第18話 朋輩の登場
瀬野さんが岡島さんを切ったのは切腹のときの介錯と同じだろうか。
介錯は苦しめないようにすることだが、これにはどんな意味があるのだろう。
吉「最後、切る必要ってありましたか?」
素直な質問をしてみる。
瀬「うーん。そうですね」
瀬野さんはもったいを付ける。
瀬「どんな人でも未練の1つや2つはあります。思い留まっちゃうものなんです。その背中を押してあげてるだけですよ」
吉「え?思い留まらないようにさせるだけですか?」
瀬「綺麗に逝けたほうがいいでしょう?」
吉「いやぁ、ゆっくりと落ち着いて逝きたいですよ」
瀬「そうは言いますが、目の前に迫った死を受け入れられる人なんて居ませんよ」
吉「僕は死ぬとき割と穏やかでしたけど」
瀬「自分ではどうしようもないのなら諦めが付くかもしれません。でも、自葬は自分の制御下です。怖くて最後の1歩は踏み出せないものですよ」
吉「そういうものですか」
瀬「そういうものです」
牧「そんなことしてて、地獄に行かないといいね」
瀬「きっと大丈夫です。神は全てを知ってますから」
吉「切られると痛いのに...安らかに逝けないじゃないですか」
瀬「この刀、実は痛くないんですよ。創り方は企業秘密ですけど」
牧「暗殺に向いてるよね」
瀬「滅多なことは言わないでください」
牧「ん、そうだね...。すみませんでした」
釈然としない。すぐに逝けなくても自分の意思で逝くべきだと思う。
しかしそれは理想論で、全員が自分の消失を受け入れられる訳じゃないというのも理解できる。褫魄隊が自殺を強要しているのだから幇助するべきか...。
これが世界を保つために必要な仕事かどうかと問われれば、うーん。
しかし、悪霊化したり虚無になったりする前に逝かせてあげるのは大事かもしれない。僕自身、死んだ直後は一人ぼっちで不安だった。もし幽霊だけで社会を作っても、いつ消えるか分からない恐怖でどんどん悪霊化しそうだ。う~ん、必要なのかも。
帰りは下道を走って帰る。なぜ行きはビルの上を飛んだのか牧邨さんに聞いてみると「最後くらいリスクを気にせず楽しみたいでしょ」と言われた。なかなか粋な計らいだ。
でも、僕まで巻き込まないで欲しかったかもしれないとか思っちゃったり...。楽しかったからいいけど。
本部に近づくと険しい雰囲気が漂ってきた。どうやらまた戦闘があったようだ。数人が刀を携えて警戒した見張りをしている。
事情を知ってそうな人に近付いて声を掛ける。第二大隊に所属する佐川さんはイカツイ顔の割に優しく教えてくれた。どうやら新人が来たらしい。予告なしに来ることもあるのか、と思っていると「あ、来るって言ってたわ」と牧邨さんが小さく漏らした。まったくこの人は...。
牧「じゃあ早速、新人の顔を見よっか!」
佐「ちょっと待て。顔を変えてないか確認する」
牧「はいは~い」
牧邨さんは正面に立つ佐川さんの方に右手を指し出す。佐川さんはその右手の甲に人差し指を立てる。
佐「よし。入っていいよ」
牧「おけ~」
吉「ん?何があったんですか?」
牧「彼はエッチだから私の記憶を覗き見したのよ」
佐「変な言い方をするんじゃない」
吉「変態ですね...」
佐「決まりだから仕方ないだろ」
牧「私の弱みを見つけようと必死に探すんだよ」
佐「てめぇら好き勝手言いやがって」
牧「しかもね、私の方から見せる記憶は選べないの」
佐「数秒で生前まで見れるかよ」
牧「すんごい記憶、あるかもよ?」
佐「馬鹿野郎!」
牧邨さんはチョップをくらい、走って逃げる。
吉「いつもあんな感じですか?」
佐「知らん。初めて話した」
吉「え?」
佐「顔は知ってるくらいだ」
吉「ヤバい人ですね」
佐「アイツに教わってるのか。災難だな」
吉「そうでもないですよ」
佐「お前も変態だな」
吉「も?佐川さんと一緒にしないでください」
佐「牧邨も、お前も、だ!」
第四からの帰りはこんなの無かったが、僕たちが変装をしていないか記憶を覗くらしい。こんなの疑ってたらキリがない気もする...。
しかし、話を聞くと“模倣者”が現れたらしい。模倣者とは、こちらの人になりきって情報を引き抜こうとする敵のことだ。
被害なく切り伏せたようだが、そりゃ敏感になるわけだ。普段も結界に入ったときに本部長が検査しているが、結界の効果くらいは知れ渡っているだろうから“模倣者“は結界に入らないように切り抜けるだろう。
僕もチョップをくらい、とぼとぼビルの階段を上がる。
そこで「こんにちは!」と後ろから声を掛けられた。階段を駆け上がってくるのは青年だ。高校生くらいだろうか。短い髪に大きく強い目、とても元気が溌溂している。いいね。
吉「こんにちは」
鏡「僕、鏡と申します。お兄さんはどちらの隊員で申しますか?」
敬語に慣れていないとしてももっとマシに話せないのかな?
吉「僕は第三に入ることになってます。吉末です」
鏡「ん?入ることになってると申される?てことは、新入隊員と申される?」
吉「そうだけど、君も?」
鏡「そうであります!僕はこれから面接と申します!」
吉「そうなんですね。入れるといいね」
鏡「ありがとうであります!」
吉「あの、なんだか言葉が変じゃないですか?」
鏡「吉末様は変じゃないと申します!」
吉「いや、鏡君がさ、変だなって」
鏡「先輩には敬語で話すべきと考え申しまして、自分でも変だと感じながら頑張って申し上げます!」
吉「さっきから申し過ぎだよ。「です」「ます」さえ使えたらいいんじゃない?」
鏡「ホントでありますか?」
吉「本当ですか、だよ」
鏡「ホントですか?」
吉「はい、ホントです」
鏡「えっと、このあとめちゃ偉い人に会うんですが、そのときも「です」「ます」だけで大丈夫なのであります...ですか?」
吉「全く問題ないですよ」
鏡「そうなのであr...ですか」
吉「敬語は使ったことないんですか?」
鏡「いや、そんなことないで...す。なんか緊張しちゃうと言葉がでなくなって、必死で喋ってるで...ます」
吉「昔からそんな感じなの?」
鏡「はい...」
吉「なら仕方ないね。諦めよう」
鏡「え?アドバイスとかないんですか?」
吉「大した問題じゃないでしょ」
鏡「え?」
吉「言いたいことは伝わってるし、問題ないんじゃないかな」
鏡「いや、失礼というか、怒らせちゃうかもしれないですし...」
吉「お、今のちゃんと使えてたよ!」
鏡「ホントですか!」
吉「おお!いいね!大丈夫!気楽に行こう!」
鏡「でも失礼を働かないか不安で...」
吉「鏡さんは一生懸命話してるよね、それを失礼だと思う奴の方が失礼だよ。そんな器の小さい人達じゃないよ。って、入隊して1週間だからほとんど知らないけど」
鏡「そんな豪胆は持てないですけど、一生懸命やってることが大事って考えてみます」
吉「うん。今みたいに話せたらいいね」
「ありがとうございまーす」と走り去っていく。元気で真面目なイイ人だ。入隊できたらいいな。
いつものフロアに着くと牧邨さんが笑顔で迎えてくれた。
牧「あの子は入れるね」
吉「そうですね。イイ人でした」
牧「話ししたの?」
吉「階段上ってるときに後ろから話かけられまして」
牧「どこの大隊に行きそうとかある?」
吉「ん-、第一ですかね」
牧「やっぱり!?私もそう思った!」
吉「はぁ...そうですか」
牧「なにその反応。人が真面目に考えてるのに」
吉「それより修行を再開しましょうよ」
牧「つまらない人だね、君は」
吉「うるさいですね」
牧邨さんと2人で走っていると数人の大隊長が結界の中に入って行った。
ほとんど名前さえ憶えてないけど...。
集まってくるなんて仲が良いんだな。と思って「みんな仲いいんですね」と牧邨さんに聞くと、「みんな時間ピッタリなだけだよ」と言われた。やはり仲は悪いようだ。でも険悪な雰囲気じゃない。それぞれ別の正義を持って互いに尊重し合っている。そんな感じだ。
さて、彼はどうなるかな。
それからまた牧邨さんにビシバシと殴られた。殴られて疲れて転がっているうちに彼が出て来た。こちらに気付き、いい笑顔で手を振ってくる。上手くいった雰囲気だ。
鏡「うまく喋れましたよ!ホントにありがとうございました!」
吉「おめでとう!良かったね!」
鏡「緊張を紛らわすように階段ダッシュしてたのも良かったと思うんです!」
いやぁ、そこは「ひとえに吉末さんのおかげです」と言ってくれ。やっぱりどこか変な人だ。
吉「そうだ、想像力の試験とかは余裕だった?」
鏡「いやぁあんまり出来なかったんですけど、入れてくれるみたいです」
吉「これから鍛えるからあんまり気にしないのかな」
鏡「かもしれないですね。これから楽しみです!」
吉「場所はどこに配属になりそう?」
鏡「大田区に住んでたので多分そっちになると思います」
吉「あー、僕は台東区だからそのうち会えなくなりそうだね」
鏡「そうなんですか...、でもこればっかりは仕方ないですね」
吉「お互い頑張りましょう!」
鏡「ハイッ!」
牧「え?まだ暫く一緒だよ!」
吉「え?あ、そうか。訓練期間か」
鏡「あ、そういえばそうでしたね」
牧「最初の班も同じになると思うし、長い付き合いになるよ」
吉「そうなんですね。じゃあ改めて、よろしく」
鏡「よろしくお願いします」
鏡くんは空港で死に、そこで想像力の試験やらを受けて来たそうだ。
師匠とはこれから会うらしいが、おそらく部屋の真ん中で寝ているように見える彼がそうだろう。胡坐をかいて刀を抱え込み、目を閉じている。
鏡「あの人ですかね?」
吉「多分そうだね」
牧「私も知らない人だ」
鏡「話しかけてみます」
鏡「あの~」
児「お前か、俺の弟子になるのは」
鏡「あ、はい、多分そうで申し上げます」
児「日本人か?」
鏡「はい、日本で生まれ育ち申し上げます」
児「そうか、名前は?」
鏡「鏡と申し上げます!」
児「鏡か、俺は児玉だ。第二大隊で宗教施設を見張っていた」
遠くで2人が話をしている。少し聞こえて来た。第二の児玉さんと言うようだ。
児玉さんは話をしていても終始地面を見ている。不思議な人だ。
牧「あの人が師匠で合ってたみたいだね」
吉「そうですね。第二の人はあまり知らないんですか?」
牧「うーん。知らない人だらけだよ。施設の回りにずっといる人とか、尾行してる人とかあまり休憩もしないし少数精鋭で動いてるからね。第二の中でもお互いのこと知らないんじゃないかな。たまたま現場が被ることはもちろんあるけど」
吉「ストイックな大隊なんですね」
牧「そうだね。目的のための努力とか惜しまなくてその点は尊敬できるよ。コミュ障が多すぎるけど」
吉「鏡くん大丈夫ですかね」
牧「人の心配してる場合?」
吉「げっ...」
また牧邨さんにドカドカと叩かれていると、遠くから鏡くんの悲鳴が聞こえた。
肩を抑えてのたうち回っている。一体何があったのだろうか。
吉「牧邨さん!なんかヤバそうじゃないですか!?」
牧「う~ん...あれはねぇ...大丈夫。私たちとはやり方が違うだけだよ」
吉「ほんとに問題ないんですか?」
牧「師匠が効率を一番に考える人だったらああなるんだよね...」
吉「あれは何の修行ですか?」
牧「修行と言うか...まぁいつか君もするから覚悟しといてね」
吉「え...嫌だ...」
牧「まぁまぁそう言わずに、お楽しみに」
吉「嫌だ...」
鏡くんは酷い痛がりようだ。あんなの絶対に嫌だ。絶対に。
一体あれは何をしているんだろう…
そこへ蓮沼副本部長が怒り顔で結界から出てくる。
蓮「児玉ァ!何やってんだ!お前ぇ!!」
顔の通りめちゃくちゃ怒っているみたいだ。こういう時は関わらないに限る。
蓮「先に相性のチェックしろって言っただろ!」
やばい。怒ったらめちゃくちゃ怖い人だ。いつも冷静な人だと思ってたのに。
児「いいや、アレは時間の無駄だ。俺の消滅はすぐそこだ。今すぐコイツを育てなければいけない」
鏡さんの言い回しにはスゴく中二病のウイルスを感じる。激おこの人に対してあんな言い方をできるのはホンモノだからだろう。鏡くんに感染らないといいけど。
蓮「決まり事だろうが!組織なんだよ!てめぇの勝手にやる事じゃねぇんだよ!ぶっ殺すぞ!」
児「すみませんでした。でも、もうやっちゃったことは仕方ないですよね」
蓮「それはこっちが言う事だ!お前ぇは少し反省しろ!いや、みっちり反省しろ!」
児「はい。すみまっ」ドサッ
児玉さんが謝り終えないうちに、いきなり右に3mぶっ飛び倒れ込む。蓮沼さんは振り抜いた左の腕を腕組みの状態に戻す。ノーモーションで繰り出される高速の拳。避けられる気がしない。
児「今謝ってたでしょう?人の話は最後まで聞っ」ドサッ
今度は左に3mぶっ飛び倒れ込んでいる。蓮沼さんは振り抜いた右腕を元に戻す。一瞬で3m右へ移動し、殴り、また3m左へ戻って来た。すごい。
児「酷いです。オヤジにもぶたれたことっ」ドサッ
今度は後ろにさっきの倍の距離飛んでいる。何が起きたか予想は付く。おそらく蹴り飛ばしたのだろう。しかし足は動いていないように見える。
児「も、もうやめてください。本当に反省してます。軽口を叩いて済みません」
ひどく怯え、情けない体勢で媚びている。終わりない苦痛の拷問に秘密を喋ってしまう前の下っ端構成員を想起させる。
蓮「反省したみたいですね。」
蓮沼さんは苦しんでいる鏡くんに近付き、しゃがんで語り掛ける。そして1分ほど肩に手を当て続けた。鏡くんの痛がり方が少しマシになった気がする。児玉さんを殴る前にそれをしてあげたら良かったのに。
蓮「今からでもいいです。少し鏡さんを休ませてから仲を深めるためにお出かけしてください」
児「わかりました」
児玉さんは「済まないな」と鏡くんに溢した。どこか堂々としており、さっきまで怯えていた人とはとても思えない。演技が上手いのかな?
それにしても蓮沼さんが怖すぎたなぁ。
吉「めちゃ怖いですね」
牧「私もあんなに怒ってるとこ初めて見た。あの人ね、記憶情報の扱いが褫魄隊で一番うまいんだよね」
吉「ん?それがどうかしたんですか?」
牧「君は察しが悪いね」
吉「もったいぶりますね」
それから牧邨さんは、児玉さんが一体なにをしたのかを説明してくれた。
彼は戦闘経験の情報を鏡くんに取り込ませたらしい。これは経験を積むよりも手っ取り早く戦闘員を増やす方法のようだ。情報に体が付いて来ないから、その分を訓練で鍛える必要はあるがかなり効率がいいのだ。”一日以上痛みに苦しむことになる”というリスクを取ればの話だが。
戦闘経験の情報はもともと鏡くんの魄体の持っている情報にも影響を与えるため、取り込んだ所から全身に徐々に痛みが広がっていくのだ。他人に触れた時は表面だけが傷むから大したことはないが、取り込んでしまうと全身くまなくだ。
副本部長はその痛みを和らげるために魄の情報を伝達を可能な限り遅くしたらしい。そんなことできるのか?どういうイメージなんだろう。
この痛みは、情報を移す相手のことをよく知っているときは感じないようだ。この理由は、長い時間を共に過ごすことで互いに波長が干渉し合うだとか、相手の情報をすでに持っており受容体が出来ているだとか、色々な説があるらしい。
僕はここで栄田さんの言っていた“愛”はまさしくコレなんじゃないかと思った。僕が両親に触れたときに痛みを感じなかったのもそういう事だろう。両親のことは知らない事ばかりだ。でも、痛くなかった。
“心を開く“という言葉の通り、仲の良い人の情報はスムーズに受け入れられる。しかし、心を開いていない場合は、その情報に対して抵抗する力が働くのだろう。
結局情報は通っているし意味がないように思うが、きっと生きていた頃は活躍していたのだろう。魄ではなく魂のしていた仕事なのかもしれない。
愛が魂の仕事なら、魄がもっているこの感情、この“愛”はニセモノか?
牧「ちょっと~。お~い」
吉「は!」
牧「まぁ、考えることも多いと思うけどさ、自分を信じて感じるままに生きるしかないよ」
吉「そうですね。でもこういう性格なんです」
牧「それはもう知ってるよ。だから、君が考え過ぎてるときは私が止めてあげる。考えすぎは毒だからね」
吉「ありがとうございます?邪魔はしないでくださいね」
牧「うーん。こざかしいなぁ」