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第13話 草臥の感取

牧「そろそろ帰ろっか。朝帰りなんてロマンチックでいいね」

 朝帰り、か。

 帰るという認識になっているのがなんだかむず痒い。

吉「そうですね。なんだかロマンチックですね」

牧「そこはロマンチックなひと言が欲しかったなぁ」

吉「あー...、美しい朝焼けを一緒に見られて嬉しいです」

牧「うーん、いまいちだね」

吉「ロマンティックなんて求めないでくださいよ」

牧「そうだね、どうて...。経験が少ないとね」

吉「今何か言いかけました?ほんとに傷つくんで、やめてください...」

牧「いや、なんかごめん...」


 長く楽しい夜だった。

 最後は気まずくなったけど最後じゃない。もう朝だし、むしろ始まりだ。

 本部のある建物に入り階段を上り、訓練フロアに辿り着く。

 そこには蓮沼副本部長が待っていた。

蓮「おかえりなさい。朝帰りする人は久しぶりで少し心配になりましたが、仲良くなれましたか?」

牧「はい!もう仲良しも仲良しですよ」

吉「仲良しも仲良しってどういうことですか」

牧「親友とはまだ言えないかなくらいの間柄かな」

蓮「それはよかったです。やっぱり私の目は正しいですね。それでは吉末さん、牧邨さんが師匠ということでよろしいですか?」

吉「はい。大丈夫です」

蓮「牧邨さんはどうですか?」

牧「私も大丈夫です」

蓮「分かりました。それでは今から


 副本部長は満足そうな顔でうなずきながら踵を返し結界の中へ入って行った。

 ここで僕たちの帰りをずっと待っていたのだろうか。

 深夜は暇なのかな。そんなことないと思うけど。

吉「早速修行ですか?」

牧「うん。とりあえずお昼までに隊服を仕上げようか」

吉「とりあえず?」

牧「うん、今日は入隊式があるからね」

吉「ええ?聞いてないですよ?」

牧「あ、私から伝えなきゃいけなかったんだ」

吉「頼みますよー」

牧「うるさいですね...。早く始めるよ」

吉「はいはい」

牧「ハイは1回」


 律儀にテンプレート通りの答えを返してくれる。

牧「じゃ、服脱いで」

吉「へ?」

 真顔で凄いことを言う。全裸になるってことか?

牧「ああ、言葉が良くないね。えーっと、着替えてみて」


牧「どうしたの?早く始めてよ」

吉「どうやるんです?」

牧「もう!よく分からなかったらスグに聞いて!私も教えるの初めてだから、どういう風に言えばいいかこれから探っていかなきゃいけないし」

吉「はい...すみません」

牧「謝らないで。悪いのは私じゃん」

吉「まぁ、そうですね」

牧「私そんなに悪くないでしょ!」

吉「自分で言ったんじゃないですか。で、どうするんですか」

牧「もうっ。じゃあまず、服の厚さを感じとって。それをちょっとずつ変えてみて。最初は着慣れた想像しやすい服に変えてみて。なんでもいいから」

吉「ほー、服の厚みなんて感じられます?」

牧「自分の体の大きさは分かる?その外側だよ」

吉「あー。なるほど。ちょっと感じ取ってみます」

牧「そんな意識するほどのことでもないでしょ」

吉「直感的でいいんですか?」

牧「とにかく感覚で覚えないと速く出来ないの」

吉「そういうものですか」

牧「そういうものなのよ」


 そうは言われても困るものは困る。感じたまま“ぱっ”とやっちゃえという意味だろうけど、そんなに簡単に全身を感じ取れない。全身を感じ取らずにするのかな。

 まあいいか。とりあえず外側を適当に変えてみよう。今の服装は青白のボーダーロンTに黒ジーンズだ。オシャレとは言えないが軽い外出にしては頑張っている方だと思う。

 さて、何に変えよう。バイトで着ていたYシャツならイメージしやすいか。

 今の服もお気に入りでよく着ていたから厚みまで想像できる。首のヨレも袖のたるみも。


 これをYシャツに作り替える?生地が足りなくないか?足りなければ補充すればいいか。

 日曜の朝のアニメでは輪を通ると衣装が変わる。アレを参考にやってみよう。上からサーっと変わる感じで。



牧「はやくしてよー」

吉「今やりますから」


 集中が途切れちゃったじゃないか。まったく。

 よし、ぶっつけだ!やるぞ!

 頭の上に輪をイメージする。それをゆっくりと下ろす。

 緩んだクルーネックの襟が伸び、Yシャツのキッチリした襟ができる。

 生地は綿からポリエステルに変わっていく。

 

 縫い目はよくわからないから作らない。

 青のボーダーが消え、白くなる。

 ソデの造形は考えていなかった。まずい、輪が袖にかかり始める。

 両方を考えるのは無理だった。

 輪がスソに到達し、変身が完了する。


牧「何それ、魔法少女じゃん」

吉「せめて少年にしてくださいよ」

牧「いい?魔法少年なんていないの。魔法を使えるのは少女だけなの」

吉「いや、現実には魔法少女もいないですよ」

牧「いるもん。」

 かわいいな...。

 

 さすがに1回じゃ変身できなかったか。

 片方の袖が元のままで、その高さのボーダーの青も残っている。

 意識せずにできるようになるにはどれくらいかかるだろうか。

牧「じゃあ今はそんな感じでいいから、30分以内に“ぱっ”とできるようになってね」

吉「マジですか」

牧「すぐにできるようになるよ。4時間後には隊服になってもらう必要があるんだから」

吉「服ならじっくりでも良いじゃないですか」

牧「じっくり?練習を?」

吉「難しいんですか?」

牧「この1カ月は息をつく暇なんてないよ。私はあなたを一人前の戦士に仕上げないといけないんだから」

吉「...マジですか」

 息をつく暇もないのか。耐えられるかな。


吉「これって、元に戻した方が良いですか?」

牧「そうだね。速着替えの練習をして、そのあと維持の練習もしようか」

吉「なんだか簡単そうなんですけどね」

牧「維持は結構難しいんだよね」

吉「ほぉ、どんなもんでしょうね」


 僕は牧邨さんの全身をよく見る。

 同じような服をゆっくり創り上げる。

 ボーダーの服に戻して、もう1度隊服に着替える。

牧「じゃ、そのままで創刀の練習をしてみましょうか」

吉「はーい」

牧「伸ばさない」

 牧邨さんはスッと刀を作り上げる。

牧「私は槍を使ってたんだけど、まずは刀を創れないとね」

吉「槍ですか。利点があったりするんですか?」

牧「それはまた戦闘訓練に入ったら教えるよ」

吉「最初が刀なのは、何か意味があるんですか?」

牧「褫魄隊は褫魄刀って名前から来てるらしいし。伝統かなぁ」

吉「伝統ですか。非効率ですね」

牧「そうでもないよ。一番イメージしやすい武器だし、武器を創る練習にはもってこいなんじゃない?」

吉「手を刃に変えるとかはどうです?」

牧「それが簡単にできるならイイよ。でも、慣れないうちに体をいじってると腕とか指の作りが曖昧になってくるかもね」

吉「かなりリスキーですね」

牧「まぁ、とりあえず創刀してよ」


 僕は言われた通りに刀を創る。創刀も少し早くなった。

牧「刃の長さは考えてる?」

吉「ちょうど良さそうな長さにしてます」

牧「厳密にした方が良いよ。間合いってスゴく大切だから。」

吉「厳密ですか。無理じゃないですか?」

牧「例えば、膝立ちになって刀身の長さが目線の高さと同じとか」

吉「なるほど。体基準で測るんですね」


 試してみると、刀を持った右腕を折り曲げて手を脇に近づけると、伸ばした左腕の先の中指で切っ先を触ることが出来た。長さはこうして測ろう。弓を引くような恰好になっているが、これはこれで恰好いいかもしれない。

牧「なに恰好つけてるの」

吉「いや、恰好つけてなんてないですけど」

牧「顔キメてたよね?眉まで寄せちゃってさ」


 どこまでも僕を揶揄カラカってくる意地悪な人だ。

牧「ちょっと、無視しないでよ~」

吉「もう知らないです」

牧「ええ~怒ったの?ごめんて」

吉「軽い人ですね」

牧「生まれてから死ぬまでそうだったから。悪いと思ってるんだけど治らなくて」

吉「本当に悪いと思ってるんですか?」

牧「そりゃ思ってるよ。ちょっと悪戯イタズラしただけでもう口聞いてくれなくなった人とかいるし。私が悪いんだろうなとは思ってるよ」

吉「軽くなかったんじゃないですか?」

牧「そんなことないと思うけど...。仲良くなるとついちょっかい掛けちゃうんだよね」

吉「じゃあ、この1カ月でその性格も直しましょうよ」

牧「いや、いいよ。どうせ後は消えるだけなんだし」

吉「ダメです。心残りがあると良い成仏できませんから」

牧「え、もしかして吉末くんてヤバい奴?」

吉「いや、牧邨さんのヤバい部分を直そうとするイイ奴ですよ」

牧「そうかぁ、ヤバい奴だったかぁ」


 僕は牧邨さんの悪戯癖イタズラグセを直すという名目で、悪戯に対して「そういうトコですよ」と注意できる口実を得た。1カ月もあればだいぶ意識できるようになるだろう。

牧「毎回吉末くんに許してもらわなきゃいけないの?」

吉「そういう事です」

牧「面倒な人だねぇ」


 牧邨さんはとても嫌そうな表情をするが強い反論はしてこない。たぶん本当に直したいと思っているのだろう。

牧「えっと続きだけど、スソが元に戻ってるから意識を切らさないで」

吉「え、あ!ほんとだ」

牧「創刀の初めから揺らいでたね。ま、これから上手くなるでしょ」


 全く気付かなかった。変わった感覚もない。

吉「維持はかなり手ごわいですね」

牧「うーん。全身を意識しながら、創刀をする練習をしようか」

吉「はーい」

牧「伸ばさない!」


 全身を感じ取っているから大量の情報が同時にやってくる。でも処理できるのはひとつずつ。同時に考えるなんて無理だ。交互に考えるくらいならできるけど。

 同時に処理できる数を上げるのはどうするんだ?本部長は部屋のすべての話を理解していた。本当に人間か?

吉「牧邨さん」

牧「ほぇ?」

吉「今ぼーっとしてましたね」

牧「まぁ暇だからねぇ」

吉「じゃあ一緒に考えて貰ってもいいですか?同時に処理できる情報の数を多くしたいんですけど」

牧「あー。最初にぶつかる大きな壁だね」

吉「牧邨さんはどうやって克服したんですか?」

牧「んー...センス?」

吉「なんてこった...」

牧「ちょっと、ガッカリしないでよ。アドアイスくらいあるから」

吉「とは言ってもセンスなんですよね?」

牧「ん-。まずは脳の中をイメージして、脳細胞全部が情報を処理できるって考えるの。海馬とか小脳とか脳のどこがどうってのは関係ない!」

吉「えええ。そんなの無理でしょ」

牧「それが出来ちゃうのが魄体なんだよね」

吉「右脳と左脳で別の事考えるみたいなことですよね」

牧「そうそう。私は10個くらいかな。たぶん本部長は脳細胞全部が別の事考えてると思うよ」

吉「いやいや、脳細胞はその繋がりの電気信号でものを考えるのであって、1つじゃ考えられないですよ」

牧「例えだよ。脳細胞なんてないんだから」

吉「いや、まぁ、そうでしょうけど」

牧「とにかく!やってみて」

吉「はーい」

牧「伸ばさない!」


 最初は右脳と左脳を意識してやってみよう。右で体を感じ取って、左で刀を創り始める。

 すると数秒もしないうちに目のピントが合わなくなった。目から入る情報が止まったのか。そうだ、五感という物を忘れていた。

 もともと脳の色んな箇所で情報処理を行っていたのか。そう考えると、創刀や“全身の感じ取り“を脳の使っていない部分で行うのは特別な事ではないのかもしれない。それ専用の部分を今作り上げよう。

吉「分かって来たような気がします」

牧「聞いてた通り覚えがいいね」

吉「そうですか?」

牧「この訓練は1週間の予定だったけど、もっと早くマスターできそうだね」


 創る刀をしっかりと見ながら体も感じ取る。だんだんと慣れてきた。

 見るや聞くは意識しないで出来ているから、それと同じようになれればどうということは無いのだろう。それでもなんだか意識が少しぼーっとする感じがする。

吉「なんだかぼーっとしちゃいますね」

牧「あー、持久力はあまりないんだ」

吉「え?持久力?」

牧「私たちは情報体で、新しい情報は余ってるところに書き込むわけだけど、その書き込む力?にも、早さとか持久力とかがあるんだよ」

吉「パソコンみたいですね」

牧「パソコンは知らないけど」

吉「熱暴走が起きてるってことですか?」

牧「ん-、そうなんじゃない?」

吉「適当ですね」

牧「わかんないもん。でも、情報を一気に入れると処理が遅くなるってことは分かってる」

吉「何が起きてるんですかね」

牧「さぁね。筋肉痛みたいなものじゃない?」

吉「進化するんですか?」

牧「そうだね。進化?というか、持久力はだんだんと伸びるよ。30分休憩しよう。退屈で仕方ないからさ、お話しようよ」

吉「まだ話すことあるんですか?」

牧「つれないなぁ。まぁ座りなよ」


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