チョコ
ある日の昼前の民宿「しろすな」。
咲希が渚をリビングに呼びに来た。
渚はソファに座らずにソファー前の床に何故か転がっていた。
「渚ー渚ー!」
「何ー?」
「今日俺昼いらないから」
「美船ちゃんとどっか行くの?」
「いや、一人だけど、外に出てくるから多分昼飯時間に間に合わね」
「咲希姉そんな遠くに行く用事あるの?」
「まあ遠いって言っても駅で数駅かそこら行くだけだけど。電車本数少なすぎるから数時間はかかる」
「え、どしたの?明日雪でもふるの?」
「いや、まあ確かに普段外出ませんけど。買ってこないといけないものがあるから出ざる得ないだろ」
「買ってこないといけないもの?お客さんに出すものなら私が買って来るけど」
「いやお客は関係ないんだなこれが。明日、バレンタインだろ」
「何をもったいぶってるのかと思えば、確かにバレンタインだけど。なんでそんな浮かれてるの?どしたの?」
「バレンタインにはその時限定のチョコ発売されるからな。それ買ってくるんだよ。んでもって自分で食う」
「あぁーそういうことかぁ。行ってらっしゃーい」
「あと、渡す用にいくつか」
「え?渡すの?え?」
「いや、雅彦さんとかあの辺。一応美船も?」
「ああ、そっか。一応私たち渡す側なのか」
「なんだよ。忘れてたのか?」
「うん、忘れてたね。そっかぁ、渡す側なら買ってこないといけないかもしれないね」
「そそ。で、流石に近所のあそこじゃ買えるチョコとかたかが知れてるじゃんか。だからちょっと遠出しようかなってさ」
「成程ねー。ねぇねぇ、私もついていっていい?」
「ん、別にいいけど。何、買う?」
「うん、一応義理チョコ買おうかなって。みんなには仲良くしてもらってるし、お世話にもなってるし」
「まあ、それなら一緒に行くか?ぶっちゃけお前のが買う場所知ってそうだし」
「流石にバレンタインチョコの売り場は知りませんが?」
「いつも行ってるスーパーとかにだいたいコーナーできるんじゃないのそういうの」
「まあ多分行けば分かると思うけど。スーパーのチョコでいいの?もうちょっと街まで出れば違ったチョコがあると思うけど」
「んーまあ毎年買いに走るチョコあればとりあえず俺はいいからな…なんか買いたいチョコあるなら出てもいいけど」
「私は至って普通のノーマルチョコが好きなので、別にいいかな。あと高いのそんなに買えないし。お小遣い的に」
「多少なら融通利かせるけど」
「でも義理チョコなのに高いのあげたら引かれるでしょ」
「まあ確かに」
「じゃあ、ちょっと大きめのお店でいっか」
「じゃあそれで。まあいつも俺が買ってる奴ならスーパー行けばほぼあるだろ」
「地域が違うけどほんとにあるのかな」
「無かったら無かったで予算範囲で別の買うわ」
「成程。じゃあ私準備してくるね」
「いてら」
□□□□□□
そう言って電車に乗ってスーパーがある場所まで来た2人。
渚にとっては買い出しに来る場所でもあるので割と馴染みのある場所ではある。
「とりあえずここでいい?」
「この規模ならたぶんあるでしょ」
「じゃあここで。売ってるんかないつも買ってる奴」
「あるといいね」
「あれサイズと個数と値段が丁度いいから好きなんだがな」
「とりあえず行ってみないと分からないから行こう」
「せやな。行くか」
そうしてチョコ売り場を探してうろつく2名。
何となくの当たりをつけて向かってみるとまさしくそこがチョコ売り場であった。
「ん、ここかな」
「ここだね。流石に前日だし平日だからあんまり人はいないね」
「まあ明日だしな当日。来るの遅いって言う」
「残り物には福があるということで」
「まあ目当てがあるかまだ分からんのですが」
「じゃあ私しばらくあっちらへん回ってるから。買い終わったら合流しよー」
「おっけ。変な奴に絡まれるなよ」
「分かってる。もう絶対に絡まれたくない」
「周り警戒しとけよ。なんかあったらさけびゃ行くから」
「了解。じゃ行ってくる」
「買い終わったらレジ付近いてくれよー」
「多分咲希姉の方が先に買い終わると思うからその辺は大丈夫」
そう言って咲希と別れて渡すためのチョコを買いに行く渚。
咲希は渚と別れから割とすぐに目当ての物を発見してあっという間にレジに向かっていた。
その間わずかに5分ほどである。
「んー…」
チョコ売り場のチョコを見る渚。
「義理チョコだし…あんまり派手なのは引くよなぁ…でも、安すぎてもなぁ…」
手にとっては戻すを繰り返しながら頭を悩ませる渚。
「とりあえず、神谷君でしょ。稜子ちゃんでしょ。一応啓介君も渡して…あと、大月さんにも一応渡した方がいいのかな。自販機見に来るって言ってたし」
そんな中で程よく安すぎも高すぎもない感じのチョコを見つけてとりあえず手に取る渚。
「うっハートが多い…流石にこれ渡したら勘違いされるなぁ…あーでも稜子ちゃんはこれでいいかな」
そう言ってとりあえずそれを籠に入れる渚。
「で、啓介君には、本命がきっとあるはずだから…あんまり派手なの渡すと稜子ちゃんが拗ねそうだし…このとてもとても安いチョコでいいかな」
そう言ってかなり安めなのを籠に放り込む渚。
「でも待って、ここで神谷君にちょっと高めのを渡したら、啓介君と差ができちゃうから…そうするとなんか贔屓してるみたいになっちゃうかな…んー…」
安めのチョコをもう一度籠から出して元の棚に戻す渚。
「とりあえず当たり障りのないこれを大月さんに渡そっかな」
と言いながら、動物の型を取ったチョコを籠に入れる渚。
「あ、咲希姉もこれでいいや。あ、そうだった。美船ちゃんの分忘れそうだった。とりあえず3人はこれでいいかな」
そう言って同じものをもうあと2つ籠に入れる渚。
「あぁー啓介君と神谷君どうしよっかなー…もういっそ渡さない…?流石に稜子ちゃんだけに渡すのもおかしいか。しかもハートマークだし。神谷君には前勘違いされたし。これ以上レズ疑惑は立てられたくない。私はノーマルなんです」
この場合のノーマルとは果たしてどちらの性別を好きになることなのか、謎である。
「んーー…どうしよう。義理チョコって難しくない?板チョコあげる?なんかそれが一番無難な気がしてきた」
そんなこと言いながら売り場をぐるぐるする渚。
「おーい渚。終わった?」
「待って、あとちょっと待って。今どうしようか悩んでるから」
「え何そんな悩むような相手いるん?」
「いるよ!絶賛迷ってるんだよ!」
「え、誰さ」
「いっつも遊んでる3人の中の男の子2人」
「あーはいはい。その辺じゃ駄目なん?」
「これでいいかなとも思ったんだけど、流石に投げやりすぎるかなって」
「そうなん?俺なんか自分用に買ったやつの一部そのまま渡して終わりだけど」
「咲希姉流石にそれは食い意地貼りすぎ。ちゃんと丸々一個あげなよ」
「流石にそういう意味じゃねえよ。同じ奴ばっか買ってるからその中からひと箱渡すって意味。食いかけは流石に渡さねえよ」
「ああ、そういうことか。袋入りの中の一個を取り出すのかと思ったよ」
「ねえわ。流石に。で、じゃあどうすんのさ」
「そーどうしよう。一人は、本命チョコを貰うはずだから、私が変に高いものはあげたくないのね。でもそれでもう一人を高いのにしちゃうと二人の間に差ができちゃうでしょ?だからどうしようかなって」
「へー本命確定マンいるのか」
「そうそう。いるんです。青春が始まってるんです。だから余計な水を差したくないんだよね」
「まあそりゃ確かに。じゃあもういっそここじゃない市販チョコで」
「でも神谷君にはお世話になったんだよなぁ…んー」
「別に格差つけてもよくないか」
「格差をつけるとそれはそれで変に意識してるみたいでいや」
「値段同じで違うものとか」
「そっかぁ。そう言うのもありなのかぁ。んーどうしよう」
「まあ別に今日この後急ぎでなんかあるわけじゃないし、まだ悩むなら悩んでいいけども」
「じゃあそうする」
そう言ってから30分後。
結局いまだに決まらずにうろうろしている渚のとこに咲希がやってきた。
既に待たされてイライラがたまり始めている様子である。
「おーいまだぁー?」
「あとちょっとだから待ってぇ」
「ちょっとちょっとって30分経ってますやん」
「だって悩むんだもん!あと少しだから待って!」
「チョコごときでそんな悩むもんけ?」
「人間関係が関わってくるから悩んでるんです!自分用のチョコだったらそんなに悩むわけないでしょ!」
「気にしないと思うがねそこまで」
「私が気にするの」
「…じゃああと10分な。それ以上はもう俺が耐えれん。帰る」
「分かった。じゃあ10分経ったら教えて決めるから」
そうして時間いっぱい結局10分使って、咲希が再びやってきた。
「はい10分経過。決めて」
「んーじゃあこれ!」
可愛い感じのラッピングの中に小さなチョコが入ってるものを選んだ渚であった。
それを2個籠へと放り込む。
「やっと決まったし。じゃあレジ行ってこやよ」
「分かったぁ。買ってくるね」
そうしてようやく渚のチョコ購入が終わった。
「買えた?」
「うん。買えた買えた。こういうとこだと個別の包装もらえるからいいよね」
「せやな。まあ一応イベントだし」
「ということでお待たせしました。大丈夫です」
「おっけ。あ、買い忘れ大丈夫か?俺は別に自分用の崩せばいいからどうとでもなるけど」
「えっと、いち、に、さん、し、ご、ろく。うん、ちゃんとあるよ」
「じゃあいいな。ほなら帰るかぁ」
「帰ろ。あ、そういえば。ついでに夜ご飯の買い物もしてっていい?」
「ん、いいよ。てか昼もどっかで食わないとな。腹減ったし」
「そうだね。食べて帰ろっか」
「外食とか死ぬほど久々なんですが」
「私も外食は久々かもしれない」
「あれでも年末どっか行ってなかった?」
「何言ってるのもう一か月以上たってるんだよ!これはもう久しぶりと言わずして何というの!」
「俺に至っては半年以上ぶりの可能性あるからなぁ…」
「え、でもクリスマスも年明けも出かけてなかったっけ?」
「ああそうか。まああれもそうか」
「ぼけてますか?それとも酔ってる?」
「平常運転ですけど」
「それ一番駄目な奴じゃん。思い出してー」
「記憶にございませんな。いやまああるけど、結びついてなかったわ」
「数少ない咲希姉のお出かけの思い出のことを忘れないであげて!」
「ま、まあ忘れてるわけじゃ無いから」
「もう、大丈夫かなー?忘れないでね」
「まあ何したとかはだいたい覚えてるはず…多分」
「なんで若干怪しいの」
「忘れることは忘れるからね」
「それは一理ある。お腹空いたし、先にご飯食べてからにしよっか」
「せやな。どっか店知ってるここ?」
「全然知らない。いっつもすぐ帰るから」
「じゃあまあ歩いて探すかぁ」
「だいたい上の方だから上行けばあるよ」
「じゃあ2階上がるぞ。腹減った」
「おー」
そう言ってチョコを持ったまま、2階へと上がっていく2人であった。




