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序章 最終決戦


 上も下も、右も左も、裏も表も。


 何もかもがわからない。


 明るいのか暗いのか、暑いのか寒いのか。


 体が重いような、軽いような。


 空に浮いているような、水に沈んでいるような。


 私は、生きているのか死んでいるのか。


 そして、あの子は無事だろうか。


 あの子の願いは叶っただろうか・・・。



  十・◆・十・◆・十



 長い道のりだった。辛く険しい日々だった。それもこれも、この日のために。


 ライトは身体中の痛みに耐えながらも聖剣を構え、遥か頭上の双眼を睨みつける。

 小さな城ほどもありそうな巨体を、ぬらりと光を放つ黒い鱗がびっしりと覆っており、長い尾は山影まで伸び先が見えない。ライトが睨みつける先の瞳は血のように赤く、裂けた口から覗く牙は人の胴体ほどの太さがありそうだ。


 人智を凌駕するその姿に本能的に逃げ出したくなるものの、ライトは歯を食いしばって向かっていく。

 全ての日々はこの日のために。魔王を倒すためにここまで来たのだ。ここでこいつを倒さなければ今までの苦労が水の泡となるどころか、世界から希望が失われ人々は混乱の世で苦しい日々に耐えなければならなくなる。

 ライトの肩には、世界中の人々の願いと期待がかかっているのだ。その思いを無碍にするわけにはいかない。


 自らを奮い立たせたライトは聖剣を振りかぶり、魔王であるドラゴンの眉間を狙う。すかさず戦士が魔王の注意を逸らすためにフォローに回り、魔法使いもライトの動きを早めるべく風魔法で援護する。

 この聖剣が魔王の弱点である眉間にさえ刺されば、魔王はひとたまりもなく消滅するはずだ。打倒魔王のために王家が長い年月をかけて作り出したこの聖剣のみが、魔王を消し去ることができる唯一の希望。

 だが、空を飛べるわけでもないライトが巨大なドラゴンの眉間を狙うのは簡単ではない。しかも、切りつけるだけならまだしも眉間に聖剣を突き刺さねばならないのだ。


 魔王が大きく頭を振り回した拍子に、ライトと戦士は地面に叩きつけられる。

 すかさず聖女が回復術を施すが、その隙に魔王が攻撃を仕掛けてくるので中途半端な回復にしかならない。


 間違いなく魔王はこの聖剣を嫌がって警戒している。

 今まで倒してきた魔物同様、この聖剣に弱点を貫かれれば枯れ木のごとく朽ちて消滅するはずだ。


 しかし、ずっとライトと共に剣を振り続けている戦士は満身創痍。攻撃を常にサポートしている魔法使いはいつ魔力切れになってもおかしくない。回復術を使い続けている聖女も気力だけで立っている状態だ。

 

 カッ、と魔王の口元が光ったかと思うと強烈なブレスが吐き出された。


「バリア!」


 間一髪、魔法使いの呪文が間に合った。

 目の前が眩い光で塗りつぶされ、魔法の防護壁をしてなお防ぎきれない激しい風圧と熱気が勇者達を襲う。なんという威力だろうか。

 防護壁のお陰で無傷で済んだとはいえ、眩いブレスが迫ってくる様は想像を絶する恐怖だ。


 ほんの数秒、ライト達の動きが固まったその隙をついてドラゴンは大きく息を吸い込んだ。ドラゴンの喉奥から炎が溢れ出るのが見える。

 と、巨大な火炎球を吐き出した。


「やめろーーーーーーーっ!!!」


 火炎球が向かう先には、小さな村。

 魔王討伐にあたりライト達が拠点としている村であり、ライトが生まれ育った村だ。

 あそこには今回の討伐に必要な各種物資や貴重なアイテムが置いてある。魔王はそれを破壊して勇者達の退路を絶つつもりだ。もはや限界が近く一時退却も視野に入れていた勇者達にとって絶望でしかない。


 それに何より、あの村はライトの生まれてこの方の思い出が詰まったかけがえの無い場所なのだ。


 ライトの叫びも虚しく、火炎球はぐんぐんと村へ近づいていく。

 その火炎球は、小さな村などすっぽり包み込んで跡形もなく炭に変えてしまうことだろう。いや、魔王の業火だ炭どころか塵すら残らないかもしれない。


 でも大丈夫だ。村人達は全員、強力な保護魔法をかけた地下室に避難している。村が無くなってもまた作ればいいのだ。人さえ生きていれば何とでもなる。

 一時退却なんて甘い考えは捨てて、なんとしてもこの戦いで魔王を討ち取るしかない。

 ライトは己自身にそう言い聞かせて、落ち着こうと呼吸を整える。


 戦士と聖女は顔を青くして言葉を失くしているし、魔法使いは歯を食いしばって顔を歪めているが、もう魔王の火炎球を止める術は何一つない。


 が、火炎球が迫り来る村の中から誰かが走り出してきた。

 その人間は何を思ったか、村を守るようにして火炎球の前に立ちはだかる。

 何の変哲もない村娘のようだった。ありふれた麻の服に鎧ひとつ着けず、手に杖を持っているわけでもなく、尖った耳もしておらず、もちろん聖剣も持っていない。


 脆弱な生身の肉体のみで火炎球の前に躍り出た娘は、胸元から鈍色のペンダントを取り出した。娘が何事かを呟くとペンダントから淡いオレンジ色の光が滲み出す。


「やめて!!そんなことさせるために、それを渡したわけじゃないっ!!」


 娘がしようとしていることに気づき魔法使いが叫ぶ。喉が擦り切れそうになるのも構わずに叫ぶと同時に無駄と知りながらも走り出す。


 この距離で、声が聞こえるはずもないのに。顔が見えるはずもないのに。

 魔法使いの声に気づいた娘が、魔法使いに微笑みかけたのが、魔法使いには見えた。


 そうして、勇者達と魔王との戦いは終わった。

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