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手に入れたかったのは力じゃない

本日、序章と続けて投稿しています。

 ライトが久しぶりに村に帰ってきた時、アニタはいつものように大量の洗濯物を干しているところだった。


「ただいまアニタ」


 1年ぶりに会う2つ年下の幼馴染は、お調子者の鼻垂れ小僧だったのが嘘みたいに凛々しい顔つきをするようになっていた。会わないうちに15歳になり、身長もアニタに追い付いていた。


「おかえりライト!」


 木こりの息子に過ぎないライトが勇者になるなんて、アニタも誰も想像していなかった。

 だから、ライトが城下町まで買い出しに行った際に聖女に導かれて神殿の聖剣を引き抜いたと聞いた時も、心のどこかで冗談だろうと思っていた。


 しかし目の前の幼馴染は実に堂々たる佇まいだ。人々の期待を受け、自信をつけた瞳は力強く輝き、自分こそが世界を救うのだという自負が窺えた。


 ライトには旅の仲間がいた。

 美しい聖女に壮年の戦士。それに幼い魔法使いだ。


 ライト達はこの先にいる魔物退治に向かう途中らしいが、最近仲間になった幼い魔法使いはまだ、上手く魔法が使えないので連れて行けないそうだ。

 そこでライトは幼い魔法使いの面倒をアニタに頼んだ。


 魔法使いは8歳ぐらいだろうか。正確な年齢はライト達にもわからないらしい。

 ねずみ色のゴワゴワしたローブから覗く手足は小枝のように痩せ細り、深く被った帽子からわずかに見える黒い瞳は虚ろだ。顔立ちは人形のように綺麗なのに亡霊のように存在感がなかった。


 ライトは魔法使いを気遣っているが、聖女と戦士は遠巻きに見るばかりだ。

 訳ありみたいだなとは思ったものの、アニタは魔法使いの事を二つ返事で引き受け、詳しい事情は聞かないままにライト達を送り出した。


「私はアニタよ。あなたのお名前は?」


 アニタはしゃがんで視線を合わせながら魔法使いに問いかけた。


「ギ・・ルカ・・シー・・・ク・・ド」


 一文字一文字を確かめるようにして魔法使いは答えた。表情が変わらないままに小さな口だけが僅かに動いて言葉を紡いでいる。


「ギルカシークドね。ちょっと長いからギルって呼ぶわね」


 魔法使いからは何も反応がなかったが、アニタは気にせずにギルと呼ぶことにした。

 まるでこの子どもには自我がないかのようだった。自分からは微動だにすることがなく、瞬きしてるかも怪しいほど人形めいていた。


 ギルは全体的に薄汚れていて肌からも垢がボロボロと落ちるので、とりあえずアニタは村長のお風呂を借りることにした。

 浴槽を水で満たし薪を用意して沸かすのはなかなかの重労働だが、湯に浸かって感じる身体が解けるような安らぎがギルには必要な気がしたのだ。


 村長宅にお願いしに行くと、驚くほど生気のない顔をしたギルを村長も心配してくれたようで、村長の息子が風呂焚きを手伝ってくれた。おかげでアニタとギルはすんなりとお風呂に入ることができた。


 脱衣所でギルの帽子を脱がしてアニタは驚いた。帽子の下からは美しい銀髪が現れ、更に尖った長い耳が隠れていた。

 帽子だけがやけに真新しいと思っていたが、これを隠すためにライト達が被せたのだろう。長く尖った耳に銀髪、青い瞳はエルフの特徴だ。しかしギルの瞳は濁ったように黒い。

 アニタはそこまで考えて、追及するのをやめた。

 ギルが何者だろうと自分がすることに変わりはないし、アニタが知ったところで何にもなりはしないのだから。


 アニタはそのままギルの服を脱がし、自らも裸になって風呂に入った。

 ギルは男の子だった。でも恥ずかしがる様子はないのでアニタはギルの身体を洗っては湯で流す作業を遠慮なく何度も行った。髪の毛も湯に浸して洗っては何度も湯を取り替える。

 浴槽いっぱいに満たされた湯がみるみるうちに減ってしまったが、最後に2人で浸かるとちょうどいい量だった。小さな浴槽なので、アニタの膝にギルを抱きかかえるようにして湯に浸かる。


 ふーーーー、と思わずアニタの口から息が漏れる。

 それを背中で感じたギルが驚いて肩を震わせる。その様子にアニタが笑うと、その振動がまた背中越しに伝わるようでギルは戸惑ったようにアニタを見つめてきた。

 その顔を見てアニタは更に笑った。


 風呂から帰ると、アニタは自分の服の中でも肌触りが柔らかめのものを簡単に仕立て直して、ギルの長衣にした。

 ズボンにしても良かったのだが、ずっと着ていたローブと同じ形状が良いかと思ったのと縫うのが簡単なので長衣にした。


 ギルはアニタにされるがままに着替えた。どうやらゴワゴワのローブに未練はなさそうだ。新しい服の肌触りの違いに気づいたようで、ほんの少し目をぱちくりさせている。


 心配していた食事は普通にできるようでアニタは安心した。食事を出すと黙々とスプーンを口に運んで嚥下している。

 夜はアニタのベッドで一緒に寝た。小さなベッドだが、ガリガリなギルが増えるぐらいはどうってことなかった。寒そうだなと思ってアニタが抱きしめると、そのままギルは眠ってしまった。寝顔の方が起きてる時より人間っぽかった。


 アニタの両親は既にない。小さい村で村人全員が家族みたいなものだが、一つ屋根の下で誰かと過ごすのは久しぶりでなんだかくすぐったかった。

 

 今日ギルと過ごしてアニタは気づいた。この子は無反応だけど連れ回されたり話しかけられることを嫌がってはないようだ。話しかけると無表情のまま不思議そうに目線だけをこちらに向けてくる。

 たぶん今まで人と話す機会がなかったのではないだろうか。

 言葉は理解しているようだし、とりあえず嫌がる反応が出ないうちはなるべく話しかけてみよう。


 アニタはこの魔法使いを常に連れ歩くことにした。幸い、ギルは自分から動くことはないが、誰かが引っ張ると抵抗なくされるがままだった。

 毎日の農作業にも洗濯場にも水汲みにも、ギルを連れて行っては村人達に紹介して回った。


「この子はギル。ライトが連れてきたの。こんな感じだけど話しかけてあげて」


 村人達にとってライトは誇りだった。なんたってこんなちっぽけな村から、勇者が出たのだから。そのライトの連れだというなら家族も同然だと、みんな何かとギルに世話を焼いてくれた。反応がないことにも、たまにこういうヤギいるよ。とよくわからない理論で受け入れてくれた。


 最初はこちらから引っ張らないと動かなかったギルが、やがてアニタの後をついて回るようになった。ピッタリとひっつき回るので仕事の邪魔ではあったが、アニタはギルの好きなようにさせた。その数日後には何やら安心したらしくアニタの作業中は大人しく座って待っているようになった。

 その頃になると、話しかけられても相変わらず反応はないものの、じっと相手の目を見て話を聞いているようになった。



 ある日、村の女衆と川辺で洗濯を終えたアニタは、絞った洗濯物をタライに乗せて立ち上がった。と、その拍子に足元の岩がずるりとズレた。


 バランスをとろうにも足場が不安定でままならない。アニタは岩場で転ぶ痛みに身構えた。が、なぜかばしゃあんと顔から水に突っ込んだ。


 川に落ちた?そんな馬鹿な!?


 混乱のあまりアニタは無闇矢鱈にもがくが、口から水がどんどん入ってくるばかりでどうしたらいいのかわからない。このままでは溺死してしまう。と覚悟したところで、アニタは水から引っ張り出された。


 ゲホゲホと咳き込みながら肺が痛むほどに空気を吸い込み、アニタは目の前に不自然に浮かぶ水の塊を見つめた。

 その水の塊は突然形を崩したかと思うと、そのままばしゃんと落下して地面に染み込んでいった。

 

 アニタには何が何だかわからなかった。アニタを引っ張り出してくれた村の女の顔を見ても、困惑の表情を浮かべていた。

 だが、少し離れたところにいるギルの顔が異常なほど強ばり、そんなに大きな目をしてたのかと驚くほど目を見開き泣きそうな表情をしているのを見つけるにつけ、アニタは思い出した。ギルは魔法使いだったと。


 身体は辛かったし、混乱していたし、落とした洗濯物を拾わなければいけなかったけれども、アニタは迷わずにギルに走り寄って強く抱きしめた。


「ギル、ありがとう。あなたのおかげで痛い思いしなかったのよ。本当にありがとう」


「でもっ・・・でも、アニタを苦しめた・・・僕が苦しめた」


「私は無事だわ。怪我一つしていないわ。もしギルが悔やんでいるならこれから練習すればいいのよ。私はギルにとっても感謝しているわ」


 アニタがギルの顔を両手で包みながら目を合わせてそう言うと、ギルの目からぽろぽろと涙が溢れ出した。ごめんなさい。ごめんなさい。とギルが繰り返すのを、ひたすら、うんうんと頷き返しながらアニタはギルを抱きしめ続けた。


 翌日、洗濯物のやり直しをアニタの分までしてくれたみんなに、お礼として備蓄してあった干し葡萄を持っていくことにした。

 ショックを受けていたギルは休ませておこうと思ったのだが、ギルは自分から着いてきた。そして、なんとみんなにも「ごめんなさい」と伝えたのだ。これにはアニタも村人達も驚いたし嬉しかったしで、昨日の不思議な水の塊など些細なことになってしまった。


 それからギルは徐々に話すようになっていき、表情も僅かに出てきた。アニタが話しかければ言葉少なめながらも返事をしてくれるし、他の村人達から挨拶されれば返事はしないまでも、こくんと頷いて応じるようになった。


 ライトはギルを預けるのは2週間の予定だと言っていたが、結局戻ってきたのは1ヶ月後だった。

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