日常に帰還
「あー…もうなんか疲れたんですけど」
正月開けて数日。
自室のベッド上で伸びながらそんなことを呟く咲希。
「いいじゃんいいじゃん、そうでもしないと外行かないっしょ?」
そして当然のようにいる美船がその独り言に返事をする。
「誰のせいだよ誰の!正月から始まり何回私は連れ出されればいいんですかね!?おかげさまで疲れが抜けないんですけど!?」
「せっかくお休みなんだし、色々遊びに行かなきゃ勿体ないじゃんね」
「いや一人で行って来いよ。なんで私までさらわれないといけないんだ」
ここ数日のうちに、初詣に始まり、何度か買い物に付き合わされている咲希である。
「だってさぁ一人じゃなんか面白くないじゃん?やっぱ旅は道連れじゃんか!」
「別に私いなくてもお兄さんいるだろ!?」
「兄貴は…なんというかもういっつもすぎて、飽きた?」
「飽きるなよ。ひっでえな」
「それになんだかんだついて来てくれるじゃん咲希も」
「そりゃ初詣は行く気だったしよかったけどさ。その後の外出に関しては完全に根負けだよ!家に入られて行こー行こーって小一時間やられればそりゃ折れるよ!」
最初は行く気が無かった咲希も、そんだけ粘られたら根負けした。
「というわけで今日も行こうやぁ外にぃ。ええとこ連れてったるでぇ?」
「なんで突然エロオヤジ風味になったし。というか連れてくのお前じゃなくてお兄さんの方だろ。雅彦さん」
そして毎回のように外出の時は足にされる雅彦。
最近やたら連れ出されるせいで、ゲーム内ではなく、外で出会うことも必然的に増えた。
なんか申し訳ないが、足が実際雅彦しかいないのでどうしようもない。
「そりゃまああたしのお抱え運転手みたいなもんだし?電話一本ですぐ来るもん」
「いいように使われてんなおい…」
「大丈夫流石に私も兄貴が仕事中だったり取り込み中に呼んだりはしないから」
「そこは常識人なのが救いだな…いや救われてないけど」
「だーかーらー。行こうよー外にー。家に引きこもってばっかりだともやしになっちゃうよー」
「もやしになるほど太陽から離れた生活してねえよ。それにこれ以上どこ行くんだよ?この間買い物また行っただろ?」
「まだまだだよ?もっと色々見て回るんだよ?主に咲希のを」
ここ最近は買い物行く先でだいたい咲希のファッション周りを見る羽目になっている。
咲希本人は嫌がっているのだが、美船が止まるはずもない。
「だから嫌なんだってば…」
「なんでよ!この前渚ちゃんにも、兄貴にもいいね!ってされてたじゃん!」
「もー私買い物そもそも苦手なんだってば!」
「だからあたしが手取り足取り教えてあげるからー咲希の元はいいんだからぁ、絶対お洒落さんになれば道行く男ども全員振り返るくらいいけるって!」
「いや誰も望んでねえそれ!」
「あたしは望んでる!」
「望むなそんなこと!」
「えーだって咲希そんなに見た目いいのに男の影全く見えないんだもん。格好のせいかなって思うじゃんやっぱ」
本日の咲希の格好はいつも通りである。
連れ出された日の帰りはちゃんとお洒落してることもあるものの、だいたい無理矢理着替えさせられているだけなので、ほとんどその日限りである。
「いや別に男欲してないよ私…今の状態で別に満足だし」
「え、だって昔はどこそこの誰々みたいな人と結婚する!みたいなこと言ってた夢見る女子みたいな一面あったじゃん!」
その言葉に目が点になる咲希。
過去の自分そういう感じのこと言うタイプだったのかという驚きである。
「え、そんなこと言ってたの昔」
「言ってたよー。いつのまにそんな孤独人になちゃったのさ」
「半年くらい前ですかね」
丁度半年くらい前にここにぶっ飛んできたので間違いではない。
「え、もしかして男に対して嫌悪感を覚えるようなトラブルとかでもあったの…?」
「いや、無い無い。もしあったら美船のお兄さんともまともに会話なんてしてねえだろ」
「あ、そうか。兄貴とは割と仲いいもんね」
「まあね。ゲー友なとこあるし」
「じゃあ別にそういうわけじゃないのかー…何があったの?」
「別にーそれに孤独人ってわけでもないぞ。美船とはこうやって付き合いあるし」
「違う違う、相手の話。え、咲希、実際どうなの。やっぱ男から告白されたことくらいあるでしょ?え、無い?」
「さあね。私は覚えとらんけどあったかもな」
実際過去咲希がどうやって過ごしていたかは知らないので、覚えていないのも当然である。
なので回答は適当である。
「うわ、その口ぶりは結構あったんだなさては…そしてこっぴどく振って来たんだね!」
「さー…どうでしょね」
「うわーうわーそういうことかぁ。つまり選びたい放題だったけど、ちぎっては投げて来たんだね!」
「いやちぎって投げてまではしてないわ」
流石にしないだろと思ってそこは言い返す咲希。
だが実態は不明である。
やってたかもしれない。
「つまり振ってきたのは事実なのかぁ!うわぁ、男選べるのずるい!」
「そんなことずるいって言われても困るわ!欲してねえよ!」
「だってだってあたし男選べるような立場に立ったことないもん!告白したことあるけどされたこと無いしぃ…」
「へーじゃあ彼氏いたことあるんだ美船」
「そりゃあるけどそこまで長続きしなかったかなぁ。今は彼氏募集中でーす。え、ということは咲希付き合ったりしたこと無いの?」
「無いよ。一回もね」
これは事実である。
いや、咲希はもしかしたら付き合っていたこともあるかもしれないが、咲玖は全くそういうことをやったことはない。
やることやらずに性別の垣根を飛び越えてきた。
「へーじゃあ恋愛は初心ってことかぁ。へー意外だなぁ。てっきりもうやるとこまでやってるかと思ってたよー」
「実物見たことすらありませんけど」
かつての自分のはノーカンである。
「お、じゃあその点は咲希に勝った!やった!」
「何と戦ってんだお前は」
「え、だって咲希の見た目には敵う気しないもん。だから女として勝ててる場所があるって思うと嬉しいじゃん?…あっでも彼氏以外のは見たこと無いからね!」
「いや言わんでいいわそこまで」
そこまで喋っていると、階下でチャイムが鳴る音がした。
「咲希ーお客さんだよー?」
「あ、ほんとだ。行ってくる。多分本当に客だ」
「え、本物?お客さん?」
「そうそう、既に連絡入ってたからな。行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい」
□□□□□□
「はい、ありがとうございました。注意事項はこちらの紙を参照してください。ではこちら鍵になります。ごゆっくりどうぞ」
「はいありがとうございます!」
「ねえ部屋どこ部屋どこ?」
「えっとね、2号だから2部屋めじゃない?」
2人の女子大生くらいのお客の受付を済ませる咲希。
もうそろそろこの辺も慣れてきて、作業の効率化を図っている途中である。
「さーって、そろそろ正月気分抜かなきゃな。休みも終わりだ」
「今の2人がお客さん?」
「うわっ美船いつの間に」
「いや、一人だと暇じゃんね」
「上いろよお客来てんだから」
「いやーあんな私とかと変わんない子も来るんだなーって思ってさぁ。ちょっと階段上から見てた。繁盛してんだ?」
「どうだかね。まあ前よりかはいろんな人定期的に来るけどさ」
「意外とちゃんと宿やってたんだねー」
「どういう意味だそれは」
「いやぁ?ちゃんとおばあちゃんの家業継いでんだなーってさ」
「…まあ、成り行きでな」
内心よく運営できてるよなとか思わずにはいられない咲希であった。




