表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

第3話 永訣の夜

吉「そういえば、その肩の文字はなんなんですか?」

栄「お!やっと聞いてくれたか!」

吉「あ、聞いちゃいけないやつだ」

栄「おいおい、語らせてくれよ」

吉「いや、いいです」

栄「いいか、これは誓字チカイノジって言って、この「白」って字はな、常に余裕を持つって意味があるんだよ。どんな苦境に立たされても折れない「しなやかさ」を一文字で表しているんだ。あとは(ケガ)れが無いとか染まらないとか。かっこよくないか?」

吉「はぁ。みんな肩に書いてるんですか?」

栄「そうだ。これは行動指針や正義、心の在り方を示しているんだ。スエキチ君も入隊したら決めなきゃいけないから、今の内から考えとけよ。ま、班の行動理念として全員が同じにするから、班のみんなが納得しないといけないけどな」

吉「ヨシズエです。班はどうやって決まるんですか?」

栄「最初の3カ月は直近で入隊した3人に、ベテランの隊長が1人付くって感じかな」

吉「新人ばかりですか、いい人だといいな」

栄「悪いやつぁ入れねぇよ」

吉「ならよかったです」

栄「よし、そろそろ走るか」

吉「はい」


 僕は大学に上がってからも週3でランニングをしていた。これは胸を張れることだと思っていた。しかし、栄田さんの走りは異常なほど早い。人混みを全力で走っているのに、人にはぶつからず速度も落ちない。これは運動神経の問題ではなく、特殊な能力に感じた。


栄「おー、意外とついて来れてるな」

吉「これでも走りには自信があったんですけどね」

栄「コツがあるんだよ。入隊までは教えられないけど」

吉「秘密もあるんですね」

栄「情報は力。力は権力だからな」

吉「この世も権力でドロドロしてるんですか」

栄「それも俺らが人である証拠かもしれないな。でも、末端の俺らは全くといって関係ない」

吉「自由にできるならいいですよ」

栄「自由ではないし、かなり辛いよ」

吉「え?」

栄「まぁ、入隊したらそのうちわかるさ」

吉「そうですか」

栄「それでも入隊したいのか?」

吉「まぁ、はい」

栄「それはそうと、こっちで合ってるよね」

吉「ええ、とりあえず浅草の方です」

栄「間違えてたらちゃんと言えよ」

吉「了解です」


 そのあと僕たちは止まることなく浅草まで走った。

 浅草寺センソウジが見える。初詣と入試前で合計20数回ほど訪れただろうか。大学1年のとき、初めてできた彼女との2回目のデートもここだった。友人に見つからないように暗くなってから初詣に来た。寒空を並んで歩いた彼女を懐かしく思う。元気にしているだろうか。


吉「浅草寺とか寄ってきません?」

栄「だめだよ、あそこはうちの管轄外だ」

吉「え、もしかして神様仏様と戦ってたりします?」

栄「似たようなものかもな」

吉「マジですか。神様なんているんですね」

栄「いねぇよ。お前、めったなこと言うんじゃないぞ」

吉「いやいや、わからないじゃないですか」

栄「いいか、神を信仰している奴らと戦ってるんだぞ。しかもここは第二の連中の管轄だ。目をつけられたら面倒だからそんなこと言うな」

吉「第二大隊ですか。第二大隊が、対宗教部隊ってことですか」

栄「そうだ。あんまり気持ちのいい連中じゃないからな。神社とか教会まわりでは仏や神の話は厳禁だ、いいか」

吉「すみません。わかりました」

栄「よし、さっさと向かうぞ」


惜しみながら浅草寺をあとにする。生きてる間にじっくり見ておくんだった。


無言で走る。友達の家の前を通り過ぎるとき、胸が痛くなった。気がした。


 5分ほどで自宅に到着した。家は父が無理して買った古い一軒家である。夢のマイホームと当時は浮かれていたが、車が通るたびに窓がカタカタと音を立てる家であった。

 ローンで生活は苦しかったが、家族3人で笑いあった大切な場所だ。

 玄関をすり抜け家に入る。


 リビングに行くと暗い部屋に母の鳴き声が響いていた。

 母は父の胸に顔をうずめ、大声で泣いていた。父も頬に涙を伝わせていた。

吉「ごめんな、父さん。母さん」

 両親の涙を始めてみた。その涙を見たとき、自分が死んでしまったことに、もう二度とあの生活に戻れないことに、僕はようやく気が付いた。


栄「ちょっと、見回りに行ってる。一時間くらいで戻るよ」

 栄田さんは気を使って部屋を出てくれた。

 僕はソファに座り、横に座る両親に触れてみる。なぜか痛みが無い。しかし、母さんの繰り返す「どうして」が僕の心の奥を深く突き刺す。父さんは母さんの背をさすり、唇を噛みしめている。僕のことをこんなに愛してくれていたなんて知らなかった。

 僕はいつ死んでもいい。後悔はない。そう思って生きてきたが、それは間違いだった。僕には愛してくれる人がいた。そんな彼らを置いて死んでしまった。こんなの後悔以外の何物でもないじゃないか。目頭が熱い。涙は出ない。どれだけ呼んでも返事はない。

 死別がこれほど辛く悲しいものであるとは思っていなかった。


「僕は犬を救ったんだよ。優しいでしょ」「僕が飛び出したんだ、だから運転手さんはわるくないんだ」「なぁ、ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃないか」「なんで無視するんだよ」「なぁ、あんたの息子が目の前にいるんだぜ」「こっちでも元気にやっていくから。もうさ、泣かないでくれよ」

 山ほど伝えたいことがある。でも、もう話すことはできない。わかっている。わかっているのに言葉があふれてくる。


俺は母さんの頭を撫でる。

吉「母さんのチャーハン好きだったよ。弁当に入ってた甘い卵焼きも好きだった」

父の手に手を重ねる。

吉「最後にドライブでもしたかったな。あんまり酒に付き合ってあげられなくてごめん」


近くを通る車がカタカタと窓を揺らす。


母さんが少し落ち着いたようだ。

父「今日は酒を飲んでもいいか、アイツも帰ってきてるだろうから」

母「そうね、卵焼きでも焼こうかしら、あの子好きだったものね」

父「そうだな、アイツに泣き顔を見せるのもアレだ、葬式が終わるまでは、泣くのは我慢するか」

吉「なんだよ、俺がいるのわかってるのかよ。てかもう泣き顔見ちまったよ」

両親は立ち上がり、部屋の電気をつけ、涙で重くなったティッシュの山を片付けた。

父「葬式は明後日だな。葬儀屋とは明日打合せして、学校にも連絡するか。友人は呼んでやらないとな」

母「そうね。スマホ、見ちゃうのは良くないわよね」

吉「別にいいよ」

父「いや、意外と寂しがり屋だったからな。友達は呼んで欲しいはずだ。アイツなら許してくれるさ。パスワードはわかるのか?」

母「いやぁ、わからないわ」

父「とりあえず誕生日を打ってみるか」

吉「違うよ」

父「違ったか、何か心当たりはないか?」

 吉「生まれた年だよ」

母「生まれ年は?」

父「おっ、開いたぞ、すごいな」

母「あの子らしいわ」

 吉「なんでわかったんだ。母は怖いな」

父「じゃあ、どうしようか」

母「そうねぇ、ラインの友達全員に送る?」

 吉「いやいや、それはやめてくれ。お気に入りの3人だけでいいよ」

父「とりあえず、グループがあるみたいだから、そこに送るか」

母「それがいいわね」


 両親はまた泣き出しながらも文を打ち終え、中学・高校・大学のクラスすべてに送った。いくつか返信があったようだが覗かないでおいた。また辛くなってしまうのは目に見えていた。来れない人ばかりなら別の意味で悲しいな。頼むぜ、みんな。

 バイト先には電話で連絡をした後、両親は無理やり笑顔を作り、夕飯の支度を始めた。

 父はいつも僕が座っていた席に空のグラスを置き、ビールを注ぐ。

 吉「そんなことしても飲めないよ」

 僕はつぶやく。そこに栄田さんが戻って来た。

 栄「落ち着いたか?」

 吉「はい」

 栄「泣けた?」

 吉「幽霊に涙なんてないですよ」

 栄「んーそうでもないかもしれないぞ?ま、お前の心は生きてたなら、それでいいんだ」

 吉「深いことを言いますね」

 栄「ビールか、ちょっと見てて」

そういうと栄田さんはビールの泡に手を近づけた。

泡が少しだけ揺れた。


父「恭太キョウタ?そこにいるのか?」

母「え?」

卵焼きを焼く母が振り返る。

そこに車が通りかかりまた窓がカタカタと揺れた。

父「なんだ、車か」

母「もう、おかしくなったと思っちゃったじゃない」

父「いや、泡が揺れた気がしたんだ」

母「もう、しっかりしてよね」

 

 吉「今の、どうやって…」

 栄「ま、いつかできるさ。それにしても2人とも強いな」

吉「両親が強いのは、僕が昔から探検家というか、好奇心が強くて、よく迷子になってましたから。そういうので鍛えられたんじゃないですかね」

栄「その好奇心で、ウチに入ろうとしてるわけか」

吉「そうですね。あと、もしかしたら知り合いに会えるかもと思ったんです」

 栄「知り合い?死んでるの?」

 吉「はい。もう3、4年経ちますかね」

 栄「3年か、まぁ、厳しいかもなぁ。俺らくらいの若者は1年で2万くらい死んでるんだが、そのうち約80%は1カ月の内に消える。98%は1年以内だからな。運の世界だよ」

 吉「おお、統計なんて取ってるんですね。どうでしょう、あいつは正義感が強くて、行動的な凄い奴だったので、その残り2%にいると思うんですが」

 栄「そうか、残っていると良いな。まぁどこに行ったかもわからないし、世界は広いからな、気長にいこう」

 吉「もしかして元気づけようとしてくれていますか?」

 栄「当たり前だろ!家族残して死ぬ辛さは知ってっからな」

 吉「栄田さんも若いですもんね」

 栄「そゆこと。褫魄隊はだいたいみんなそうだよ」

 吉「確かに、班のみなさんは若かったですね」

 栄「老人はすぐに成仏するからな」

 吉「成仏って、しようと思ってできるんですか?」

 栄「したことないから分かんねぇけど、体が空に溶けて行くイメージで簡単にできるみたいだ」

 吉「成仏したら、もう戻れないんですね」

 栄「聞いたことはないな。まだこの世を彷徨さまよいたいなら、溶けるイメージだけはしないことだ」

 吉「怖いですね…そうします」

 栄「とは言っても、まだ隊員じゃないからな。いつでも成仏していいぞ。その時は言ってくれ、見送りぐらいするから」

 吉「気が変われば、また言います」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ