みゆちゃんのクレヨン その1
こどもには、白いクレヨンの使い方は分かりませんね。
僕は、白いクレヨン。小学校二年生になった『いけのべ みゆ』ちゃんのクレヨンだ。一歩ずつ小さな手で周りをたしかめながら、みゆちゃんはいつもゆっくりゆっくりクレヨンのところまでやってくる。そして、にこにこしてクレヨンを手に取る。
みゆちゃんは、絵をかくのが本当にだいすきなんだ。決まって西日のあたるキッチンに置いてある、白い大理石のテーブルにちょこんとすわって、お絵かきをしている。みゆちゃんはね、とってもとっても優しい女の子だ。ぼくたちを最後まで必ず使い切ってくれるし、おれたら、「ごめんね。」と言ってセロハンテープで修理して使ってくれる。だから、ぼくたちクレヨンは、みんなみゆちゃんが大好きだ。
でも、実は……今、ぼくは困っている。困っているというより、途方にくれている。たしかに、目立ちたがり屋だけどぜんぜん目立たない白色のぼくだって、活躍したいと願ってたさ。ほかのクレヨンたちみたいにみゆちゃんに使ってもらいたかったさ。だけど、だけどね……。これは、ちがうでしょう。
話は、1か月以上前にさかのぼる。
「みゆちゃん、なにをかいているの?いっしょうけんめい、かいているね。」
「あっ、お姉ちゃん。みゆね、さくらの絵をかいているの。」
中学校へ入学したばかりのお姉ちゃんのりかちゃんは、ちょっとびっくりして言った。
「みゆちゃん、目が見えないのに、さくらがどんなか分かるの?」
「ううん。でもね、今日パパが庭のさくらがさいたよって、一つくれたの。さわってみたら、お絵かきしたくなったの。」
白いテーブルの上には、一輪のさくらがふうわり置かれていた。
「みゆちゃん、とっても上手だよ。でもね、さくらは黄色じゃなくて、ピンク色をしているんだよ。ピンクは私の一番好きな色なんだ。」
「わぁ、お姉ちゃんの一番好きな色。どんな色なのかなぁ?」
「う~ん。そうだなぁ。かわいいものを見たときの気持ち…みたいな色かなぁ。」
「うわぁ、すてき!お姉ちゃん、ピンクのクレヨン、取って!!何かかいてみたい。」
「りか!!」
その時、するどい声がした。
「ママ。」
りかちゃんは、わるいことをした時みたいに、下をむいた。
ママは、つかつかとテーブルのそばにやって来た。
「ちょっと、なんなの、これ。白いテーブルに黄色いクレヨンがはみだしているじゃないの! おばあちゃんが買ったこの白いテーブル高いのよ。また、ママがおばあちゃんに怒られるじゃない。」
「ママ、ごめんなさい。」
みゆちゃんは、すぐに謝った。
「ママ、下になにか敷いて、かけばいいじゃない?」
りかちゃんが、おそるおそる言った。
「そういうのを準備するのも、片づけるのもママでしょ。これ以上めんどうを増やさないで。」
りかちゃんは、暗い顔をして、また下を向いてしまった。
「りか、あっちへ行ってなさい。」
りかちゃんは、みゆちゃんを心配そうにちらっと見て、後ろ髪をひかれながらもキッチンの外に出た。
「みゆ、ほんとうに手がかかるわね。顔もくせっ毛もうるさいしゅうとめに似てるし。クレヨンをしまいこんで、お絵かき禁止にしようかしら?でも、そうすると父親が何かいうわね。しゅうとも大人しくて、頼りにならないし。あ~、ママ、気をつかってばかりでどうにかなりそう。」
ママは、髪をかきむしった。
「そうだ!!」
ママは、白いクレヨンの僕を見た。
「どうせ見えないなんだから、いっしょよね。それに、しゅうとめが大切にしている白いテーブルが人知れず汚れるのもちょっとすっきりするわ。」
ママは、いたずらっ子のように笑った。
「みゆ。これからは一番左側のクレヨンしか使ったらだめよ。いい?これ以外はつかわないこと。」
「はい。ママ。」
みゆちゃんは、素直にうなずいた。