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欲しかったのは仲間じゃない

 里長の娘は聡明で美しく、変わり者だった。


 全ての知識とことわりを知るが故に欲望を持たず、美しすぎる容貌故に外界と接するを良しとせず、長寿と魔法が異質である故に閉ざされた世界で緩慢な滅亡への道を選ぶ。

 そんなエルフ族においても彼女は抜きん出ていた。また、エルフ族らしからぬ有り余る好奇心と探究心を持っていた。


 エルフ族は基本的に個人主義で他人が何をしようがあまり気にしない。掟さえ破らなければ自由だが、その気位(きぐらい)の高さから過ちを犯すことはまずなかった。

 だから彼女が旅に出た時も、珍しいエルフがいるとみんな思っただけだった。ましてや、彼女の身を案じることなど思いもしなかった。エルフ族の知識を持ってすれば害されることなどありえない。


 はずだった。


 ある日突然、里に帰ってきた彼女は里の入口に着いた途端に倒れた。


 慌てて長老達が出てきて彼女の容態を見たが、既に意識はなく生命の光は今にも消えそうに弱々しい。病気やケガとは縁遠いエルフ族にとっては異常事態だった。

 彼女の体を調べると腹に異物があった。それが彼女の生命力をすごい勢いで吸い上げている。

 長老達はすぐさま腹を開き、臓器を傷つけないように繊細な魔力コントロールで異物を摘出した。


 腹、いや胎から取り出されたのはまだ未熟な赤子だった。


 その様子を見ていたエルフ達が恐れ慄く。

 種の繁殖をやめて久しいエルフ達にとって、血や液に塗れた赤子の姿は奇異でしかない。

 この里長の娘こそがエルフ族最後の赤子だった。それ以降、エルフ達は子孫を繋ぐということを止めてしまっていた。


 里長の娘は必死の治療も虚しくそのまま儚く亡くなった。


 あまりの事態に里中がパニックに陥った。

 ケガや病気が珍しいエルフ族にとって寿命以外で亡くなるなど考えられない事だった。

 その上、赤子が産まれるなど!しかも、里の外で妊娠したことを考えると父親はエルフではない。異種族だ。

 異種族と接触することすら厭うエルフ族にとって、異種族の血が入った子など汚点でしかない。


 望まれない赤子!しかも忌避される血が混じった子!

 

 エルフ達が赤子に対して殺意を抱いたその時、エルフ全員の頭に名が浮かんだ。

 「ギルカシークド」と。


 エルフ達は納得いかない表情で赤子を見る。地面に捨て置かれて弱々しく泣く赤子を。

 「ギルカシークド」は間違いなくこの赤子の名前だ。エルフは誕生すると世界樹から名を授かる。そして、それはエルフ全員に周知されるのだ。このように。

 つまりこの赤子はエルフ族であると世界樹に認められたということだ。


 エルフ族にとって、決して侵してはならない掟が幾つかある。そのうちで最も重い掟が「同族を殺してはならない」だ。


 エルフ族が選んだ答えは「放置」だった。


 「見殺し」にするわけにはいかないが、忌まわしき子に誰も関わりたくはない。 

 赤子は祖父にあたる里長に最低限の処置をされると、衣服を着せ籠に入れられた状態で世界樹の根元に置かれた。

 世界樹の周りには高濃度の魔力が溢れている。エルフは身体が飢餓状態になると魔力を生命力に変えることで生命維持をする。だから世界樹の近くにいる限り死ぬことはないはずだ。


 そうして、そのまま10年。

 赤子の頃は月に一度、その後は年に1度の頻度で里長が様子を見に行く以外は放置され続けた忌み子は生きる屍のようだった。もしくは世界樹に寄生する植物であるとエルフ達はそう蔑んでいた。



 世界樹とはその根を世界中に張り巡らせ魔力を満たすもの。全ての魔力の源であり、全ての魔法は世界樹から供給される魔力を利用している。

 エルフ族とは世界樹の守り人。遥か昔に世界樹に居場所を与え、守り続けて来たのがエルフ族だ。そして、その恩恵として魔法を使って生きて来た。


 しかし魔王が現れた。

 魔王の狙いは世界樹だ。魔王とは世界樹を食べ尽くすことでその魔力を自らに取り込もうとするもの。世界樹を我が物とし世界から魔力を無くそうとするもの。魔の源を欲するものが即ち魔王である。

 世界樹と共に生き世界樹の守り人を自負するエルフ族にとって見過ごせない事態だった。


 そんな時、エルフの隠れ里にやってきたのが勇者一行だ。

 彼らはエルフ族に打倒魔王のための助力を求めた。

 エルフ族は勇者達の目的に同調するものの、助力については反応が鈍い。

 そこで勇者はこう頼んだ「里で一番魔法に優れたエルフ1人だけでいいので力を貸して欲しい」と。

 エルフ達は悩んだ末に了承した。このままでは世界樹がそのうち魔王の手で根絶やしにされるのは目に見えていたからだ。

 公平を期すためにエルフ達は世界樹に問うた。最も魔法に優れた者は誰か。と。


 世界樹は答えた。

 「ギルカシークド」と。


 連れられて来たギルカシークドは歩くのも覚束ないなんとも貧弱な子どもだった。

 勇者達は困惑したしエルフ達も遺憾ではあったが、世界樹の答えを翻すわけにはいかない。

 エルフ族は自らの清廉潔白を矜持とし約束は違えない。嘘もつかない。結果がどうあろうと。


 それにエルフ達は安堵していた。これでやっと里から忌むべき汚点を排除することができると。



 そうして、ギルカシークドは勇者一向に同行するようになった。

 エルフ族の頑なさが折り紙付きなことはライト達もわかっていた。何を言おうが、彼らが「約束」を守って折れないことは目に見えていたので、大人しくひ弱なエルフの子どもを連れて里を後にした。


 歩くための筋力さえないエルフの子どもをライトが抱いて連れて行った。

 エルフの子どもは喋るどころか、表情が動くことさえなかった。エルフであるならば、産まれた時から言葉は頭に溢れているはずだが。


 ライトも戦士も聖女も、どうやって関わったらいいものか困り果てた。

 とりあえず歩き方の訓練と食事の仕方を教えた。

 エルフの子どもはこちらがさせることに素直に応じ反抗することはなかったが、何をさせてもただただ不思議そうな顔をしていた。


 村で小さい子どもの世話もしていたライトは躊躇なくエルフの子どもの世話を焼いたが、戦士と聖女にとって幼子の世話など見たことも聞いたこともないらしい。

 ライトもそんな2人に無理強いする気もなかったので、結局ライトが面倒を見て残りの2人は離れて見守るばかりだった。


 ライトの努力の甲斐もあり、掴まり立ちから始まった歩行訓練はようやく二足歩行になり、飲み物の嚥下から始まった食事訓練もフォークを使えるまでになった。

 その頃には、ようやく戦士と聖女も見よう見まねでびくびくしながらも世話を手伝ってくれるようになっていった。


 だが、果たして魔法がいつ使えるようになるのか。そもそもコミュニケーションが取れるようになるまでどれぐらいかかるのか、ライト達にはまったく先が見えなかった。


 それにライトにはこのエルフの子どもが不憫だった。勇者である自分が何とかしてあげなければ。

 しかし自分たちには打倒魔王の大義を果たすための旅の最中だ。このエルフの子に構ってばかりもいられない。


 そこで、ライトは自分の生まれ故郷に連れて行くことにした。

 エルフの子どもに人間らしい生活を体験させ、愛情を与えてくれる人に心当たりがあったからだ。かつて、自分にも惜しみない愛情を注いでくれた年上の幼馴染を頼りに、ライトは懐かしい我が村へと向かった。



 十・◆・十・◆・十



 エルフは提案した。

「この地に根を張ってはどうですか。そうすれば私たちがあなたの居場所を守りましょう」


 そして、見返りにこう求めた。

「あなたの魔力を私たちにも使わせてもらえませんか」


 『世界樹となるモノ』は諾と答えた。

 長い永い時間を孤独に過ごしてきた『世界樹となるモノ』は居場所を渇望していた。 


 ただし、こう条件をつけた。

「私の魔力も無尽蔵ではありません。あなた達が1日に使える量は制限します」


 エルフ族と『世界樹となるモノ』の取引は成立し『世界樹となるモノ』は『世界樹』になった。その根元にエルフ族は里を作り、世界樹の守り人として魔力を利用し魔法として行使する力を得た。


 世界樹は個々のエルフに名前を与えることで契約を結んだ。

 エルフは世界樹に名付けられることで、魔力を使う許可を得ると同時に使える魔力量の制限が決められた。


 これ以降、エルフ達は世界樹の守り人として世界樹の居場所を守り、世界樹はその御礼として魔力をエルフ達に供給する関係が成り立った。

 

 その後、両者はいついつまでも助け合いながら共存していく・・・はずだった。


 エルフ族が世界樹を欺こうとするまでは。

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