怒られ
「えーっと、じゃあ手続きはこれでおしまいなんで、鍵と注意書き渡しときますね。えーっと3号室でいいか」
民宿「しろすな」1階にて宿泊手続きを行う咲希と雅彦と悠太。
全ての手続きが終わり、鍵が渡された。
「3号、じゃあ一番奥ですね」
「ああ、そうですそうです。今のとこ誰も来る予定無いんで一番おっきい部屋で問題ないでしょ」
「はは、ありがとうございます」
「じゃあ、ごゆっくり?まあお客扱いだけど、せっかくリアルで全員集まったし、また後で部屋行くと思います。ランポさん…あー悠太さんのがいい?」
「あ、えっと、ど、どっちでも…」
目線を明後日の方向に飛ばした悠太が答える。
それに気づいているのかいないのか、そのまま話を続ける咲希。
「じゃあ呼び慣れてるランポさんで…じゃあまた後でよろしくです。あ、一応自己紹介もっかいしときますね。咲希です。白砂咲希。よろしくです」
「え、あ、ランポじゃねぇ、戸川悠太です。よろしくお願いします…咲希さん?」
何故か普段の軽い口調じゃなくなる悠太。
「ちょちょ、なんか話し方おかしくない?いっつもみたいに砕けた感じで大丈夫ですよ?」
「え、あ、え、なんか実物恐れ多い」
「何言ってんのさ。いっつも話してるのに」
「ほんとにどうした悠太」
「な、何でもナイナイ!じゃ、じゃあ部屋!部屋行こうぜ!な!荷物邪魔だし!」
謎の動揺を見せながら雅彦を急かす悠太。
実際荷物があるのは事実ではある。
「んーまあそうだな。じゃあ咲希さんまた後で。数日お世話になります」
「そですねーじゃあまた後でー」
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そのまま部屋に向かい荷物を一通り置いた2名。
「よっしとりあえず荷物整理こんなもんでいいか」
「…」
「…なあ、悠太、さっきからどうした?なんか口数少ないけど」
「…雅彦」
「な、なんだよ?」
「…なんだよだと!?なんだよはこっちのセリフじゃあ!なんだよ何なんだよお前はよぉ!」
いきなり声を荒げる悠太。
明らかにキレている。
「え、え?な、なに?何のことだ?」
「咲希ちゃん!何!?何なのあれは!?」
「な、なにって咲希さんだろ?いっつも通話してるじゃないか」
「そうじゃねえよ!何?お前何なの?あんなくっっそ美人と一緒にイチャコラしてたわけ?今まで散々さぁ!?」
「は?いや、まあ買い物に付き合ったりはしてたけど…」
「なぁ分かってる!?分かってます!?それがどれだけ幸運なことか!?女っ気0だったくせにいつの間にあんなに美女とそういうことする関係になっちゃってんの!?ねぇ!?ねぇ!?」
「いやあの落ち着け?仕事先ってのと妹の昔からの友達ってだけだからな?」
「むしろ仕事先であんな美女に会えるとかどんな確率だよ!?くっそ俺がネットの片隅で縮こまってる間によぉ!?出会いの欠片もねえ俺と比べていいご身分だなぁ!?」
「ちょ、声大きいって…」
と、そこまで一通り叫んで悠太が暴れていると、コンコンと部屋がノックされる音がした。
咲希である。
「あ、どうぞ」
「あ、すいません。あの、どうかしましたか?すごい声が響いてたんですけど」
「え、あ、いや、何でもないっすよ?」
また咲希に向けて喋りながら顔の角度が20度ほど違う方角に向いている悠太。
「何故に疑問形?えーっととりあえず、ここ防音設備さっぱりないんで、そのあんまりうるさくされると響き渡って困るので、そこ、お願いします」
「あ、へ、あっはい!」
一瞬だけ目線を戻して元気よくそう返す悠太。
意識はしてない。
「じゃ、そういうことでー。お邪魔しました」
そう言うと咲希は扉を閉めて出て行った。
咲希の足音が遠のくのを確認してから雅彦が切り出す。
「おい、悠太。あんまり騒ぐなよ。今他にお客いないとは言えど、咲希さんたち普通に生活してるんだから」
「…いやぁ、咲希ちゃんすっげぇ美人だなぁ、へへ」
「おいこら聞いてる?」
「いや聞こえないね!何よあれ!プロポ最高じゃんかよ!」
「おい、でかい声出すなって…それにそんなこと咲希さんに聞こえたらどうすんだ」
雅彦がそう言っても、既に悠太は止まらない。
「だってさぁ!いやさっき来る前に聞いたよ?確かにお前に聞いたけどさぁ?あんなに高レベルだと思わないじゃん?俺さ、女子との付き合いほとんどねえけど、あんなに出るとこ出てて引っ込んでるとこ引っ込んでるのリアルで初めて見たぞ?モデルとかそういう感じの体型してんじゃんかよっ!最高かよ!?」
「いや、まあ、その、俺もあんな感じの人他に知らないけど…」
「だろだろ!?それにスタイルだけじゃなくて顔もめっちゃ美人じゃんね?なによあれ?反則?反則でしょ?そう思うっしょ?」
「…まあ、そう思うけど」
「しかもそんな人がなんか普通に話しかけてくれるんだぜ?テンション上がらない方がおかしいだろなぁ!あんな人見て反応しねえとか男が廃るってもんだぜ!」
「頼むからそれ咲希さんの聞こえるところで言ってくれるなよ…嫌われるぞ?」
雅彦の言葉はおそらく届いていない。
それどころか再びヒートアップを開始する悠太。
「でもそんな人と仲良く外でお出かけしたり、買い物したり…やっぱなんなんだお前はよぉ!幸せ享受しやがってよぉ!」
「ちょ、また声がでかいって…」
「クリスマスも!正月も!俺が一人悲しく寂しくやってる裏側で!なぁお前いつの間にそんなリア充になったんだよ!?お前も一緒に晩年ソロのはずだろ!?お前だけ春が来てるのおかしくねぇ!?」
「別に春は来てないって!咲希さんとは仕事先で友達止まりだから!」
「ほらほらほら!友達じゃん!友達までは行ってんじゃん!俺なんかネトゲ仲間でしかねえよ!この後もっと仲良くなってゴールインするんだろ!?はー!無いわー!」
「え、あ、いや、流石にそれは…」
言いよどむ雅彦。
その姿を見た悠太がさらに燃える。
「否定しないんかい!なんだよやっぱちょっとは意識してんのか!?何にもないって言ってたけどさぁ!」
「そりゃ…気にならないわけじゃ無いし…でも本当に何にも無いからな?」
「いいよないいよな!今は何もなくても既に遊びに行ける仲なんだからこの後どんな方向にだって持ってけるじゃん!ずりぃ!」
「そんなこと言われても…」
と、そこまで叫んだところで今度はノック無しでいきなり部屋の扉が開いた。
当然そこにいたのは咲希である。
が、一応笑顔だったさっきと違って明らかに眉間にしわがよっている。
「…あのさぁ、騒ぐなって言ったよね?」
「あ、はい」
「少しなら許容するよ?ただ声漏れすぎ。2階まで声が聞こえてきたんだけど」
明らかに咲希の声色が低い。
どう考えても怒っている。
まあさっき注意したばっかなのにもう一回やられたのでそりゃ怒る。
別に咲希は聖人でも何でもない。
「…次、無いからね。今度必要以上にうるさくしたら、夜中だろうが放り出すから」
「へ、へいっ」
それだけ告げて扉を閉めようとしていったん止まる咲希。
「…というか何の話してたの?なんか私の名前が聞こえたけど」
その一言に少し慌てる様子を見せる雅彦。
「え、聞こえてました?」
「あー…いや、内容までは。ところどころの単語だけ」
「ああ…そうですか」
「ん、雅彦さん。なんか聞いたらヤバい内容でした?」
「え、あー…」
「い、いやっ、何でも、無いっすよ?」
明らかに動揺する2名。
何かあるのがもろ分かりである。
「いやどう聞いても何かあるでしょそれ…まあ詮索する気は無いけど、これ以上うるさくはしないでくださいね!頼むよ!」
そう言って咲希は今度こそ部屋の扉を閉めていった。
再び咲希の足音が離れるのを確認して雅彦が話を投げる。
「…ほらみろ。やっぱり聞こえかけてたじゃないか。本当に気を付けろって。嫌われたら色々元も子もないだろ?」
「…いやさぁ」
「なんだよ?」
「美人ってキレても美人だよね。咲希ちゃんのキレ顔に惚れそう」
「何言ってんだお前は。というか話を聞け」
ある意味無敵の悠太であった。




