みゆちゃんのクレヨン その3
ぼくは、りかちゃんはなんて思いやりのあるいい子なんだ、と感動した。ぼくらのみゆちゃんのために泣いてくれるなんて……。みゆちゃんが、なぜりかちゃんを出会ってすぐ好きになったのかがとてもよく分かる。
そうだ、そうだよ。もしかしたら、りかちゃんなら……。この子なら……。うん、そうさ。やってくれるかもしれない。
ええい、ままよ。いちかばちかだ!
ぼくは一大決心をして、そろっと箱から飛び出そうとした。でも、ふたが重くてなかなか出られない。えいっ、えいっ。頭がひっかかる。
「ほらっ。」
その時、隣の黒が、ぼくの頭の下に体を押し込んだ。
「行け!!白!!死ぬ気で行ってこい!!」
「ありがとう!!黒!!」
りかちゃんは、ぼくらの行動に全く気付いていない。まだ下を向いて泣き続けていた。
何とかテーブルのはしっこの画用紙に気づかせたい。毎日毎日一生懸命練習して、みゆちゃんが今日やっと完成させた画用紙だ。あと少し。行けるか。
だめだ。体がふたにはさまって。くそっ。あと少しなのに。
赤が叫んだ。
「こうなったら、全員で体当たりだ!!」
「おおーっっ!!」
ぼくがまばたきする間もなく、全員がぼくのいる左にどぉっと押し寄せてきた。
「うわぁーー!!」
バシャン。クレヨンの箱が投げ出された。クレヨンたちはみな、めいめいふかふかのじゅうだんの上に散らばった。うまいことに、ピンクは着地に成功して、りかちゃんの足元に転がった。
「あっ、クレヨンが……。」
りかちゃんは、まずピンクのクレヨンをひろって、テーブルのうえに置いた。そして、はじっこにおちたむらさきや茶色を拾おうとして、やっと画用紙に気づいた。
「これ、みゆちゃんが何度も何度も書き直して、一生懸命かいていた絵だわ。みゆちゃん、いったい何をかいていたのかしら?」
神様、お願い!!ぼくは、必死で祈った。
「りかちゃん、そうよ。私を使って。」
そういうようにピンクが、画用紙のそばに転がった。
「そうだ。前にみゆちゃん、ピンクで何か書きたいって言ってたっけ。ピンクをぬれば、絵もわかるし、みゆちゃんも、きっとよろこぶよね。私がぬれば、テーブルも汚さない。」
そう言うと、りかちゃんは、画用紙をピンクで塗り始めた。
やったー!! ぼくは、ガッツポーズをした。
みゆちゃん、やっとやっと伝わるよ。みゆちゃんの気持ち。よかったね。
ピンクでぬられた白い画用紙に、白いクレヨンでかかれた絵がうっすら浮かび上がってきた。
「できた。ちょっとわかりにくいけど、なんとなくわかる。この口元のほくろ……まちがいない。ママだわ。」
そう、ママの顔。鼻より口が上になっているけど、笑っている。
ここだけの話、みゆちゃんには、ほんとうのママの思い出がない。みゆちゃんを産んで、すぐ亡くなってしまったんだ。だから、みゆちゃんは今のママが何をしても嬉しいんだ。たとえ、怒られても、ママが怒ってくれたとよろこぶ。その事情を知っているりかちゃんは、画用紙を見て、目と鼻を真っ赤にして、絵を胸にぎゅっとだきしめた。そして、そっとぼくらを箱に戻してくれた。
カチャッ。キッチンのドアが開いた。りかちゃんはびっくりして息を飲んだ。
「だれかいるの?」
みゆちゃんがかぼそい声でたずねた。
「みゆちゃん。私よ、りかよ。どうしたの?怖い夢でも見た?」
「おねえちゃん。みゆね。思い出して画用紙をとりにきたの。」
「画用紙ってこれ?みゆちゃん、ママの顔を描いたのね。」
「お姉ちゃん。ママの顔だってわかったの?」
「もちろん。みゆちゃん、とってもじょうずよ。」
「あのね……。お姉ちゃん、お願いがあるの。」
「なぁに。」
「点字でない字で画用紙にお手紙を書きたいの。」
「もしかしてママに?」
「うん。」
りかちゃんは、みゆちゃんの手をにぎりしめた。
「なんでも手伝うよ。みゆちゃん、まかせておいて。」