第11話 稟性の穿鑿
永井さんに話を聞いた後、梶本さんと乾風さんと一緒に本部へ向かっていた。
梶「どう?どの大隊に入りたいか決まった?」
吉「いやー、戦いには向いてるらしいんですが、戦いよりも生きてた頃の知人とかを探したくて」
梶「うちにもデータ収集員とかいるから、動き回るのは問題ないと思うんだけど」
吉「そうなんですか?良さそうですね。でも良いんですかね、私情でこの世界に居座っちゃって」
梶「みんなそうだよ。何か未練があるから留まってるんだ。それがこの世の行く末とか壮大なものであっても未練には変わりない。3D世界のことなんてもう関係ないのに残ってるんだ。それも未練でしょ、うん」
吉「もしかして、フォローしてくれてます?」
梶「まぁね。組織に属しているとは言っても、心は自由じゃないと。どんな考えでも自由だ。これから会う人たちに認められたら正式入隊になって、体の自由はあまり効かなくなる。けど、心だけは自由でいてくれ」
吉「なんだか深いですね。それがその文字の意味ですか?」
梶「ああ、そうだよ。随筆の「随」ね。僕らは自分の心に従って自由であることが大事なんだ。今の第四は12人しか居ないからね、班は組まずにみんな自由に誓字を書かせてるよ。」
吉「そんなのもありなんですね」
永「僕の権力だね」
吉「権力って言葉選ばなくてもいいじゃないですか」
永「へへへ、持つもの持つと人は変わっちまうぜ」
吉「人が変わるほどの権力じゃないでしょ」
永「いやぁどうかな」
謎の権力アピをされながら本部に到着する。昨晩の喧騒とはかけ離れた静けさだ。歌舞伎町の近くということもあるだろう。日が出ているうちはまだ静かだ。
階段を上がり、結界に入る。
篁「久しぶりですね!元気にやってましたか」
梶「この体になってからは元気で仕方ないよ」
篁「それはよかったです。今回は席もあるので好きに座ってください」
梶「お、椅子なんて用意できたんだね。ありがとう」
1つの椅子の前に10の椅子が並んでいる。おそらく僕が1つの方の椅子に座ることになるのだろう。10人か、多いな。結局いくつの大隊があるのだろうか。みんな怖い人なんだろうか。何を聞かれるのだろう。
篁「そろそろ時間だ。集まってくれ」
大隊長が声を掛けると中にいた人の多くが出て行き、10人だけが席に座る。みんな強そうで凄い迫力だ。いやいや、なんかみんなデカくないか?栄田さんがチビるって言ってたのはこのことか。
本部長に呼ばれて席に着く。気圧されて俯いてしまう。今にも首をはねられそうだ。たぶん大丈夫なんだろうけど。
蓮「吉末さん、今日は少しの間付き合わせますが、よろしくお願いします。副本部長の蓮沼といいます。これから面談を始めますが緊張はしないでください」
キャリアウーマンのイメージ通りの女性だ。張り付けたような笑顔が爽やかで怖い。年齢は40代後半だろうか。このあたりの女性の年齢は全く読めない。
蓮「では、私から本日お集まりいただいた皆様を紹介させていただきます。代表者の皆様はいつものように各大隊のお仕事の紹介をしてください。まずは本部長の篁からお願いします。」
篁「東京本部本部長の篁だ。最初は「どこの隊がいいかなぁ」くらいに聞いてればいい。俺はお前が悪い奴とは思わない。これからよろしく」
蓮「では、第一大隊大隊長の甲斐さん、よろしくお願いします」
甲「よろしく。化物退治専門の大隊です。ハリウッドみたいにスリリングな日常を送りたいならウチが一番近いかな」
蓮「第二大隊大隊長の島津さん、お願いします」
島「生きて会えたな。俺んとこは宗教退治だ。第七とは仲が悪い。人を切るのに耐えられるならウチに来てもいいぞ」
蓮「第三大隊大隊長の橘さん、お願いします」
橘「よろしくー。パトロール隊っていうのが近いかな。足の速い人が向いてると思う。仕事は町にある異常を第一とか第二とかに報告する、みたいな、そんな感じです」
蓮「第四大隊大隊長の梶本さん、お願いします」
梶「さっき紹介したけど、魄に関する研究をやってるよ。よろしく」
蓮「第五大隊の竹中さん、お願いします」
竹「うちも紹介済みだな。もう会うことも無いかもってくらい他の大隊との関りがない大隊だ。長生きしたらまた会えるかもな」
蓮「第六大隊の河本さん、お願いします」
河「第六大隊は国内外から情報を集める部隊。外国語を話せる人が欲しい。以上」
蓮「第七大隊大隊長の藤井さん、お願いします」
藤「私たちの隊は比較的まともな宗教家が集まって出来ています。お仕事としてはこちら世界でお葬式のようなものを執り行っています。宗教に関わる大隊なのであまり良い印象は持たれませんが我々も頑張っています。よろしくお願いします」
蓮「第十大隊の楠さん、お願いします」
楠「うちは中央だ。新入隊員を見に来ただけだ。今日もこれ以降は喋らない」
こんなに大隊があったのか。どこの仕事も大変そうだ。第八と第九は今日は来てないのかな。
蓮「吉末君のデータですが、化学系の学部生。飲み込みが早い。柔軟な性格。コミュニケーションも得意。そして魄量が多い。くらいでしょうか」
藤「宗教を意識したことはありますか?」
吉「特にないですね」
河「英語は喋れるか」
吉「喋れないです、すみません」
島「宗教に恨みはないか?」
吉「いやぁ、特にないですね」
甲「ヒリつく勝負は好きか?」
吉「いや、どうでしょう。旅とか知らない店に入るのは好きだったりします」
橘「人生は楽しかった?」
吉「まぁそれなりには楽しめましたかね。特に何が楽しかったってのはないですが、大きな後悔はないと思います」
吉「えっと、すみません、どの大隊に入るかを決める会ですか?」
蓮「いえ、現在は適性を見ております。質問が多くなりますがご容赦のほどお願い申し上げます」
吉「その、僕の意思とかは...」
蓮「もちろん反映致します」
吉「第四か第三がいいな、思っているんですが」
蓮「どの大隊も慢性的な人員不足ですので、ご希望に添えない場合もございます」
吉「なるほど。ちなみに第八大隊と第九大隊は?」
蓮「現在は存在していません」
吉「それは人不足で?」
蓮「はい、そうです」
島「質問いいか?」
吉「あ、はい」
島「法を犯したこと、もしくは、人を殺したことはあるか?」
吉「赤信号も守るくらいですよ。そういうのはテレビの向こうのお話でしたね」
島「中学の頃に万引きとかは?」
吉「そんな人とは友達もやめていました」
島「そうか、その正義はホンモノか?」
吉「ホンモノ?」
島「死ぬまで貫いたか?」
吉「はい...たぶん。友人が裏で何してたまでは知らないので難しいですが」
島「そうか、ありがとう」
甲「じゃ俺からも1ついいかな。大切な人は居たかい?」
吉「大切な人ですか...」
甲「その人のためなら何でもできるような人ね」
吉「そういう状況にならないと分からないですが、親友だと思える人は居ました。そいつになら腎臓でも肺でも一個くらいあげても良いですね」
甲「心臓なら?」
吉「それは迷いますね。そこまでして生かされる方が苦痛でしょうし」
甲「命以外なら賭けても良いってこと?」
吉「命くらいは賭けますよ。でも僕の人生を背負わせるようなのは、なんていうか、良くないと思うので」
甲「いい考えだね、じゃあ一緒に死ぬのは?」
吉「アイツはそんなこと頼みませんけどね。まあ、どうしようもない状況で一緒に死ぬならアイツとが良いかな、くらいですかね」
甲「その親友は女性?」
吉「いえ、男です」
甲「彼女とかは?」
吉「居たこともあります。それこそ命を賭けられるくらい好きでした。でも、何故かフラれたんですよね。そしたらなんだか大事じゃなくなっちゃいましたね」
甲「青春だねぇ」
吉「それが恋と愛の違いなんですかね」
甲「それは僕に聞かれても解らない。それを教えようとする人も解った気になってるだけだと思うから、自分なりの納得できる答えを見つけるしかないね」
橘「私からも、もう1ついい?死に方を聞いてもいい?」
吉「えーと、トラックに轢かれました」
橘「突っ込まれたの?それとも、飛び出し?」
吉「飛び出しと言われればそうですね。犬が轢かれそうになっていたのを助けたんです。結果として僕は死んじゃったんですが、犬は生きてて良かったと思います」
橘「自分が死ぬとは思わなかった?」
吉「そうですね。まさか自分が死んじゃうとは思わなかったですね」
橘「後悔はしてる?」
吉「お葬式のみんなの反応を見てしまうと、後悔が無いとは言えないですね」
橘「そりゃそうかー。ワンちゃんが生きて自分が死んだ事はどう?」
吉「僕よりもワンちゃんの方が世界のためになる気がしますから、そこに後悔はないですね」
橘「ほんとにー?死んじゃったんだよ?それだけなはずないじゃん」
吉「んー、まだ本心では死んだことを受け入れられていないのかもしれません。体もありますし、皆さんとお話もできます。これって、生きてるときと変わらなくもないですよね」
橘「今の状況を楽しめてるんだねー」
吉「そうですね。刺激的で楽しいです」
藤「僕ももう一つ。今は彼岸にいるって考えるのが普通かもしれませんが、この世界をどう思いますか?これから極楽浄土や天国に行くと考えていますか?」
吉「いや、どうなんでしょうね。宗教的な世界観はあまり知らないですが、それが何であれ否定はできません」
藤「否定できない?今見ているこの世界を?」
吉「生きてたときと認識できる範囲はほぼ変わってないので、否定も肯定もできません。もしもここが天国なら残念ですね」
藤「私たちもここが極楽浄土とは思っていません。この世への未練を断ち、成仏するときに導かれると考えています」
吉「なんで導くんですか?」
藤「慈しみの心を私たちに向けてくれているんです」
吉「わざわざ?」
藤「はい。神や仏というのはそういう存在です」
吉「気楽でいいですね」
藤「捻くれた見方をすればそうなりますかね。ですが、あくまで上位存在ですので私たちがどうこう言うことではないのです」
吉「宗教に詳しい人に聞きたいことがあったんですがいいですか?」
藤「はい、なんでも」
吉「イイ人が早く死ぬように感じるのはなぜですか?」
藤「宗教の中には現世を修行の場とする考えのものもあります。そう考えたとき、イイ人と言うのは天国に行くための徳が十分に積まれていると考えられますよね」
吉「でも、最低な人も早く死ぬことってありますよね」
藤「外に出す行為は悪いモノであっても心の中までは読めませんよね。憎まれ口を叩く人も実は寂しいんです。話してみると良い人だったりしますよ」
吉「行為によって判断されるべきではないんですか?」
藤「そうですね、例えば、意識の世界を神が見ているとすればどうでしょうか」
吉「辻褄合わせが凄いですね」
藤「いえ、可能性はありますよね」
吉「可能性は、ありますね」
しばし無言が流れる。
納得がいかない。普通に考えれば宗教なんてただのファンタジーなのに、どうしてそこまで信じられるんだ?宗教を信じてる人はどういう気持ちで受け入れているんだ?
吉「無いものをあるんだと妄想して死の恐怖から逃げているんですか?」
篁「おいおい、乱暴な聞き方だな」
言葉が強くなってしまった。何故か感情的になっている自分がいる。
藤「ハハハ、痛いところを突かれました。そうですね。普通の人は消滅が怖いものですよ。だから空想にも縋るんです。みんなが君のように強い訳ではありませんから」
吉「僕も怖いですよ。そこにいるのは神じゃなくて消滅じゃないですか。この体だって意識だってきっとただのエネルギーで、いつか熱に変わって消え失せるんです」
藤「そうかもしれません。でも、そうじゃないと信じる方が心が楽になりませんか?」
島「待て待て、お前お得意の流れになってるな」
藤「いやいや、僕が誘導したわけじゃないですよ。人はそうなるようにできてるんです」
島「吉末、お前今、宗教は悪くないかもって思ったろ」
吉「まあ、正直に言えばそうですね」
島「いいか、解らない、知ることができないことは恐怖そのものだ。負けるなよ。宗教家ってのは恐怖心に付け込んで金儲けしてるペテン師ばかりのイカレ集団だからな」
藤「ひどい言われようですね。でも、吉末君には人間味があるようで安心しました」
島「俺は人間じゃないってか?」
藤「いえそんなことは思いません。島津さんのような反応を示す方も非常に人間らしいと思います」
島「なんなんだよその上から目線は!なんでも知ってるみたいに言いやがって!叩き切るぞ!」
蓮「島津!不用意な発言はよしてください」
島「...ああ、悪かった」
藤「はい。謝罪を受け入れます」
島「チッ」
篁「済まないな、いつもこうなんだ」
吉「驚きましたが、大丈夫です」
篁「みんなそろそろいいか?」
数人がうなずく。
篁「よーし。コイツが褫魄隊に入ることに賛成なら挙手!」
蓮沼さんは「それは私のお仕事です」と小さく怒りながら手を挙げる。
皆が少し考え、手を挙げる。誰も人の顔を伺わない。
第十大隊の楠さん以外が手を挙げる。
蓮「楠さんは反対ですか?」
楠「なんだか生意気で腹が立つからな」
篁「それは同感だ」
吉「酷いですね」
篁「恨むなら自分を、だ」
蓮「では、賛成多数と言うことで正式に吉末君を褫魄隊に迎え入れます」
吉「ありがとうございます」
蓮「では、今日はゆっくりしてください。早速明日から訓練に入ります」
篁「じゃあ今日は解散だ。みんな来てくれてありがとう」
全員が立ち上がるので僕も立ち上がる。
プレッシャーから解放されて気が抜ける。
みんながひとこと本部長に挨拶をして帰っていく。
わらわらと結界の外にいた人が入ってきた。
楠さんは少し長く篁さんと話をした後に出て行った。