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面倒臭い女と都合の良い男  作者: 白縫つくし
2/10

都合のいい男

 放課後の空き教室なんて誰もいない。

 それに気付いたのは、高校1年生の9月の終わりだった。


 友達と喋りたい人は自分のクラスでお喋りするし、人生楽しんでる勝ち組は、部活をするか外で遊ぶ。

 わざわざ遠い空き教室に来るのは、その教室に用事があるか、それともなにか人に言えない事情がある人だ。



 気付いてからはたまに入り浸るようになった。

 それが、2年生に上がったら毎日になった。



 絶対に誰も来ないっていうのは流石になくて、やっぱり数回は先生だったり、名前も知らない生徒と会ったこともある。だからと言って咎められることはなく、自分に精一杯な彼らは適当なことを言って去っていった。


 まあそうだろう。

 私でも知らない人と空き教室で過ごすかなんて、普通に考えたら気まずくて選択しない。会釈するか、黙ってその場から立ち去る。



 だから、この教室は私がいるからには私のものだ。そう思ってた。……思ってた、んだけど。


 なぜか最近、そんな空き教室に人が増えた。

 秋山くんだ。



「あ、あっきやまくーん」

「うわあ」



 自分からここに来たくせに、呼び掛けるとちょっと嫌そうな顔をした。酷いやつだ。

 やれやれって顔をして秋山くんを見ると、女子に向けるべきじゃない険しい顔をされた。そんなんじゃモテないぞ。


 悪くないけど、良くもない。日常が変異していく様子は不安定で、訳もわからない焦燥感が身にまとわりつく。

 だからと言ってわざわざ拒絶するほど人を傷付けることに長けてない。ただの臆病者の私は静かに享受するだけだ。





 秋山くんと初めてちゃんと話した次の日。

 秋山くんはまた現れた。



 がらっと入ってきた音に吃驚して変な顔をして出迎えると、秋山くんはばつの悪そうな顔をして立っていた。

 どうやら昨日、ノートを取りに来たのにまた忘れるというナイスプレーをしたらしい。「絶対園田さんのせい」ってぼやいて恨めし気に見られた。

 それに対して、「ばっかだなあ! ノート取りに来たのに忘れるなんて! ばかやまだ!」と返すと拳骨を食らわされた。普通に痛かった。


 自分でもなぜそんなことを言ったのかわからない。

 秋山くんのことはクラスメートという括りでしか見たことがなかったし、関係性を変えたいなんて微塵も思っていなかった。だからこれはいつもの私からすれば間違いなく悪手だ。

 じゃあなぜかって――やっぱり元彼のことが私へ少なからず影響を与えたんじゃないかと思う。落ち着いて思い出せば思い出すほど、秋山くんに対する私は私が望んでいる私じゃなかった。



 その日、秋山くんは毒を吐きながらも私に付き合ってくれた。

 そして気まぐれにこの教室に現れるようになった。



 そんな奇妙な関係が始まって、秋山くんは定位置となった私の前の席を陣取る。



「ああ、テスト勉強?」

「うわああ!」

「え?」



 プライバシーも何もなしにノートを覗くので、女子からぬ悲鳴を上げて両手でノートを隠した。すると秋山くんは困惑したように「そんなに凄いノートなの……ごめん」と謝った。

 冷静に考えれば別に隠すほどではなかった。落書きもないし、ほんとにただ板書した面白味のないノートだ。そろそろと手を引く。



「いや……ごめん。反射的に隠したけど別にそれほどでもなかった」

「あ、数学だ」

「数学でーす」



 じろじろとノートを眺める秋山くんが意外そうに「へー」と声を漏らす。何を言われるんだろうかとちょっと身構える。



「園田さん、実は頭良い?」

「良くないです。馬鹿です。全然出来ないので勉強してるんです」

「え? じゃあノートだけまとめるの上手いタイプ?」

「それほどでもないと思うけど」



 妙なものを見るような、感心するような、変な顔をしてページを捲る。

 って、まてこら。勝手に捲るんじゃない。私の勉強中だぞ。



「ふうん」

「なに!」

「なんでも」

「秋山くんもだいぶ意味わかんないよ…」

「園田さんほどじゃないけど」



 一見優しいようで、温度のない底無しの沼みたいな瞳をちらりと覗かせる。

 初めてここで会ったときから、時折現れる秋山くんのその瞳を私は気に入っていた。



 秋山くんはとても都合が良かった。


 喋ったことはほとんどないし、私のことを認識しているようでしていない。

 多分、私に一切興味がないんだと思う。


 私がどんなにクソでも、きっと秋山くんはへぇ、ぐらいにしか思わないだろう。その色のない瞳で。

 だから私は秋山くんが訪れるようになってもここから離れなかったんだろう。秋山くんの隣は呼吸がしやすい。私は別の何にもならなくていいって思わせてくれる。



「秋山くんは勉強しなくていいの?」



 テストはもう3日と迫っている。

 秋山くんが勉強できるのか、できないのか。初めて一緒のクラスになった私は知らない。

 でも、放課後私の前の席で本を読んでる姿を見るとなんとなく出来そうなイメージはある。私の中で本読む人は頭が良さそうっていう偏見があるから。



「満点を目指してる訳じゃないしね。普段からしてたらあせる必要ない」

「むかつく……がりべんやま……」

「せめてもう少し原型残そう」



 冷静な駄目出し。

 頬を膨らませて「ぶう」って言うと、うわあって顔して「ぶっさ」って言われた。雑だ。

 他の女子に言ったら裏で袋叩きにされそうだ。思春期の男子から思春期の女子への言葉にしては冗談が一切ないガチのトーンであった。

 その対応に頬が緩んだ。



「園田さんって」

「なにー」

「……ドエム?」

「何馬鹿言ってんの」

「いや、園田さんには言われたくない」



 秋山くんは呆れた顔で頬杖をつく。

 ええーって口では文句を言いつつも、その遠慮のなさに笑った。



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