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第17話 夕暮れの神召

 23時には敵も退いて本部に静けさが戻って来た。戦闘があってもそれが終わればまたトレーニングだ。

 外はいつもの喧騒だ。クラクションが響き渡り、その音に怒鳴る声。みんな元気で平和だな。


 しかし、神仏会は毎回こんな大胆に仕掛けて来て大丈夫なのだろうか。戦力の無駄というか、時間の無駄というか。悪戯に戦力を使い潰すのはどういう戦略なのだろうか。

 戦力では褫魄隊の方が有利だし、組織力も高いだろう。それを崩そうという訳でもなく、新人を奪えるわけでもなく。

 日本じゃ宗教は毛嫌いされているし、力尽チカラズくでさらったとしてもマイナスのイメージしか持てないハズだ。いや、死んで間もないからマインドコントロールしやすいのだろうか。もしかして僕は褫魄隊にマインドコントロールされているのだろうか。

 僕がそんなことを考えている内に、牧邨マキムラさんは新人の顔を確認して戻ってくる。

牧「あの子、なんか違うね」

吉「え?」

牧「雰囲気ってあるじゃん。それがさ、なんか、違うんだよね」

吉「つまり、どういうことです?」

牧「つまり、普通じゃないってことよ」

吉「だから、どういうことです?」

牧「だから、入隊できないってことよ」

吉「それは雰囲気で分かるものなんですか?」

牧「そうだね。目が死んでたらダメかな」

吉「そんなことですか?」

牧「周りに流されてる人とかさ、そういう目してるじゃん」

吉「分からなくもないですけど、例外も居ますよね?」

牧「例外の人も目の奥は燃えてるからね」

吉「すごく感覚的ですね」

牧「でも、すごく大事でしょ。一緒に戦う人の雰囲気って士気に関わるし、コミュニケーション取れないとかもありえないよね」

吉「はぁ、まぁ、背中を預けるなら、そうですね」

牧「何が言いたいかというとね、中身が良いのは大前提として、やっぱり見た目も大事ってことよ」

吉「えええ、見た目から中身が分かるって話ではなくて?」

牧「見た目は中身を反映してるけど、それは参考程度だよ」

吉「えええ?」


 牧邨さんの勘では“彼女は入隊できない”ようだ。頑張って理屈を付けようとしているが、勘の話だ。

 見た目はあまりアテにならない。どれだけ賢くて権威ある大学の教授もファミレスで見たら普通のおじいちゃんだ。電車で隣に座った人が人殺しかもしれないし、道端のホームレスも外国のスパイかもしれない。人は見かけじゃわからないものだ。

 


 なんて理屈っぽく考えていたが、牧邨さんの勘は当たっていた。

 翌朝、僕がいつものようにバシバシと叩かれていると、ショックを受けた顔の彼女が結界から出て来た。眩しい太陽の昇る朝に悲しい気分だ。

 まだ隊長たちとも会っていないが、ここに来るまでにも審査があったのだろう。素行、もしくは思考に問題があるのだろうか。

 しかしここまで連れてきて拒否するなんてコクだ。

 これから彼女はどうなるのだろう。


 休憩に入ったところで、牧邨さんが「彼女、これからどうなるか知ってる?」と、僕の心を読んだような質問をしてくる。少し声のトーンが低い。

 どうなるか聞くと、悲しそうなまま答えてくれた。

 彼女の未練のうち短期間でできるものだけを消化し、この世に留まれるのは長くてあと1週間らしい。彼女の死後の念を全て遂げるには、こちらの人員を割かないといけない。ただでさえ人員不足なのだ。現実的じゃない。それは分かるが、どうしようもない。

 だとすれば入隊の可否を判断するとき、本部長はどんな気持ちなのだろうか。もう慣れてしまっただろうか。聞くだけでこれだけ辛いのに、判断を下すときに負っている傷は想像も難しい。こんな仕事を何年も続けて大丈夫だろうか。

吉「これでいいんですかね」

牧「なにが?」

吉「なんでもないです」


 誰でも受け入れる神仏会が実はあるべき姿なのではないかと、少し、ほんの少しだけ考えてしまう。ただ消え行く存在とこれから生まれる存在のどちらが大事なのか、それは神も分からないだろう。いや、神様はそんな小さいこと考えないか。


 今の僕にどっちが正義を求めることはできない。幸いこの体の寿命も長いようだし、逃げに徹しながら力を付けて死後のあるべき世界を考えてみよう。考えるだけだけど。

 でも先祖たちが頑張って形にしてきた世界だし、きっとあるべき世界に向かっている途中なんだろう。僕はこの世界が行きつく先にどういう貢献ができるだろうか。


吉「でもみんなと同じで、特別不幸な訳じゃないですよね」

牧「いやぁ世界のために戦えるって思ったのに、「あなたには無理です」って言われるんだから普通の人より不幸だよね」

吉「でもそれが普通って思うと、まあこんなもんかぁ、ってなりませんか?」

牧「みんなが君みたいだといいんだけどね」

吉「うーむ、理解しがたいですね」

牧「生きてるときに惨めな人生だった人には希望にも見えるんだよ。私も嬉しかったし」

吉「うーむ。そういうものなんですね」

牧「その昔、怨霊になっちゃった人もいるらしいし」

吉「え?褫魄隊に入隊できずに、ですか?」

牧「そうそう。だから第七から1人ついて、心ケアをしながら消滅に向き合わせるんだ」

吉「はえ~第七って宗教部隊ですよね?カウンセラーもしてたんですね」

牧「宗教なんて心が弱ってる人には最適だからね」

吉「嫌味な言い方ですね」

牧「ん、そうかな?」

吉「まぁいいんですけど」



 それからまた修行がはじまり、その内に彼女の事は忘れてしまっていた。

 次に彼女の事を思い出したのは5日後のことだった。

 夢中で修行をしていてこの修行ももう何日目か分からなくなっていた。でも牧邨さんはしっかりと数えていた。「残り少ないから数えちゃうんだ」と笑いながら言っていた。なんて返せばいいか分からずに笑って返した。何か気の利いたことを言いたかったな。

 

 思い出したその日、彼女は少し重たい足取りで階段を上がって帰って来た。

 少し悲しい顔をしているが覚悟を決めたようなそんな雰囲気だ。

牧「なんかいい雰囲気になってるね。最初からあれなら入れたかなぁ」

吉「え?雰囲気だけでそんなに変わるんですか?」

牧「その話はもういいよ。何が言いたいか分かんなくなるから」

吉「それは困りますね...、次までに考えといて下さい」

牧「何それ。嫌いな人種だわ」

吉「うっ」

牧「心のダメージを声に出す人も苦手だわ」

吉「辛辣ですね」

牧「冗談だよ。今日は悲しいからね。許してよ」

 微笑む顔を見たら許してしまう。怒ってもないけど。僕の悲しいサガだ。


吉「もう彼女は消えるんですね」

牧「そうだね」

吉「どうやって成仏?させてるのか気になるんですが」

牧「じゃあ「見せて」って言ってみれば?」

吉「え?誰にですか?」

牧「そりゃ彼女に」

吉「無理でしょ」

牧「それは、断られるってこと?それとも、彼女に聞くこと?」

吉「どっちもです」

牧「じゃあ私が聞いてあげるよ」

吉「いやいや、いいですよ。興味で人の最後を覗くなんて」

牧「最後を見届けてくれる人は多い方が良いでしょ」

吉「いや、見ず知らずの人に囲まれたいですか?」

牧「寂しいよりいいじゃん」

吉「それはまぁそうですね」

牧「じゃあ決まりね」


 そう言うと牧邨さんはスタスタと結界の中に入って行ってしまった。

 そして数分もしない内に帰って来て「付いてきて」と言った。

牧「見ててもいいって」

吉「マジですか」

牧「その代わり、天国に行けるように祈って欲しいって」

吉「おお!イイ人じゃないですか」

牧「イイ人、ね。そうだね」

吉「含みのある言い方ですね」

牧「うーん、一部を見てイイ人って決めるのは危険だよ」

吉「彼女、そんなに嫌いですか?」

牧「いや、嫌いじゃないよ」

吉「じゃあ良いじゃないですか」

牧「うーん。確かに」


 彼女に近づくが、確かに目に光が無い。でも表情は感情豊だ。

 僕を見て優しく微笑んでくれる。そこには寂しさと少しの悔しさが感じ取れる。

 感情のない目とのギャップに不気味さも感じるが、それはそれで魅力的だ。

岡「初めまして。岡島オカジマです」

瀬「第七の瀬野セノです」

吉「吉末ヨシズエです。末吉スエキチを反対に書きます」


 岡島さんは25歳くらいのOLだ。瀬野さんは男性で、背は170cmくらいだろうか、威圧感が無く同じくらいだろう。

吉「無理を言ってすみません」

岡「いいんですよ。沢山の人に囲まれながら逝きたいじゃないですか」

吉「いえ、なんか興味本位みたいになってしまって申し訳なくて...」

牧「みたいじゃなくて、興味本位でしょ?」

岡「その代わり、天国に行けるように祈っていてください。私って人に悪い嘘はついたことも無いし、赤信号を渡ったことも無いし、ポイ捨てもしたことないんです。だから、それを神様に伝えてください。もちろん私も言ってみますけど、吉末さんの思う神様が本物か、もしくは位が高いかもしれないので」

吉「なるほど。特に信じてる神様はいなんですが、それでもいいですか?」

岡「私は天照大御神アマテラスオオミカミ様に祈ってみます。そうですね。仏教に祈りは意味が無いようなので、キリスト様とかがいいかな?」

瀬「キリスト教ではキリスト様を信じていないと天国には行けませんよ」

吉「だいたいの宗教はそういうものなんじゃないですかね」

瀬「天国に行くのはなかなか簡単ではないですよ」

牧「南無阿弥陀仏って言ってたらいいんじゃないの?」

瀬「それもまた意味を正すと、言うだけでは意味がないんですよ」

牧「え!教科書に言うだけ良いって書いてたのに!」

瀬「天国や極楽浄土は選ばれしものだけが入れる所ですからね」

吉「選ばれるための入念な準備が要るんですね」

岡「そういうことですね。積極的に地獄に落とそうとする神様がいないことを祈るばかりです」

吉「祈ることばかりですね」

岡「もう祈るしかできないので、暇にならなくていいですよ」


 笑えないジョークだ。おそらく居ないであろうモノに一生懸命祈りながら無に還るだけ。

 褫魄隊も魄の濃度を保つためなんて大義を掲げても、その大義は仮説の域を出ない。

 結局は無に還る。最後を考えると空しくなる。

 褫魄隊も神仏会も“今できる最善だと思うこと”をやってるだけなのだ。

 そこに善悪はない。必死なのだ。むしろ事実がハッキリとするまで2つの道を残しておくのは大事な事のように思う。


瀬「それでは行きましょうか」

 重い言葉が響く。

岡「はい」


 瀬野さんに付いて歩き始める。どこに行くのか牧邨さんに聞くと上を指さした。

 なるほど、と言ってみる。

 上の階に教会が神社か寺のようなものを用意しているのかと思ったが、屋上に出た。

 特にこの辺りで一番高いという訳でもなく、看板が視界を遮っている。

 ここで最後は迎えたくないな。

瀬「じゃあ、性別を考えて僕が吉末君を運びましょうか」

牧「え~、残念」

吉「なんのことですか?」

瀬「もう少し見晴らしの良い所に行きます」

岡「え?」

牧「習うより慣れろ、だよ」

瀬「そういうことです」


 岡島さんが牧邨さんの、僕は瀬野さんの脇に抱えられる。

 そしてそのまま5mくらい高い隣の建物に乗り移る。

 岡島さんの悲鳴が聞こえて冷静になる。神仏教会の人はこうやって人をサラうのだろうか。恐ろしい。

 また隣のビルに飛び移る。かなり高い。そのまま新宿駅の方にぴょんぴょんと向かう。

 

 ビルの窓が太陽を反射してキラキラとキラめく。眺めも良く気持ちいい。

 空を飛んでいる。まさにそんな感じ。いや、これは飛んでいると言っていい。

 ずっと悲鳴を上げてる岡島さんとフォー!と叫んでる牧邨さん、それを見て微笑む僕と瀬野さん。なかなか幸せな時間だ。瀬野さんともう少し仲が良ければ最高の時間だっただろう。

 せっかくだから岡島さんにも楽しんで欲しい。

吉「岡島さん!目開けてください!すごく気持ちいいですよ!」

岡「無理ぃ!私高所恐怖症なの!」

吉「もったいないですよ!遠く見て世界を目に焼き付けてください!」

岡「ええ~!...やっぱ無理ぃ!」

吉「下見ちゃだめですよ!広い世界を楽しむんです!僕ら飛んでますよ!」

岡「きれい...」

 直後に悲鳴が聞こえた。「きれい」と呟いた気がしたが、気のせいかもしれない。

 

 さっきまで死の覚悟を決めた顔をしていたのに。

 覚悟を決めることと、恐怖がなくなることは別ものか、仕方ない。


 新宿駅の屋根に降り立ち、僕らも下ろされる。

岡「ここが私の墓場ですか...」

牧「変な言い方だね」

瀬「好きな所でいいですよ。電車の屋根に乗ってどこへでも行きましょう」

岡「よくある希望は何処ですか?」

瀬「みんな「みんなはどうですか?」って聞くね」

岡「こういう所がダメだったのかな」

牧「高い建物って天国に近そうでいいよね」

瀬「多分別次元の話なので関係ないですが、気分は大事ですね」

吉「近くに明治神宮ありましたよね。神様の目の前じゃないですか?」

瀬「さぁ、神様は姿を見せてくださいませんので何とも言いかねますね」

岡「じゃあ、明治神宮が見える高い建物がいいです」


 しばらく辺りを見回して、「あそこにしましょう」と瀬野さんが指を指した。

 そのビルは確かに高い。だが、エンパイアステートビルみたいな形状だ。安らかに逝けそうにはない。

瀬「ちょうど明治神宮の方向ですよ」

吉「え、すごい形状ですけど?」

瀬「ダメ、ですかね?」

岡「あそこを選んだ人ってどのくらいいますか?」

瀬「いやぁ、まだいないですね。思い切ってオススメしても毎回断られちゃって」

吉「でしょうね」

牧「私も良いと思うんだけどね」

岡「ホントですか?」

牧「目立ってるし、神様も見つけやすそうじゃない?」

岡「たしかに。特に希望もないし、あそこにします」

牧「じゃあ決定ね!」

吉「牧邨さんが決めちゃダメですよ」

岡「いや、いいですよ。あそこにしましょう」

瀬「え?ホントに?」

岡「ええ、本当に。」


 と、いうことで近くのビルまでぴょんぴょん飛んで行き、階段で地上に降り、目指したビルの元までやって来た。

 通信会社の名前の付いたビルだ。電波塔も兼ねているのだろうか。見上げるとてっぺんは隠れて見えない。近くに来るとより高く感じる。生前ならこれを階段で上ると聞くと心が折れただろう。いや、今も折れかけている。

吉「やっぱり階段で上るんですか?」

瀬「そうですね。頑張りましょう」

岡「え...」

牧「エレベーター使おうよ」

瀬「え...」

岡「人がぞろぞろ来たらどうするんですか?」

牧「んー。エレベーターの屋根に上ろう」

岡「いいですね!面白そうです!」

牧「でしょ!」

瀬「まあ、イイでしょう」

吉「いいんですか⁉」

牧「え?ほんとに?」

瀬「ええ。そもそもエレベーター禁止の最初は、飛び乗って来た人を避けれなくてエレベーターから押し出されて転落死したことからです。エレベーターは上に乗るのが決まりでしたが、その人は仲間と話し込んでその義務を怠っていたんです」

牧「はえ~」

瀬「はえ~って、僕より長いですよね?」

牧「そんなの知ってる人少ないと思うよ」

瀬「何年前だったか、調査の結果かなり多くの人がサボってたので本部長がキレて禁止にしたんです」

岡「じゃあ、サボらなければいいんですね」

瀬「そういう訳ではないです。バレたら追い出されるかなぁ...」

牧「ヤバいじゃん」

瀬「でも、影響が大きいのは僕だけですよ。牧邨さんは長くないし、吉末さんは新人だし見逃してくれるでしょう。僕は...事情を話して神仏会にでも行きますよ」

吉「え~容赦なく切りますよ?」

瀬「望むところです」

牧「じゃあ決定ね。さっさと行こ」


 1階にエレベーターを呼ぶ男女の社員らしき人が居たので一緒に乗り込む。

 どうやら出先から帰って来たところのようだ。先輩らしい女性がダメ出しをしている。男性は女性の一言一言に頷き「なるほど流石です」とおだてている。気分の良くなった女性は「次からは頑張ってね」とダメ出しをめた。

 僕も牧邨さんをおだてた方が良いだろうか。

牧「今なんか良くないこと考えた?」

吉「え?」

 こうやって人の話を盗み聞きしてのんびりしてたから死んじゃったんだろうか。

 先輩の犠牲を全く生かせていないな。


瀬「じゃあ、止まる前に上りますか」

 エレベーターの天井に出るなんてハリウッドスターになった気分だ。

自分で上がれずに牧邨さんに投げられたのはとてもダサいが。

 4人で昇る箱の上に立つ。本当に映画のワンシーンみたいだ。牧邨さんが「なんか映画みたいでいいね」と言う。みんなが微妙な顔をする。

 みんなも誰かが言うと、牧邨さんが言うと思ってたのだろう。やっぱりな、という空気だ。瀬野さんが「言うと思いました」と言ってくれる。牧邨さんは不満そうにする。かわいい。


 エレベーターが止まる。中を覗くと10階のようだ。今見るとボタンが少ない。60階くらいあると思ったがその半分だ。瀬野さんが最上階のボタンを押す。

 そう言えば今度あっちの世界に干渉する方法を教えて貰わなければ。


 エレベーターで昇れる最上階に出る。

 特に何もないフロア。ここを次の拠点にするのもアリではないだろうか。

瀬「さて、エレベーターでは上まで昇れないみたいですね。あとは階段で行きましょう」

岡・牧「「え~」」

吉「仕方ないですね」

瀬「まあ焦る必要もないので、ゆっくり行きましょう」


 階段は屋上に続いている。硬く施錠されているドアをクグり抜けて外に出る。

 さっきビルの上をぴょんぴょんと飛んで広い世界を楽しんだが、そこにもまた広い世界があった。空をとても近くに感じる。

瀬「もっと上がりますか」

岡「そうですね!行きましょう!」


 上に行くにつれて細くなる段々状の建造物だ。“登る”以外の選択肢はない。

 みんなで上を目指す。飛んでみても届かないから何度も投げられる。

 大きな時計が16時半を指していた。

 5回目投げられてやっと頂上に辿り着いた。自尊心はオオいに削られたが...いい景色だ。


 遮るものの無いまさに素晴らしい景色。

 広い空と地平線。雲が乗れそうなほど近い。これなら天国も近そうだ。

 遠くに明治神宮も見える。完璧な場所だ。


瀬「どうしましょうか。日が昇っている内が良いですか?」

岡「えっと、そろそろ夕方ですね。夕日と一緒に消えるってロマンチックじゃないですか?」

牧「いいね!私もそれがいい!」

岡「ですよね!」

吉「元気ですね」

岡「しおらしくなくちゃダメですか?」

吉「いや、そういう訳じゃないですけど...」

瀬「せっかくですからね。最後の瞬間まで楽しんでください」


 岡島さんは体育座りして美しい世界をまぶたに焼き付けている。

 天国に行ってもこんな景色は拝めないだろう。見ておくなら今のうちだ。


 だんだんと日が傾いていく。肉の無い肉眼で太陽を見つめる。

 この太陽が見えなくなる頃、岡島さんもこの世界から消える。

 

 ああ、どんどんオレンジになっていく。

 岡島さんの後ろに瀬野さんが近づく。

瀬「綺麗な夕日ですね」

岡「思ってたよりも世界は綺麗みたいです」

瀬「そう感じられたならよかったです」

牧「世界を壊そう!とか考えてたの?」

岡「そうですね。詳しく話す時間はないですが、あまり良い人生ではなかったです」

吉「ホントにもういいんですか?もう少し残れますよね?」

岡「明日にしても未練が強くなるだけですよ。このまま、大嫌いなままがいいです」

吉「それは...悲しいですね」

岡「もしかして、嫌いな食べ物1つで人生の半分損してるって言うタイプですか?」

吉「いやいや、世界が嫌いなら人生のすべてじゃないですか?」

岡「そんなこと言ってももう取り戻せませんから、嫌いなままで居させてくださいよ」

吉「余計なお世話でした。すみません」

岡「でも吉末さんみたいなイイ人もいるってことは知ってるから。ありがとう」


岡「じゃあ、そろそろ逝きます」

牧「反対側はもう暗いね」

岡「闇と暮らした人生でした。あっち側が私にはお似合いですね」

瀬「そうでもないですよ」


 瀬野さんがそう言った直後、視界が少し明るくなる。見渡すと上に立っている鉄塔が光っている。

 牧邨さんが下を覗いているので一緒に覗いてみると、ビルが白くライトアップされている。

 瀬野さんが微笑んでいる。

瀬「じつはここ、夜は光るんです」

岡「ふふっ。意地悪ですね」

瀬「満足ですか?」

岡「まったくです」


 2人は目を合わせてウナズく。

 岡島さんが目を閉じて掌を合わせる。神にお祈りをしているのだ。

 僕も掌を合わせて、「岡島さんの行く先が幸せでありますように」と心の中で唱える。

 横を見ると牧邨さんも同じ格好だ。

 瀬野さんも岡島さんの後ろに立って祈っている。


 もう一度目を開けると、瀬野さんの左手は胸の前でピンと立って神に拝んでいるが、右手にはツバの無い日本刀が握られている。逝けないときに切って送るのだろうか。

 と、思うと指揮者のように刀を振り回した。岡島さんそ存在が薄くなる。「あっ」と声が出て思わず口を覆う。カスんでいく岡島さんは幸せそうに微笑んだ。



 岡島さんを見送った後、太陽はとっぷりと落ち、僕らの立つビルは煌々と輝く。

 僕はこのビルを見るたびに彼女の事を思い出すだろう。そしてそれは牧邨さんも瀬野さんも同じだろう。


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