表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪魔の時計

作者: N(えぬ)

 ある日、大雨が降った。一日降り続いた。夜半になって雨は弱まり、朝には上がった。けれどどうも、この彼の家の裏山が夜中に小さな崖崩れを起こしたようだった。幸い、人にも家にも被害は無かったが。

「やれやれ。土砂を片付けるのが一苦労だ」

 彼は父親と二人で裏山を見やってそう言った。彼は28歳で、この家に両親と住んでいる、一人息子だ。町の中心部のとある会社に勤めている。この土砂崩れのおかげで今日は会社を休んだ。


 崩れた山の土砂に彼が足を踏み入れた時だった。泥の中に何か硬いものを踏んだ。大きめの石ころか何かだと思い、手にしたスコップでその部分を掬ってみると壺のようなものが出て来た。彼のこころは俄に活気づき、泥の中からそれを掬い出すと、水道のところへ持って行き洗った。

「なんだろう、これ」彼は呟いた。

 それは口の細い胴のぷっくりした、表面のざらざらした黒い壺だった。底の部分に何か文字のような記号のようなものが彫ってあるが、それが何かは分からなかった。壺の口は硬いセメントのようなものを詰めて閉じてあった。だが、中までそのようなものが詰まっているわけでもないようだ。壺の大きさからして、持ったときの重さや振ったときの感じが、壺の中が空洞であることを感じさせた。

「こんな風に口を閉じてあるんだから、何か入っているのか?」

 彼は執拗に壺を振ったが、音などはしなかった。となれば、開けて見るしか無い。彼の好奇心は旺盛だった。彼は壺の口に手頃な金属の棒を当ててハンマーで叩いた。壺の封は少しずつ崩れてついに中へ貫通した。すると、開いた口から真っ黒な煙が吹き出した。

「うわっ」

 彼は煙を払おうとした。けれどそれは煙にしては、たなびいて消えては行かなかった。黒くもやもやと動いて、何かの形になっていった。一抱えほどのネコくらいの大きさになり。頭が出来、胴体が出来、手足が出来。目鼻口。角?しっぽ?と出来上がった。どこかで見たような形だ。

「壺の封印を開けてくれて、ありがとよ。礼を言う……外の空気はうまいな200年ぶりだ」

 その黒い生き物は目を細め、深々と息を吸い、感動的な表情を浮かべて言った。

「ええ……ああ……」

 その状況を見ていた彼はことばが出なかった。

「ああ、驚いているね。お察しの通り、私は悪魔だよ。壺に封じ込められていた。それをあんたが開けちまった。そういうことだよ」

 悪魔は見た目が邪悪なのだが、外に出られた嬉しさからか、とてもいい表情をしていた。

「悪魔を助けてしまったのか。俺」

 彼は恐ろしさと落胆の表情を浮かべた。

「まあいいじゃないか。あんたには何もしない。むしろ礼をしたい」

「悪魔からお礼……」

「そんなイヤな顔をしないでおくれよ。私にだってそういう気持ちの持ち合わせがあるんだ。そういうところを見せてやろう……200年ぶりに使う我が力……エエッッイ!」


 黒い悪魔は気合い声と共に右手の上に小箱を出現させた。白い紙の箱のようなものだった。

「これをキミに進呈しよう。悪い物じゃ無いゼ。きっと役に立つはずさ」

 悪魔から差し出された箱を彼は恐る恐る両手で受け取った。

「じゃあ、私は久しぶりに外に出て、いろいろやることがあるので、これで失敬するよ。では、さらば~、ケ~ッケッケッケ」

 悪魔は最後に妙な響きの笑い声を響かせながら空の彼方へあっという間に登り見えなくなった。


 彼は悪魔にもらった箱を持って自分の部屋へ。そしてテーブルの上に箱を置いた。蓋をそっと開ける。すると中には、どこかで見たことがあるようなデザインのものが入っていた。

「なんだ……デジタルの置き時計?」

 薄いブルーグレイの本体に液晶画面。前面にいくつかのボタンが横並びに設置されている。そして、箱には説明書が入っていた。今どきの家電製品で、これほど分厚い説明書は無いだろうと思える厚さのものだった。彼は説明書を読んで見た。

「ううんと。電源はいらないのか。確かに電池を入れるようなところは無いな。『邪悪なエネルギーで止まること無く常に正確な時刻を表示します』か……すごいな。そして、日付、室温、湿度、アラーム……ホントに普通の時計だな。それから警告表示が付いているのか。温度や湿度を感知してインフルエンザとか食中毒の警告を表示したりする機能だな。これも良くある機能だ……イヤ、違う、なんだこの警告の内容」


 その時計が警告してくれる内容は、『風邪』『食中毒』『お金』『愛情』というものだった。説明書によると、風邪と食中毒の警告は、室温や湿度から計算して表示するのでは無く内蔵した悪魔のセンサーが感知した場合に点滅して警告する。初期段階でゆっくりと点滅、重くなると早く点滅する。これらは、あくまで警告であるから、『対処すれば避けることが出来る』と書いてある。同様に『お金』の警告も収入か支出か分からないが、どちらかのある程度大きな金額について点滅で警告してくれる。

「収入か支出か分からないんじゃナァ」

 彼はがっかりしたが、その部分の説明には『それはハッキリ教えてやらない。ケケケ』とある。

「お礼に置いていくというのに、こんなところにイジワルするなんて、悪魔らしいな」

 そして次の『愛情』の警告は、彼自身の恋人についてのものだった。『相手が自分に愛情を持っているか。こころが離れて行っていないか』を警告してくれるらしい。だがこれも、警告だから対処しだいで好転したり悪化したりする。

「ふ~ん。おもしろいなあ……使いようによってはすごく役に立つってことか」


 彼はそれ以来、そのデジタル時計を効果を確かめるためにもできる限り持って歩いた。

 確かに、『風邪』が点滅して何も対処しないと風邪をひいた。風呂上がりなど、迂闊に裸でいるとすぐにこの警告が点滅した。『食中毒』も同様で、食事前に手を洗わなかったりすると点滅することがあり、軽い腹痛を起こしたりした。これで救われたのはとあるレストランの食事で、この時は数人でテーブルを囲んだが、カバンから悪魔の時計を出してみると、なんと『食中毒』が猛烈な速度で点滅していた。それで食べるのを思い止まり、ほかの人間にもやめるように言ったのだ。翌日、そのレストランで集団食中毒が起きたとテレビのニュースに出た。この時は、

「お前は超能力でもあるのか」と友人たちに感謝された。


 この時点で彼は悪魔の時計を信頼するようになっていた。

 『お金』の警告は収入か支出か分からないので使いにくかったが、それでも普通の人間の感覚でどちらかの判断は出来たから申し分なかった。初めての株の投資もこれで上手く行ったし、そう親しくない友人に持ちかけられた「儲け話」では時計の警告が激しく点滅してイヤな予感がしたので断った。それでよかった。相手の友人は金を集めてトンズラしてしまったのだ。

「なるほど。傾向が分かってきた。儲かるときの点滅はゆっくりなものばかり。損をするときは激しい点滅が多いな。人生ってそんなもんだな」

 彼はこれで、金回りもグッとよくなり、町の中心地にあるマンションに一人引っ越した。


 お次は恋愛だ。女性とつき合う時も悪魔の時計は役に立った。例えばこんなことがあった。

 彼は交際相手の女性とレストランで食事をしていた。いい雰囲気の高級レストランだった。窓辺の、眺望の素晴らしいテーブルで。

 彼は彼女と結婚も視野に入れてつき合っていた。彼女も同じ考えだと、彼には見えた。もちろん悪魔の時計を逐一見て、警告が出ないか確認しながらつき合っていた。


 食事を始め、少しした時だった。隣のテーブルに彼らと同世代くらいのカップルがやって来た。どんな人かは、あまり気に留めなかった。そして食事が終わり、彼女がパウダールームに立った時、彼女がふと振り返って隣のテーブルの男性を見て動きが止まった。だがそれは、彼女を注意してみていなければ分からないくらいの制止時間だった。相手の男性も同じくらいの僅かな時間、彼女を見ていた。彼女の居ない間に彼は何気なく懐から悪魔の時計を出して見た。『愛情』の警告サインが激しく点滅している。

「これは一体、どうしたわけだ」

 彼は動揺した。ほんの少し前に確認したときは、警告サインはゆっくりの点滅さえしていなかったからだ。そのとき、隣のテーブルの男性も連れの女性に何事か言って席を立ちパウダールームの方へ歩いて行った。そして男性が先にテーブルに戻って来て、そのあとに彼女が戻って来た。


 それ以来、彼女の態度に変化が生じた。時計の警告サインは高速点滅のしっぱなしだった。しばらくして彼女の方から彼に「別れたい」と言ってきた。彼は、もう心の準備が出来ていたので簡単に承諾して見せた。彼女はその彼の態度が意外だったようだが。彼女があの日、レストランで出会った男性は元カレで、偶然に再会して、またも恋心が燃え上がってしまったのだった。



「警告が出るから事前に対処できる。心の準備が出来る。それはいいことだけれど、うまくいくわけじゃ無いからな。わかっている分だけツラいっていう面もあるな……」

 ある日、マンションの部屋でベッドに寝転び、彼は一人そう呟いた。そして、悪魔のくれた時計を見た。彼はもう、これ無しでは生きて行けない気さえしていた。

「今は何の警告も点滅していない。安心だ。……まったく、悪魔にでも親切にすればいいことがあるんだな」

 彼は横になったまま、ベッドサイドのテーブルに置いてある悪魔の時計の説明書を手に取った。そしてページをめくった。最初の方に時計の図が載っていて、スイッチ類に矢印が伸びて名称などが示してある。その時初めて気づいた。四角い時計本体の横に、やたらと細い矢印が付いていて、その先にこれまたやたら小さい文字で何か書いてあるのだ。

「説明書はかなり真剣に読んだけれど、この図にあるこの部分の説明は読んだ記憶が無いな……なんだろう」

 彼はそれを読もうと思ったが、肉眼ではとても読めなかった。そこで虫眼鏡を探し出してきて、図を拡大してみた。

「なになにぃ。『次画面を表示するときはこの部分を指先で三度こすってください』……この時計、ほかの画面があるのか?!」

 彼は時計を手に取り、その部分を見た。スイッチも無いし印なども何も無いただの平たい面。そこを彼は指先で三度こすった。すると悪魔の時計の通常画面が左に流れて似たような画面が表示された。彼は警告表示の部分を見て凍り付いた。警告は二つあった。

「『大けが』『大病』……」

 そして、『大病』の警告がゆっくりと点滅していたのだ。通常は時刻表示が出ていた部分には、『残り寿命』と左上に表示され『3年6ヶ月』となっている。

「つまり、このままだと大病になって3年6ヶ月で死ぬってことか?!」

 彼は大急ぎで身支度をし、カバンに悪魔の時計を入れて外に飛び出し、

「早くしなくちゃ。今ならまだ間に合うんだ!」

病院へと駆け出した。

「それにしても、あんなに小さく分かりにくく大事なことを書いておくなんて、やっぱり悪魔だ!」


 息せき切って走る彼の脳裏にどこからか「ケケケケケケ~」という小さい笑い声が聞こえて来た。




タイトル「悪魔の時計」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ