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面倒臭い女と都合の良い男  作者: 白縫つくし
3/10

シャンプー

「秋山くんってシャンプー飲む人?」



 突然、想定より斜め85度上ぐらいの言葉を紡がれて虚をつかれた。

 さらに言えば台詞も酷い。シャンプーを飲むか、なんて人のことを何だと思っているのか。



 意味のわからないことを言い出した園田さんは大抵面倒臭い。何度か園田さんと話している俺にはわかってきたことだった。



「シャンプーは頭を洗うもので、飲み物じゃないでしょ」

「だよね、私も一緒の考え」

「というか、突然どうしたの?」



 俺たちがさっきまで話していたのは人間の"好意"についてだ。多分最初は、「無償の愛ってなに? こわくない?」とかなんとか、そんな園田さんの言葉だったと思う。

 そこからなんか寄り道横道して、「園田さんだって好意向けられたことあるでしょ。ほら元彼とか」って聞いたらこれだ。どうだ、会話のキャッチボールが成立していないのが見てとれるだろう。



 どうしてシャンプーを飲む飲まないになるのか。

 俺の疑問に、園田さんは「あのね」って困った顔をした。



「シャンプーは飲み物じゃないけど、飲シャンっていうし、飲む人もいるじゃん」

「あー、うん」



 一時期、話題になった言葉に「飲シャン」というものがある。それは読んで字の如く、シャンプーを飲むことだ。

 聞くところによると、市販の頭皮を洗うシャンプーの飲み比べをしたり、好きな芸能人の御用達のシャンプーを飲んだりをしているらしい。


 申し訳ないが、勿論俺には遠い世界のことだ。どう考えても身体に良いわけがない。そしてどう考えても不味い。食べるものとして作られていないのだから当たり前だ。

 間違って口に入ることはあっても、自主的に口に入れることはない。



「私と秋山くんにとっては飲み物じゃないし、そもそも飲み物じゃないシャンプーを飲むって信じられなくない?」

「うん、無理」

「つまりそれぐらい、私にとって私はあり得ないものって意味」

「……おーっと、一気にわからなくなった」

「ええっ、私の中でこれ以上ないぐらいの説明だよ……」



 目を見開く園田さん。今日もワールド絶好調だなおいおい、と思いつつも俺は優しく先を促す。



「つまり?」

「私はシャンプーで、私にとって私のことを好きになる人はシャンプー飲む人ってこと」



 わかる?、と言うように園田さんは唇を尖らせた。顎に手をあて、園田さんの言葉を再考する。



 整理しよう。


 園田さんはシャンプー。つまり園田さんは身体に悪く、不味いもの。

 私のことを好きになる人はシャンプーを飲む人。シャンプーを飲む人は信じられない。つまり、園田さんを好きになる人は変態で物好きで信じられない。


 自己評価の低さに思わず頭を抱えそうだ。

 折角好意を向けて貰えているというのに、めちゃくちゃ無下に扱ってないか?



 自分の中で結論に達し、こちらを見つめる園田さんの黒い瞳を見つめ返した。

 単純なこと。つまり、まとめるとこうだ。



「園田さんって本当に厄介で面倒臭い女だね」

「ありがとう」

「これは褒めてないんだけどね……」



 園田さんは目を細めて笑った。

 けれどそこで疑問がひとつ生まれる。



「恋愛に対してそんな考えを持ってるのによく元彼と付き合っていられたね」

「あれ、戻されちゃった」

「誤魔化されないよ」



 そう言うと、園田さんは「ちがう、ちがう。誤魔化すつもりはなかったよ」と両手を胸の前で左右に振りつつ眉を下げた。



「いや、うん、答えるのが難しいと思ったから……? えっと、あー、気持ち悪いものでも毎日ずっと見てたら、ないと不安になるでしょ? なんていうか、そう、刷り込み!」

「元彼に対して随分と失礼だな」

「彼自身が特別気持ち悪いとかではなくて! えっと、だから、シャンプーを好きな人間だったから受け入れにくかったというか!」

「園田さんは人間で、園田さんのことを好きになる人も人間。シャンプーじゃない。好意を向けてくれる人に対して失礼だよ」

「そうかもしれないけど……」



 目を合わせながらそう言うと、園田さんも対抗するように見つめ返して唇を尖らせる。まるで子供みたいだ。

 そして園田さんはふっと視線を机上に戻すと、転がっていたシャープペンを握り締めた。



 拗ねたように数学の勉強に戻るので、俺も鞄から文庫本を取り出す。最近読んでいるのは子供の人格形成についての本だ。……別に誰かさんへの当てこすりではない。

 紙のしおりが挟んである頁を開くと同時に、園田さんがぼそりと呟くのが聞こえた。



「じゃあ物理的には人間でいい。だけど心はシャンプーなの」

「シャンプーの心を持った人間……?」



 一瞬眉間に皺が寄ったが、すぐに振り払って本の続きに意識をやった。


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