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面倒臭い女と都合の良い男  作者: 白縫つくし
8/10

歩調

 人に合わせて歩くのは苦手だ。

 同じ歩調の人間なんて、そうそういない。必ずどちらか一方の人間が、もう一方に合わせて歩いている。

 隣を歩いているとき。それは一方が他方に負担を強いているのだと、私は思っている。


 私はいつも誰かと一緒に歩くとき、その人の斜め後ろか、ちょっと前を歩いている。

 高いヒールでカツカツ歩くあの子に置いてかれたり、なめくじのような遅さに合わせようと足が空を切ったり。早すぎても遅すぎても、どっちにしても息苦しい。だから私は私だけで歩いている。



 自分と同じ人間はいないのだ。

 それはとても当たり前で、同時に私を酷く不安にさせた。





「園田さんって将来の夢とかあるの?」



 そう秋山くんから声をかけられたとき、私は数十秒ほど目をぱちくりさせながら見つめ返した。暫くして秋山くんが困ったように「なに?」と再び言った時に、私はようやく口を開いた。



「秋山くんから話しかけてきた」

「えっ、いや今までも喋ってなかった?」

「うそ、珍しいよ、多分」

「絶対何度かはあると思うけど」

「あと本を読んでないのも珍しい」

「俺だって携帯ぐらい弄るよ……それより、園田さんは卒業後何したいとかあるの?」



 卒業。それは私たちにとって近付いてきてしまったもの。あと1年と少しで、私たちは進学や就職などそれぞれの道を歩み始める。

 まだあまちゃんな私は将来のことなんて考えていない。凄くふわふわしたものを抱えている程度だ。



「将来の夢は今のところないかなあ。理工系には進もうと思うけど、特にどの分野やりたいとかもないし」

「理工学なんだ」

「え、うん。なんで?」

「女子で理工系って少なくない? 珍しいなって」



 意外そうな表情をする秋山くんに、クラスの女子をなんとなく思い浮かべた。



「そうかも。大抵みんな、生物か化学をメインにしてるもんね」

「小園さんたちは?」



 そう問われ、少し動揺した。

 みっちゃん。授業自体は私と同じで化学と物理を受けている。けれどどちらをメインで据えているかとか、どういうのに進むとか、そんな話は全くした覚えがない。



「えー、うーん……わかんない」

「聞かないの?」

「聞いたことないや。受けてる授業的には物理か化学だと思うけど……。私も喋らないし」

「あーまあ、確かにクラスだとそんなイメージかも。……あれ、そのわりに園田さん、俺にはめちゃくちゃ喋るよね」

「うん。だって秋山くん私に全く興味ないでしょ?」

「ええ?」



 心外だ、とばかりに秋山くんは目を大きく見開いた。



「確かにクラスでの園田さんは違いすぎるし、自分を出さないから興味ないってか好きじゃないけど……。え、ここでの俺もそう見えてる?」

「いやあ……態度から、直感で?」

「まじか、ええー……俺、ここでの園田さんのことわりと好きだよ。じゃなきゃ、わざわざこんな隅っこの教室来ないし」



 秋山くんの言葉に教室を見渡した。今日も変わらず、閑散としていて落ち着く。

 運動部の部活動の声は遠くから聞こえるけど、その姿とか校庭は見えない距離。窓からは堀が見え、その奥はもう住宅地だ。人通りもない。



「あー、ここ静かだし人いないしいいよねえ」

「あのさあ……いや、いいや」

「えー? ……そういう秋山くんは、将来何したいの?」



 不服そうな声に気付かない振りをして、胸中に浮かんだ疑問を述べる。なんでも出来そうな秋山くんだからこそ、逆に何になりたいのか想像もつかない。

 私の問いに秋山くんは悩む素振りも見せず、ただ当たり前のことを言うようにいつものトーンで続けた。



「俺は航空系。飛行機の設計とか、不思議なことばかりで面白そう」

「航空? 専門の学校があるの?」

「大学でも学べる学科があるから。数は少ないけど目指せないレベルじゃないしね」

「凄いね……もう自分の道、決めているんだ」



 秋山くんはゆったりと、でも真っ直ぐ己の道を歩く人に見えた。

 私は迷ってばかりだから、その足取りの斜め後ろをちょこまか遅れながら歩き回っている。



「理工系なら機械工学は? 園田さん、物理得意でしょ」

「うーん、それもいいかもね」



 秋山くんは凄い。自分の道を進みながら、私みたいな遅い人にも手を伸ばすのだ。

 それは無理に歩調を合わせて一緒に歩いているんじゃない。秋山くんは足の遅い私と手を繋いで、一歩前をリードして歩いている。遅れないように。遅れても離れないように。



「親とは進路の話にならないの?」

「うーん……全く」

「ええ、子供の将来なのに」

「そうだね。でも私からも言わないし、親からも一切聞かれないよ」

「寂しくない?」

「ないよ、全く。最初から何も期待されてないのって、凄く楽なんだよ」

「楽かもしれないけど、それじゃあ楽しくなくない?」



 真っ直ぐ見つめるその黒い瞳に、私は黙って口角を上げると視線をそらした。






 帰り道。

 日が落ちるのも早くなり、下校時間も夏と比べて1時間早い。もう冬に足を突っ込んでいる。

 いつもなら直行で家に帰宅するところを、なんだか帰りたくない気持ちになって駅直結のショッピングモールを冷やかす。インドアな私には珍しいことだ。


 そういえばそろそろシャーペンの芯がなくなる。

 そう思って、足を本屋の文具コーナーへ向けた。学校帰りであろう学生や、スーツを着た人がまばらに買い物をしている。


 私もその中にまざってお目当てのものを手に取った。たまに来る文具コーナーは見慣れぬもので溢れかえって楽しい。

 他に面白いものや便利なものがないか。好奇心で端から端まで見回る私は、お高めのボールペンの近くに陳列してあったものを見て足を止めた。



 紺色の本革のそれ。



 なんとなく、なんとなくだけど似合うと思った。使い古されてよれてきた紙製のものに比べれば物持ちも良いだろう。

 少し逡巡して、けれど手に取った。

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