みゆちゃんのクレヨン その2
それが、一か月以上前の話。それ以来、白いクレヨンの僕しか、みゆちゃんは使えなくなった。真っ白い画用紙に真っ白なクレヨン。何がかいてあるんだかさっぱり分かりゃしない。今までぜんぜん目立たなかった僕は大活躍なわけだけど、そんなのちっともうれしくなかった。ほかのクレヨンたちは、もっとおもしろくなかっただろう。
みゆちゃんが、書きたかったものを書き終えた夜、とうとうみんなの不満が爆発した。
「おい、みゆちゃんが今まで書いた絵を見たか。赤いチューリップも白だぞ。」
赤が口火を切った。そして、ミドリとオレンジが続けた。
「白いはっぱなんてはじめてだぜ。」
「それをいうなら、オレンジのライオンも白になっている。」
真夜中になって、皆、口々に言い始めた。
「こんなの、おかしいよな。」
「そうだそうだ。色がない世界なんておかしい。」
その声を受けて、むらさきがしんみり言った。
「そうでなくてもさ、前は紫のうさぎとか紫の猫とか、結構新鮮で楽しかったよね。」
「しかも、今日完成した絵を見た?私、本当に悲しくなった。」
うすだいだいいろが涙目になって、下を向いた。
「わかるわ、うすだいだい。あれじゃ、みゆちゃんがむくわれない。」
黄色がぼそっと言った。
「これは、みゆちゃんの気持ちを無視しているこういだわ。」
「だよな。色があってはじめて伝わる。あの、ままはは、おれたちの出番、減らしやがって。」
黒は、いまいましげにぼくを見て、続けた。
「白、おまえは満足だろうがな。」
ぼくは、かっとして全身が熱くなった。言い返そうとした時、一番思慮深い灰色のクレヨンが口を開いた。
「やめないか。大事なのは、ぼくらのみゆちゃんが、本当にお絵かきを楽しめているかどうかだ。そして、そのためにぼくらに何ができるか、だ。」
みんなし~んと静まり返った。灰色のクレヨンが続けた。
「いくら目が見えないとはいえ、心の目まで見えないわけではない。」
カチャッ。音がした。ぼくらははっとして、しゃべるのをやめた。
りかちゃんだった。のどがかわいて、水を飲みにきたのだ。りかちゃんは半分コップの水を飲むと、大理石のテーブルに置いた。そして、テーブルの上に置いてあったぼくたちにはたと気づいた。りかちゃんはふたを取ってぼくたちをそっとなでながら、優しい声でつぶやいた。
「みゆちゃんのクレヨン。」
りかちゃんは、再びくれよんのふたを閉めてぽつりと続けた。
「みゆちゃん、かわいそうだな。ママ、再婚する前は、あんなにいらいらしていなかったのに。いつも、りかの洋服だって縫ってくれたし、いつもにこにこ笑っていた優しいお母さんだったのにな。おばあちゃんの言いつけが厳しくて、手のかかるみゆちゃんまでまわらないんだ。」
そう言って、パジャマのすそをぎゅっとにぎった。
「でもでも、ママだって必死なのが分かるから、何にもいえないよぉ。みゆちゃん、ごめんね。」
りかちゃんは、ぽろぽろ涙を流した(のだと思う)。クレヨンのふたがぬれているのがわかった。