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いらなかったのは魔王じゃない

 ギルはエルフ族に受け入れられずに育ち、人間世界にも馴染めないまま成長した。

 エルフ族の気高さを理解することも人間達の野心に共感することもできず、両者を冷静かつ客観的に見ることができた。


 だからこそ、エルフ族も人間達も奇妙だと気づいていた。

 両者とも、魔王こそ悪であり打倒魔王が正義だと言う割には歯切れが悪い。

 人間の王侯貴族は、声高に魔王討つべしと言うばかりで中身がない。

 エルフ達は、世界樹のためだとボソボソと言うばかりで動こうとはしない。


 そもそも、なぜ人間達は魔法を使えるようになったのだろうか。

 魔法を使うためのアイテムを作るための世界樹の枝はどこからきたのだろうか。

 なぜ魔法を使える特権を誇り、世界樹の守り人たるエルフ族はそれを看過しているのか。

 そのうえ、世界樹を害する魔王の討伐を人間に任せきりにしているのか。

 そして、エルフ達はどうして自ら滅びの道を選ぶようになったのか。


 この3年でギルは勇者達とともに、各地の魔物を倒して回った。

 魔物達には共通点がある。

 人里離れた場所に1体で隠れていること。聖剣で弱点をつくことのみが倒す術であること。倒すと植物が枯れるように萎びて消滅すること。そして、魔法らしき力を使うこと。

 ダメ押しでもう一つ。全ての魔物は長い尾を持ち、その尾は地中に繋がっていた。


 魔王とは魔物とは、何なのだろうか。



 ギルは後悔した。真実に辿りつく機会はこれまでにもあったのに、自分には関係ないと思い深く考えようとしてこなかったことを。

 魔王との最終決戦の最中、ギルの頭脳はものすごいスピードで回転していた。

 魔王は今までの魔物とは比べ物にならないぐらいに巨大だが共通点は変わらない。ブレス等の攻撃方法は魔法によく似ているし、山影に隠れる長い尾はきっと地中に繋がっていることだろう。


 そこから導き出される魔王の正体とは何か。

 その魔王の望みとは何か。


 アニタに火炎球がぶつかり相殺される様子がスローモーションのように見える中、ギルは必死に考えた。

 ギルの目的は魔王を倒すことではない。世界樹を守ることでもない。もちろん王侯貴族の生活を守ることでも、エルフ達の尊厳を守ることでもない。自己顕示欲も使命感も功名心もない。


 ただ、アニタと一緒に村で暮らしたいだけなのだ。


 そのためには、他のものがどうなろうと知ったことではない。

 エルフである故に世界樹との約束の恩恵を受け、エルフではない故に世界樹との約束に縛られない。ギルは半端な我が身に感謝した。そして、取引を持ちかけた。


 世界樹であり魔王であるモノに。



 十・◆・十・◆・十



 最初はほんの偶然だった。

 世界樹の枝を誤って折ってしまったエルフがいた。世界樹はもちろんそんな些細なことは気にしなかったので、あっさりとエルフを許した。

 

 そのエルフは折れた世界樹の枝をもったいなく思い、何かに加工しようと思い立った。

 長さ的に杖が良いだろうと、丁寧に仕上げて肌触り滑らかな立派な杖に仕上げた。だが、魔法が使えるエルフ族にとって、杖が必要となることはほとんどない。

 エルフはそれを人間に売った。当時、エルフが工芸品を人間に売ることはごく日常的なことだった。


 何度か持ち主を変えて人から人へと渡った杖を、古道具屋で見つけた男がいた。

 杖に不思議な力を感じ、その男は買って帰ると杖を調べ始めた。

 男は王に仕える著名な学者であり研究者だった。


 この杖から感じる力はどこかで覚えがある。

 学者は気づいた。エルフ達がまとう気配に近いと。

 この時代のエルフ達は今ほど隠れて住んではいなかったから、人間がエルフを見かけるのは珍しいことではあるものの運が良ければ会えた。

 学者は研究のために伝手を駆使してエルフに話を聞きに行ったことがある。エルフの里から離れて住むそのエルフは、逆に人間の暮らしに興味があったらしく、お互いに情報を交換をしながら様々な話をした。

 そのエルフから感じていた力と同じ力をこの杖から感じる。


 早速、学者は馴染みのエルフに会いに行った。

 杖を見たエルフはすぐさま言った。これは世界樹の枝だと。


 世界樹とは魔力の源であり、その世界樹のおかげでエルフ族は魔法が使えるのだと聞いていた学者は、俄然この枝に興味が湧いてきた。心ゆくまで研究したいと渇望した。

 そこで、エルフにこの枝をもっと手に入れられないか相談した。お礼はいくらでもするからと。


 エルフは一旦返事を保留にし、エルフの里に帰って里長に相談した。

 結果として、エルフ族は世界樹の枝を学者に渡すことにした。

 以前の様子から世界樹は枝を折られても問題ないことはわかっていたし、何よりエルフの里ではこのところ人間の食べ物や洋服・家具等が流行っており、学者からの見返りは非常に魅力的だった。


 しかし、勝手に枝を異種族に渡すことに罪悪感を覚えたエルフは世界樹に嘘をついた。

 前に、誤って折った枝が丈夫で使いやすかったので、もう何本か分けて欲しいと。

 エルフ族を守り人として信頼していた世界樹は、快く了承して枝を分けてくれた。

 君たちが必要とするのなら、いくらでもどうぞ。と。


 大金と引き換えに枝を手に入れた学者は、目を爛々と輝かせて王城へと戻っていった。

 そして、来る日も来る日も世界樹の枝を研究し実験を続けた。王に世界樹の恩恵で魔法を使うエルフの話をし、その魔法の万能さを伝えると莫大な研究費用が当てられた。やがて研究者が増えチームとなり、設備は整い、研究は引き継がれていった。


 やがて、とうとう人間達は見つけてしまったのだ。魔法を使う方法を。

 そこからは凄まじい速さで研究は進んだ。世界樹の枝から魔法を使うための術式が確立し、それを利用して世界樹の枝を培養して増やすことに成功した。

 世界樹の枝を増やしては、術式を刻み込み人間が魔法を使う道具にしていく。

 あっという間に、王侯貴族達は魔法の便利さに溺れた。魔法を使用するために何が消費されているかなど考えたこともなかった。


 急激な魔力消費量の増加に世界樹が悲鳴を上げた。

 世界樹との約束により1日の使用魔力量が限られているエルフと違い、人間達は勝手気ままに欲望のまま魔力を消費していく。


 エルフ族もやっと自分達の過ちに気づいた。が、遅かった。

 もう魔法の使用はエルフ達の手に負えないほど人間達に広まっていたし、人間達はエルフ族の力では止められないほどに力をつけていた。


 エルフはここでも過ちを犯した。

 自分たちが代価と引き換えに人間達に世界樹の枝を渡したことを誤魔化し、人間達が勝手に持っていったのだと世界樹に言ったのだ。


 しかし、そんな嘘が長続きするはずはなかった。

 そうして、世界樹とエルフ族の間には決定的な亀裂が入り、エルフ族は贖罪から外界との接触を断ち滅びへの道を選ぶことになる。いや、実際にはその行動によって懺悔することで世界樹から赦しが得られる日を待っていたのだろう。


 世界樹は、魔力を供給するものから搾取されるものとなり。

 どこでもエルフが魔法を使えるようにと、世界中に張った根は足枷となり。

 世界樹は居場所ではなく自由を求めるようになった。


 そして、世界樹は『世界樹』としての己を消滅させて自由になるために、根の先に魔力を送り新たな体を作った。

 勇者に見つかった根の先が刈られては、新たな根の先に魔力を蓄積して別の体を作っていく。

 最終的に残ったのは、山に擬態していた根の先だった。

 それが魔王と呼ばれるものになった。


 魔王の目的は世界樹の消滅。

 別に世界樹の魔力を狙っているわけでは、もちろんない。地面に縛られた『世界樹』という形態が本体である限り、『世界樹だったモノ』は自由になれない。

 『魔王としての形態』が『世界樹としての形態』を滅ぼすことで『魔王として形態』が本体となり、『世界樹だったモノ』は『魔王』として自由になる。


 その最後の段階において、世界樹と魔王が同一体と知りながら取引を持ちかけてくる者がいた。

 裏切り者のエルフの血と傲慢な人間の血をひきながら、そのどちらでもない彼の者はこう提案した。


「あなたを自由にするから、その代わりに協力してほしい」

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