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守りたかったのは平和じゃない

 魔王を倒さなければいけないと言われても、ギルにはピンと来なかった。

 世界樹が無くなったら困るでしょうと言われたけど、そんなもんかなと思った。


 たしかに世界樹のおかげでギルは放置されても死なずに済んだが、あの時は別に生きたくて生きていた訳ではなかったし、魔法が使えるのは便利だけど、それだけだった。

 ギルは他のエルフのように世界樹を守ることに誇りを持ち、魔法を使うことに優越感を感じるということもなかった。


 でも魔力がなくなるのはエルフばかりではなく、人間達にとっても大問題らしい。

 エルフの里を出て勇者達に同行していると、王侯貴族のもてなしを受けたり城に謁見に赴かなくてはならない事が度々あった。

 そうした場所での人間の暮らしぶりを見ると、なるほど魔法が必要なのだなとギルは納得しないまでも理解した。

 そこでは、あらゆる家事や作業、工事に災害対策にとあらゆる事に魔法が利用されており、娯楽や美容まで魔法が担っていた。


 魔法を使うのに必要な魔力は世界中に張り巡らされた世界樹の根から得ることができる。

 そもそも魔法はエルフのみが使えるものだったが、世界樹の枝で作られたアイテムを媒介することで人間も魔力を魔法として使えるようになったらしい。

 最初はほんの数個の世界樹の枝から始まり、人間達はそこから枝を培養して新たな枝を増産し続けた結果、今では生活の全てを魔法に頼るようになっていた。

 だから魔力がなくなるのは困るし、魔力の源である世界樹の捕食を目論む魔王は悪なのだ。この平和な暮らしを守る為に魔王は退治すべし。と。


 ならば魔王退治にも人間が魔法を使えば良いのではないかと思ったが、エルフと人間では魔法の仕組みが違うらしい。

 人間はアイテムごとに使用できる魔法の種類と限度が決まっているし、大掛かりな攻撃魔法を使えるアイテムはまだ開発されてないらしい。

 それに比べてエルフは生身で様々な魔法を使えるが、1日に使える魔力量には限度がある。これはいにしえにエルフと世界樹が結んだ契約だ。

 尚、その1日に使える魔力量が1番多いからと勇者のお供に選ばれたのがギルだ。


 魔法では魔王を倒せない人間達が代わりに用意したのが『聖剣』と『聖女』だ。

 魔王や魔物を倒せる聖なる力を宿す武器が『聖剣』であり、魔王や魔物から受けた傷を癒す聖なる力を使えるのが『聖女』らしいが、『聖なる力』とは何なのかは、誰に聞いてもよくわからなかった。


 ギルは王侯貴族たちに会うのが苦手だった。

 勇者達はもてなしを受けたり、期待や労いの言葉をかけられるのが好きなようだったが、ギルには王侯貴族達の言葉は右から左に抜けるばかりで何も残らなかった。


 それに、彼らの周りの魔力はすごいスピードで消費されていく。息つく間もないほどの魔力の流れにギルは酔ったようになってしまい、城や屋敷に近づくだけでも非常に居心地が悪かった。

 だから勇者達が王城や貴族の館に用がある時には決まって別行動をした。

 下手に無礼な行動をされては困ると思ったのか、ギルの容貌に王侯貴族の注意が向くのは面倒だと感じたのか、勇者達はそれを容認した。


 そしてギルはいつもあの場所に帰った。



「あらギル!おかえりなさい。また大きくなったんじゃない?」


 そう言うアニタはちっとも変わりがなかった。

 村では帽子を取るようになったギルの頭を、ちょっと乱暴にワシワシと撫でてくる。

 その手つきは村に来る度にどんどん乱暴になっている気がするのだが、アニタはそれによってギルが丈夫になっていることをたしかめて安心しているようなので、甘んじて受けている。


 アニタと初めて会ってから3年近く経った今、ギルはこの村では馴染みの顔だ。


「ギル、元気そうね?後でお芋あげるからいらっしゃいよ」

「よおギル!この間は畑を耕すのを手伝ってくれてありがとう」

「ギルにーちゃんだ!ねえ、川遊びに行こうよ!」


 村の中を歩けば、村人達が口々に話しかけてくる。それにギルは気安く応えながらアニタと家へ向かう。


 途中で村長に会ったので、手土産に持って来た魚の干物を渡しておいた。海から遠いこの村にとって海魚は貴重品というか珍品だ。村長に渡しておけば今度の祭りの時にでも皆に振る舞ってくれるだろう。

 村長は元から目尻の下がった顔を更に緩ませながら、また風呂に入りに来いよ。とギルを誘ってくれた。ついでに村長が持っていた卵をくれたので物々交換みたいになってしまった。


「最近はどうなの?ケガとかしていない?」


 家に着くと、ローブを捲る勢いでギルの無事をたしかめようとするアニタからギルは慌てて離れる。飛び退きながらも村長からもらった卵だけは割らないように死守だ。

 アニタは、いつまでも一緒にお風呂に入っていた頃のような気軽さで服を脱がそうとしてくるから困る。

 

「大丈夫だよ。魔物退治もするけど王侯貴族との面会が多くって。魔物退治は大した事ないけど、王侯貴族と関わらなきゃいけないのが苦痛だよ」


「また、それでこの村に来ちゃったの?しょがないわね」


 カラカラと笑いながら、アニタはお湯を沸かしてお茶を入れてくれる。


「もちろん、ギルが来てくれるのは嬉しいし村の作業を手伝ってくれるから助かるけどね」


 アニタはそう言うが、まだ子どものギルができる手伝いなどたかがしれている。魔法を使えば何だってできるが、ギルはこの村で魔法を使う気にはなれなかった。村人達もギルを魔法使いではなくただの子どもとして扱ってくれていた。


 そもそも、この村では魔法なんてこれっぽちも利用していなかった。

 魔王が世界樹を食べちゃっても、この村の人たちは困らないんじゃないかな。そう思ってギルはアニタに聞いてみた。


「アニタは魔王がいなくなったら嬉しい?」


 アニタはお茶を啜りながら考えた。


「そうねえ。魔王のせいで税が上がっているから、まあ嬉しいかな」


 そして、こうつけくわえた。


「それに、魔王退治が終わればギルやライトも平和に暮らせるでしょう?」


 ギルはこの村が大好きだ。

 この村の人たちだけが、ギルを「人」として扱ってくれる。


「僕、旅が終わったらこの村でアニタやみんなと一緒に暮らしていいかな・・・」


「もちろんよ。ギルはこれからも色んな場所に行くと思うけど、それでもこの村がいいって言ってくれるなら、是非この村で暮らしましょう」


 アニタの同意に喜ぶかと思いきや、不意にギルの顔が曇る。


「でもさ、人間って100年ぐらいしか生きられないって本当?」


「100年生きたら大大大往生ね。事故や流行病にならなきゃ60年とか70年かしらね」


 ギルがしゅんと項垂れるのを見かねて、アニタはしょうがないなとばかりにギルの柔らかな銀髪を優しく撫でる。


「私や村のみんなはギルより先に死んじゃうけど、村は無くならないわよ。私達の子どもとか新しく村にやってくる人とか、顔ぶれは変わってもギルはずっとこの村に居ていいのよ。あなたはもう、この村の一員なんだから」


 長い前髪の影からアニタをじっと見つめていたギルは、アニタが力強く頷くのを見るにつけ、じわりと破顔して無防備に笑った。

 もう、感情もわかるし表情にも出せるようになったけれども、ギルが笑顔になれるのはこの村だけ。ギルの居場所はこの村だけだ。



 数日後、ギルの腕輪が光った。

 勇者達からの旅に戻るので帰ってくるようにとの合図だ。


「ギル、これを持っていって」


 アニタに渡されたのは、びっしりと刺繍がされた腰帯だった。


「この村ではね、男も女も魔除けの刺繍をする慣わしがあるの。この三角のモチーフは、この村の守り神であるあの山を表しているのよ。この三角の一つ一つを村人全員で刺したの。このちょっと不恰好なのは、子ども達がやったところかしらね?まあ、ご愛嬌ね」


 アニタはギルのローブの上から腰帯を巻くと、きつくないか確認しながら背中で結んでくれた。

 これだけの刺繍をするのに、どれだけ手間がかかったのだろうか。しかも、1人が刺しては次の人へと繋いで、遊びたい盛りの子ども達まで刺してくれただなんて。


「村のみんながギルの無事を祈ってるわ。それを忘れないでね」


 ギルは胸がいっぱいで言葉にならず、やっとのことで頷いた。帯の刺繍の凹凸を指でなぞるだけで心があったかくなった。

 王侯貴族たちの贅沢やエルフ達のプライドのために魔王を倒す気はさらさらなかったけれども、この村でみんなと暮らすためにがんばろうとギルは決めた。



 その時は夢にも思っていなかった。

 まさか、村人が守り神と崇めていたあの山が魔王だとは。

 山だと思っていたものは力を蓄えるために眠っていた巨大なドラゴンだったとは。


 そしてギルが腰帯のお礼としてアニタに渡したペンダントが、これでアニタや村のみんなを守れますようにと渡したペンダントが、魔王を倒してみんなと一緒に暮らせますようにと祈りを込めたペンダントが。


 そのペンダントがアニタを失う原因になるなんて、ギルは思ってもみなかった。



 十・◆・十・◆・十



 エルフ族とは、なんと罪深い種族なのかしら。

 エルフが滅びの道を選んだのは、よく言うご立派な理由なんかじゃない。

 世界樹に居場所を与え、守り人として仕える代わりに魔力を行使していたはずなのに。

 エルフは世界樹との約束を違えた。

 もう、私たちは世界樹の声をほとんど聞くことができない。

 世界樹がエルフを拒絶しているからだ。

 世界樹にとってエルフの里はもはや居場所ではなく牢獄。

 何よりも自由を望んでいる。

 だから、私たちは滅ぶしかない。

 それでも尚、いつか得られる赦しを願って消極的な滅びしか選べない。世界樹の恩恵を捨てられない私たちは。

 なんと愚かなのでしょう。

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