来訪
「…あれ、ここで待ってるって聞いたんだけどな」
民宿「しろすな」がある町から駅で数個先の別の町。
大月雅彦はとある用でそこまで車を走らせた。
現在はそこの町のある駐車場に止まって誰かを待っているところである。
「…連絡してみるか?あんまり遅くなると迷惑かかるしな…」
そう言うとスマホを引っ張り出して誰かにメッセージを飛ばす。
「…既読付かないし。どこにいるんだあいつは」
しかし待ち人は現れず。
とは言うものの、約束場所が現在地なので下手に動けない雅彦。
もう仕方ないので、時間オーバーしながらも待つことに決める。
それから10分ほど後。
雅彦の車の窓をノックする音がした。
「…遅いぞ。悠太」
「悪い悪い!準備に手間取った!」
そこにいたのは雅彦のリアル大学時代からの友達であり、最近のネットゲーム友達でもあるランポこと戸川悠太である。
今日は2人で民宿「しろすな」へと泊まりに行く日なのである。
「どうせそんなこと言って、昨日のうちに準備してなかったやつだろ?分かってんだよ」
「お、よく知ってんな。その通りだ」
そう言いながら後部座席に荷物を押し込む悠太。
2泊3日予定であるため、荷物の量自体はそれなりである。
「俺一人なら別にいいけどさ。今日は咲希さん待たせてるんだからやめてくれよ」
「まあまあ、咲希ちゃんも時間細かく指定してなかったし大丈夫だって!」
「そりゃそうだけどさぁ…」
一応咲希から時間指定はされているが、昼過ぎから夕方前くらいに来てというかなりおおざっぱなものなので、無いに等しい。
あくまでもこの車での待ちは雅彦の指定したものである。
「それで、荷物は大丈夫か。そこまで遠方じゃないとはいえ、取りに帰ったりは流石にできないぞ」
「分かってるって。大丈夫だ」
「本当にか。そう言って後でなんとか忘れたってのいつものパターンだろ悠太」
「大丈夫だって。着替えとかは押し込んだし、パソコンも持ってきたしな」
「え、パソコン持ってきたのか?」
「当たり前だろ?咲希ちゃんはゲー友だぜ?やれる環境持ってくのは当然だろ?」
「そうか…?」
「まああって困るもんでもないだろ?お前は最悪取りに帰れる距離かもしれないけど俺無理だし」
「まあ、いいか。どうせ悠太の荷物だし。後で持てってやるなよ」
「そこまで貧弱じゃねえよ」
「安心した。荷物持ちにされるのは妹だけで十分だしな…」
クリスマスの時の美船の顔が頭をよぎる雅彦。
「じゃあ行くぞ」
「おうよ。あ、どれくらいかかる?」
「1時間くらいかな」
「おっけ」
「なんでだよ?」
「寝れそうだなと」
「寝るのかよ」
「寝不足だからな。じゃ、頼んだ。お休み!」
「はぁ…じゃあ行くぞー」
さっそく隣の助手席を倒して寝る体制を整える悠太を横目に、「しろすな」へ向かって車を走らせる雅彦であった。
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「…おい起きろ。起きろって。着いたぞ」
「…んぁ?」
「んぁじゃないって。着いたぞ」
「んぁああー…もうか。早いな」
「そりゃ1時間だしな。起きろって」
「あいよ…ここ咲希ちゃんち?なんか見覚えあるんだけど」
「よく見ろ。違うだろ」
「…あれ、ここお前の家じゃね?」
ようやく体を起こした悠太の目に飛び込んできたのは、以前数回来た記憶のある雅彦の家であった。
そこの駐車スペースである。
「そうだよ。こっから歩くんだよ」
「え、歩くの?咲希ちゃんちに直じゃないのか?」
「咲希さんのところ駐車スペース少ないからな…俺らで埋めちゃ邪魔になるかもしれないし」
「え、そうなの?でもお前普段はトラックとかで仕事やってんだろ?」
「まあそうだけど。トラックの時は止めてる時間短いから…」
残念ながら民宿「しろすな」は敷地そのものは相当広いものの、その大部分を家そのものが占めているため、車を止められるスペースかなり少ない。
まあ住んでいる2人は免許すらないためそもそも無くても問題ないのだが、お客が困る。
一応近場に別の駐車スペース自体は確保してあるが、まあ駐車スペース埋めるくらいなら家から行けばいいだろの精神である。
「え、ていうかそんなに近いのか。歩いて行けるほど」
「ああ、まあ普段行くときは車が多いんだけど」
ほとんど妹に連れ去られて足代わりしてばっかだからなと付け足す雅彦。
まあ確かに実際仕事以外で「しろすな」を訪れる時はだいたい美船の足代わりであるので大体車である。
止まっている時間的に考えても車で「しろすな」に向かうというより通過してる感じである。
「そういやお前は毎回足やってるんだっけ?妹ちゃんの」
「そうだよ。で、最近は妹が咲希さんと一緒にどこか行きたいって言いだすことが多いから、必然的に俺も咲希さんの家に寄ることになるんだよな」
「っち。俺を置いて女の子とお出かけとか良いご身分だぜ?クリスマスもっ!正月もっ!ていうか話によるとその後にも出かけてんだろ!?いいなぁ!」
「だからほとんど足代わりと妹の荷物持ちなんだってば…」
「だからぁ!女の子とお出かけしてんのが既に羨ましいっての!」
荷物を下ろしながら雅彦の方を睨む悠太。
と思いきやいきなり顔を緩ませてにやにやし始めた。
「…いやーでも女の子とまともにプライベートで会うのとかいつ以来だろー。いやぁ咲希ちゃんに早く会いたいなぁ。そういや雅彦、聞いてなかったんだけどさ」
「なんだよ改まって」
真面目な顔で悠太が雅彦に向き直る。
「咲希ちゃんって可愛いのか!?」
「そんな真面目な顔で言うことか!?」
「かなり大事だろそこ!」
「お前…」
「貴重な女子友やぞ!しかも趣味の合う貴重な!その子が可愛いかどうかは俺の今後のモチベに影響するだろ!」
「何に対してのモチベだよ…」
「人生とか?」
「話が大きいよ!」
よく分からない悠太の気迫に押される雅彦。
「どうなんだよ?お前的には?」
「…えっと、そうだな…か、可愛いというより、び、美人?だと思う…」
ちょっと言いよどみ、少し頬を赤らめてそういう雅彦。
今までの咲希との記憶を思い出していたようである。
「へぇ美人なのか!それも…ありだなぁ…へへへ」
「顔が気持ち悪いことになってるぞ。絶対その顔咲希さんに見せるなよ」
「え、そんなやばい?」
「やばいよ。絶対引かれるぞ」
「やべえやべえ。顔整えとこう」
顔をバシバシやる悠太。
それを横目で見る雅彦。
「よっしゃ!行こうぜ!」
「あー待てそっちじゃない反対だぞー」
咲希急ぐ悠太を慌てて引き留める雅彦であった。
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「…え、ここ?」
「そうだけど?『しろすな』って書いてあるだろ?」
「な、なんつーか古めかしいっていうか、日本家屋っていうか…なんか威圧感を感じるんだが」
「まあ、『しろすな』自体はだいぶ歴史長いみたいだからな。咲希さんが継いだってだけで」
咲希もよく分かっていないが、もしかしたら咲希のおばあちゃん世代より前からあった可能性もある。
実際は不明だが。
「え、これ入っていいの?」
「そりゃ入っていいだろ?咲希さん待たせてるんだし」
何故か入り口で足踏みする悠太を無視して、いつものように玄関扉を開けて中にはいる雅彦。
開いちゃった以上仕方ないので雅彦に続く悠太。
「咲希さーん!お待たせしましたー!」
「え、そうやって呼ぶのここ?」
「ああ、そういえば呼び出しボタン設置されてたの忘れてた」
「おい!」
「この前までこんな感じだったから…つい」
毎回声で呼ぶのもお客が疲れるということで玄関口のカウンターには呼び出しボタンがこの間設置された。
が、雅彦の癖が抜けていなかったようである。
「はーい!ちょっと待ってー!」
「お、この声は…」
「咲希さんだね」
階段を駆け下りる音がして、咲希が1階へと降りてきた。
「あー2人とも、ようこそいらっしゃい。『しろすな』へ」
いつもの格好の咲希が軽い感じで挨拶をする。
が、それを受けた悠太が何故か固まる。
「…え、咲希ちゃん?」
「ん?ああ、そだけど。そっちがランポさん?」
悠太の目が大きく見開かれる。
咲希の質問に答える代わりに悠太の口から言葉が漏れた。
「…え、超美人じゃん」




