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第1話 別れの始まり

 痛みはずいぶん前に引いた。どうやら僕は死んでしまったようだ。世界は暗く、何も聞こえず、何も感じない。これが死か。しかし、死んだにも関わらず、思考が止まらない。

 やり残したことや後悔が沢山ある。まだ死にたくない。しかしどれも、どうでもいいことのように思えて来た。実は僕は僕の21年という長い人生に満足していたのだ。死を以てそれに気づくとは。僕の人生の全ては死を前にすると無視できるほどに小さい出来事だったのだ。しかし気に掛かることが1つある。僕を轢いてしまった車の運転手は、厳罰に処されてしまうのだろうか。犬を轢いてしまったのであれば、彼は、あるいは彼女は、器物損壊で済んだのだ。僕が無理をしてまで犬を助けたことで、彼を殺人犯にしてしまった。僕の責任だ。申し訳ない。一方で、命の重さを測ることはできないが、僕ではなく、犬が生き残ったことは良いことだと思った。犬は人々を癒すが、僕は誰も癒せない。人の役に立つという点では、僕が犬に惨敗していることは間違いない。僕の救った命に意味があると願いたいだけかもしれないが。

  

 アイツならもっと上手くやれたかもしれないな。

僕は高2の夏に海で死んだ友達を思い出していた。天国に行けたならアイツにまた会えるのだろうか。地獄に行ったら、誰と会うだろう。高3のとき、受験で苦しんでいた夏に公園で出会ったあのジジイは地獄に行ってるかな。相当な悪人だったアイツが天国に行っているならば俺も天国に行けるのは間違いない。そう考えると奴も天国に行っててくれればいいな。それはそれで幸せな世界だ。

 おかしい。

 いつまで待ってもお迎えが来ない。意識がはっきりしている。思考もスッキリして来た。僕は成仏できず幽霊になってしまったのだろうか。確かに女性経験は無いがそんなのどうでもいいことだ。この死に方に大きな後悔もない。手の感覚まで戻って来た。僕は死の淵から生還したのだろうか。動ける。体を起こしてみる。見下ろすと、そこには僕がいた。そこに救急車が到着し僕の体は運ばれていった。脳から流れた血で小さな水たまりができていた。眺める。手を伸ばしてみる。僕の手は血に染まらない。

 本当に幽霊になってしまった。

走って体を追いかけたが、もちろん追いつくことはできず。僕の体はどこかの病院へ運ばれてしまった。明日、家に帰れば葬式の準備でもしているだろうか。僕は能天気に状況を整理し始めていた。未練はない、今を楽しむ。僕の信条だ。

 しかし困ったことになってしまった。どうやって成仏しようか。念仏でも唱えてみるか。アーメンか?理系である自分的にはこの体が何からできているのかも気になるところである。とりあえず光を透かす。光は通さないようだ。そもそも光を見ているのか?そこから疑うべきかもしれない。この体は生きている人から認識されていないし、なんでも通り抜けることができる。少し寂しいが幽霊も悪くないかもしれない。

 それにしても他の幽霊が見当たらない。今まで何人がこの地で死んだか知らないが、全くいないということはあり得ないはずだ。幽霊になることが珍しいことなのだろうか。幽体にも長くはない寿命があるということだろうか。

 まぁせっかく幽霊になったのだ、生きてる間は入れない場所に入りたい。女湯は後回しでいいかな。皇居や国会議事堂、刑務所、神社や寺の本殿、米軍基地、工業地帯の奥の方。僕の知らない、見たことない世界は沢山ある。あのまま生きてたとしても知らなかった場所だらけだ。世界を回ってみるのもいいかもしれない。


 僕はバスに揺られながら外を眺める。僕と同じように成仏し損ねた人を探していた。バスはソラマチに向かっている。公共交通機関のタダ乗りは思ったよりも罪悪感があった。

 地面を歩いているのもそうだが、通り抜けるものは選ぶことができるようだ。地面を抜けようと思わないから歩ける。地面に埋まるのは新鮮でおもしろかったが、何も見えないからすぐに飽きた。バスに乗れたのも、なんとなく試した結果だ。だが生き物を通り抜けることはできなかった。同じように魂が詰まっているのだろう。モノにぶつかったと感じ、接触部分には強い痺れのような痛みが走った。


 バスが止まった。なんとなくバスの上に立ってみる。スカイツリーを見上げる。高い。でも幽霊なら飛べるんじゃね?そう思い、飛んでみた。いや跳んでみた。しゃがみ込み、思いっきり両足を伸ばす。イメージは完璧だ。

 だが期待に反して、いや予想通り、僕は地球に引っ張られ、通行人にぶつかり、跳ね飛ばされてから着地した。オッサンに当たった下腹部がかなり痺れるが、他に大きな痛みはない。


木「アハハハハ今の見た?」

少し遠くで笑い声がした。僕はムッとして、ハッとした。第一村人発見。そう心でつぶやく。さっきの声は幽霊の声だ。何が違うか分からないが確信がある。しかし人混みで声の主は簡単に見つからない。

吉「今笑った人出てきてください!」

僕は声のした方向に大声で叫ぶ。

木「うるせぇな、お前を迎えに来たんだよ。わざわざ叫ぶな」

栄「まぁまぁ、そう怒るなよ。気持ちはわかるだろ?」

柿「こんにちは、宗教には入ってますか?」

 僕は背後から急に現れた3人組に話しかけられた。別にコミュ障ではないが、状況が飲み込めず、うまく言葉が出ない。3人は黒い軍服のようなものを着ている。腕には東京-三-十五と書かれている。

里「まてまて、困っているじゃないか。君、名前は?」

さらに後ろから強そうな背の高い美人が現れた。年は30手前くらいだろうか。

吉「ヨシズエです。末吉スエキチを反対に書いて吉末です。宗教はとくに、意識したことないです」

 入学シーズンやクラス替えの度にした自己紹介を思い出す。4人ともが微妙な笑顔になる。この笑顔にはもう慣れている。


里「よろしく吉末君。こちらの自己紹介がまだだったね。私は大和守褫魄隊ヤマトノカミチハクタイ東京第三大隊第十五班班長の里見だ。」

木「班員の木村」

栄「同じく栄田サカエダです」

柿「同じく柿本です」


 木村さんは背の低めでツンツン髪の高校生だろう。見た目と言動の粗野さが一致している。栄田さんは明るい男子大学院生っぽくて育ちがよさそうな感じだ。柿本さんは女性のようだが前髪で目が見えず、年も読めない。背は木村さんと同じくらいだ。


里「じゃ、まずこの体について説明しようか。私達は、この幽霊の体のことを魄体ハクタイと呼んでいる。魂魄の魄に体と書いて魄体だ。魄体はタマシイからできているんだが、それは有限なんだ。無粋な言い方になるが、タマシイは枯渇性資源なんだ。そこで、私たちは死者の魄を管理し、人口が増えすぎた現代の魄資源の問題を解決しようとしている。天使とか死神とかそういった類のものではない。元は君と同じ人間だった。ここまでで質問はあるか?」

吉「突然の話で、まだ理解できてないんですが。この体は魄でいいんですか?魂ではなく魄で」

里「ああ、その認識で問題ない。魂と魄は別ものらしい。詳しいことは知らない」

吉「で、魄は物質で、地球上には限りがある。だから、さっさと成仏しろと」

里「とても簡単に言えばそうだ。成仏する気はあるか?」

吉「成仏はしたいですが、もう少しだけ待ってほしいですね。いろいろ納得してからでもいいですか?あ、でも、どうして里見さんは成仏しないんですか?」

里「もちろん自分の葬式ぐらいは出てくれ。私が成仏しないのは誰かが管理しなければ、魄が不足して新たな命に支障が出るからだ。」

吉「それは障碍ショウガイとかの事ですか?」

里「いや、一概には言えんが、魄の薄い者は道徳心の欠如や短命の傾向がある。障碍や不妊との関係も研究中だ」

吉「研究機関があるんですか?」

里「ああ、組織の中に研究グループがある。私たちは魄を還すだけだがな」

吉「えーっと、僕も組織に入れますか?」

里「入りたいのか?」

吉「生きてるうちに何もできなかったから、何かしたいなって、漠然と」

里「そうか、君が死んだのはいつだ?」

吉「たぶん3時間くらい前です」

里「そうか、今日が命日か…大変だったな。入隊については問題ない。試験をするが、自分の葬式を見てからで構わない。気が変わらなければまた会おう。栄田、吉末君と行動しろ。吉末君の葬式が終わったら帰ってこい」

吉「あの、試験て、何をするんですか?」

里「あとのことは栄田に聞くといい」

栄「よろしくスエキチ君、なんでも聞いて」

吉「吉末ヨシズエです」

里「いい心がけだ。名前は大事にするんだぞ。じゃあ、私たちは見回りに戻る。次に会うのを楽しみにしているよ」

吉「あ、はい。またよろしくお願いします」


 沢山質問してしまったが、全く疎ましい表情を見せない班長さんは寛大に思えた。栄田さんはどうだろうか。不思議な状況に、質問が底無しに湧いてくるが答えてくれるだろうか。

吉「改めて、よろしくお願いします」

栄「うん、よろしく。ため口でいいよ。年も近そうだし。でも、隊に入ったら後輩だから敬語つかってもらうけどね」

吉「じゃあ敬語のままでいいです」

栄「いいんだよ、きっと受からないから」

吉「そんなに難しいんですか?」

栄「まあね。誰でも隊に入れてたら幽霊だらけになっちゃって本末転倒でしょ」

吉「試験の内容は聞いてもいいですか?」

栄「もちろん。まずは魄濃度ハクノウドの検査。つぎに運動センスの検査。想像力の検査。あとは大隊長との面談だね。魄濃度は魄体の寿命とか、戦闘時の自由度を決める重要な要素だからね、基準値以下の人は入れない。運動センスの検査は、まぁそのままだね。体動かすのがうまくないと、どれだけ賢くても入れない。で、想像力だけど、これは見せた方が早いかな。」

そう言うと彼は手の平から一振りの日本刀を取り出した。

栄「こんなふうに武器を作るには想像しないといけないから」

吉「おお、そんなことができるんですね。でも、そんなもの使うってことは、敵もいるんですね」

栄「いるよ、沢山ね。わかりやすいので言えば、悪霊とかね。あとは宗教団体が『ここは天国だ』って主張してて、長いこと抗争が続いてる。だから危ないし、1人は危険だ。」

吉「なるほど、だから運動センスとかも必要になってくるんですね。あれ?栄田さんは1人で大丈夫なんですか?」

栄「まあね。いざという時が来たらわかるよ。んで、説明の続きだけど、刀の切れ味とか威力はより正確に想像するほど強くなるんだ。今歩いてる地面だって、今までの常識で歩けるイメージがあるから歩けるんだ。で、この日本刀についてだけど、体内の魄を使って作り上げるんだ。これも想像力だね。魄体の魄総量は死んだときに決まってるから。魄が濃いほど密度の高い武器が作れる。だから、魄濃度と運動センスと想像力、この3つが大事なんだ。」

吉「なるほど、納得しました。でも、魄の濃度なんてどうやって測るんですか?」

栄「簡単だよ。指を切って重さを比べるんだ」

吉「え?切るの?」

栄「痛くないよ。切ってもくっつくしね。痛みがあっても、それは錯覚だよ。魄同士の接触以外はね」

吉「そうですか…何と比べるんですか?」

栄「試験官の指だよ」

吉「あ、なるほど」

栄「まぁ、試験対策なんてしなくていいよ。その日の内なら何度でも受けれる。ちなみに俺のときは、試験官とタイマンして、好きなキャラを魄で作った。内容は試験官によって変わるから、まぁあんまり深く考えるなよ」

吉「うーん、まあそうですね。その内容ならなんとかなりそうです。魄の濃さはわかりませんが」

栄「よし、じゃあ好きなトコ行こうぜ。そのつもりだろ?」

吉「あー、そこの水族館に入る予定だったんですけど。いいですか?」

栄「いいねぇ。そうだ、自分の葬式はいつか知ってるか?」

吉「いやぁ、知らないですね」

栄「じゃ、水族館回ったら、とりあえず家に帰ってみるか。で、またそこから予定を立てよう」

吉「わかりました。自分のお葬式ってなんだか不思議ですね」

栄「たいしたもんじゃないさ。ちょっと寂しいだけだ」

吉「そうなんですか。ちょっと楽しみです」


登場人物振り返り

吉末ヨシズエ 男 21歳 理系大学生

里見サトミ 女 25~30歳?

木村キムラ 男 16~18歳?

栄田サカエダ 男 20~25歳?

柿本カキモト 女 18~20?

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