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未知の世界でも生きて見せます  作者: 雪の子
第1章 幼年期
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第一話「目覚め」


あれ…ここ、どこ?


燃え盛った火の熱で重い瞼を少しずつ開きながら目を覚ました灰髪の少年は

意識が朦朧とする中、無理やりにでも力を振り絞って傷だらけの体を起こし、顔を上げた

彼が最初に見た光景を一言で表すとするならば誰もが口をそろえてこう言うだろう


()()であると


視界がぼんやりとしていて前がはっきりと見えない彼であっても

今何が起きているかは瞬時に理解できた

辺り一面は火の海と化し、暗闇の街を空高く伸びた火の壁が照らし

その壁が何重にも四方八方にそびえ立って燃え盛っている

自分の周りを見てみると所々割れているレンガの床の上に

何十…何百…いや、それ以上もの死体が無造作に転がっていた

街の建物はほとんどが崩壊し、そこから避難しようと

街の外へ必死に逃げまとう人々で溢れかえっている

中には倒壊した建物に埋もれ、助けを求めている者や

泣きながらも親を必死に探している幼い子供

この状況に絶望して自暴自棄になっている者など…


その光景は地獄というには申し分なかった


「おい、こんなところに子供がいるぞ!」

「誰か!誰か!」

「おい大丈夫か!?」

「意識はあるみたいだ」


大人たちが僕の周りに集まってきた

何かを言っているようだが意識が朦朧としているせいか聞き取ることができない

なにを喋ってるのかを聞くために喋ろうとした次の瞬間…彼は絶望した


「………!?」


助けを求めるために声を出そうとしても声が出なかったのだ…喋れないのだ

しかもそれどころか口を開くことすら出来なかった

まるで口に重りが何個もつけられているかのような…

口を何人にも人に抑えられているかのような…


なんで!?なんで!?なんで!?なんで!?


そのことだけが頭の中をぐるぐる回る

何回も、何十回も、何百回も、何千回もぐるぐると…永遠に…



なんで…喋れないんだ…



彼は文字のごとく頭を抱え込んだ

誰の助けを呼べないことに

もう助からないかもしれないことに



()という恐怖に



そして彼はそれらの絶望と共に自覚した

自分がどこの誰なのか…何も思い出せないという事実に…

彼は再度絶望する


ー僕は一体…誰なんだ!?


彼の心は恐怖と不安と絶望で埋め尽くされ、焔と共に包まれた



刹那、少年は灼熱地獄の中、その場で勢いよく倒れこんだ



熱い…痛い…苦しい…


お願い誰か…助けて…


…死にたくない!


そんな哀しい願いと共に、彼は意識を失う





ー助かるとも知らぬまま






次に目を覚ますとそこに見えたのは()()()()()()だった


何年も使われた木の天井で、蜘蛛の巣はないまでにしても、シミなどの汚れが気にならない程度にあった

顔を下にすると白いベッドに横になり、腕と胸に包帯を巻かれ、見知らぬ白い服を着た自分の体があった

ゆっくりと体を起こし、腕や体を軽く動かしてみるも、体に目立った痛みはない

痛みがないってことは治ってるってことなのかな?


辺りを見回すと自分と同年代の少年少女が同じように包帯を巻かれ、横になって静かに寝ていた

自分が寝ていたベッドの右横にある窓を見ると

街を復興するために建物を建築しようと力戦奮闘(りきせんふんとう)している人々の姿があった


再び正面を向く

ええと…ここにはベッドがあるし、病人やけが人もいるし、ここは病院で間違いはないよね…

僕は自分の身に何が起きているのか考えた

そして頭の中には、ある一つの簡単な答えが出てきた


ってことはつまり僕…


()()()()のか…」


あっと思い、すぐに口を手で軽く押さえる

驚きのあまり小声ながらも思わず口に出してしまった

しかしそれは今の彼にとっては当然のことだった

あの絶望的な状況下で奇跡的にも助かるなど夢にも思っていなかったのだ

不幸中の幸いとはまさしくこういうことなんだろうと実感した


一体いつ、だれが、なんのために助けてくれたんだろう…

まさかあの時、僕の周りにいた大人たちかな?

顔も声もはっきりと覚えてないけど…

まあ誰であっても、いつか会ったら感謝しないとな…


僕の命の恩人に…助けてくれてありがとうって…。


ガラガラガラ…


そんなことを思っていると左奥の方から扉が開く音がした

反射的に音がした方向へ顔を向ける

するとそこには綺麗な緑髪の若い女性が立っていた

ここの係の人だろうか?

疑問に思いながらその女性を凝視しているとその女性と目が合った

すると女性は彼に微笑み、ゆっくりと彼のそばに近づき、優しい声で話しかけてきた


「気分はどうですか?」


「…多分大丈夫です」


「そうですか、それは良かったです。体の調子はどうですか?」


「はい、痛みもないですし傷も多分治ってます。治療してくださりありがとうございます」


「いえいえそんな、お礼なんていいですよ。治したのだって私一人だけじゃないですし」


この女性は謙虚で良い人みたいだ。優しそうだし

にしてもどうやって治したんだろう…やっぱり手術?

だけどこんなボロ…何年も使われてそうな場所でできるのかな

一体どうやったのか少し気になる


「あっそういえば少しお話がありまして、いらしてほしい場所があるのですが…よろしいですか?」


体は別に痛みなく動くし、今からでも行くことは全然出来るけど…

話ってなんだろう…僕なにかしたかな…何もしてないよな?

もしかして怪我を治したからその代償として治療料を払えとでもいうのだろうか

まあそんなことはないと思うが…不安だ


「はい、今からでも大丈夫ですけど…」


「ありがとうございます。ではこちらへいらしてください。」


そういうと女性は彼を目的の部屋へ案内しようと部屋を出た

彼は女性の言われるがままについていく

部屋から出ると、そこには少し薄暗い渡り廊下が自分がいた部屋を垂直にして長く続いていた

廊下を歩いていくとその両端には部屋がいくつもあり、そこには患者が何人もいた

一部屋にざっと十数人程度だろうか

腕や足を怪我している者や精神を病んでしまった者

悲惨なものだと手足がない者までいた


()()はなぜ起きてしまったんだ

こんな姿を見ていると自然と立ち止まって顔を下に向け、ふいにそんなことを考えてしまう

…いや、今考えるのはやめよう


「…大丈夫?


その声に反応し、顔を上げると女性が心配そうにこちらを見ていた

おっと心配をさせてしまったようだ


「大丈夫ですよ」


軽く深呼吸をして明るい笑顔で女性に答えた

女性はホッと安心すると再び歩き出した

少年も再び廊下を歩き始める

一歩一歩ゆっくりと歩くたびに木の軋む音が聞こえる

さっきから思ってたけどやっぱりぼろいな…少しだけね?

口には絶対に出せないけど…


しばらく廊下を歩くと女性は扉の前で止まった。目的の部屋に着いたようだ

女性が扉を開けると、そこには診察室のような部屋に

白衣を身に包んだ緑髪の男性が椅子に座っていた


この二人髪の色似てるな…この二人親子なのか?

見た感じ、男性がお父さんで女性が娘って感じだけど

……そのわりにはこの男の人若いな

少年がそんなことを思っているや否や女性はその部屋に入っていく

それに続いて少年も恐る恐るその部屋に入り、部屋の辺りをじっくりと眺めた

すると緑髪の男性は彼に話しかけた


「まあ立ち話もなんだしそこの椅子に座って」


僕は男性の言われるがままに椅子に座った。すると同時に男性は話し始めた


「ええと初めまして……僕はラルフ・ベルクマン。そしてこっちが……」


「フィール・アーレントです。よろしくね」


「はい、よろしくお願いします……」


ラルフとフィールはそういって丁寧に自己紹介をし始めた

なんだ親子じゃないのか、髪の色似てるしてっきり親子だと思った

……いやまあ別にどっちでもいいんだけどね?


「実は君にいくつか質問したいことがあって…病み上がりのところ悪いんだけど良いかな?」


「あ、はい、大丈夫ですよ」


そう言うとラルフの質問が始まった

そして驚いた……ラルフの質問内容に……


「じゃあ一つ目の質問…自分が誰だかわかる?名前とか住んでた場所とか…」


そう……僕の記憶のことについて聞いてきたのだ

僕は疑問に思った

なぜ記憶喪失であることをラルフが知ってるんだと

まあそんなことをいちいち気にしていても仕方がない

僕は正直にその質問に答えることにした……記憶がないと


「……わかりません……何も……」


ラルフの質問に答えた瞬間、僕を不安感が襲う

この感覚…あの時とまったく同じ不安感だ

まだ心は不安定なのだろうか

二度目であるせいか、前程よりつらくなかった

しかし心が締め付けられるように苦しく、息遣いが荒くなり、汗が溢れ出てくる

まるで心に穴が開いたような、そんな気分だった


「大丈夫!?」


そう言うとラルフは僕の体を揺らす

それに伴い心配をして急いで駆けつけるフィール

その二人の行動で僕は意識を取り戻す


一旦落ち着こう、不安がっていても仕方がない…何も始まらない

深呼吸をして心を落ち着かせ

「…大丈夫です…ご心配をおかけしました」と言って、二人を安心させる

でもないとまた「大丈夫!?」と騒いで心配されてしまう

二人には大丈夫とは言ったものの…一応病み上がりなのだ

二人に静かにしてもらうのが一番お互いのためになるだろう


「ごめんね急に会って変なことを聞いて…」


「いや大丈夫ですよ」


「実はあと何個か質問があるんだけど…大丈夫?」


「…がんばります」



……いやまじか


ラルフから受けた質問は主にこの三つだった

一つ目は名前や住んでいる場所、親などの自分自身について

二つ目はなぜあの場所で倒れていたのか

そして三つ目に何の事なら覚えているのかというものだった

答えは簡単…何も覚えていない。しかも()()()()()()()()()()…というものだった

唯一彼が覚えているのはあの地獄のような街の光景だった

それ以外のことはさっぱりで見当もつかなかった


「君…そんなに小さいのに読み書きも算術もできるの!?」


「あー…そうっぽいです」


なぜラルフがこんなに驚いているかというと

なんとこの国、読み書きや算術が僕くらいの歳で

一通りできる人間は上級貴族の中でも多くないそうだ

ちなみにラルフから見て僕は四~五歳くらいに見えるんだそうな


ーなんで僕、読み書きも算術もできるんだろう


…もちろん自分でもわからない、当たり前だけど



ふと頭に思いついたを聞いてみることにした


「そういえば、僕のことを詳しく聞いた理由って何ですか?」


僕がラルフに聞いた内容とはしつこく僕の名前や出生地を聞いた理由についてだ

なぜそんなことを聞くのかというと…そう、単純に気になるからだ

ラルフたちにも何か深い事情があるのだろう…しかし気になる

あれだけの人を治療しているのだ

彼のような身元不明者がいたら本人について聞くのは当たり前だろう…だが気になる

そんなことを思っているとラルフの口から思ってもいない答えが返ってきた


「…実は君の名前や出生地がどうしてもわからないんだ

 国の方に問い合わせても『そのような少年の情報はない』の一点張りでね

 だから執拗に聞いたんだ…ごめんね。

 知らない人からそんなことたくさん聞かれたら怖いよな…怖がらせて済まない。」


ラルフたちはいい人そうだし怖がりはしないが…

名前も出生地もわからない?そんなことがあり得るのか?

分からないならともかく“ない”と断言されるとさすがに不安になる

まああの大災害があった後だ…きっと情報が混乱してるんだろう


…そう信じたいと心から願った



今回のラルフたちとの会話で分かったことがいくつもあった

今は聖戦暦421年

ここはカロナ王国、エノーラ領最西端の町『イアス』

二か月前に起きた“大災害”によって被害を受けた町だ

しかしそこまで大きな被害は受けなかったみたいで

唯一あった被害は突風による家の倒壊…ただそれだけ

死者数0…怪我人一桁で被害が収まった唯一の町

エノーラ領のイアス以外の町や都市は悲惨なことになっているらしい

今は大災害の避難所兼治療所として

彼のようなけが人や家をなくした人などを治療して匿っている

そんな彼が今、ラルフといるのはイアスの中心に位置する『とある病院』らしい

他にも病院や診療所はいくつもあるが大災害から一か月以上が経過しても

怪我人は運ばれてくるため治療の手が回らず、つい最近までは毎日が忙しかったらしいが

二週間前頃から徐々に運ばれてくる数が減り、楽になっていったという。

じゃないと長々と話す時間なんてないはずだよね…

心の中で密かに納得する少年だった


「今日はありがとう。ゆっくり休んでね」


「いえ、こちらこそありがとうございました」


話を始めて二十分程経過し、ラルフたちとの会話は終了した

初めて人と話したからだろうか…ラルフたちとの会話はとても楽しかった

どんな話題でも真剣に向き合ってくれる…そんな彼ら(ラルフたち)はやはり優しかった

またいつか出会えたら良いな…こんな人たちに…


そう思いながら椅子から降り、部屋から出ようと扉に手をかけようとしたその時だった


「あっそういえば……」


とラルフが何かを言い忘れたかのような口調で話してきた


「はい、どうしました?」


何か聞き忘れたことがあったのだろうか

そう思いながらその場で振り返るとラルフはこう言った


「君、名前なかったよね?」


「はい、ないですけど……」


盲点だった…話に夢中で全然気が付かなかった

確かに名前がないと不便だし、毎回君って呼ばれるのも何か違う気がする…

この際、自分で名前決めるなり誰につけてもらうなりするか


「じゃあ君に名前を付けてもいいかな?毎回毎回()って言うのもあれだし……」


ラルフから見ても君って言うのは違うらしい。わかってるじゃないかラルフ!

ただまあ変な名前を付けるのは勘弁してくれよ?


「別に大丈夫ですよ」


「ん~……」


そういうとラルフは少し考えこんだ末にこんな名前はどうかと提案してきた


「……じゃあ()()()ってのはどう?」


アベル……アベル……悪くない名前だ

どこにでもいそうな普通の名前かつ変じゃない!

……いや別にそこは気にしていないのだが

本音を言うとそこそこいい名前だと彼は思った

初めてもらった唯一無二の僕の名前だ…誇りに思おう……大切にしよう


「良い名前だと思います!素敵な名前をありがとうございます」


僕はそう言って深いお辞儀をする


「そんなに頭を下げなくてもいいのに…

こちらこそ喜んでもらえてうれしいよ!…()()()()もよろしくね、アベル君」


「よろしくね!アベル君」


「……え?」


ん?何かの聞き間違いか?と言わんばかりに

僕は咄嗟(とっさ)に顔だけを上げて頭上にハテナを出す

ラルフの一言が衝撃的すぎて思わずポカンと口が開いてしまうところだった

これからも?どういう意味だ?……まさか!?


いやまさかそこまでお人好しじゃないだろ、いくらラルフが良い人だからって……

だけど仮にそうだとしたら……今まさに旅立とうとしていた自分が恥ずかしくなってくるんだが!?

そんなことを思うアベルは直接ラルフに聞くことにした


「ん?どうしたアベル君」


「い、いや…これからもって…どういうことですか?」


「どういう意味って…一緒に住むんだよ?…これから」



……え?


少年アベル五歳(仮) なぜかラルフの家に住まわせてもらうことになりました


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