも食べていた安いうどんの食券。全部が懐かしく、もう使わない、使えない物たちだ。

 棺が閉じられ、父さんが出棺の挨拶を済ませた。

 お坊さんが、「多くの人に愛される素晴らしい人を亡くしましたが、きっと極楽浄土から見守っていてくれるでしょう」と両親に優しく話している。思えばあの長い念仏も、僕のために唱えていたくれていたのだ。校長先生の話なんて言って申し訳なくなる。校長も生徒のために話していたんだっけ、まあいいか。

 霊柩車のクラクションが鳴り響き、僕の使っていた茶碗が割られた。茶碗を割るという行為は、僕がもうこの世の人ではないことをありありと感じさせた。もうご飯は食べられませんよ、という意味だろうか。

 三大欲求のすべてが懐かしい。

 もう2晩も寝ずに過ごしている。栄田さんによると、三大欲求は全て無くなっているらしい。でも、愛はあるという。不思議な事だ。愛もホルモンの作用だと思っていた。彼女(元カノ)が死んだらホントの愛が?なんて考えが一瞬頭をよぎったが、彼女が死ぬまでたぶん60年くらいある。さすがに僕は消えているだろう。彼女の記憶からも。

 

 火葬場に着いた。

 初めて火葬場に来た。敷地は広く、建物全体に清潔感があり、エントランスも広い。知らない人が見たら火葬場とは思わないだろう。案内をしている担当者は感じがよく、焼かれる身としても気持ちが良い。火葬場に並んでいる火葬炉の扉は分厚く、エレベーターのように開閉し、その向こうには奥行きのある天井の低い空間がある。そのうちの1つに案内された。

 そこに棺が運び込まれ、分厚い扉が閉められる。

 もう一度焼香をするらしい。最後のお別れのようだ。もうみんな落ち着いているし、焼香を2回するのは理にカナっているのかもしれない。

栄「体が燃やされるのって嫌な感じだよな」

吉「腐るよりはマシかもしれませんが、気分は良くないですね」

栄「もっと生きたかったか?」

吉「そりゃそうでしょう」

栄「そりゃあいい。その気概は大事な強みだ」

吉「意思が魄体ハクタイの寿命に関係するんですね」

栄「そゆこと」

吉「後悔だらけですから」

栄「期待しても良さそうだな。このあと本部に行くから、えーと、まぁ、頑張ってくれ」

吉「応援ですか?不器用ですね」

栄「うるせぇ」


 死体が燃やされて出てきた。すかっり骨だけになった僕を親族が拾っている。両親の目には涙が浮かび、広い火葬部屋にすすり泣く声が響く。数人がつられて泣き始めた。

 僕のために泣いてくれるのは嬉しいけど非常に申し訳ない。

 天を見上げる。天井が視界を阻む。

 栄田さんが僕を呼ぶ。

栄「どうしようもない悔しさは俺たちの力になる。でもそろそろ行こう。辛さを切り上げる才能も俺達には必要だ」

吉「栄田さんはお別れに慣れてそうですね」

栄「今回はお別れの付き添いだけどな。隊に入れば、たくさん経験することになる」

吉「怖いですね」

栄「辛いってことは幸せだったってことだろ?それで十分じゃねえか」

吉「達観してますね」

栄「そうか?戻りたい過去がある今は素敵だし素晴らしい。そういう風に世界を見ないとやってられないよ」

吉「僕もそんな感じになれますかね」

栄「どうだろね、でもこの世界に慣れなくて消えた隊員はいないよ。大隊長はその辺も見てるのかもね」

吉「面接ですか、大隊長がどんな人たちか楽しみです」

栄「みんなオーラ凄いぞ、チビんなよ」

吉「チビるものがないですよ」

栄「わぁってるよ。生きてるみたいなやり取りが楽しいんだろうが」

吉「そういうものですか」

栄「そういうものだ」


 本部に向かって走り出した。ここから本部までどのくらいあるんだろう。そもそも都内にあるのか?廃ビルとか?まあどうでもいいか、話題に困ったら聞こう。

栄「また49日後の納骨のときに家に戻ってくるから。楽しみにしといて」

吉「あー49日って家に骨を置いておくんですね」


 納骨か、墓がどんな風になるか楽しみである。おそらく父方の実家の方に行くことになるだろう。両親と同じ墓になるのだろう。子孫繁栄は従弟イトコに任せるしかない。健やかな子孫たちのためにも褫魄隊で頑張ってみよう。



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