第12話 最後の夜遊
僕は副本部長の蓮沼さんに連れられ、結界を出て隣のフロアに移動する。
ワンフロア全部を使っていたのか。賃貸契約すれば凄いお金がかかるだろう。
蓮「私たちはここでトレーニングを行っています」
吉「広いですね」
蓮「こだわりの物件です」
副本部長が得意げな顔をする。きっと自分で選んだのだろう。
蓮「暇だと思いますが1人で行動するのは危険です。今からの自由時間は牧邨さんと過ごしてください。もしも相性が良いようであれば、そのまま教育係になります」
吉「相性、と言いますと?」
蓮「性格や話し方などの相性です。人からモノを教わる上で最も重要になる部分ですね」
吉「性格ですか。分かりました」
蓮「では暫くここで待っていてください」
そう言い残し副本部長は結界へ入って行った。
すぐに出てくると思っていたらなかなか出てこない。牧邨さんを何処かに呼びに行ってるんだろう。暇だ。
創刀の練習でもしよう。今は創るのに時間がかかっているが、慣れたらきっと早くなる。先輩たちもきっと練習を重ねて早くなったのだろう。練習方法はあるのかな?創って消してを繰り返すしかないのだろうか。
とりあえず質より量だ。繰り返そう。刀の形に意識を出し、そこに魄を注ぎ込む。完成したら吸収する。また作り、吸収する。
吸収の速さもまだまだ遅い。吸収を早くするにはどうすればいいのだろうか。
意識で囲って、グッと詰め込んでみようか。
まずはトライだ。
創刀する。ちょっと早くできた気がする。
刀の周りに何かあるように考え、それを縮める。
吸収のイメージも手の平だけでなく、刀を体の中にしまい込むようにイメージする。
グッ! あ...、大変なことになった。
折れ曲がり、少しだけ小さくなった刀が手の平を貫通している。
痛みはないが不思議な感触だ。
手を大きくパーにした時の指の張りのようなものを、手の平と手の甲に感じる。
ゆっくりと吸収し、もう一度試す。
創刀...、グッ!
あれ?また同じようになってしまった。
このイメージじゃダメなのか。吸収する前に刀を立てて、体に入りやすい方向にしよう。
創刀し準備完了。
グッ! ...成功だ!あ、肘から出てきている。
上手くいかないな。
牧「戻すのって難しいよね」
急に話しかけられビクッとしてしまう。
声の方には女性が立っていた。20代前半くらい?たぶん同年代だ。
背は低く、髪は肩までサラッと伸び、笑顔が快活だ。
吉「いろいろ試してみてるんですが」
牧「ま、その辺は明日から鍛えていこう」
吉「牧邨さんですか?」
牧「はい、第一大隊に所属してた牧邨です。吉末君だよね?よろしくお願いします」
吉「所属してた?」
牧「うん、もう薄くなってきたからね」
吉「薄く?」
牧「魄がね」
吉「寿命ですか?」
牧「そゆこと」
吉「寿命って寂しいですね」
牧「寿命まで残れる人はなかなか居ないから私は幸運だよ」
吉「でも寂しいじゃないですか」
牧「初対面なのにそんなこと言ってくれるんだね」
吉「もう知り合ってしまいましたから」
牧「ふーん。ありがと」
牧「さて、どっか行きたいとこある?」
吉「この辺とか危ないってイメージで歩いたこと無かったので歩いてみたいです」
牧「おお、実は私も入隊日に歌舞伎町の散歩をお願いしたんだよね」
吉「そうなんですか、気が合いますね」
牧「風俗街とか見てみたいって人は多いみたい」
吉「いや、風俗街を見たいって訳じゃ...」
牧「実は神仏会の拠点も近くにあるから結構危ないんだけど」
吉「え、じゃあ他のとこ行きましょう」
牧「ダイジョブだよ。昨晩は恨み買うようなこと言った?」
吉「いや、言ってないですね」
牧「じゃあ大丈夫だよ」
吉「どの辺が大丈夫なんですか」
牧「偉い人の個人的な恨みで狙われることもあるけど、その辺は大丈夫っぽいってこと」
吉「たまたま鉢合わせたらどうするんですか?」
牧「君を抱えて逃げるよ」
吉「逃げ切れるんですか?」
牧「それは運だね」
吉「他の人と動く、とかは?」
牧「みんな忙しいよ。この世界の移動はそういうもんだよ」
吉「危険を伴う、ってことですか」
牧「まぁ私は幸運だからきっと大丈夫」
吉「ん-。わかりました。第三大隊も見回ってくれてると信じて、行きます」
牧「いいね、男の子はそうじゃないと」
階段を下り歌舞伎町へ向かう。夕焼けの終わり。暮れなずむ町って感じだ。
牧邨さんの姿を見ても魄が薄くなっているかどうか分からない。
吉「どのくらいこの世界で過ごしたんですか?」
牧「来月で12年だね」
吉「見た目は同い年くらいでも世代が違うって面白いですよね」
牧「面白い?」
吉「見た目年齢が近いと生まれ年が全然違っても親近感湧くって面白くないですか?」
牧「たしかに!考えたこと無かったなぁ」
吉「見た目って大事なんですね。仲間かそうじゃないかを本能で判別してるんですから」
牧「死んでも本能に縛られるなんて悲しいね」
そんな風に無駄話をしながら“歌舞伎町一番街”と書かれたアーチを潜り、アブナイ町に足を踏み入れる。
吉「日が落ちるのも少し早くなってきましたね」
牧「もうみんな長袖だね。犬とか猫から見たら冬毛になったとか思ってるのかな」
吉「かもしれませんね、人は所詮ちょっと賢いだけの獣です」
牧「そこまでは言ってないよ」
吉「あれ?そうですか」
牧「意外と過激派だね」
吉「いや、自分ではリアリストだと思ってるんですが」
牧「自覚も大事だよ。自分の考えは端っこじゃないかな、ってね」
吉「ハジッコ、ですか」
牧「そう、端っこ。極論思考は分かり易いし言い易いから楽なんだけど、端っこだからその先には何もないの」
吉「でもそうじゃないと時間がかかることもないですか?」
牧「いいじゃん。時間をかけて苦しんで悩んでこそ人間だよ。極論なんてそれこそ獣と同じだよ」
吉「なかなか過激派ですね」
牧「そうかも」
人が増え、楽に歩けるような隙間が無くなり始めた。
ぞろぞろと自然な人の流れができている。不思議なものだ。
キャッチや嬢が声掛けを頑張っている。ドラマやゲームでしか見たことが無かった光景だ。
いや、鶯谷でも吉原でも少し見たことがあったか。あんなに熱心だったっけ?
牧「初めて来た歌舞伎町はどう?」
吉「にぎやかですけど、なんか普通ですね」
牧「でしょ。どこの繁華街もかわらないよね」
吉「裏とかも通ってみたいです」
牧「ん、お店に入ってみたくない?」
吉「それは...またいつかということで」
牧「死んでんのに気にする必要ないよ」
吉「いや、感情はありますから」
牧「自分の感情に従う方が良いよ」
吉「別に行きたくないですって」
牧「またいつかって言ったじゃん。ちょっとは興味あるんでしょ?それに行けるときに行かないと次は無いかもしれないよ?」
吉「それはそうですけど」
牧「じゃ、入ろう」
無邪気に笑いながら入っていくのでその後を追いかける。
入ったのはキャバクラと呼ばれるところだろうか。
明るい店内にコールが響き、着飾った女性たちが接客をしている。
社会人になっていたらこんな世界に来ることもあったのだろうか。
牧「実は私、ここで働いてたの」
吉「え、でもさっき歌舞伎町を見てみたいって」
牧「私の話はしてないでしょ?」
吉「そうでしたっけ」
牧「割と人気だったの」
吉「まぁ、そんな感じはします」
牧「美人ってこと?」
吉「不躾な言い方をすればそうなりますかね」
牧「褒め言葉は直接言わないと意味ないよ?」
吉「そうですね。牧邨さんはきれいです」
牧「それって天然?」
吉「何がですか?」
牧「もういいよ、ありがと」
吉「よくないですよ」
牧「私ね、学もないのに東京に夢を見て上京して、こんなことしかできなかったの」
吉「いや、勝手に話始めないでくださいよ」
牧「でもね、この仕事は私に合ってたみたい。背も高くないし華もないんだけど、お化粧を練習して、誉めるのも上手になってだんだんと人気が出てきたの」
吉「はえーすごい。努力したんですね」
牧「そんな大層な努力じゃないけどね。んで、太客も増えて何回かこのお店のナンバーワンになったこともあるの」
吉「え、ナンバーワンキャバ嬢ですか!」
牧「歌舞伎町イチは遠かったけどね。凄いでしょ。」
吉「才能があったんですね」
牧「でも、キミみたいな陰キャに刺されて殺されちゃったんだ。仕事として相手しただけなのに、本気にしちゃったみたい」
吉「僕みたいなって形容いらなかったでしょ」
牧「もう陰キャって感じよ。でも確かに君みたいに喋れなかったかも」
吉「それは僕も簡単に落とせそうって話ですか?」
牧「そうかも。暗い話しちゃったね」
吉「思い出の場所なんですね」
牧「もうほとんど覚えてないけど。...強引に連れて来ちゃってごめんね」
吉「入ってみたかったのは事実ですし、いいですよ」
牧「吉末君って優しいね」
吉「その手には乗りませんよ」
牧「こざかしいね」
店内を回って観察してみたが特に面白いことも無かった。
当事者になれば楽しいのだろうか。
仲良くしてくれるのは仕事だからだと知っているのに。
牧「生きてるときに来てみたかった?」
吉「まぁ、一度くらいは」
牧「今もそう思う?」
吉「いやぁ、見学だけでお腹いっぱいです」
牧「私だったらリピートさせる自信あるけど」
吉「そんな牧邨さんももう居ないので生き返っても行きませんよ」
牧「なんで君だけ生き返る設定なのよ」
吉「あ、確かに。もしも生き返ることがあったならきっと会いに来ますよ」
牧「ふふっ、うれしい。ありがと」
吉「でも、その手には乗りませんよ」
牧「こざかしいね」
路地に入ると表と違ってとても暗い。さっきよりもスーツの人が増えた気がする。
ヤクザは見た目でヤクザと分からないというが、確かにわからない。
いや、本当に一般人かもしれない。いや、眼光が普通の人じゃないな。どうだろう。
牧「ありゃ堅気じゃないね」
吉「わかるんですか?」
牧「なんとなくね」
吉「経験ですか?」
牧「そうだね、もう役に立つこともないけど」
吉「見抜くコツとかありますか?」
牧「んー、やっぱり姿勢と目かな」
吉「確かに目は鋭いですね。姿勢のどの辺ですか?」
牧「なんだかいつでも動けるようにしてる、みたいな緊張感ない?」
吉「緊張感ですか...ん-、あるような...、ないような」
牧「前かがみとか、膝の曲がり具合とか、その辺かな」
吉「ん-、言われてみればって感じですね」
牧「一般人になり済まして近づいてきた急に刺されるってこともあるからね。気を付けて」
吉「そんなこともあるんですか」
牧「よくあるみたい。とくに第二大隊になったら見分けは絶対にできた方が良い」
吉「第二と一緒に行動したりしたんですか?」
牧「神仏会も魄について研究してるから悪霊を研究しに来たりするんだよね」
吉「そこで共闘するんですね」
牧「いや、共闘なのかな?こっちの相手は悪霊で、あっちは人だから」
吉「背中合わせって共闘じゃないですか」
牧「そういう捉え方もあるかもしれないね」
女の子がイカツイ人に連れられて建物に入って行く。
牧「ありゃりゃ」
吉「借金ですかね」
牧「そうだろねー風俗とかAVとか普通に出されるからね」
吉「え?マジですか?もうそんな時代じゃないでしょう」
牧「いやいや、普通だよ。ホストに貢ぐには君が思ってるよりもお金が必要なんだから」
吉「で、身を売るんですか」
牧「まーあんまり考えてないんだろうね。恋は盲目。背に腹はかえられぬって感じ。恋する女の子は無敵なのよ」
吉「恋、ですか。恋ですか?」
牧「恋って言わせてよ」
吉「経験があるんですか?」
牧「借金は最高いくらだったかな...最近うまく思い出せなくなってきたな」
吉「魄が薄まると、そうなるんですか?」
牧「たぶんその影響だね」
吉「でも結構覚えてますね」
牧「そんなことないよ。彼氏も半分以上思い出せなくなっちゃったし」
吉「どんだけ居たんですか」
牧「それは乙女の秘密だよ」
吉「僕には関係ないでしょう」
牧「あるかも...しれないじゃん...」
吉「その手には乗りませんよ」
牧「こざかしいね」
牧邨さんの上目遣いを見下して想像する。話していると彼女はかなり賢いように感じる。
話を聞く限りはあまり成績が良くなさそうな感じだけど、きっと勉強が嫌いだっただけなのだろう。
牧「あーあ、昔はあんなに楽しかったのになぁ」
吉「死んじゃったらお酒も飲めないですからね」
牧「当たり前のことをしみじみと言わないでよ」
吉「え?今のは重い感じだったじゃないですか」
牧「僕と楽しみましょう、くらい言えないの?」
吉「この体で楽しむのは無理じゃないですかね」
牧「夢がないなぁ、君は。それじゃモテないよ」
吉「いやぁ、モテ基準で動いてないですからね」
牧「ああ言えばこう言うその態度も良くないよ」
吉「それはちょっとだけ自覚もあります。でも、」
牧「でも?“でも”も“だって”ももう使わないで」
吉「それは厳しいですね。でも、わかりました」
牧「あ!また使ってる。こりゃぁ時間かかるね」
牧「でも、これから精神面でも君を鍛えてくよ」
吉「あ、今“でも”って2回使いませんでした?」
牧「もう!君は本当にどこまでもこざかしいね」
歌舞伎町を通り抜けると少し寂しい通りに出た。
まだ早い時間なのに道端にはちらほらと吐しゃ物がまき散らされている。
吉「通り抜けちゃいましたね」
牧「そんなに広い訳じゃないからね。風俗店にでも入ってみる?」
吉「人のを覗くなんてダメですよ」
牧「覗くとは言ってないけど。こういうことしてると嫌でもいつか見ることになるよ」
吉「なんか、恥ずかしいですね」
牧「チラッとでも見とこう。もし戦闘中に初めて見ちゃったら動揺しちゃうでしょ」
牧邨さんが熟女系風俗店へ案内してくれるので付いていく。
中にはピンクな声が少しだけ漏れ聞こえ、数人が待っている。やっぱりモテなさそうな人たちだ。人をモテ基準で測るのは好きじゃないけど、何故かここではモテ基準で人を見てしまう。
僕もいつかはこういうお店にお世話になっていたんだろうか。
ここは一応お風呂屋という体のようだ。いくつかの部屋があり、その中の1つに入る。
牧「まだ働いてる」
吉「昔の知り合いですか?」
牧「うん。キャバで客が取れなくなって、風俗に行って。今じゃもう熟女だよ」
吉「厳しい世界ですね」
牧「死んじゃって良かったかも、って思っちゃう」
吉「そんなこと言わないでくださいよ」
牧「今に満足してるからね」
吉「いやいや、もしかしたらお金持ちが見請けしてくれたかもしれませんよ」
牧「夢は叶わないから夢、ってね。この人も昔は可愛かったけど今じゃ汚いジジイの夜の相手だよ」
吉「そんな言い方しなくても良いじゃないですか。身を削って働いて立派ですよ」
牧「そんなの綺麗事だよ...。私もね、一度だけ働こうとしたこともあったよ。お金が欲しくてね」
吉「貢いでたんですか?」
牧「さっきも言ったでしょ。寂しさを埋めるにはお金がいるんだよ」
吉「けっこう稼げたんですか?」
牧「いや、私には無理だった...。面接でね、店長の前で服を脱ぐんだけど、その時点で勇気が出なくて。彼氏でもないパツキンのかる~い男に股開いてたクセにね」
吉「それはなかなか...」
牧「なかなか?重い?」
牧「私には覚悟が足りなかった。大馬鹿なのに、そこは馬鹿になりきることが出来なかった。わかる?ここで働いてる人はそのくらい必死なの。意地汚く生きてるの」
吉「なんか軽く言っちゃってすみません」
牧「いいよ。フォローしようとしてくれたんでしょ?私は逃げたんだけど、風俗で働いてる人をわかろうとしないでね。きっと自殺者に出会うこともあると思う。そういう時は話を聞いてあげて。ただ、寂しいだけだから」
吉「今知れてよかったです」
牧「じゃあついでに、楽に稼げるからとか単にその人の倫理が欠けてるとか、重い話ばかりじゃないってことも知ってて」
吉「ん-、固定観念を持つなって事ですね」
牧「そゆこと」
笑いながら言うその目は悲しみを含み、何かを懐かしむように見えた。
何か複雑な感情になっているのだろう。知り合いが自殺したのだろうか。
でも、むやみに聞くのはよそう。きっと牧邨さんの中ではもう消化できているのだろう。
牧「こんなお店で暗い話なんて良くないや。本番やってるとこ見に行こ」
吉「ええ、そんな積極的に?」
牧「いいじゃん、行こ!」
女の人とエッチなものを見るのは気まずい。いや、誰と見てもそうだろう。こんな状況はそうあるものじゃないが、生きていた頃なら一緒にAVを見るようなものだろうか。
僕は何をしているんだ?いや、何をさせられているんだ?
牧「すっごいよね。女の快感は男の7倍とか10倍とか言われるからね」
吉「そんなに良いんですか」
牧「ん-。人によるよ。不快だって言う人もいるし」
吉「でも?良かったんですよね?」
牧「それセクハラだよ」
吉「こんなトコに連れて来てそんなこと言います?」
牧「当たり前だよ」
謎の理論を盾に僕は悪者にされてしまうが、なんだか気持ちがいい。こんな状況なのに変に意識をしないで済む。ナンバーワンの嬢だったのも納得だ。なんだか爽やかな気分でお話ができる。
嫌味が無く、純情を取り戻しちゃう感じだ。
牧「どうしたのボーっとして。もしかして、コーフンしてる?」
吉「んなっ!しないですよ!」
牧「必死になって怪しいね~」
吉「死んでからそんな気分にならないですよ!」
牧「分かってるって」
吉「もう揶揄うのはヨシてください」
牧「童貞は反応が初心で楽しいんだよね」
吉「え、なんでわかるんですか」
牧「ハハ、引っかかったね。やっぱりそうなんだ」
吉「あ...」
牧「お姉さんが貰ってあげようか?」
吉「もう黙っててください」
牧「あれ?怒っちゃった?」
吉「もういいです。」
牧「もーぅ。ゆるして?」
吉「その手には乗りません。」
牧「おねがいっ」
目の前では男女の遊戯が行われ、真横の女性は胸元を強調した服装に変わり僕の顔を覗き込んでいる。
どういうつもりだ?触れると痛いし、何も出来ないハズだ。
いや、何がしたいとかではないが。いや、誰に言い訳してるんだ。
吉「そろそろ別のとこに行きましょう」
牧「私がこんなにアピールしているのに?」
吉「だいたい、触れないですよね。」
牧「えー、触ってみないとわかんないじゃん」
吉「とにかく。いいです。もっと自分を大切にしてください」
牧「私がしてみたいって言ってるの」
吉「僕はしたくないって言ってます」
牧「本心じゃないよね?」
吉「本心じゃないのは牧邨さんの方でしょ」
牧「私はしたいの。触れ合えないなんてもう無理。12年も我慢したけど。このまま消えるなんて嫌だよ...」
吉「僕はその寂しさを理解できないです」
牧「そんなこと言わないでよ...」
吉「その手には乗りません」
牧「ちぇっ!かわいくないなぁ」
牧邨さんの服が元に戻る。笑っているけど気まずそうだ。
ちょっとだけ本心だったのか。それとも僕を揶揄おうとしたけど僕が乗らなかったから気まずいのか。
僕の対応は正解だったのだろうか。あのまま触っちゃうのはたぶん失敗だ。
もう少しうまく流せる言い方があったかな。
お店から出てまた繁華街の中を通る。
無言の時間が流れる。大きな通りに出た。2人が並んで道なりに歩く。
公園のような所が見えたのでそこへ入る。
公園かと思ったが緑の多い道のようだ。木々に喧騒が遮られ、少し落ち着いた雰囲気だ。
進んでいくと左手にゴールデン街と書かれたアーチが目に入る。
牧「ちょっと座ろっか」
牧邨さんに促され、アーチ前の花壇の縁に座る。
昭和レトロな雰囲気がアーチの奥に広がっている。こういう所は好きだ。
しかし奥から汚れたスーツを着たオジサンがふらふらと歩いてくる。やっぱり好きじゃないかもしれない。
牧「うわー、自分に吐いちゃってるね」
吉「いい歳して何やってるんですかね」
牧「いい歳だからだよ。誰にも頼れなくて女の子とはっちゃけるしかないんだよ」
吉「寂しがり屋ですね」
牧「私もだよ。きっと君も」
また無言の時間が流れる。
人通りが減っていく。町が静かになって行く。
夜風が揺らす木々がサラサラと音を立てていることに気づく。
お店が終わって帰っているのだろうか。普段着の女性がカツカツと音を立てて前を通り過ぎる。こんなに綺麗な道なのにスマホばかり見ている。どれだけ忙しいのだろう。
猫が目の前を走り抜けハッとする。どのくらい時間が経っただろう。
牧邨さんも同時にハッとしたみたいだ。顔を見合わせて少し笑う。
牧「なんかごめんね」
吉「え?」
牧「ちょっとやりすぎちゃったかな、って」
吉「ああ、さっきの。良いんですよ。寂しいんですよね、みんな」
牧「その言い方ムカつくなぁ」
吉「これでアイコですよ」
牧「ふーん、やさしいね」
吉「やさしいんです」
牧「しかもとっても誠実で」
吉「ん?その手には乗りません」
牧「違うよ。本当に思ってるんだよ」
吉「そういうこと言われたときってどう返せばいいのか分からないです」
牧「そういう素直なところもかわいいね」
吉「さっき天邪鬼みたいなこと言いませんでした?」
牧「アマノジャク?なにそれ」
吉「あ、いいです」
牧「そういう所は直した方が良いね」
そのまま空が白んでくるまで話をした。
主に牧邨さんが沢山のことを話してくれた。悲しい過去も楽しい思い出も。
相対的に僕の歩んできた人生の軽さを知った。
これから1か月、この人から沢山のことを学んでいこう。
そしてせっかく続く魄としての命だ。
褫魄隊として歴史を残して生きて行こう。